「俺は守りたいんだ、仲間を!」 不思議な能力を持った子供たちが送るアクション活劇、ここに開幕! わるいおとなにいたずらしてやるっ!
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Episode4 ライバルには負けへん!(4)

 じりりりーん。
 懐かしさを覚える黒電話の呼び出しベルが、早朝のレス・レス・ハウスに鳴り響いていた。
「はい、もしもし?」
 すでに学校に行く準備を終えて、朝食の支度をしていたナターリヤが、受話器を取る。
「おはよう。ナターリヤか?」
「はい、そうです市長。おはようございます」
「うむ、おはよう。朝早くてすまんが、ちょっと耳に入れておきたい事があっての。レス・レスは起きておるか?」
 それにナターリヤは階段から上を見上げて、降りてくる気配がないのを確認した。
「まだ起きてきそうにないです。起こしてきますネ」
 言ってナターリヤは二階へと上がってゆく。それからしばらくして、レス・レスが眠そうな顔で降りてきた。
「すいません、市長。おはようございます」
「おお、すまんの、起こしてしもうて」
「いえいえ、全然構いません。……それで、どうしたんです?」
「うむ。ちょっと早急に伝えておきたい事があっての。……ここ一ヶ月ほど、ホワイトタウンで妙な動きが起こっている。月に一度の定例会で、ホワイトタウンを解体し、アダムの傘下に下ることを提案する家系が増えてきておるらしいのじゃ」
 その言葉にレス・レスは、一気に目が冴えてしまった。
 ただでさえアダムは勢力を伸ばしているというのに、街の人口の約二十パーセントに相当するホワイトタウンの住人がアダムの傘下となってしまったらどうなるか……想像するだけでも恐ろしかった。
「それは……それだけは絶対に阻止しなければ……!」
「その通りじゃ。こちらで調べた所、ひとつの共通点が浮かんできた。アダム傘下へ下りたがるものは皆、必ず顔にケガをしている。そう、殴られた跡じゃ。その理由については、皆が口を揃えて"ケガをした"と言っており、その理由は不明らしい」
 その言葉にレス・レスは首を傾げる。
「偶然にしてはあまりにもできすぎていますね……?」
「そういうことじゃ。……すまんが、この件について調査してもらえるじゃろうか。今はまだそれほど大きな家系が言い出してはいないようじゃが、勢力の大きいギレスベルガー家やボアギュベール家が傘下に下る意向を示すと、とても恐ろしいことになる」
「分かりました。今夜からホワイトタウンの状況捜査を開始します。何か分かりましたらすぐ連絡します」
「うむ、頼んだぞ。朗報を待っておる」
 受話器を置いてから、レス・レスは腕を組んで考えこんでしまう。
(……まさかとは思うが、アダムの手下にそういう能力を持つ奴でもいるのか……?)
「……レス・レス、どうしたの? 市長はなんて言ってたのヨ?」
「あ、ああ」
 そこでレス・レスはやっと我に返った様子で、
「今夜からホワイトタウンの見回りをしよう。詳しいことは朝食をしながら話すから」
 と、続けた。

「……ミュリエル=ボアギュベール殿。済まない、今なんと?」
 クサヴァーは、いつもの静かな声で、言った。
 だが、その声は僅かに抑揚が激しい。
 つまり、クサヴァーは珍しく動揺していたのだった。
「ですから……ホワイトタウンをまとめ、アダム・マッケランの傘下に下るのがよろしいと、申し上げたのです」
 ミュリエルはいつものように優しく微笑み、いつものように穏やかな声で言った。装飾の施された胸あてに、肘や脛を覆った部分鎧をまとって、長い髪は後ろで一本に束ねている。胸には竜を象った紋章が掘られ、銀色に輝いていた。
 その毅然とした声に周りの貴族たちも驚き、室内はざわざわとした声が響く。
 ここはギレスベルガー家の会議室だった。長い会議机を長方形に並べ、二十人ほどの貴族当主が集まっている。定例会はいつもここで行われていた。
「……それは我々の本意ではないということは、前回の定例会でも話したと思うのだが……一体何を根拠に、そのような提案する?」
「はい、余計な争いを避けられます。このままでは、アダムの私兵との戦いは避けられません」
 その言葉にクサヴァーや、何人かの当主が大きなため息をつく。
「傘下に下ってしまうと、その後のリスクは説明した通りだ。悪事を強制され、利益を搾取され、それでも生き長らえろ、と?」
「はい。我々の目的は、血筋を長きに渡り残すこと。手段を選んでいる場合ではありません。アダム傘下に下ってでも、血を残す必要がありますわ」
 ミュリエルの言葉に、当主たちがううむと唸り声をあげる。一見確かにごもっともな意見に聞こえるが、アダムに決定権を与えたら全て解体されるのは目に見えている。
 なぜなら、アダムが一番恐れているのは、長きに渡るホワイトタウンの血筋による結束なのだから。
(……何故だ。何故いきなり、ミュリエル殿は掌を返した……?)
 クサヴァーは僅かに下唇を噛みながら、様々な考えを廻らせていた。
(説得や買収のような安直な手段で、ミュリエル殿が折れるはずがない。ならば、脅迫? いや、それならば脅迫の事実を報告してくれれば済むことだ。わざわざこの場でアダム傘下に下ることを提案する必要はない――)
 そんなクサヴァーの思考を遮るように、突然ぱちぱちと拍手する音が部屋に響いた。
「素晴らしい。俺もミュリエル様の意見が正しいと思う」
 そう言っているのは、若い青年だった。ぼさぼさの赤い髪をそのままに、腕を組んで頷いている。全身鎧で身を覆ってはいるが、体は相当に鍛え上げられているのが分かった。
「シルヴァン殿は、ミュリエル殿の意見に賛成なのか?」
「ああ。俺は戦いは好きだが、自分の町を戦場にはしたくない。それだけだ」
 シルヴァンは、ホワイトタウンで五番目の勢力を持つ、バルダ家の当主だった。その外見通り屈強な男で、戦闘では身の丈ほどの大剣を振りかざす。
 その能力と実績を買われ、ホワイトタウン自警団を取り仕切ったり、騎士団演習の際は歩兵隊の指揮を担当するような熱い魂と鋼の心を持った立派な男である。
 その彼がいきなり掌を返すとは、正直まったく予想してはいなかった。
「実際、ホワイトタウンでドラッグが最近広まりつつある。すでに町の内部から攻撃を受けてるんだ。これを止めるには、アダム傘下に下るしかない」
「……」
 クサヴァーはシルヴァンの言葉に足を組み直して、ゆっくりと息を吐いた。
(……面倒なことになってきたな。ボアギュベール家とバルダ家が離反すると、この町の勢力の三分の一を敵にまわすことになる……)
 もしそのような事が現実となれば、非常にまずい。内部で戦いをするなど、まさしくアダムの思う壺ではないか。
「ミュリエル殿、シルヴァン殿。前回の定例会では、そのようなことは申してなかったはずだ。この一ヶ月の間に何があった?」
「特に何もありませんわ。様々なことを考えた結果、このような結論に至ったまで」
「同じく」
 示しあわせたかのように二人が答える。動揺も見られず、いつもと同じように見える。
(……待て……)
 ふと、クサヴァーは違和感に気づいた。
「……そういえばミュリエル殿。その頬の傷は?」
 ミュリエルの左頬はわずかに青くなって出血しており、唇の端もやや切れていた。
「ええ、昨晩庭で転んでしまいまして、運悪く縁石に……しかしクサヴァー様、その質問に何か意味が?」
「いや。そういえばシルヴァン殿も、先週ケガをしたと言っていたと思ってな。ここしばらく、そういう話があまりに多すぎやしないか?」
 クサヴァーが言うのに、当主たちが室内を見回す。確かにアダム派の人間は全て、ここ最近に転んだり演習で馬から落ちたなどと聞いている。
(……本当に事故なのか? 事故にしては不自然すぎるほどの数が発生しているし、アダム派全員が同じようなケガをしているとは……)
 クサヴァーは腕を組み直して、うんと唸る。調べてみる必要がありそうだと、クサヴァーは結論づけた。
「……分かった。今日はとりあえず解散としよう。必要があれば臨時会を開く。よろしく頼む」
 クサヴァーは、立ち上がると両手をテーブルに乗せて、ゆっくりと言った。それを見送る当主たちは何か言いたそうな雰囲気だったが、その背中に声をかけられる者は誰もいなかった。

 夜のホワイトタウンに、レス・レスと子供たちが集まっていた。ホワイトタウンと普通の町は特に分けられているわけではないのだが、ホワイトタウンに入ると明らかに建築物の様式が異なる。その境目の道が、事実上の境界線であった。
 その境界線の道に面した小さな公園の木々に隠れて、子供たちは様子を見ていた。もちろん子供たちはマスクをかぶって、その顔が分からないようにしている。
「……なるほど、それは怪しすぎるわネ」
「だろう。それでここからは僕の推論なんだけど、被害者はアダムの手下の能力者に、何かされているんじゃないかって」
「だから見回りをするのネ?」
「うん、その通り。ある程度勢力を持った貴族当主の写真と町の地図は先ほど携帯に送っておいた。その近辺に怪しい人がいれば、すぐに携帯を鳴らしてくれ」
「OK!」
 子供たちが元気に答える。レス・レスはマイケルを促してから、
「僕とマイケルは緊急時のために、この近辺で待機するよ。何か新しい動きがあれば、すぐに連絡する。アッシュとナターリヤは商業区を。バーニィとQJは居住区を担当してくれ。頼んだよ」
 と言うと子供たちが頷いて、夜の町へと消えてゆく。アッシュとナターリヤは道路を駆け抜け、バーニィとQJは屋根に飛び乗って、すぐに姿を消す。
「さて……」
 レス・レスは言いながらマイケルを背中に乗せて、宙へと浮かび上がった。それから空中五十メートルほどの場所に透明の板を作ると、そこへ飛び乗った。
「ん? これ何かって?」
 マイケルが不思議そうに足元をだんだんと踏みしめるのに、レス・レスが気付いて口を開く。
「これは空気を固めたものだよ。レンズの屈折率を変えてあるから、下から見上げても見えなくなってる。……さて」
 説明しながらレス・レスは座ると、ノートパソコンを取り出して広げた。
 ナターリヤが町の監視カメラをハッキングして、映像を見れるようにしてくれているのだ。もちろん町の地図と連動しており、子供たちの位置情報データとも連動しているという、優れものだった。
「さて、頼んだよ。子供たち……!」

「……何も見当たらないなあ」
「当たり前でショ。そうそうトラブルなんか起こって欲しくないわヨ」
 アッシュがつまらなそうな口調で言うのに、ナターリヤが言う。確かに、町はしんと静まり返り、歩く影はほとんど見られなかった。
 というのも、それにはこの町の区画整理が大きく影響していた。遅い時間にも営業している盛り場やコンビニエンスストアなどは外周付近に集められており、そこのみで営業が許される。その内側に包みこまれるように商業区、さらにその内側に居住区が存在していた。各ブロックごとに明確に分けられており、それは絶対だったのである。
 そんなわけで商業区は、すでに社員は帰宅しているか閉店している店ばかりで、街頭だけが寂しく瞬いていた。当然、人通りも無い。
「……でもまあ、その気持ちも分からないまではないけど……」
「だろ? あまりにも何もなさ過ぎるんだけど」
 辺りを見回しながらナターリヤが言うと、アッシュはそれみたことか、とでも言わんばかりに答えた。
「まあでも、人がいないから何か起こるかもしれないし。気を抜いちゃダメよ、アッシュ」
 ナターリヤが真面目に言うのに、アッシュは「はいはい」とぞんざいに答えた。

「しかしまあ、豪華な屋敷ばっかりだな」
 バーニィは、屋敷の上にどっかりと腰をおろして、下を見下ろしていた。この近辺で明らかに目立つこの屋敷は、ギレスベルガー家の屋敷であった。中世時代を思わせる建物はとても豪勢で大きくそびえ立つ。決して新しくはなかったがそれが逆に伝統を思い起こさせ、その長い歴史を伝えていた。
「そらそうや。なんせ貴族サマやからな」
 声に振り向くと、QJがいた。四肢を黒豹に変え、どこから飛んできたのか足音も立てずにひらりと降りてくる。
「おかえり。どうだった?」
「特に異常はあれへんよ」
 大げさに両手を広げて言うQJにバーニィは微笑んで返す。二人はギレスベルガー家は最重要と考え、ここに残る者と見回りに向かう者を決め、交互に見回りにでかけていたのだった。
「OK。じゃあ、次は俺の番か。ちょっと行ってくらぁ」
 言うが早いか、バーニィがぐっとしゃがんだと思うと、からん、という下駄の音だけを残して、まるでロケットのように飛び出してゆく。
「ほな……ふわぁ」
 大きな欠伸をしながらバーニィを見送って、QJは四肢を元に戻して腰を下ろす。それから腰に下げたポーチからペットボトルを取り出すと、中の水をぐっとあおった。
「……まあ、何も起きひんのが一番ええねんけどな……退屈やわぁ」
 もう一度大きな欠伸をしながら、QJは不謹慎な事を言う。
 そんな事を独りごちていると、ふと人影があることに気づく。全身をローブですっぽりと覆った人影は、すたすたと敷地内を歩いてゆく。
 普通の町であれば全身ローブなんて怪しいことこの上ないのだが、ホワイトタウンではごく普通に見かける姿だった。当主など立場のある者がその素性を分からないようにするために、そのような姿は散見されたからだ。
 そんなわけでQJも特に気にはせず、何気なくそれを見下ろしていたのだった。
「遅い時間までご苦労様やなぁ」
 何気なく見つめているQJに気づかず、そのローブの人物は堂々と裏口から敷地内へと入り、そのまま勝手口へと向かってゆく。その途中に庭で立ちどまり、ぐるりと辺りを見回した。
 そこで、ぴたり、と動きが止まった。
 明らかに、QJの方を見つめている。
 だが、QJは別に慌てるわけでもなく、そのまま様子を見ていた。何せ、二人の間はかなりの距離がある。ちょうど後ろに月があるとはいえ、QJの姿は暗い夜空に紛れているはずだし、ちょうど屋根の煙突の影がかかっている。気づかれるはずはないと思ったからだ。
(……あー、動けないってきついわ……)
 そんなことを考えていると、ローブの人影は視線を屋敷に戻して、そのまま歩き始めた。やがて屋敷にかなり近づいて、その姿が見えなくなる。
 どうせ月や空をただ見ていただけなのだろう、とQJはそう片づけて、ゆっくりと息を吐いた。

 その、直後。

「……ん?」
 ざん、と空気を裂く音が響くと同時に、影が落ちた。
「!?」
 振り向いたQJが見たものは、先ほどのローブの影。下から飛び上がってきていた。月を背に両手に持ったボロック・ナイフを振りかざすと、勢いを乗せてQJに斬りかかった。
「な……ッ! "大地を駆ける力を……queen piu veloce(クイーン ピウ ヴェローチェ)"!」
 QJは慌てて身をよじり、横へと転がって距離を離しながら四肢を黒豹に変化させる。ナイフがかすめたマスクが真ん中で切断されて落ちてゆくが、そんな事は気にもしなかった。ウェーブがかった黒髪が、ふわっと広がってゆく。
「うちに気配を感じさせへんとは、やるやないかっ!」
 両手で屋根をぐんと押して、飛び上がる。腰を落として低く構えると、ローブの者と対峙した。
「……」
「なんやジブン、えらい無口やな? テレビ見ながらツッコんだりせぇへんタイプ?」
 言いながらQJは飛びかかる。まるで一本の刃が空気を切り裂くように、QJの体はあまりにも鋭く、そして素早く飛び出していた。
 その勢いを乗せて飛びかかりながら右腕を振りかぶる。すれ違いざまに、思いっきりひっかいてやるつもりだ。
「……」
 ローブの者は、軽く身をそらしてかわしてみせる。
 QJの爪は、相手の体には触れることができなかった――かと思った瞬間。
「!?」
 ごう、衝撃がやって来た。まるで雷が光ってから音が届くのがわずかに遅れるかのように。爪は確実に通り過ぎたはずだ。明らかに届かなかったはずだ。
 だが、斬撃の勢いはローブの者を襲い、そのローブをずたずたに切り裂いてゆく――。布が細切れになって飛び散ると同時に、その者がつけていたと思われる仮面も一緒に吹き飛んだ。
「うちの爪は、見た目より長いねん、気ぃつけてな……って……!」
 言いながらQJは振り向き、ローブの下のその姿に驚愕した。
 もちろん、薄い赤褐色のチャイナドレスをベースとした服は、rue-rue girls!のメンバーであることはすぐに分かる。アダム・コーポレーション本社ビル前での映像でも、見たことのある姿だったからだ。

 だが、仮面の下の素顔は、黒いショートカットの髪の少女。
 それをQJは知っていた。

「アナ・マリア先輩……っ!」
「……まいったな。キトリーってChildlike wonderのメンバーだったの?」
 言いながらアナ・マリアは眉根を寄せて、困った表情を見せる。
「こっちこそびっくりやわ……まさか先輩がrue-rue girls!のメンバーやなんて、思いもせんかった」
「それはこっちのセリフだよ。……ぼくの顔を見てしまった以上、無事に帰れるとは思わないで」
 言ってQJは、再度腰を落として、構える。アナ・マリアも両手のナイフをすっと構えた。
(めっちゃやりにくいわ……でも、やるしかない……)
 QJが僅かに躊躇していると、先にアナ・マリアが飛びかかった。右手のナイフを逆手に持って振り下ろす。QJはそれに反応して、後ろにバク転で飛び退く。
 ナイフが地面に刺さったと思った瞬間。
「!」
 QJは反応した。真後ろに回りこまれていることに気づく。
 ナイフが腕をかすめるのを気にせず、振り向きながら腰を落として地面に両腕をつく。そのまま体を回転させ、足で大きく凪ぎ払う。
 だが、それも空しく宙を切る。これも残像だ。
(速い……!)
 QJは振り向きながら、右手で裏拳を放つ。肩をナイフがかずめ、切り傷ができる。拳がアナ・マリアに命中したと思った瞬間、ふっとその姿が消えた。
(これも……!)
 QJは困惑しながら振り向く。あまりにも早すぎるその動きに、まったくついていけなかった。
(あかん、このままやったらかなりマズイで……!)
 体のあちこちを斬りつけられながらも、QJは攻撃を繰り返す。だが、そのどれも空を切るだけで、当たらない。

 ――落ち着け。

 考えろ、スピードで勝てないなら、どうすればええんや?
 うちが先輩に勝てることは何や?

「なんだ、全然たいしたことないね!」
「……」
 あちこちから血を流しながら、QJは立っている。アナ・マリアを睨みつけながら。
(……残像が見えるほど速度が早いだけや……ほな、これはどうや……!)
「キトリー、君は短距離走も、戦いでも、ぼくに勝てないんだよ!」
 ナイフを振りかざしながら、アナ・マリアが飛ぶ。
 QJは動かなかった。視線は、アナ・マリアの足元。月が照らす影と、屋根を走るわずかな振動。それに精神を集中していた。
 アナ・マリアのナイフが振り下ろされ、体をかすめる。だが、QJは動かない。足元を見たままだ。
「――ここやっ!」
 QJが飛んだ。右へ向かって、爪を振り下ろしながら。
 ざしゅっ、と切り裂く音が聞こえた。
「……!」
 アナ・マリアは、驚いた顔で吹き飛ばされていた。QJの振り下ろされた爪が、左肩から斜めに大きく切り裂いている。
「な……!」
「――見えた!」
 QJが、飛んだ。ひるんでいるアナ・マリアに向けて。
 その勢いを乗せて、低く跳躍する。それから、体重を乗せたドロップキックを叩きこんだ。
「! うわあぁぁっ!」
 アナ・マリアの体はその勢いで五メートルほどふっ飛ばされてしまう。それから重力にまかせて、屋根から落ちてゆく。
「くっ――!」
 悲痛な顔でアナ・マリアが呻きながら落ちてゆく。QJも飛んで、そのまま地面へと飛び降りる。アナ・マリアも空中で体制を立て直し、着地した。
「――さ、先輩。もうやめにしよ。貴族の名士を闇打ちして、その心を操ってるのは先輩やったんやな? どんな能力を持ってるん?」
「……」
 QJの質問に、アナ・マリアは答えない。
「まあしゃべりたくないんは分かるけど、この騒ぎに気づいてうちの仲間がもうすぐ来るで。そしたらもう逃げられへんのちゃう?」
 言うが早いか、空に人影が現れる。レス・レスとマイケルだった。
「QJ! 大丈夫か!」
「……」
 それを、アナ・マリアはただ無言で見上げていた。不機嫌そうに口をへの字にして。
「待たせたな」
 気づけば後ろにはバーニィが戻って来ている。アナ・マリアは完全に包囲されてしまっていた。
「ねえ、素直に降参してくれないかな? そうしたら危害は加えない。拘束はするけど」
 状況に気づいたレス・レスが一歩踏み出しながら、穏やかな声で話しかける。だがアナ・マリアは答えず、うつむいたままだった。
「……悪いけど、捕まえさせてもらうね。マイケル、バーニィ」
 レス・レスの言葉に反応して、二人は挟みこむように距離を詰めてゆく。アナ・マリアは二人を交互に見てから、小さく舌打ちした。
「二人とも! 気をつけるんやで!」
 思わずQJが叫んだ直後。
 アナ・マリアは右手を振り上げていた。
「"根・性・注・入!……岩崩しの槌"!」
 QJの声に一瞬マイケルが振り向いた、その隙をアナ・マリアは見逃さなかった。ブラウンがかったオーラをまとった拳を、マイケルの左頬に叩きつける。マイケルはそのまま吹き飛んで、地面をごろごろと転がってしまった。
「……!」
 一同が呆気に取られた瞬間、アナ・マリアは大きく飛んだ。その跳躍は屋根へと飛び乗り、向こうへと走り去ってゆく。
「追わないでいい! マイケルが先だ!」
 レス・レスの言葉に、子供たちはマイケルへと視線を移す。マイケルは完全に意識を失ったようで、ぐったりと倒れていた。
「おおーい!」
「みんな大丈夫!?」
 そこで、アッシュとナターリヤがやって来た。息を切らせて、全力で走ってきたのがよく分かる。
「まずいんちゃうか……アナ・マリア先輩は人の心を変える能力を持ってるんやろ? ほな、マイケルは……」
 QJが神妙に言うのに、全員がゆっくりと視線を向けた。その視線は不安と恐怖を孕んだ、複雑な感情がこめられている。
「マイケル、大丈夫か、マイケル!」
 全員が硬直していた中で、アッシュがマイケルに駆け寄る。それからその上半身を抱え起こすと、背中から脇の下に手を差し込んで体を持ち上げると、ぐっ、と力を入れた。
「……!」
 ゆっくりとマイケルは首をもたげ、辺りを見回す。まるでスロー再生のような動きで。
 一同は息を飲んでそれを見守っていた。これから何が起こるか分からない。だが、見守るしかなかった。
「――マイケル、大丈夫か?」
 バーニィが近づいて、正面で腰を落として目線を合わせる。それに気づいて、マイケルもそれを見つめ返した。
 場の空気が、静かに重くなる。体に圧しかかる、という表現が実にしっくりくる空気。
 マイケルが、ゆっくりと両手を前に伸ばした。そのままバーニィの肩をぽんぽんと叩くと、今度は脇に通されたアッシュの腕をぐっと掴む。
「……良かった、大丈夫か?」
 バーニィがほっとした顔で口を開く。一同もそれに安心した瞬間。
「!」
 アッシュの体が浮いた。マイケルはアッシュの腕を掴んだまま背中に乗せ、背負い投げの要領で前へと投げ飛ばした。
「う……うわあぁぁぁっ!?」
 バーニィもそれに反応したが、よけてしまうとアッシュが危ない。両手を広げて、投げ飛ばされたアッシュの体をなんとか受け止めると、そのまま尻餅をついた。
「まずいワ!」
 ナターリヤが叫びながら、ワイヤを投げつける。マイケルの体にぐるぐると絡み付くと、しっかりと四肢を結び付けた。
「……ぎ、ぎ……ぎぎぎ……!」
 マイケルは歯を食いしばりながら、まるで古い木造家屋が台風に揺らされて軋んでいるような、雑音に近い声を発する。
 すぐにワイヤがぎしぎしと音を立て始めた。マイケルは四肢を広げて、ワイヤの呪縛を引きちぎろうとしているのだ。
「ナターリヤ! まずい、マイケルの力じゃ……!」
 レス・レスが叫ぶのに、ナターリヤが頷く。それからランドセルに手を突っ込むと、全長一メートルはある注射器を取り出す。
「ええーい! ごめんネ、マイケル!」
 まるで竹槍でも持つかのように抱えて、ナターリヤはマイケルに突撃する。腰にためらいなく注射針を突き刺すと、マイケルが一瞬身震いしてからがくりと膝を落とした。
「……ぎ……」
 最後に一声うめくと、そのままマイケルは地面につっぷした。動かないのを確認して、それからやっと安堵の息を漏らす。
「この薬は強力だから、しばらくは持つはず。今のうちにマイケルを連れて戻ろう……」
 レス・レスが悔しそうな声で言うのに、誰も答えなかった……。


※登場する団体名・地名・人物などは、実在する名称などとは一切関係ありません。何かに似ていたりどこかで聞いた気がしても、きっと気のせいですので気にせず寝てしまいましょう!

※全年齢向けで書いてるつもりなんですが、「戦い」「人間ドラマ」をテーマの一部としているので、ちょっぴり暴力だったり性的な表現があったりします。あまり気にしないでください。

※本サイトは全ての利用者に対して「エンターテインメイト小説」として娯楽を提供するものであり、閲覧についての保障などは一切いたしません。読んでたら目が痛くなったとか言わない方向で。