「俺は守りたいんだ、仲間を!」 不思議な能力を持った子供たちが送るアクション活劇、ここに開幕! わるいおとなにいたずらしてやるっ!
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Episode4 ライバルには負けへん!(1)

「――で、うちが一位やってん!」
 QJがご飯茶碗を持ちながら得意げに言った。彼女はまだ小さく、小学校一年生の夏のことだった。
 ダイニングで夕食をとりながら、家族はその話をうんうんと聞いている。
「ははは、キトリーはすごいな。一体誰に似たんやろなあ?」
「あら、きっとあなたに似たんちゃいます?」
「おいおい、きっとお前やろ、はははっ」
 父親・ジャンピエトロと母親・パトリッツィアは幸せそうに微笑みながら、ちょっとのろけてみせる。
「うお、ねーちゃんすげー!」
 口からご飯をこぼしながら言うのは、来年から小学校に上がる一歳下の弟・アルベルト。QJはその頭をわし掴みにしてぐりぐりしながら、いたずらな笑みを浮かべる。
「キトリーは、将来アスリートになった方がいいんちゃうか?」
 ジャンピエトロがそう言うのに、
「それは私も賛成やわ」
 と、パトリッツィアまで調子に乗って言う。
「あすりーと? なんやそれ?」
「アスリートちゅうのはな、陸上競技を仕事にしとる人のことや。キトリーなら、間違いなくなれるで」
 とジャンピエトロがQJの頭をがしがしと撫でながら言うのに、QJは最高の笑みを浮かべる。
「そか、せやったらうち、あすりーとになるわ!」
 元気にそう言うQJに、家族は微笑みながら頷いていた。

「いけいけー!」
「がんばれー!」
 ウララが誘拐されそうになってから、次の日曜日。晴天のこの日、ウッドシティ・ジュニアスクールでは陸上大会が行われていた。学校はグラウンドと別に陸上トラックも完備しており、朝から他校を交えての大会が行われていたのである。
 トラック完備とはいえ、それほど立派なものではない。観客席のようなものや屋根もなく、普通のグラウンドに毛が生えた程度のものではあったが、それでもスペースが充分に広く、街内では最大を誇っていたのだった。
「ふー、なかなか熱い勝負だな!」
 踊るように楽しそうな口調で、アッシュが言う。
「アッシュ、こういうの好きそうだもんネ……」
 それを聞いたナターリヤは、大げさに両手を開いて、ため息交じりに呟く。
 二人もまた、このお祭りを見に来ていたのだった。幸いトラックに近い場所が取れたので、地面に座りながら大会を観戦できていた。
『ただ今より、十五分の休憩時間です。繰り返します、ただ今より十五分の休憩時間です……』
 アナウンスが、ナターリヤの声をかき消す。
 すでに大会は終盤を迎えており、あとは個人短距離走と、大トリの学校対抗リレーを残すだけとなっていた。そのせいか場内は休憩時間だというのに盛り上がっており、友達を励ます者、家族から応援の言葉をもらっている者など、大会の終盤にふさわしい光景を見せていた。
「よっ! アッシュ、ナターリヤ、来てくれたんやね!」
 その声に二人が座ったままで見上げると、そこにはQJが立っていた。今日は陸上大会ということもあり、学校指定のランニングシャツとスパッツを身にまとっている。細いながらも筋肉質なスタイルは、日常的にしっかり鍛えられている事を物語っていた。
「お、QJ。お疲れさま!」
 自信あふれる笑顔で二人を見ているQJに、アッシュが声をかける。QJはそれに、親指を立てた右手を突き出して答えた。
「うん、せっかくだし見に来てみたヨ」
「ほんまありがとね。ほな、短距離走でええとこ見せなあかんなあ」
 ナターリヤの言葉に、QJは笑って答える。
 短距離走は各校から二名ずつが出場する事になっている。QJはもちろん、それに出場するのが決まっていた。
「ていうか、準備しなくてもいいの? こんなとこで油売ってて大丈夫?」
「うん、準備はもう済ませたから構へんよ。今日は家族も来てへんし、声かけに行くとこないねん」
 言うQJの言葉は、別に同情を誘うようなものではなかった。なぜなら、明るくはきはきとした口調と笑顔は現実を現実として容認した上で、暗くならないように配慮されたものだったからだった。
「せっかくの晴れ舞台なのにネ。見れないなんてもったいない」
「おとんもおかんも銀行の仕事で忙しいからさ、しゃーないわ。むしろ、気い使えへんでええから助かるわ、あははっ」
 ナターリヤの言葉に答えて、QJは豪快に笑う。さばさばとしたその受け答えに、アッシュたちもつられて笑った。
「そういえばさ、前に言ってた"先輩"に勝てるの?」
「ん、気持ちの上では常にそうなんやけどな……」
 QJは軽い声で言うが、複雑そうな表情で苦笑して、首を傾げる。
「アナ・マリア先輩、むっちゃ早いねんなあ」
 QJが言った途端、後ろでわっと声があがった。
 そこにいたのは、一人の少女とそれを取り囲む女性の黄色い声。女性はQJと同じシャツを着ているあたり、同じ陸上部でウッドシティ・ジュニアスクールの生徒であるのは間違いなかった。
 彼女は六年生にしては体が小さく、小柄だった。引き締められた筋肉は、細すぎず太すぎずというバランスの良いスタイルを作り上げている。黒髪をショートカットにしており、一重瞼に太めの眉やそれほど高くない鼻は、華やかさこそ無いもののボーイッシュな雰囲気が女子の人気を集めていた。
「噂をすれば……やな」
「あれが噂のアナ・マリア先輩?」
「そうや。むっちゃ早いねん」
 振り向いて見つめるQJは、表情こそ笑顔のままだったがその視線は真剣だった。
「先輩、私のタオル使ってください!」
「スポーツドリンク飲んでくださーい!」
 まるでアイドルの追っかけのような声援にアッシュは眉をひそめて、「……なんだありゃ」とだけ呟いた。
「ちょっと、ぼくはもうすぐ短距離走に出るんだ。だから通してよ、ねえ」
 アナ・マリアが少し素っ気なく言うのに、周りの女性たちが黄色い声をあげる。それから女子たちは「その冷たいところがいいのー!」だの「もっと厳しい言葉で罵ってくださぁい!」だの、好き勝手な事を言って勝手に盛り上がっている。
「ふぅん……女子からの人気がすごいね……」
「……俺には分からない世界だ……」
 ナターリヤとアッシュは少し茫然とした表情で、それを見ていた。そういう追っかけ心理というものが、二人にはよく分からないのだった。
「……うん。負けるわけにはいけへん」
 QJは視線をアナ・マリアに向けたままで、真剣な声で言う。
 その声が聞こえたのか、ふとアナ・マリアがこちらを振り向く。そこでQJと視線がばっちりとあって、二人はそのまま凍ったかのように動かなくなった。
「……今日は負けへんで、先輩」
「それはぼくだってそうだよ。実力の違いを教えたげる」
 QJの声に、アナ・マリアは素っ気無く返す。それから何事もなかったかのように背を向けて、そのまま歩き出した。
「なんだ……とっつきにくそうな奴だな」
 息を吐きながらアッシュが言う。しばらく見ていた上での、当然の感想だった。
「せやけど……市内で一番早いんよ、アナ・マリア先輩。うちも一度も勝てた試しあれへん」
「QJより早いって人がいる事が、俺にはびっくりだけどな」
 アッシュも小柄なため、足にはちょっと自信があった。だが、体育の時間にQJと走った時、その自信は脆く崩れ去ってしまっていたのである。
「能力使っちまえば?」
 冗談めかしてアッシュが言うと、QJも冗談っぽく笑う。
「せやなあ、いっそそうしたいぐらいなんやけど……こんだけ人がおるとこで使うわけにはいかんしなぁ。――まあ、後悔せえへんように一所懸命やるだけやな」
「うん、それでこそQJ! 頑張ってネ!」
 ナターリヤの声にQJは微笑んで、右手で力こぶを作って見せながら「おう!」と明るく答えた。
『まもなく、短距離走を開始します。選手の皆さんはトラックに集合してください。繰り返します、まもなく……』
 アナウンスの声に、QJが振り返る。
「おっと。ほなうち、行ってくるわ」
「おう、ガンバレよ!」
「頑張ってネ!」
 アッシュとナターリヤが手を振って見送るのに、QJも手を振りながら駆けてゆく。
(そうや、うちは負けるわけにはいけへん……)
 QJの心を、様々な想いが巡っていた。
 子供の頃からずっと、両親が忙しくて一人の時間が多かったQJは、気づけば走る事に自分の存在意義を委ねるようになってしまっていた。
 毎日過酷なトレーニングを繰り返し、短距離走では誰にも負けない自信があった。

 ……アナ・マリアに会うまでは。

 初めて部活で一緒に走った時、QJは、〇.五秒もの大差をつけられてしまい、負けた。
 その悔しさと絶望は、筆舌に表せない。その夜は何度思い出しても悔しくて、泣き続けた。楽しいから続けている事で、これほど悔しい思いをするとは自分でも驚いたものだった。
「せやけど……うちは昨日のうちとは違うんや」
 自分に言い聞かせるように呟いて、QJはトラックへ向かって走っていた。

「位置について、よーい――」
 バン!
 歓声の中、開始の合図が鳴る。六人の生徒が一斉に走り出した。第一コーナーにはアナ・マリアが、隣の第二コーナーにはQJが。
 短距離走は百メートル。わずか十八秒ほどの世界。
 スタートダッシュの時点で、アナ・マリアとQJ以外の選手はすでに大きく離されている。
 それも当然だ、街の小学生のナンバーワンとナンバーツーが走っているのである。他の選手たちは、まったく相手になっていなかった。
(いける……!)
 QJは、特にスタートダッシュを得意としていた。地面を蹴って飛び出す瞬発力には自信があったし、実際に体ひとつ分アナ・マリアを引き離している。
 リードしているにも関わらず、すぐ後ろに感じる鋭い空気。それはアナ・マリアから漂う気合。QJも勝負の時の集中力には自信があったが、アナ・マリアのそれはもっと大きいものだった。特にそのまっすぐな視線は印象的で、一度見ると二度と忘れられない。
 そう、それはまるで。

 心臓をわし掴みにでもするかのような、視線。

(このまま……ッ!)
 すでに半分を過ぎた。あとはこのままリードを維持するだけ。初めて勝てる。
 ……と、QJが思った瞬間。

 例えるなら、鋭い風。
 それが後ろから迫ってきたと思うと、ぎゅんと追い越してゆく。

「……!」
 あっという間に体みっつ分はリードされてしまう。
 QJは全力で走り続けている。手足がちぎれると錯覚するほど、今までに鍛えた全てをもって四肢に力を伝えている。
 だが、差は縮まらない。
 そのリードのまま、アナ・マリアはゴールテープを切って一位でゴールする。わずかに遅れて、QJが続いた。
「くっ……!」
 荒げる息をそのままに、徐々に速度を落としてゆく。それから集中を緩めると、観客の歓声がわっと耳に入ってきた。
「……あかんわ、今回も完敗や」
 QJはわざとアナ・マリアに聞こえるように、言ってみせた。アナ・マリアはそれに気づいて振り返り、QJへと視線を向けた。
「なぁ、先輩なんでそんなに早いん? うちかて、トレーニングしっかりやってるんやで」
「それは知ってる。特に瞬発力のトレーニングは、ぼくより多くこなしてるみたいだね」
 QJは予想外の答えに少し驚く。まさか、自分のトレーニング内容を把握しているとは思ってもいなかったからだ。
「ていうか……なんでそんな事知ってるん?」
「敵の情報は少しでも知っておきたいの、ぼくは」
「!」
 アナ・マリアの答えに、思わずQJは睨みつける。反射的に自分の心を守ろうとして、わずかに身構えた。

 気にかけてくれているわけじゃなかった。
 ライバルと認めてくれているわけじゃなかった。

「はっきり言っておくよ。ぼくから言わせたら、キトリーの走りはアソビにしか見えないの。走る時は、相手を殺すぐらいの気持ちがなきゃ勝てない。絶対にね」
「……そっか。ほな先輩、また勝負やで」
 アナ・マリアの言葉に何も返せず、QJは踵を返しながら言う。
 正直、心中複雑だった。

 ……想いの深さが、違いすぎる。

 QJは楽しいから走っている。だから過酷なトレーニングに耐える事ができるし、練習すればするほどタイムに反映される。それで誰より早くゴールテープを切れればまた、楽しい。
 ただそれだけだった。

 だが、アナ・マリアは違う。

 今日はっきりと分かった。
 彼女はおそらく、走ることが好きじゃない。楽しむなんて考えが無いどころか、嫌っている。むしろ憎んでいる。
 その理由は分からないけれど。
「……楽しむために走ることの、何があかんねん……」
 歩きながら、QJは思わず呟いてた。


※登場する団体名・地名・人物などは、実在する名称などとは一切関係ありません。何かに似ていたりどこかで聞いた気がしても、きっと気のせいですので気にせず寝てしまいましょう!

※全年齢向けで書いてるつもりなんですが、「戦い」「人間ドラマ」をテーマの一部としているので、ちょっぴり暴力だったり性的な表現があったりします。あまり気にしないでください。

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