学園生活恋せよ乙女っv ガーディアンズは大・変・だっ!

小説・ファンタシースターユニバース Episode2 こちらグラール学園! 1年B組ガーディアンズ科

17th universe サマーウォーーーーーーズ!(05)

 カテリーナは威風堂々とステージに立った。制服をはためかせながら、ロッドを取り出して眼前に構える。
「あら、可愛いお嬢さんね。お手柔らかに」
 向かいに立つのは、紅の髪をショートカットに揃えた、妙齢の女性である。タンクトップのような黒い上着は銀のラインが左右に走り、パンツも同じデザインのものだ。右足はホットパンツのように太腿を大きく露出させており、健康的な色気を感じさせる。
 そんな彼女の登場に、観客は歓声ではなく「おおおぉぉぉぉ……」というどよめきで答えた。
「それはどうも――ですが、わたくしと対峙したことを、どっっっぷりと後悔させて差し上げますわ」
「それでは、第四試合――はじめッ!」
 ジムの声と同時に、スゥがダガーを抜いて両手に構えた。カテリーナはそれを気にもせず突進してゆく。
「いやあっ!」
 気合いの入った声と共に、カテリーナはそのロッドで横へと薙ぎ払う。遠心力で柄は大きくしなり、その反動を乗せてスゥへと襲いかる。
「――」
 それをスゥは後ろへ大きく飛び退いて、かわしてみせる。だがカテリーナはすでにもう一歩踏み込んでおり、その杖先を槍のように大きく突き出す。スゥは体を左によじりながらダガーの刃ではじいて、それをかわした。
「あら、てっきりフォースかと思っていたら……武術家かしら?」
「いいえ。わたくしは完璧な存在……ハンターとしてもフォースとしても完璧ですわ」
 カテリーナはその杖先をスゥにつきつけて、続ける。
「――闇の鎮魂歌(レクイエム)を、罪深き者に……メギド!」
 カテリーナの杖先から黒い塊が生まれる。直径十センチほどのそれは黒い煙のような塊で、表面に黒いオーラがまとわりついており、まるでプロミネンスのように沸き上がっては霧散してゆく。闇の塊、という形容が一番しっくりと来るのかもしれなかった。
 それはスゥ目がけて放たれると、ゆっくりと前進し始める。
「!」
 咄嗟にスゥは横へと飛び退いてかわす。ゆっくりと進む闇の塊は、スゥが居た場所を越えてステージの端までたどり着くと、まるで違う次元へと向かうように一瞬ブレてから消えた。
「ちょっと、闇のテクニック!?」
 それにシェスが思わず声をあげる。突然の声に、ミルが不思議そうな視線を向けた。
「せんせー、あれって習ったことないけど、すごいテクニック?」
「……フォトン属性の話は、フォトン属性学の授業で教えたわよね?」
「? うん、自然界に存在する火・水・土・雷と、精神を源とする光・闇の属性があるんだよね?」
 シェスが何故そんなことを聞くのか意味が分からず、ミルは授業の内容を思いだしながら、不思議そうな声で答えた。
「正解よ。火・水・土・雷のフォトンは自然界に普通に存在してるから、扱うのはそれほど難しくないのよ。でも……光と闇は自然界ではなく、ヒトの精神により強く依存する性質を持つフォトン。扱うのは容易じゃない……理論体型は確立され尽くしているのに、使い手をあまり見かけないのは、そういうわけ」
「……そうね。短距離走の世界記録を知っていても、実際その記録を自分が出せるかどうかは別問題……ってことね」
 それに納得したように、小さく息を吐きながらエーデルシュタインは言う。
「光フォトンで傷を癒す“レスタ“ぐらいはフォトンが本来持つ性質をそのまま開放しているから、誰にでも使えるもの。ミル、あんただってもう習得してるでしょ? けど……光フォトンで目標を打つ“グランツ“や“レグランツ“なんかはそうそう制御できないのよ。なのにあの娘……いったい何者なのよ? あの若さで闇のテクニックが使えるなんて、単なる才能で片付けられないわ」
 それに全員がまた無言になって、ステージ上のカテリーナに視線を向けた。
「……なるほど、口だけではないようね」
「先程申し上げましたでしょう? わたくしは『完璧である』と!」
 起き上がりながら言うスゥに、杖を振り上げて駆け寄りながらカテリーナは言う。走る勢いをそのまま乗せて、杖を下から上へと振り上げた。スゥはバク転から大きく飛び、空中で体をひねって華麗に着地する。
 だがカテリーナの追撃は終わらない。着地した瞬間を狙って大きく薙ぎ払う。スゥは体勢を立て直しつつ、ダガーでそれを受け止めた。
「ちっ……!」
 スゥが舌打ちしながら、さらに後ろへと飛び退く。だがカテリーナの追撃はまだ続く。
「おばさま……息が乱れ始めましたわよ?」
 スゥのバックステップに引っ張られるように、カテリーナは距離を詰めてゆく。それにスゥは追撃を警戒して、ダガーを構えつつわずかに腰を落とす。
 カテリーナはにやり、と不敵に微笑んで杖を突き出した。スゥは咄嗟にダガーを前に構え、それをいなす準備をする。
 だが、カテリーナの杖は突くという動きではなく――。
「かかりましたわね――闇の鎮魂歌を、罪深き者に……メギド!」

こちらグラール学園! | 「かかりましたわね――闇の鎮魂歌を、罪深き者に……メギド!」

「!」
 杖先から闇の塊が吐き出される。
 スゥの回避行動は間に合わず、眼前で構えた腕と胸に黒い塊が叩きつけられた。
「――!」
 ――それは、不思議な感覚だった。例えるならば、質量のある煙の塊をぶつけられた、とでも形容すればいいのだろうか。塊は別次元に存在しているかのように、スゥの体内を通り抜けてゆき、不気味な感触が全身を貫く。骨、肺、心臓……全ての臓器に触れてゆき、棘の舌で舐め回されているような、言葉にできない感触だけが伝わってくる。
 ぐらり、とスゥの視界が揺れた。今までカテリーナをやや見下ろす高さだった視線が、気づくとその下腹部ぐらいの高さになっている――。
「……!?」
 スゥは、自分が膝を落としてしまっていることにやっと気づいた。そう、闇の塊は体内を通り抜けながら、触れる全てから生命力を奪っていったのだ――。
「くぅ――!」
「ジ・エンドですわ」
 ぐらぐらと揺れる視界に、杖を振りかざしたカテリーナが映る。杖が両肩を一瞬で叩くと、スゥは無様に尻餅をついて後ろに倒れる。カテリーナは杖をくるり、と回すと、倒れた頭めがけて柄先で突き刺した。
「――!」
 かこぉん、と木材の通る音が響き渡る。
 スゥは恐る恐る瞳を開くと――頭の横、わずか数センチほどをかすめて、地面に柄先が突き立てられていたのであった。
「ふふ……これは参ったわね、余興とは思えないレベルだわ。降参よ、降参」
「――勝負あり! 勝者、カテリーナ・アンドレエヴナ・グロムシキナ!」
 わあっ、と歓声が飛び出す。大きな拍手が場を包み、二人の真剣勝負の健闘を讃えていた。
「よい勝負でございましたわ。また機会がありましたらお手合わせいたしたく存じます」
 右手を差し出しながら、カテリーナは堂々と言う。スゥはその手を握り返しながら、
「強いわね……ねぇキミ、名前は?」
 と、少ししおらしい笑顔で立ち上がりながら言う。それにカテリーナは高貴な笑みを浮かべて、
「わたくしは名家グロムシキナ家が長女、カテリーナ・アンドレエヴナ・グロムシキナ。覚えて頂ければ光栄でございますわ、三惑星で最も“完璧“に近しい存在の名を!」
 と、どこか神々しい笑顔でスゥの手を握り返した。それにスゥは少し唖然としていたが、ふっと小さく息を吐いてから優しく微笑む。
「へぇ、カテリーナね……覚えておくわ。また会える時を楽しみにしてる」
 それから二人はもう一度、強く握手を交わした。


 祭の一角には、大規模なフードコートがある。とはいえ“とりあえず椅子とテーブルを並べてみました“という粗末なものだったが、近くの露天で買い物をして、ここで食事を取るというのが自然な流れだった。
 さて、そこでミルとネージュ、それにエーデルシュタインとカテリーナ、おまけにセルジュとヴィンセントとシェスも加えて、大規模な集団で準決勝戦までの短い休憩を過ごしていた。
「うおぉぉぉぉ、ハーレムハーレム!」
 セルジュが何やらテンションが上がりおかしな発言をして、それにネージュとエーデルシュタインの訝しげな冷たい視線が突き刺さる。
「落ち着けって、公共の場だ」
 その空気に気づいてヴィンセントが静かに制するという、相変わらずの光景である。
 だが、場にはちょっとした緊張感が漂っていた。それも当然で、このうち三名は十五分の休憩の後、準決勝があるのだ。緊張感なくソーダを飲んでいるのはミルぐらいで、エーデルシュタインは我関せずいった様子でアイスティを飲みながら携帯端末を持ってスクリーンを広げ、マイペースに何かを読んでいる。おそらく兵法書の類いだろう。
「あら、飲みすぎると後でステージ上でぶちまけることになりますわよ?」
 カテリーナも背筋を伸ばして椅子に座り、暑さで失った水の分補給のためだけに水を飲んでいるだけだ。ちなみにエーデルシュタインもアイスティに大量のガムシロップを入れていたので、どうやらカフェインとブドウ糖の摂取が目的らしい。
「えー、だって喉乾いたら死んじゃうじゃん。サムシングスイーツ・ソーダって超おいしいし!」
 だがミルはそれを気にせず、プラスチックコップの飲み物を一気に煽っている。
「ミルをいじめたら、私が許さないんだから!」
 そう言っているのはネージュだ。先ほどの燃えてしまった制服からすでに私服に着替えている。
「そういや、あのリコとかいう女さぁ」
 重い空気を読んだのか、セルジュが不意に真面目なことを口にした。全員が思わず反応してしまい、セルジュに視線を集める。
「何か知ってるのか?」
「いや……眼鏡キャラも悪くないな、って」
「そこかよ!」
 二人がお約束な漫才をやっていると、
「そういえば……さっきの試合見てた?」
 と、エーデルシュタインが聞いた。
「ああ、見てたし撮影もした。一瞬の攻防で押し切った方が勝つ、ヒット&アウェイを得意とするタイプだろうな」
 ヴィンセントはカメラをことりとテーブルに置くと、背面の機構を何やらいじくりだす。ヴン、と小さな起動音と共に天面から筒状の光が浮き出し、そこに立体映像が浮かび上がった。
 客席から撮ったものではあるがリコの対戦相手の左後方から撮影されており、ちょうど飛びかかってくる姿がよく見えていた。
 スロー再生しているにもかかわらず、速い。一瞬で飛び込んでくる、としか言いようが無いのだ。
 飛びかかりながらナノトランサーからダガーを取り出して逆手に持ち、その勢いのまま牙を打ち立てる。まるで獲物を見つけた獣のような動きは、恐怖を覚えるには充分すぎた。
「……なあお前、剣一本でいけんのか?」
 それを見て、セルジュがふと、独り言のように呟いた。エーデルシュタインは画面を食い入るように見ており、一瞬聞かれていのが自分であることに気づかない。たっぷり三秒ほど経ってから視線を向けて、セルジュが小さく頷くと、それに倣って頷き返した。
「戦況に応じてワンハンドとツーハンドの使い分けはするけど……」
 エーデルシュタインの声は、立ち消えるように小さい声だった。状況に応じて剣を順手で逆手にシールド、打撃力が欲しい時は両手持ちに変えるなど、汎用性の高い立ち回りが片手剣のメリットだ。
 だが――あの猛攻に耐えられるかどうか……不安ではあった。
「逆腕で剣は握れるか?」
「もちろん使えるわよ、私はもともと両手利きだし」
「じゃあ、お前も二刀流でいった方がいいんじゃね?」
 セルジュのいつものぶっきらぼうな声に、エーデルシュタインは押し黙ってしまった。確かに、一瞬の攻防が勝負を決めるのであれば、こちらも瞬間的な攻撃力を伸ばしておいた方がいいのは、頭では理解できている。
 だが、エーデルシュタインは体力に乏しいニューマンである。筋力と体力が他種族に劣る分を、速度と戦術で補っているのだ。剣の重量が倍になり汎用性がなくなるというのは、彼女の長所を打ち消す可能性がある――だからエーデルシュタインは、何も答えられなくなっていたのだ。
「……んじゃ、俺の剣貸してやるよ」
 その沈黙を違う意味で解釈したのか、セルジュがナノトランサーからひとふりの剣を取り出す。それは身幅が太く、一言で形容するなら"無骨"が相応しい。柄に細かな装飾はあるが、短いせいでずんぐりと見えるし、使い込まれて汚れているせいもある。年代物のようだった。
「え? いや、その……」
「大丈夫だ、この俺がいつも使ってる剣だぜ? 負けるわけなんざねぇよ」
 エーデルシュタインは驚きのあまり目を大きく見開いて、笑うセルジュを見つめてしまっていた。
(まあ……お守り、みたいなものか――)
 確かに戦力的には弱体化なのかもれない。
 だが、一人で戦っているわけではないという事実はヒトを強くする。

 ……ふと気づくと、エーデルシュタインは胸から下げたサファイアの宝石を軽く握ってしまっていた。
(フレーリッヒおじい様……)
 脳裏に、初老の紳士の優しい笑顔が思い浮かぶ。屈託のない優しい微笑みは、いつまでも消えることはない――。

「どうした?」
 セルジュの声に我に返って、エーデルシュタインは左右にかぶりを振る。それから慌てて口を開いた。
「いえ、なんでもないわ。――じゃあ、次の試合だけ貸しておいて」
「了解、大事に使えよ。こんなボロでも師匠からもらったもんだから」
「! そんな大事なもの……!」
 エーデルシュタインははっとなって思わず顔をもたげてしまう。そんな大事なものを借りて、何かあったら申し訳が立たない。
「ちげぇよ。俺が持ってる中で一番いいものを貸しておきゃ、勝った時に少しはハクがつくだろ?」
 セルジュの答えにエーデルシュタインは少し拍子抜けしてしまった。エーデルシュタインを心配しているわけではなく、彼の都合なのかと。もちろん、気を使ってそう言っているのかもしれないが。
「……ふふ……いいでしょう。有り難くお借りして、必ず勝ちましょう」
 エーデルシュタインは不敵に笑いながら答える。その目は輝いて今にも走りだしそうな勢いだった。その視線の意味がセルジュにはよく分からず、
「……? ああ、まあ頑張れ」
 と、不思議そうに答える。
「……俺、時々お前の周りの女性が可哀想になる時がある」
 その光景に、ヴィンセントがぼそり、と呟いた。


「博士、見ててどうでした?」
「う、うん、いいよいいよお。わざわざ見に来た甲斐があった」
 ここは、運営本部に設けられた応接室のひとつ。入り口に近い席にはジムが座り、その向かいにはウォルターとヘレンが並んで座っていた。テーブルの上には水着大会と武闘コンテストの最中に客席から撮られた写真が散乱している。
「にしても……女子高生に目をつけるとか、博士も好きですねえ」
「そ、そりゃそうだよ。若い方が洗脳しやすいから」
 その非常識な回答にジムは一瞬答えを失う。だが、すぐに冷静さを取り戻して口を開いた。
「まあ、私はえっちな体していれば誰でもいいんですけどね。ヘレン女史なんかすごく好みで……」
「私は博士の物だから無理ってワケ」
「……ですよね、はい。じゃあ、あとで彼女の個人情報を送っておきます」
 気を取り直してジムが言うと、それにウォルターは小さく頷いた。
「にしても、研究は進んでるんです?」
「うん、もちろんだよ。最後の仕上げにどうしても、若い女性に手伝ってもらう“実験“が必要なんだ」
 ウォルターは少しうつむいたまま、静かに言う。その声は深淵のように深く、気を抜いていると飲み込まれてしまうのかと錯覚させる。
「どんな実験するんです? まさか殺したりとかしないです……よね?」
「もちろんだよ、そんなおぞましいことは絶対しないから。あくまで同盟軍のために協力してもらうだけだから」
 その表情に不安を覚えたジムが思わず聞くと、意外にウォルターはすぐに否定した。それにジムは胸を撫で下ろす。
「実験が成功すれば、同盟軍にとって大きなプラスになるんですよね? そうでなければこんなこと……私の首も危ないですから」
「それは問題ないよ、何かあっても上には僕がうまく言っておくから」
「じゃあいいんですけどね。……あ、そろそろ準決勝の時間なんで」
 壁にかけられた時計に目をやりながら、ジムは言う。それにウォルターとヘレンは頷いて、席を立った。そのままジムに先導されて裏口へと向かい、ジムがそれを見送る。
「じゃあ、祭が終わり次第、すぐに情報を送って。いろいろと彼女の事を詳しく調べないと……」
「はい、分かりました。それでは、また」
 挨拶をしてから扉を閉めて、ジムは大きなため息をつく。
「いったいどんな実験をするつもりなんだろうなあ……殺すつもりはないって言ってたけど、なんか恐いなあ……まぁいいか。仕事仕事っと」
 小さく呟いてから、ジムはステージの方へと走り出した。


「それでは、準決勝第一試合、エーデルシュタイン=アンシュラーク対リコ=タイレル!」
 ジムの声が晴天の空に響き渡る。ステージの上にはすでにエーデルシュタインとリコが立っており、開始の合図を今かと待ち構えていた。
「ふふ……覚悟はできた?」
 リコは不敵に微笑んで、両手の指でそれぞれチャクラムを弄んでいる。エーデルシュタインは左手に自分の愛剣を持ち、利き腕である右手にはセルジュから借りた剣を握っていた。
「そうね……勝ちを掴むことは敗者を作るということ。その覚悟はとっくにできているわ」
 リコを正面から睨みながら、エーデルシュタインは静かに答える。

 ――静かだ。
 まるでどこまでも広がる、水平線のように。
 波が寄せては静かに消えるように、自分の鼓動だけが体内で息づき、自分を動かしているような気にさえなる。

 エーデルシュタインは両手の拳を握り直して、剣の重さに安心感を覚える。今ここを支配する緊張感にどこか心地よさを覚え、開始の時を楽しみに待っている。

 ――そう、自分が“生きている“ことを一番実感するのは、戦いの場。
 此処しか無いのだ。

「それでは――はじめ!」
 ジムの声が発せられた直後、リコは飛んでいた。
「なっ――」
 エーデルシュタインは完全に油断していた。
 「はじめ」と同時に動くつもりでいたが、リコは「はじめ」の合図の前に飛んでいたのだ。
(卑怯な――!)
 剣を構えるのとほぼ同時に、リコが放ったチャクラムが襲う。
(ひとつ――もうひとつは!?)
 弾いたチャクラムの影に隠れるようにして、もうひとつが襲う。気づいた瞬間、それはぐん、と上にホップして襲いかかった。
「!?」
 予想外の動きに反応が遅れた。事前に「みぞおちを狙って」という話を聞いていたのが災いしたのかもしれない。
 チャクラムはエーデルシュタインの左頬をかすめて、そのまま通り抜けた。シールドラインはその刃の鋭さを完全に防ぐこはできず、頬に赤い筋が一本走る。何本かの紺の髪が断ち切られて、はらりと重力に従って宙を漂った。
 だが、それに気を取られている場合じゃない。リコは続いて両手にダガーを握り、飛びかかった。逆手に延びる二本の刃が、降り下ろされる。
 まずは右。的確に鎖骨付近を狙っている。左手を外へ払って、フォトンの刃を叩きつける。鍔に軽くひっかけて、外側へと弾く。
 次は左。右手に持ったセルジュの剣を地面と水平に傾け、刃を向ける。そのまま前に押し出して、刃をそらしてやる。フォトンの火花が飛び散って、視界を白と黄色の光が彩る。
「はあっ!」
 エーデルシュタインは左手を戻しつつ、剣先を向けて鋭く突く。
「遅いわよ」
 だがリコは空中で体勢を直すと、右足を伸ばして二の腕を蹴りつける。勢いが殺され、剣は突き出しきれない。そのまま右足に体重を乗せつつ、左足で顎を蹴り上げる。出力の弱いシールドラインは衝撃を通してしまい、エーデルシュタインの視界はがくん、と強制的に上へ向けられる。
 リコはその左足を下ろさずエーデルシュタインの右肩に置いたかと思うと、そこで踏ん張って後方へ大きく飛ぶ。空中でくるりと回転して、三メートルほど離れたところに着地した。
「今のはマズイな」
「ああ」
 それを見ていたセルジュが呟くと、それにヴィンセントも同意する。二人はステージの近くの席に陣取り、この一戦を見学していたのだ。ヴィンセントはいつものようにカメラを構え、この戦いの一部始終を記録している。
「あいつ、格闘術の心得が無いのか? 今のは蹴りなり何なりで距離を離した方がモアベターだったろ」
「条件反射的に剣を出していたからな。恐らく、格闘術には精通していないんだろう」
「……“試合“ならそれでいいんだが……それに気づくか気づかないかが、勝負の分かれ目かな」
「教えてやらないのか?」
 その声にセルジュが不思議そうに振り向くと、ヴィンセントも不思議そうな顔でステージを指差す。
「それぐらい自分で気づかねぇ剣士なんて、興味ねぇよ」
「お前ならそう言うと思った。……ってことは、技量を見極めてはいるのか?」
「ああ、あいつの太刀筋はかなり綺麗だ、それは認めてる。特に――」
 セルジュは少し気恥ずかしそうに視線を逸らすと、ゆっくりと言葉を続けてゆく。
「長年の基礎鍛練で足腰や重心移動の基礎がしっかりしてるから、安定感があってどんな動きをしてもブレないんだ、ニューマンとは思えないほどにな。まさに“舞う“と言ってもいい――それだけに、こういった泥臭い戦闘だとその綺麗さが仇になる」
「なるほどな。……見てるのは胸と尻だけと思ってた」
 真面目に言うセルジュにヴィンセントは微笑んでから、少し悪戯な表情で聞いた。それにセルジュはにやにやと笑うと、
「それももちろん見てる。鍛えられた胸筋におっきなおっぱいと、無駄の無い尻は俺好みだ。脱がせてみてぇ」
 と、白昼堂々と言うのであった。
 そんなやりとりをしていると、不意に客席がどっと湧いた。二人は思わずステージの上に視線を戻す。
 見ると、エーデルシュタインが地面に片膝をついて、肩で息をしている状態だった。制服はあちこちが切り裂かれてしまっており、白い肌やレースのついた白い下着に赤い血が滲んでいる。皮膚も何ヵ所か打撲の跡があり、その白さを汚していた。
「エーデルせんぱぁい! 立って!」
「エーデルシュタイン御姉様! 御姉様はそのような下賎の者に負けるような器ではございませんわ!」
 そんな状況に、ミルたちも声をあげて声援を送る。だが、エーデルシュタインは倒れずにいるのが精一杯とでも言わんばかりに、震える足で踏ん張っていたのだった。
「く……っ!」
 エーデルシュタインは顔をもたげてリコを睨みつける。だがリコはまるで道端の石ころでも見るかのように蔑む視線を向けて、腕を組んだまま不敵な笑みを浮かべていた。
「甘いわ……これが戦場ならあなた、とっくに死んでるわよ」
「!」
 その言葉にエーデルシュタインは下唇をきゅっと噛む。

 ……確かに、言う通りだ。向こうは場馴れし過ぎていて、こちらの攻撃は全て“想定内“とでも言わんばかり。

(……これは、試合じゃないのよ……動いて、私の体……!)

 エーデルシュタインはすでに、セルジュたちの懸念には気づいていた。これは試合なんかじゃない。足を使っても、相手に掴みかかっても、何をしてもいい“戦い“なのだ。
 だが――長年に渡る修練が染みついた両腕は、咄嗟に剣を出そうとする。蹴りや肘の方が早い、と気づくのはいつも手を出した後。それがなお彼女を焦らせていた。
(セルジュ……あなたの言うことはやはり正しかったわね、私はまだ甘い)
 ちらり、と横目でセルジュの方を見るが、セルジュはそしらぬ顔で見ているだけ。エーデルシュタインはもう一度視線をリコに戻して、剣を持つ手を握り直す。
(……やっぱり、慣れない剣は使いにくい……)
 右手に持ったセルジュの剣は、やはり違和感が残る。特にグリップ部分のわずかな起伏が手に合わないらしく、どうにも扱い辛い。
「……確かに私は体術は得意じゃない……得意なことは……剣、剣術しかない……ならば、選択肢はひとつ……」
「素直に負けを認めたら?」
 ぶつぶつと呟くエーデルシュタインに、リコは明らかに馬鹿にした口調で、右手で弄んでいたチャクラムを投げつけた。しゅりん、と金属と肌のこすれる音がわずかに立ててから、エーデルシュタインを襲う。
 エーデルシュタインは咄嗟に反応して右手の剣を掲げるが、チャクラムは途中でその軌道を下へとドロップさせる。エーデルシュタインの剣を持つ手をかすめて、そのまま飛んでいった。
「く……!」
 痛みに思わず右手の力が緩む。それに剣が滑り落ちて、がらん、と地面に転がった。
「ふふ、かなりダメージが残っているみたいね。早く降参してくれないかしら?」
 リコの声を気にせず、エーデルシュタインは屈んで剣に手を伸ばす。視線はリコを睨み付けたまま、その柄を掴む。
こちらグラール学園! | エーデルシュタインは屈んで剣に手を伸ばす。視線はリコを睨み付けたまま、その柄を掴む。


「!?」

 エーデルシュタインは、はっ、と目を見開いてしまった。手に伝わる感触が、今までと違う。手に吸い付くような感触。有るべき所に収まった感触。
 そう――剣は剣先が小指側へ向いていた。つまり、エーデルシュタインは剣を逆手に握ったのだ。
(! この剣、逆手用……!?)
 そうだ、とエーデルシュタインは思い出す。鍛練場で初めてセルジュを見た時も、セルジュは剣を逆手に握っていた。
 ゆっくりと立ち上がりながら、右手の感触をもう一度確かめる。まるで吸い付くような感触。そうだ、柄の起伏は逆手持ち用に作られていたのだった。
「……ふふ、そういうことね……分かったわ」
 半ばヤケクソ気味に呟いて、エーデルシュタインは少し腰を落とした。左手の剣を自然に下へ向け、右手の剣を胸先で構える。
(――というか、一言先に言っておいてくれてもいいじゃない……)
 エーデルシュタインは客席のセルジュにちらりとじとつく視線を投げてから、立ち上がった。

 

(c)2009 isanaradio.com All Rights Reserved.