学園生活恋せよ乙女っv ガーディアンズは大・変・だっ!

小説・ファンタシースターユニバース Episode2 こちらグラール学園! 1年B組ガーディアンズ科

16th universe サマーウォーーーーーーズ!(04)

 武闘大会のルールは、非常に簡潔だ。

 ひとつ、フィールドはステージ近くに作られた特設ステージ。砂浜に高さ三十センチほどの簡単な足場を作ってあり、そこから落ちると負けとなる。このフィールドは特殊な磁場が発生しており、全てのフォトン武器はその出力を最小限に抑えられ、“スタンモード“と呼ばれる目標に致命傷を与えることのできないモードに切り替えられてしまう。シールドラインも最低出力だ。
 もちろんナノブラストや、キャストが得意とする亜空間から転送した換送装備による特殊攻撃“SUVウェポンシステム“、ならびにヒューマンやニューマンが自然界のフォトンを借りて放つ“ミラージュブラスト“も発動できないようになっている。

 ふたつ、本人の意思での降参は自由で、その対戦相手が勝者となる。降参した相手をさらに攻撃するのは反則扱いだ。

 みっつ、意識を失う、進行不能と思われるほどの負傷、ならびにレフェリーが続行不能と判断した場合も、その対戦相手が勝者となる。

 基本的なルールは以上で、プロが参加しないこともありこのアバウトなルールで平和にやってきていたのだった。
「引き続き、レフェリーは私が務めます。では、第一試合……エーデルシュタイン=アンシュラーク対エリ=パーソン!」
 ジムが対戦者の名前を高らかに宣言すると、観客がどっと湧き始めた。その歓声の中、エーデルシュタインはステージへと上がる。
「お手柔らかにね」
 対戦相手は二十代前半だろうか、右足を露出したパンツに身を包んだニューマンだ。茶色の髪を後ろで一本に編んでおり、裾の長いジャケットが流れるようなシルエットを形作る。まっすぐな瞳に明るい笑顔で、エーデルに細い右手を差し出した。
「こちらこそ」
 エーデルシュタインはその手を握り返し、不敵に微笑み返す。
「それでは、第一試合……始め!」
 その声と同時に、二人は飛び退きながら獲物を抜いた。エーデルシュタインはいつもの通りに片手剣を、エリは右手にウォンド、左手にハンドガンである。
(さて……お手並み拝見といきましょうか)
 エーデルシュタインは潮風で乾く唇を軽く舐めて、相手の動きを伺う。立ち方を見る限り、相手は恐らく素人に毛が生えた程度ではあるが、油断は大敵だ。
「カル=ス、見守ってて……フォイエっ!」
 エリはウォンドをぐん、と降り下ろすと、その杖先から小さな炎の塊が飛び出した。
 だが、その直後彼女は後悔することになる。

 降り下ろした杖の下に潜り込むようにして、エーデルシュタインの姿が眼前にあったからだ。

「!」
「はあっ!」
 エーデルシュタインは躊躇いなど微塵もなく、右手の剣を振り上げる。右の脇腹から左肩まで一筋のフォトン光が走ったかと思うと、エリは一歩後ずさる。それをエーデルシュタインは見逃さない。
 返す刃で横へ大きく薙ぐ。顎を狙ったそれは寸分狂わず顎先を斬り付け、エリの頭がぐらりと揺れた。
(――あ……!)
 エリは、何が起こったか分からなかった。ただ、ぐらりと視界が揺れたかと思うと、へたり、と座り込んでしまっていたのだった。
 座った者を攻撃してはいけないというルールは無い。エーデルシュタインは攻めの手を休めず、振りかぶりながら一気に距離を詰める。
「……あ、降参します!」
 エリが両手を上げて宣言すると、エーデルシュタインは降り下ろした剣をぴたり、と途中で止めた。

 その光景に、場がしん、と静まり返ってしまった。
 何せ、試合開始から十秒も経っていないのだ。

「え……あ、勝負あり! エーデルシュタイン=アンシュラーク!」
 やっと我に返ったジムが、エーデルシュタインの勝利を宣言する。それで客席もやっと現実に戻ってきたらしい、わあっ、と大きな歓声をあげた。それにエーデルシュタインは剣を下ろすと、エリに左手を差し出して引き起こしてやった。
「いい勝負だったわ」
「あなた、強いのね。ありがとう」
 エリはその左手を握り返すと、ゆっくりと立ち上がる。明らかな技量の差は悔しさよりもむしろ清々しく、彼女は明るくにっこりと微笑んでみせた。
「カル=スに怒られちゃうかな……。またいつか手合わせすることがあれば、よろしくね」
「こちらこそ。お互いに精進しましょう」
 お互いに微笑みながら、二人はステージの裾へと向かった。
「これは、なんということでしょう! わずか十秒で勝負が決まったぁ! 恐るべしエーデルシュタイン=アンシュラーク! 可愛いし綺麗なお尻で、おまけに強いなんてずるいぞ!」
 ジムの余計な一言にエーデルシュタインはずっこけそうになってしまって、お尻を両手で隠しながら実況席をきっ、と睨みつけてやりつつステージを降りる。観客はその圧倒的な強さ、ついでにジムの愉快な(?)口上に惜しみない拍手と歓声を送っていた。
「なかなかやるものね」
 そんなエーデルシュタインに、すれ違いざまにステージに上がりながら声をかける者がいる。ステージでトーナメント決めに参加していたのは見ているので、参加者の一人には違いない。
 彼女はヒューマン女性で、年齢はおそらく二十代後半。赤茶色の髪を肩口まで伸ばし、赤いフレームの眼鏡をかけている。上下一体となったジャケット、ガーターベルトで釣ったタイツと、全てが赤で統一されているのが印象的だった。
 彼女は人差し指で全長二十センチほどの赤色の輪をくるくると回していた。それは薄い金属で作られており、その外側にはフォトンの刃が生成されるようになっている。 “チャクラム“と呼ばれるその武器は、指先での高速回転で遠心力を生み出し、目標に投げつけることでダメージを与える。サイズこそ小さいが、達人の投擲する速度と命中率は侮るとひどい目に遭うだろう。
「次、私と当たることになると思うわ。よろしくね」
「第二試合、リコ=タイレル対ノル=リネイル、前へ!」
 彼女の声はジムの声と観客にかき消されてしまう。ステージに上るその姿を、エーデルシュタインはただ静かに見送った。
(リコ……まさか“赤い輪(レッドリング)のリコ“……?)
 エーデルシュタインは、その噂を聞いたことがある。常に赤いチャクラムを愛用をしているため“レッドリング“の二つ名を持つ彼女のことを。いわゆる“冒険家“と呼ばれ、遺跡やレリクスなどからロストテクノロジーの物品を持ち出して売ることを生業としている者たちの総称である。
(……戦闘のプロではないとはいえ、場馴れはしているはず)
 そこまで考えて、エーデルシュタインはかぶりを振った。考えても仕方ない、そもそも彼女が勝ち上がるかどうかなど分からないのだ。
「さあ、この次はあなたたちの番よ。準備はできた?」
 だから、ステージの裾に立つミルとネージュに声をかけることにする。
「エーデルせんぱいって、やっぱり強いんですねえ〜!」
「ほんと、一瞬なんて……凄い」
「ありがとう、でもたまたまよ。それより……」
 エーデルシュタインはきゃいきゃいと騒ぐ二人に形通りの謙遜を返してから、続けた。
「あなたたち、本気で戦えるの?」
 それにミルとネージュははっとなって、それからお互い顔を見合わせて、それからがっし、と手を取り合った。
「ごめんね、ネージュ。あたし、ベストを尽くさないと失礼だと思うの」
「ごめんね、ミル。私……ミルを攻撃するなんてとても……」
 二人が同時に言う言葉は、二人の性格を如実に表していた……。
 悪戯に微笑むミルに対して、ネージュは耳をぴんと立てて「裏切られた!」とでも言わんばかりにがびーん、となっている。その光景にエーデルシュタインは思わず吹き出しかけてしまった。
「あ、そういえば先輩って最近よく笑うようになりましたよね」
 それを見て、不意にミルが言う。その言葉にエーデルシュタインははっ、と我に返ったように一瞬動きが止まって。
「そ、そんなことないわよ、たまたまよ。戦闘の後はちゃんとリラックスしないと、いざという時に集中力を持続させられないから」
 と、苦しい言い訳をする。

(ほんとに……何を和んでしまってるのよ、私は)

 ここ最近、何かにつけてミルたちと共に行動することが増えた。……明らかに、何かが変わり始めていた。
「それでは、第二試合……始め!」
 そんなことを考えていると、ジムの声が第二試合の開始を告げた。それを合図に振り返ると……。

 ステージには、リコが立っていた。
 そして、対戦相手のヒューマン女性は――。

 ――前のめりに地面に突っ伏していた。

「――!」
 しん、と先ほどまで騒いでいた群衆は水を打ったかのように静まり返っている。一体何が起こったのか、それを知る者はほとんどいなかった。
「――ミル、ネージュ。いま何が起こったか、見てた?」
 それに二人は首を左右に振る。わずかに青ざめた顔で、二人も状況がまったく分かってはいない。
「エーデルシュタインお姉様……わたくし、見ておりました。あまりにも速かったため、自信はありませんが……」
 おずおずと手を上げながら、カテリーナが言う。
「あの方、開始と同時に両手で二つのチャクラムを投げつけました。それが命中し、相手の方がひるんだ隙に一気に駆け寄って、ダガーの二刀流で一気に斬りかかりましたわ」
「……一瞬でなんという手数なのかしら」
 チャクラムは外しても目標に回避行動を強いるわけだし、当たればダメージを与え次の攻撃に移りやすくなる。
 奇襲としては、これほど理にかなったものはない。
「よく見ているわね――ご名答よ、お嬢ちゃんたち」

こちらグラール学園! | 「よく見ているわね――ご名答よ、お嬢ちゃんたち」 声に振り向くと、そこにはリコが立っていた。

 声に振り向くと、そこにはリコが立っていた。こちらを見下ろし、王者の風格を漂わせながら。
「補足するなら、攻撃は急所を狙うこと。ちなみに今回はみぞおちへの集中攻撃よ。誰でも息ができなくなれば、一瞬ひるむものだから」
「……なるほどね」
 それにエーデルシュタインは静かに呟いて、ぐん、と上を向いて睨み返した。
「よほど自信がおありのようね、簡単に手の内を晒すなんて」
「ええ、乳臭い子供に負けるとは思わないから。私の方が経験豊富だし、場数もこなしているわ」
 リコも負けじと睨み返す。細められた瞳はあまりに鋭く、数多の修羅場をくぐり抜けてきた者だけが成し得る目付きだ。
「そうかな、若い方がいろいろ得するよ? 制服着てるだけで可愛がってもらえるし、知らないおじさんがご飯おごってくれたりするし!」
「ミル……誤解を招くような発言はやめようよ……」
 ズレた反論をするミルを、いつもの通りネージュが制する。
「……まあ、次の勝負、楽しみにしてるわね」
 ミルの言葉に小さく息を吐いて、リコはいつものように知的な笑みを浮かべてみせる。それからおどけて軽く手をひらひらとさせてから、踵を返して歩き出した。
「いやあ、あまりに圧倒的な勝負でした。次の試合も盛り上がることを期待してます。それでは第三試合……ミル=ウジェーヌ対ネージュ=ブリュショルリー! ……おや、先ほどの水着コンテストでイイ線いってた女子高生のお二人じゃないですか。水着姿はえっちで戦いもできる、なんともまあ素晴らしいことではないですか!」
 相変わらずジムが好き勝手言っているのを気にせず、ミルとネージュは向き合って、うん、と頷いた。
「ネージュ、負けないからね」
「ミル……私……ごめんね」
 言いながら二人はステージ上に上がる。気づいた観客が割れんばかりの声援をあげるが、「水着で戦ってくれー」だとか「ポロリはないのかー!」と好き放題言っていた。

(そういえば……)

 ミルは歩きながら、ふと考えてしまっていた。ネージュと子供の頃からずっと一緒にいて、一度もケンカをしたことがない。口論でさえも、だ。
 ルールのある競技とはいえ、彼女と戦う日が来るとは……。明るく「ベストを尽くさないと失礼」などと言いながらも、内心は非常に複雑だった。
 それに、ガーディアンズ科に入ってからフォースとハンターは実技指導を違う教師から受ける。ネージュがどれほどの技量なのかは、実地試験で見たことぐらいしかないのだ。
「ミル……私……」
 隣を歩きながら、ネージュが呟いた。彼女も同じような心境で、明らかに困っている。このままでは大会どころではない。
「ネージュ――あたしたち、ずっと友達だよね」
「? ……う、うん。もちろんだよ」
 いきなりのミルの言葉の真意が分からず、ネージュは曖昧な返事を返す。
「だったら、真面目に戦ってみよう。この四ヶ月、学校で習った全てで。だって、これくらいじゃあたしたちの友情は壊れないから」
「それは確かにそうだけど……」
「あたし、ずっとネージュに守られてばっかりだったと思う。いつも側にいてくれたから、あたしは頑張れた。……でも、今のあたしは自分でも戦えるってこと、ネージュにも分かって欲しいんだ」
 ミルはネージュの手を取って、いつものようににっこりと微笑んだ。小首を傾げながらの微笑みはとても明るく、元気で。潮風がそのツインテールを弄んで、長いダークオリーブの髪をふわり、と揺らした。
「……ミル……分かった。私だって、頑張れる……ほんとは、戦いなんて好きじゃないんだけど……」
 言ってネージュは大きく頷く。迷いの晴れた微笑みを浮かべて。
 それからネージュは、ナノトランサーから全長二メートルはある長剣を取り出した。モトゥブのテノラ社が製造する、"ソタッド"。長い片刃が印象的なフォルムの剣である。
 フォトン武器はフォトンリアクターの出力で“グレード“と呼ばれる階級付けが行われる。ソダッドは最下級のCグレードに属する武器ではあったが、フォトン力の制限されるこの大会では大きな問題ではなく、もちろん最終的には使用者のスキルがものを言う。
「そうこなくっちゃ! よーし、負けないよっ!」
 ミルはGRM社の片手杖"ウォンド"を右手に持ち、"ドゥーグ"を左肩の上に浮かべた。これは脳波で制御するもので、目標を自動捕捉して狙撃を行う“シャドゥーグ“と呼ばれる武器だ。
 二人は、ステージ上で向き合いながら開始の合図を待っていた。ミルは多少ひっかる部分がありながらも明るい笑顔。ネージュは暗く落ち込んだ顔ではあるがその瞳は真っ直ぐに前を見つめている。

「それでは、第三試合……始めっ!」

 ジムの声が響き渡っても、ミルとネージュは動かなかった。

 いや、動けなかった。

 二人はいま戦いに挑むというより、まるで恋人たちが抱き合いながら愛を語らうような、そんな空間に居た。時の流れは二人の主役のために流れ、その世界は誰にも侵食されはしない。
 ただ愛しさと、楽しさを感じていた。
 ミルはウォンドを構えシャドゥーグを漂わせつつ、軽く腰を落として自然な前傾姿勢で。
 ネージュは両手に持った長剣の剣先を後ろに向け、深く腰を落として。
 戦い方を習ってわずか四ヶ月の二人だったが、素人目には充分サマになっており、これから始まる戦いを期待するには充分だった。
「いくよっ……燃えちゃえ――フォイエっ!」
 先手を打ったのはミルだ。ウォンドをぶんと振りかざすと、小さな炎の玉が飛び出す。大きさこそ直径十センチほどだったが、その速度は充分に早く、投げられた硬球のような速度でネージュへ向かって飛んでゆく。
「……」
 だがネージュは動じない。長剣の剣身に姿を隠し、それを難なく弾いてやる。
「爆発しちゃえ――ラ・フォイエっ!」
 続けて、ミルがウォンドを振りかぶる。今度は炎の小さな塊が地面に尾を引いて向かったかと思うと、ネージュの眼前で爆発した。ネージュは剣身に姿を隠し、それを防ぐ。
「そうよ、ミル。テクターは敵を近づけないように立ち回らなきゃいけないわ」
 最前列で見ていたシェスが、それを見ながら呟いていた。いつものおちゃらけた表情ではなく、期待と不安の入り交じった複雑な表情。教え子の成長は目の当たりにしているが、実戦、しかも人と戦うことなどミルにとって初めてのはず。
 それがシェスに研ぎ澄まされた刃のような雰囲気をまとわせ、いつもの彼女らしくない真剣な表情をさせていたのだった。
(こんなの、牽制に決まってる……私の間合い、剣の間合いに引き込まなきゃ)
 ネージュは剣で身を守りつつ、視界を塞ぐ爆炎が収まるのをただ待っていた。ミルの作戦は分かっている、小技でこちらの大振りを誘って、チャンスを作り出そうとしているのだ。
(なら……)
 ネージュは左足を一歩踏み出し、さらに腰を落とした。
 ミルの動きが“動“なら、こちらは“静“。
 闇雲に動かず守りを固め、わずかな瞬間に全力の一撃を叩き込む――それに全てを集中する。

 それが筋力の高いビーストの、かつ好戦的ではないネージュが最小限の手数で目標を沈黙させる手段として、学園で習った戦術だ。

 爆煙が完全に晴れ、ネージュは目の前にいたはずのミルの方へ視線を向け続ける。だがもちろん、ミルはそこにはいない。
「……そこっ!」
 気配は、右側後方。直後、赤白く輝くレーザーが頭上から降り注ぐ。
(――と見せかけて……)
 そこに見えるのは、ミルが従えていたドゥーグだ。高さ二メートルほどから、雨のようにレーザーを降り注いでいる。掲げた剣身の表面でレーザーが弾けて、フォトンの輝きが光を残す。
「ここっ!」
 ネージュは防御の構えのままドゥーグに背を向けつつ、その回転を乗せて剣をぶぅんと薙ぎ払う。がぎぃん、と激しい金属音と火花が飛び散った。
「えへ、やっぱ気づかれてた?」
 ミルはその一撃を杖でそらしつつ、小さな舌をちろりと出して悪戯に微笑んでみせた。
「もうっ、そんな簡単なフェイント、すぐに分かっちゃうよ」
 ここで会場が、ほおおおぉぉぉぉ……と、どよめいた。実際の所、観客たちは余興としてのキャットファイト的なものしか期待していなかったのだ。
 確かに、先程まで水着だった可愛い女の子たちが戦闘を行う、と言われても説得力に欠ける。
 だからこそ普通に戦闘が行われていることに、観客たちは良い意味で裏切られ感嘆の声をあげたのだった。
「ミル、あとね――この距離、私の間合い」
 言ってネージュは左足をだん、と踏み出したかと思うと、剣を左へと大きく薙いだ。両手で振りかぶって叩きつけ、そのまま右手を離してためらいなく振り抜く。全長二メートルを越える剣をあまりに軽く扱うのだが、実際は五キロ以上はある大型剣であり、これほどまで自在に使いこなせるのは日々の訓練のお陰だろう。
「よっ!」
 ミルは後ろに大きくバク転で飛び退くと、後ろに移動させておいたシャドゥーグに空中で手をつく。両足をぐんと伸ばしたままくるりと華麗に回転して、ツインテールとスカートを翻しながら五メートルほど離れた場所に着地した。
「おい、今パンツ見えなかったか? 緑の縞パンだったぜ!」
 それを見ていた群衆の誰かが、興奮した声で叫んでいる。やはり、戦闘の内容にはあまり興味がないらしい。
「さっき着てた水着だろ?」
「水着だとしてもそれはそれで萌えないか?」
 などと衆人たちは不本意な盛り上がり方をしており、ネージュは思わずミルを真剣な視線で見つめていた。そう、前の実地試験での前例があるからだ。
 その視線の意味が分かったらしく、ミルは頬を人差し指で掻きながら、
「えへ、着替えるの面倒臭くて……どうせ水着は見せるもんだしいいかな、って」
 と、微笑む。ネージュはそれに小さく息を吐いて微笑み返す。
「根本的解決になってない気はするけど……とにかくそれはハンデだって思わなくていいんだね。……いくよ」
 それに安心したネージュは、また地面を蹴る。突如弾丸のように飛び込んで来る彼女に、ミルもウォンドを構え直す。
「見て……今の私ができる最高の攻撃」
 走る勢いを乗せて、ネージュは袈裟斬りに切りかかる。全身のバネを使って後ろから大きく剣を振り、剣先で綺麗な弧を描きながら。
(速っ!)
 ミルは咄嗟にウォンドを放り捨てると長さ二メートルほどの杖を転送させ、鉄棒でも掴むかのように両手で掲げた。
 がぎぃん、と激しい音がひびく。ロッドの柄でなんとかそれを弾き返すが、手にはびりびりと振動と痛みがのし掛かる。
「私だって……っ、やる時はやるんだからっ。……ティフォン・トゥールビヨーナン――“黒(ノワール)“」
 高く弾かれたはずの剣。だが、ネージュはそれに逆らわない。剣先をそのまま頭上へ掲げると、その勢いのまま後ろへまわし――円を描くように下から上へと振り上げた。
「!」
 ミルは咄嗟に杖に角度をつけ、それを左側へと弾く。するとネージュはまたそれに逆らわず、くるりと時計回りに回転して横へ大きく薙いだ。
「ええっ!?」
「私、力が強いけどそれだけじゃダメって先生に言われて――」
 ミルは慌てて剣を逸らす。だが、ネージュはその反動に逆らわず、その勢いを次の攻撃へと繋げてゆく。その光景に、会場がしんと静まり返った。
「弾き返されればされるほど、私の剣は勢いを増すの」
 ネージュの姿は、例えるならば“竜巻“。その場で円運動を繰り返し、刃を叩きつけまくる連続の攻撃。切りつけては回転し、余った勢いを殺さず剣の遠心力をさらに乗せて切り結ぶ。
 刃の速さも相まって、その姿はまさしく竜巻。触れるもの全てを切り刻む。
「ちょ……っ、ネージュ、いつの間にそんな技を覚えたの!?」
 ミルが目を見開きつつロッドを回転させ、その斬撃を受け流す。だが、剣を弾けば今度は反対側から。上だと思えば下、右だと思えば左。
 しかもミルは勢いに押されてじわじわと後退しており、気づけばステージの淵はすぐそこだ。
(まずい……)
 両手がじんじんと痺れている。
 ニューマンの細腕は、長剣の重い一撃を受け流し続ける筋力など備わっていない。

(――どうする?)

 ――落ち着いて。

 まずは落ち着くんだ、あたし。

 もしあの乱舞を一撃でももらえば、ステージの外までふっとばされてしまうのは目に見えてる。
 どうすればネージュの突進を止められるのか、それを考えるんだ――。

「こらー! 何ビビってんのよ、そんな風に育てた覚えはないわよ!」
 場外から聞こえるのはシェスの声。手には酒の小瓶を持ちながら、ぎゃいぎゃいと騒ぎ立てている。
「そんなこと言われてもー! テクニックの力を全開できないんだもん!」
「あほー! 細く長くうまいことテクニックを発動させるのも勉強だっての!」
「そんなのムリだよぉ!」
 漫才のような掛け合いをしながら、下げた足にステージの端の感触がある。あと一歩下がれば、確実に落ちる――。
(まずい! どうすれば……)
 ――細く長く。テクニックの制御術はほぼマスターした。長時間の運用に問題は無い。
 だが、小さなテクニックを放出し続けても状況は何も変わらない。
 しかし、フォトンの力を限界までこめた一撃は放ちようがない。小さな炎ならいくらでも生み出せるというのに。

(……いくらでも?)

 ミルは、剣を弾きながら、はっとなって顔を上げた。それから回転するネージュの背中を見ながら、
「そっか! それだぁ!」
 と、叫びながら軽くステップを踏んで、ロッドをくるりと回転させた。ネージュの剣を逸らしながらロッドを地面にがつん、と立てると、ミルを中心に炎の爆発が吹き上がる。
「いっけぇーっ! ギ・フォイエっ!」
 だがそれは高さ三十センチにも満たず、効果的なダメージを与えられるものではない。ネージュも背後で起こった爆発に、防御すべきか迷って一瞬動きが止まるが、すぐに剣を大きく振り上げた。
(……狙いどーりっ! わずかな時間があれば……それでいい!)
 ミルは杖先をぐん、と突き出して構える。まっすぐな瞳で前を見据え、不敵な微笑みを浮かべて。風がツインテールとスカートの裾をはためかせ、それがより彼女をより堂々とした姿に見せる。
「燃えちゃえ――フォイエっ!」
 拳大の小さな炎が長い尾を残しながら、杖から飛び出していく。だが、ネージュはそれを気にもせず、剣を振り下ろすついでに軽く弾いてやる。
「だめだよミル、そんなの私には効かない――」
「じゃあ、これはどう? ――フォイエっ!」
 今度は三発。また小さな炎が飛び出した。
「さらに、さらにっ!」
 今度は五発。小さな炎がまた飛び交う。
「!? まさか……!」
「そうだよ、弱いのしか出せないなら、いーっぱい出してあげればいーんだ! ――いっけぇ、炎たち! “フー・ダルティフィス“!」
 ミルの杖から、数えきれないほどの炎が飛び出す。それは赤い尾を彗星のように幾重にも残し、芸術的と言っても良いほどの光景を作り出す。
「あっ……!」
 ネージュは、すでに剣を振り下ろしかけていたのが災いした。胸と腹に数発の炎が叩き込まれ、一瞬息が詰まる。シールドラインは最低限の力しか発揮しておらず、衝撃はほぼ筒抜けだった。制服の繊維が焦げる臭いが、つんとわずかに鼻をついた。
 一瞬動きを止めてしまったのが、運の尽きだった。わずかに仰け反ったところへ、炎がどんどん着弾していく。肩にぶつかりわずかによろめき、腕を燃やして握力を弱めさせられる。脛を叩いて進む足が止まると、太股へ食い込むように炎がえぐる。そのたびにシールドラインがフォトンの膜を展開し、まるでネージュの体がちかちかと部分的に発光しているようだ。
「うぅ……!」
 すでに、ネージュは単なる的でしかなかった。
 ミルが掲げる杖先から、まるで花火が大量の炎の線を飛ばすように、数えきれないほどの炎を吐き出し続ける。それらひとつひとつが赤く長い尾を引いて、ネージュへと向かっていく。その幻想的な光景は、まるで幾多の彗星が空を埋めているかのよう。
「ちょ、ちょっと、ミル……!」
 長い剣に体を隠そうとするが、あまりに量が多いのと反応が遅れたせいで、ネージュはすでに全身ぼろぼろになりつつあった。制服も所々焼けてしまっており、所々地肌や下着が見えてしまっている。それに観客は大いに沸いていたが、当のネージュはそんなこと気にしていられない。
(何これ……っ!)

 前に進みたい。
 だが進めない。

こちらグラール学園! | 膨大な量の炎が、ネージュの体を押し返してゆく――。
 膨大な量の炎が、ネージュの体を押し返してゆく――。

 ごん、と音がして視界が揺れた。横から大きく回り込んだ炎が側頭部を打ったのだ。ぐらりと揺れて、そのままぺたんと尻餅をついた。視界がちかちかとして、周りがよく見えない。
「ふぅ……っ。さ、ネージュ、あたしの勝ちだよ」
 おぼろげな視界に差し出される、ミルの右手。ネージュは納得したように小さく息を吐くと、ゆっくりとその手を握り返して、
「……ぁうぅ、私の負け……降参します」
 と、清々しい笑顔で言った。
「勝負あり! 第三試合、勝者はミル=ウジェーヌ!」
 勝利を宣言するジムの声に、観客がどっと沸いた。二人の戦いを讃える、怒号のような歓声が場を包む。
 ネージュは左手で胸を隠しながら、右の腕をミルの肩に預ける。制服の上着はほとんど焼けてしまって申し訳程度に肩と腕を包んでいるだけになっており、濃赤のブラジャーがほとんど露出してしまっていてその胸のボリュームを見せつけていた。
 ミルの肩を借りてネージュは立ち上がると、二人はその歓声に答えて軽く手を振った。それにまた、歓声がひときわ大きくなる。
「あいたた……すごいね、ミル」
「偶然だよ、ぐーぜん。それに、ナノブラストが使えていたらきっとあたしが負けてたと思う」
 それにネージュは微笑み返して、
「うん、でもすごく安心した。ミルは強くなったんだな、って」
 と、まるで子供の成長を見守る母親のようなことを言う。

 実際、ネージュは複雑な心境だった。実地試験のように、自分はミルを守り続けるものだと思っていた。
 ――だが、ミルは強くなっていたのだ。

 それはもちろん嬉しいことだったが、二人を繋ぐ絆がひとつ壊れてしまったような、大きな喪失感があるのも事実。

 二人は舞台の袖から降りて、無造作に置かれた休憩用の椅子に腰を下ろした。
「お疲れさま、いい勝負だったわよ」
 それにエーデルシュタインが声をかける。
「ミル、なかなか面白い技を考えついたわね」
 シェスも気づけば観客席からこちらへと移動していた。それからネージュに視線を移して、
「……にしてもあんた、ほんとムカつくほど胸でかいのね」
 と、妙にしみじみした口調で続けた。
「ぁうぅ……先生、どうして真っ先にそっちを見るんですか……?」
 ネージュが泣きそうな顔で言って自分の体を見下ろしながら、
「うぅ、新しい制服買わなきゃ……お金無いのに……」
 と、続けた。
「ネージュは胸がおっきいから標準サイズじゃムリで、胸まわりを直してもらわなきゃいけないんだよね」
「ちょ……ミル、やめてぇ……はぅぅ」
 ミルはネージュの後ろから両手で胸を鷲掴みにして、余計な情報を提供してくれる。
(このガキ……どこまで……)
 シェスが鬼のような形相をしているのも露知らず、二人はきゃいきゃいとはしゃいでいたのだった。
「……にしても、あのテクニックの使い方は怖いわね。あれだけ大量に射たれると対処しきれないわ」
 ふとエーデルシュタインが、いつもの真面目な口調で頷きながら言う。それにシェスも頷いて、
「確かに。テクニックを練り込めないことを逆手に取って、媒体に蓄えられたフォトンを次々と打ち出すなんてねえ。しっかし、フー・ダルティフィス………“花火大会“とは、よく言ったものね」
 と、珍しく感心したように言った。
「えへっ、せんせーの立派な教育のお陰ですっ」
「よく言うわよ、そんなこと思ってもいないくせに」
 シェスは冗談めかして、ミルの頭をはたく真似をする。ミルもそれに答えて、舌を出しておどけながら笑った。
「をっほっほ……そんなものがわたくしに通用するとは、思わない方がよろしくてよ」
 両手を腰に当てながら会話に入ってきたのは、もちろんカテリーナである。
「お忘れかしら、この勝負でより上位に残った者がエーデルシュタインお姉様を独り占めできるということを! あんなことやこんなことも許されるということを!」
「……そんな話ではなかったと思うけど」
 自分のいいように話をすり変えているカテリーナに、エーデルシュタインは冷静にツッコんだ。
「いいえお姉様、わたくしにおまかせください。必ずこの下賎の娘の呪縛より、お姉様を解き放ってご覧にいれます」
「……」
 場がしんとなって、全員が何も言えなくなってしまった。
 もうツッコむのも面倒になったというのが本音である。
「それでは第四試合、スゥ対カテリーナ・アンドレエヴナ・グロムシキナ……名前長いな、しかし! 両名ステージへお上がりください!」
「さあ、次の試合を覚悟しておくことね下賎の娘!」
 ジムの声が響いて、カテリーナはステージへと上がってゆく。それにミルはいつもの笑顔で、
「うん、頑張ってね!」
 と、普通に見送ったのだった。

 

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