学園生活恋せよ乙女っv ガーディアンズは大・変・だっ!

小説・ファンタシースターユニバース Episode2 こちらグラール学園! 1年B組ガーディアンズ科

13th universe サマーウォーーーーーーズ!(01)

 キンコーン、カンコーン。

「終わったああぁぁぁ!」
 ミルは校門を出ると、無駄に元気よく叫びながら駆け出した。ネージュは慌ててそれを追いかける。
 ミルは三メートルほど先を走っていたが、スカートを翻しながら急に、くるり、と振り向いて、
「なっつやすみだあぁぁぁ!」
 と、叫んだのだった。

 星グラール学園は、七月の第四週目から八月の末日までが夏休みとなっている。今日は七月十六日の金曜日。学園では終業式が行われ、生徒たちはこれから訪れる長い休暇をいかにして楽しむか、それだけを考えているのであった。
 ……宿題のことなどすっかり忘れて。

 夏の日差しが容赦なく照りつける、ホルテス・シティ。そこを浮かれて走るミルをネージュは追いかけて、いつものようにCafe六月館へと到着して。ネージュはいつものようにスパイシアミルクを、ミルは夏のみの期間限定商品であるサムシングスイーツソーダを頼んで、乾いた喉を潤すのであった。
「ミルちゃん、なんだか楽しそうだねっ」
 そわそわした様子のミルに、コノギが注文を取ってから思わず聞いてしまっていた。それほど明らかに浮わついていたのだ。
「あっ、コノギちゃん! 聞いて聞いて、明日から夏休みなのっ!」
「あ〜、そっか。どうりで今日はグラール学園の生徒が多いと思った」
 コノギはゆっくりと店内を見回す。店内にある二十席ほどの客席は七割ほどが埋まっていたが、その半分は星グラール学園の制服が埋めていたのであった。
「……あれ?」
 ネージュがその中に不思議な光景を見つける。四人掛けのテーブルに女子生徒が五人座っているのだが、中心に座る一人を取り囲むような雰囲気で、きゃいきゃいと黄色い声をあげながら話しかけたり世話を焼いたりしているのだ。
「あれ? エーデルせんぱい! 何してるんですか?」
 ネージュが状況を把握するより早く、いつの間にかミルが席まで近づいていて、いつものノリで軽く声をかける。そう、その中心に座っているのは、エーデルシュタインだったのだ。
「……」
 だがエーデルシュタインは、ミルを一瞬唖然と見上げた後、“あっちゃー“というような顔をして視線を背ける。
 周囲の女子生徒たちがミルを睨みつけ、ぼそぼそと小声で耳打ちし始めた。エーデルシュタイン以外の四人は全てタイが緑色で、一年生である。
(ねぇ、聞きました?)
(ええ、エーデルシュタイン様を愛称で呼びましたわ……)
(馴れ馴れしい小猿ね……)
(恐ろしい娘……!)
「……?」
 ミルは何故自分が睨まれているか分からず、不思議そうな視線で見回す。それもそうで、エーデルシュタイン以外の生徒たちは初対面のはずだ。睨まれるような覚えはなかった。

こちらグラール学園! | 四人のうちの一人が、すっ、と洗練された動きで席を立って、腕を組みながらミルに向き直った。
「貴方……失礼ですが、クラスとお名前は?」
 四人のうちの一人が、すっ、と洗練された動きで席を立って、腕を組みながらミルに向き直った。長い金髪を縦ロールにして、いかにも“お嬢様“といった雰囲気のヒューマン女性である。きっ、とつり上がった大きなダークブラウンの瞳に丸い鼻と、高貴さと幼さが残るギャップの共存が彼女をより印象づける。身長はミルより少し大きいがボディラインの起伏が平坦で、同じ学年にしては少し幼く見えた。
「あたし? ガーディアンズ科一年B組のミル=ウジェーヌ。よろしくねー!」
「わたくしは生徒会役員書記一年C組のカテリーナ・アンドレエヴナ・グロムシキナと申します、以後お見知りおきを。――それで、不躾と存じあげながら聞かせて頂きますが、エーデルシュタインお姉様とはどういった関係ですの?」
 その質問に続いて、残りの三人が「そうだそうだ!」と声をあげる。
「どうって……友達だけど」
「友達? こんな下賎の娘が、友達!?」
 カテリーナは腕を組んだままミルにずい、とにじり寄ると、まるで世界の終焉でも来たかのように声を裏返らせて声を荒げる。
「ちょっと、失礼じゃない!」
 気づけばネージュが二人の間にずい、と入りこみながら、反論した。だがカテリーナはそれを気にすることなく、
「あなたごときがエーデルシュタインお姉様と釣り合うはずがありませんわ。ですわよね、エーデルシュタインお姉様!」
「あー……。なんというか……」
 凄い剣幕で喚きたてるカテリーナに、エーデルシュタインは視線を逸らして頭を抱え、げっそりとした顔で呟くように答える。どうやら、エーデルシュタインも扱いに困っているらしい。
「あたし、そんなに下品かなー? 確かに上品ではないとは思うけど」
 ミルも状況が分からず、人差し指を鼻に乗せながら、きょとんとした顔で言う。それもそうで、一体何が起こっているのかがさっぱり分からなかったのだ。
「下品ですわ。その薄汚れた制服、それにその、俗っぽい“ウインナーロール“とかいう髪型!」
「あれは“ツインテール“というものですわ、カテリーナ様」
 取り巻きの一人が耳打ちする。無駄なまでにいい連携が取れていた。
「そうそう、それですわ。とにかく、あなたとエーデルシュタインお姉様は住む世界が違うのです。お分かりかしらっ?」
「勝手なこと言わないで! ミルは何も悪くないし、そんなの個人の自由じゃない!」
 またもネージュが反論を続ける。少し興奮してきたらしく、耳先がぴんと立って、今にも噛みつきそうな口調だ。
「あらいやだ、そのお仲間も同じように下品ですわね」
「何よ、つっかかってきたのはそっちでしょ!」
 カテリーナが見下す視線で言うのに、ネージュはむっとした顔で言い返す。当事者であるはずのミルは完全に置いてきぼりで、一触即発な空気が流れ始めていた。
(……)
 ミルはカテリーナとネージュの顔を交互に見比べて、少しだけ考えた。だが、状況が分からないのに考えても仕方がないのにすぐに気づいて、
「ねえ、エーデルせんぱい。これ、どうなってんの?」
 と、空気を読まずに聞いたのだった。
「……あ、そうよね。ごめんなさいね」
 エーデルシュタインはほぼ放心状態だったが、状況を察したのかはっと我に返り、いつもの冷静な口調に戻る。
「ええと……まあ、いろいろあって、私は生徒会の風紀委員に就任しているの。それで、カテリーナとはその縁なんだけど……」
「聞いて驚きなさい、エーデルシュタインお姉様はアンシュラーク家の長女であらせられるのよ。そしてわたくしはグロムシキナ家の長女。名家の長女同士が交流をはかるのは当たり前でしょう、をーっほっほ!」
 カテリーナが話に割り込んで、勝手にべらべらと喋りだす。両手を腰に高笑いし、店内に響き渡るその声に店じゅうがしんとなった。それにエーデルシュタインはちょっとばつの悪そうな顔で頭を掻いて、
「……まあ、私は養子だし義父さまも分家ですでに亡くなってて、遺産も本家に渡しちゃったから。あまり関係がないといえば関係ないんだけど……」
 と、困ったように補足した。
「いいえ! エーデルシュタインお姉様の気高さ、育ちの良さは見れば分かります! わたくしと同じような気高き血筋を持っておられますわ!」
 カテリーナはヒートアップしているらしく、勝手に盛り上がって高笑いを続けている。さすがに店内の他の客が迷惑そうな視線を向け始め、コノギも心配そうにこっちを見ていた。
「ちょっと、カテリーナ。他のお客さんに迷惑よ」
「しかし! このような下賎の娘がエーデルシュタインお姉様に大層な口をきくなど、見逃すわけには参りませんわ!」
「うーん……」
 熱くなったカテリーナが叫ぶのに、エーデルシュタインは困ってしまった。

 ……何せ、見ての通り彼女は熱くなりやすい。理論を説いたところで耳に入るとは思えないのだ。彼女を納得させるには、何らかの形で力を示すのが手っ取り早い――。

「――じゃあ分かりました、同じガーディアンズ科同士、素直に勝負で決着をつけるというのは?」
「いいでしょう!」
 カテリーナは即答だ。話が早い。
「ちょっと! ミルを巻き込まないでよ!」
 エーデルシュタインの提案にネージュは驚き、思わず割って入ろうとする。両耳がぴんと立っており、責任感に駆られて行動しているらしかった。
「……」
 それにミルは答えられなかった。エーデルシュタインの提案が何を示しているのか、何を意味するのかも分からなかった。
 だから、
「うん、別にいいけど」
 と、普通に答えたのだった。
「軽っ!」
 それにカテリーナと、取り巻きたちが声を揃えてツッコんだ。
「――模擬戦ということは、エーデルシュタインお姉様……!」
「そうよ、ここで決着をつけるといいわ」
 エーデルシュタインがナノトランサーから取り出したのは、一枚のビラ。そこには派手な色使いのイラストが描かれ、楽しそうな雰囲気を与えている。上部には大きく白抜きの文字で、“納涼! パラカバナ花火大会“と書いてあった。
「毎年、余興で武闘大会が行われるの。模擬戦とはいえフォトン武器、テクニックOKの本格的な大会よ。怪我人も出ることから、毎年学園生徒会も救護班として参加しているの。これに二人で出場して、より上まで勝ち残った方の勝利――ってことでどうかしら?」
エーデルシュタインが淡々と説明するのに、カテリーナは何度も頷いてやる気満々。対してミルは、いつもの調子でへぇー、と呑気に頷いている。
「下賎の娘ごときに、負ける気がしませんわ。これでエーデルシュタインお姉様はわたくしのもの……!」
(……これがなければ素直でいい子なんだけどなあ)
 エーデルシュタインが内心ツッコんでいるのを露知らず、カテリーナは前屈姿勢で拳を握りしめ、妙にやる気を見せている。興奮したせいか頬は紅潮して上気しており、こめかみには青筋を浮かべていた。
 対してミルはというと――。
「ねえミル、ほんとに大丈夫なの!? この間も実地訓練でひどい目に――!」
「うん、モンスターは怖いけど、人間は怖くないからな〜」
「だめ、心配だから私も出る……!」
 ――と、呑気に答えているのであった。
「さ、これで話はまとまったわね。花火大会は二週間後の日曜日、八月一日よ」
 自分の荷物をナノトランサーにしまいながら、エーデルシュタインは言いながら席を立つ。
「もちろん私も参加するから、二人の戦いは近くで見ることになるわ。いい勝負を期待しているわよ」
 言いながら微笑んで、エーデルシュタインは入り口目指してゆっくりと歩き始めた。
「あっ! エーデルシュタインお姉様!」
 カテリーナはそれを追いかけようと席を立つが、すぐにミルの方を振り向いて睨みつけて、
「……よろしいですか、逃げたりしたら承知しませんことよ! その“クリームロール“をむしり取ってくれますわ!」
「カテリーナ様、あれは“ツインテール“というものですわ!」
 と、コントのようなやり取りをしながら荷物をまとめて飛び出していった。それに取り巻きたちも続いて、かくして平和な喫茶店を襲った局地的な人災は、これにて落着したのだった。

「ねえ、ミル……あんなの受けちゃって、本当に大丈夫なの?」
「え? あー、うん。なんとかなると思うよ」
 と、いつも通りに微笑んだ。
「女の嫉妬は怖いねえ」
 不意に知った声が届いて振り替えると、そこにはヴィンセントとセルジュが、向かい合って隣のテーブルに座っていたのだった。
「あれ? いつから居たの?」
「最初から見てた。まあ、こっち座んなよ」
 ネージュが自分たちの席からミルの分の荷物も持ってきて、ミルはセルジュの隣に、ネージュはヴィンセントの隣に座る。
「……最初から見てたんなら、止めてくれればいいのに……」
「まあ、問題ないと思ってね」
 ネージュが言うのにヴィンセントは気にせず、ミルを促す。案の定ミルはのほほんとしたもので、気にしたり怖じ気づいている気配がまったくない。
「う〜ん、何をあんなにムキになってるんだろうね。カルシウムが足りないのかなー」
 ミルはまるで他人事のように首を傾げて言う。それに三人は苦笑した。
「ところでミルちゃん、しばらく見ない間に胸おっきくなったんじゃねぇ?」
 セルジュがいつものように胸に視線を向けながら言うのに、ミルは自分の胸を軽く持ち上げながら言う。
「実は最近、ちょっとずつ大きくなってるんだよねえ」
「おおっ!?」
 案の定セルジュが興奮したような奇声をあげると、
「うそだよー」
 と、ミルは舌を出してあかんべぇ、としてみせた。どうやら扱いに……というか弄び方に慣れてきたらしい。
「でも、パラカバナ花火大会の武闘大会ってどんな大会? 危ないんじゃないの?」
 ふとネージュが両耳をへたりと垂れさせて、恐る恐る聞いてみることにする。
「ああ、まあ確かに真剣勝負だからな。ルールは簡単で、“気を失うなど事実上の戦闘不能になる、もしくは降参した方が負け“という明朗会計なルールだ。ただし、フォトン武器は全て最低出力、テクニック媒体も同じ。“スタンモード“と呼ばれる、目標に致命的なダメージを与えることのできないモードに切り替えて戦うことになる」
「でも、それじゃあフォースが不利じゃないの? 杖の出力がないと大きなテクニックが使えないもん」
 それにミルが口を開く。確かにフォトン武器であれば出力が弱くても物理的に直接殴れるわけだが、テクニックは杖などを媒体からフォトンを引き出して効果を及ぼすものだからだ。
「ところがそうでもないんだ。要は、破壊力を抑えて飛距離や効果範囲に留意してテクニックを行使する、ということだ。そうすれば確かに威力は最低だが、効果や使い勝手はいつもとほぼ同じになる」
 ヴィンセントがまるで静かに簡潔に述べるのに、ミルとネージュは大きく頷いた。
「じゃあ、問題ないってこと?」
「ああ、ただしちょっとコツはいるかもしれない。誰かに教えてもらうといいと思う」
「うん、分かった。頑張ってみる」
 ミルは子供のように微笑みながら大きく頷いて、両手を胸の前で握って軽くガッツポーズを取ってみせる。
(……)
 その仕草に、ヴィンセントは思わず見入ってしまった。多少幼いとはいえ、彼女のことを分かりやすく可愛いとは思っていたので、そんな仕草がよく似合っていたからである。
「ぁあ、あと、シールドラインは最低出力だから気を付けた方がいい。最小出力の武器だって、ぶん殴られれば木の棒で殴られるよりは痛い」
 ヴィンセントはなんとか我に返り、取り繕うように言葉を続けた。
「ぁう……男の人に殴られたら、すごく痛いと思うよ……」
「ああ、それは心配いらねぇよ。ちゃんと男女の部が分かれてる」
 心配そうに呟くネージュに、セルジュはストローをくわえながらつっけんどんに答える。
「……あなたには聞いてないもん」
「はあ? 下手な男より恐ろしい筋力のくせに何をビビってんだ」
 睨みつけながら呟くネージュに、セルジュがからかうような口調で言う。お互い睨みあって一触即発だと思ったその時。
「まあ待て。これでもセルジュは大会に何度か出場して優勝してる。言うことを聞いて損はない」
 ヴィンセントの助け船が出た。それにミルとネージュは驚いた声をあげる。
「まあな、去年・一昨年に参加して優勝してるんだな、実は。……まあ、俺はこれでもコロニー内での剣術の腕を競う“フラバルゥ大会“でも、何度かいいとこまでいってんだぜ」
 フラバルゥ大会とは、ガーディアンズ・コロニーで年に一度開催される、純粋に剣術の腕を競う大会だ。現役ガーディアンズが多く参加しており、レベルの高さには定評がある。
 その事実はネージュにとってはあまりにも予想外だったらしく、驚いた声の代わりに舌打ちを出し、ミルの驚きの声とのハーモニーを奏でるのであった。
「でもさ、セルジュが優勝できないって、そんなに強い人ばっかなの?」
 ミルはセルジュの腕前を知らないのだが、いつもの天然リップサービスを炸裂させるとセルジュも乗ってきたようだ。背もたれにどっかりと体重を預け、大袈裟な手振りで話し始めた。
「そらそうだ、ほとんどが現役のガーディアンだぜ? 特に、何度も優勝してる奴がいてさ。一回だけ戦ったけど、三秒で負けた」
「三秒!?」
「ああ、踏み込みが速くて見えねぇんだ、開始とほぼ同時に気を失わされた。あいつ、なんつったかな……銀髪のキザったらしい優男で、ヒュ……ヒュー……? まあいいや、男の名前なんて覚えてらんねぇ」
 セルジュは右手を大きく開いて鼻で笑いながら、強引に話を締めくくった。
「なるほどな。で、剣豪・セルジュ=ダランベール殿の、武闘大会優勝への抱負など聞かせてもらえますか?」
 それにヴィンセントがおどけて、笑いながら言う。
「ああ、今年は出ねえ。別に見せたい女もいねえし」
 それにセルジュは相変わらずのぶっきらぼうな返事を返した。
「そうか、それは残念だな。――ま、ミルもネージュも、無理せず頑張れよ」
 ヴィンセントはそれに頷いてからミルに視線を戻して、そう言ったのであった。
「うん。明日から特訓しようと思ってるんだ」
「おおー、ミルがついに……!」
 ミルが明るく言うのに、ネージュが演出がかった驚きを見せて、大袈裟に仰け反ってみせた。
「頑張る! オウトク山にこもって滝に打たれて、メジャーガーディアン養成ギブスをつけるんだ……!」
 ミルが妙にキラキラと輝いた瞳で意味不明なことを言うのに、三人は大きなため息をハモらせた。


「……で、そんな理由でわざわざ夏休み初日から私のとこに来たわけ?」
 シェスがじとついた視線で見つめながら面倒そうな口調で言うのに、いつもの私服を着たミルは「はい!」と無駄に元気よく答えた。その斜め後ろにはネージュが座っており、こくこくと頷いている。
 ここは学園の宿直室で、四メートル四方ほどの小部屋にベッドと棚が置かれただけで、壁面には簡易なシンクとコンロがあるだけの簡素な部屋である。元々は白かったはずの壁も経年劣化が進んで茶色がかっており、床の隅や窓枠には長年の汚れがこびりついていた。ベッドの布団も所々がほつれかけており、お世辞にも清潔な部屋とは言えなかった。
 シェスはパンツにTシャツだけというあられもない姿でベッドで上体を起こして、目の前に正座するミルを見下ろしていた。床には穀物で作られたニューデイズ製の酒瓶が数本転がり、宿直中にシェスが飲んだのであろうことは想像がつく。
 そこへ、朝七時に突然の二人の来訪。その理由も「武闘大会に出ることになったから、テクニックの制御を教えて」ときたもんである。
「あたし、テクニックを勉強し始めてまだ三ヶ月だもん。制御とか上手じゃないし」
「……まあ、それはそうだけど……なんで私のとこに来るかな……今日は一週間分たまったルツ様の録画映像を見ないといけないのに……」
 最後の方は小声で呟いて、シェスは露骨に面倒臭そうな顔をした。くしゃくしゃになった髪の頭をぼりぼりと掻いて、胡座をかく。
「えー! せんせーって生徒あってナンボの職業じゃないですか? 生徒を軽く扱うといろいろと面倒なことになりますよ〜?」
「……あんた、本当に私を教師だと思ってる? とにかく私は忙しいの。他を当たってくれるかなあ」
 面倒そうにベッドから降りて、シェスは大きく伸びをする。はしたない姿であることなどお構い無しだ。
「……あれ?」
 その光景を見て、不意にミルが不思議そうに首を傾げた。
「せんせーって、そんなに胸無かったでしたっけ?」
 その言葉にシェスは固まってしまった。

(……しまった、ノーブラだ……!)

 ……要するに、だ。

 普段のシェスは大人の財力に物を言わせて、フォトンエクスパンション内蔵の豊胸ブラジャーを身に付けていた……という大人の事情があったわけである。
(く……!)
 シェスは咄嗟に、二人の胸に視線を移す。もちろん、相手の方が小さければそこから突破口を開くためであることは言うまでもない。
(ちょ……E……いや、Fか! 話にならん!)
 まずはネージュの胸に視線をやって、すぐに視線を外す。
 考えるまでもなく、すぐに隣のミルの胸に視線を移す。

 ……シェスには、勝算があった。
 この二人はいつも一緒にいるのをよく見ていて、ぱっと見どう考えてもミルの方がふたまわりは小さい。

 ならば――。

(な……! こいつ、まさか……C……かっ!?)

 一介の高校生が手術や下着マジック――ここで言うマジックとは、太古に存在していたという“魔法“のことではない――で見た目を変化させているとは考え難い。いくら下着補正技術が発展しても、一般的な市販品ではそれほど極端な差は出ないはずだ。
 瞬間的な目測ではあるが、天然物であるにも関わらず自分より豊満な胸を持つ生徒たちにシェスは愕然として、完敗を悟ったのだった……。

 それから両手を伸ばしてミルの肩をがっしりと掴むと、
「……もちろん、みんなには内緒にしておいてくれるわよね?」
 と、不気味に微笑みながら言った。
 二人はその言葉の意味はよく分からなかったが、ミルはいつものように気にせず、「はい!」と無駄に元気よく答えたのだった――。


「……五百」
 学園寮の中庭で、片手剣をぶん、と振り下ろしながら、エーデルシュタインは呟いた。
 それから一息ついて、額の汗を拭う。服装も動きやすいスポーツウェアに着替えており、まさに鍛練の真っ最中という様子だった。
これで、午前の日課は終わり――エーデルシュタインは日々の鍛練が予定通りに進んでいることに、安堵感とも達成感とも言える気持ちを覚え、ゆっくりと息を吐いた。
「精が出るねぇ」
「なかなか見事な太刀筋だな」
 声をかけてきたのはセルジュとヴィンセントだ。セルジュはいつものような笑顔で、ヴィンセントは頷いて感心している様子だった。
「あら、こんにちは」
 エーデルシュタインはそれに気づいて、形通りの挨拶を交わす。ちょうど鍛練の合間で気が緩んだからか、少しは微笑んでいたかもしれない。
「女とは思えない腕前だ」
「それはどうも。……そういう貴方は練習しなくていいの? 武闘大会、出るんでしょう?」
 相変わらずセルジュが不躾なことを言うが、エーデルシュタインにとっては誉め言葉にしかならない。素直に受け取って、お返しに皮肉混じりの言葉を返す。
「あいにくさま、今年は出る理由が無いんでね。水着コンテストを見に行くだけにする」
「そういうことだ」
 セルジュが悪びれず言うのに、ヴィンセントが同意する。
「あんたは水着コンテストには……出そうもないな」
「その通り。生徒会で忙しいのに出るわけないでしょ」
 それにセルジュが両手を開いて、残念そうに首を左右に振った。
「生徒会も大変だな。いろいろと運営の手伝いをしてるんだろ?」
 そこでヴィンセントが、気になったのか思い出したように口を開く。
「ええ。救護班だけでなく売店の運営、近辺警備までなんでもござれ、よ」
「なるほどな、社会勉強も兼ねてるってことか」
「ご名答。ガーディアンズたるもの、戦闘だけでなくいろいろなことができるにこしたことないから」
「そうか、学校もいろいろ考えてるんだな」
 エーデルシュタインの回答は知的好奇心を大いに満たせたらしく、ヴィンセントは腕を組んで大きく頷いた。
「まあ、水着は残念だが、当日見かけたらからかいに行くぜ」
「それはどうも」
 セルジュの冗談に、エーデルシュタインも冗談めかして返す。いつになく、僅かに微笑みなど浮かべて。
「ま、鍛練もほどほどにな。俺らはそろそろ行くか」
 ヴィンセントが促すのにセルジュが頷いて、二人は手を振りながら出口へ向けて歩き出す。エーデルシュタインはその背中を見送りながら、ふと、
(あの二人は、何故いつも一緒にいるの……?)
 と、変わった着眼点で不思議に思っていた。

 一人で居ることが普通だったし、いつも一緒に居る人が必要と思ったことは、あまり無かった。
 それが自然だったのだ。

(……おじい様)

 ふとエーデルシュタインは、懐かしい初老の紳士の顔を思い出す。

 長い髭は白髪ばかりで、頭髪は生え際がやや後退してはいたが、白い髪を上品に後ろに撫で付けていて。にっこりと微笑むとしわでくしゃくしゃになる。
 彼は、私が何を言っても絶対に、
『ああ、そうじゃな。エーデルの思う通りにしていいんだよ』
 と、肯定することしか言わなかった。

 養父である、フレーリッヒ=アンシュラーク。

 彼とは、五歳の時から十年過ごした。それ以前のことはあまり覚えていないが、私がどこかの孤児院で生活している所を引き取ってくれたらしい。
 彼は、落ちぶれてはいたが三惑星間貿易で栄えたアンシュラーク家の分家であり、老人が余生を過ごすには充分なほどの財産と社会的地位を持っていた。個人でスペースシップも所持していて、いろいろな所に連れていってもらった覚えがある。

(……もし、彼がまだ生きていれば)

 私はもっとヒトと触れられていたかもしれない。彼の死が原因で、私は他人に触れることに完全に臆病になってしまった。

(だけど……)

 そうだ、ここ最近一人で居る時間がほとんど無い。
 ミルはネージュを引っ張って寮の部屋まで襲撃してくるし、学校でも暇さえあれば遊びに来る。
 昼食にはセルジュとヴィンセントが同席することもある。
 放課後、生徒会に行けばカテリーナが寄ってくるし鍛練場に行けばセルジュと会う。

(そうなんだ、私……)

 ――間違いない。分かっていた。

(戸惑ってるんだ――)

 でも、「解ってはいなかった」。
 感情と理性がすれ違ってしまっているということに。
 だから、最近やたらとこんなことを考えてしまっている。

「……考えすぎてもしょうがないわね」
 エーデルシュタインはその考えを振り払うように首を左右に振って、
「さて、もうひと頑張りしなくちゃ」
 と、剣を握り直した。


「あー、違う違う」
「はい!」
 シェスがため息混じりに半分呆れたような口調で言うのに、ミルはがっくりと上体を折って膝に手をつきながら声だけは元気に答えた。
 すでに大量の汗が顔を伝い落ち、顎まで垂れた汗がぽたぽたと地面へと落ちている。少し離れた校庭のベンチで、ネージュは本を片手にその光景を見守っていた。
 気づけば陽も高くなり、午前十一時をまわっている。それまでずっと休憩することなく、ミルは校庭で練習を続けていたのだった。
「あんた、返事だけはいつも元気よね。……それはさておき、無駄な力入りすぎ」
 言ってシェスはロッドでミルの膝を軽く叩いてみせる。
「自分を空っぽにするのよ。で、そこへフォトンを取り込んでやる。コツはただそれだけ、あとは体感で慣れるしかないわね。……ちょっと休憩しようか」
 ベンチに向かいながら、シェスは言った。それにミルは頷いてついてゆき、ネージュの隣に腰かける。どっかりと腰を下ろしてから大きく深呼吸して、それから大きく息を吐く。それでやっと落ち着いたらしく、ネージュの差し出したタオルを受けとると、汗を拭き始めた。
「……まあ、最初に比べたら随分良くなったとは思うわよ。三ヶ月前のあんたは、言わばブレーキのついてないリニアラインのようなもんだったからね」
「え、あたしそんなに速いですか?」
 シェスが冗談めかして言って、頭をくしゃくしゃにしてやる。だが、ミルはそれに素っ頓狂でズレた答えを返した。
「……いや、一体どういう流れでそんな回答になったのか知りたいわ。ものの例えよ、例え」
「へえー?」
 シェスがたまにフォローしてやったというのに、ミルがそれに気づくはずはない。報われないものだ。
「そういえばネージュの方はちゃんと訓練してるの?」
 不意にシェスはネージュの方を向いて口を開く。
「一応は……。でも、ミルのそばにいるために参加するんだし……それに私、戦いとかあまり好きじゃないから……」
「いやまあ、それはしょうがないとは思うけどさ。いざというとき、大事な人を守れないと意味がないじゃない」
「あ、実地研修の時に助けてもらったんで大丈夫。ネージュはやればできる子です」
 ミルとネージュは、ねー、と仲良くお互いに手を握って笑い合っている。
(……まあ、いいか)
 シェスはそれを微笑みながら見守って、
「さ、お昼までもうひと頑張り。今日中には形にするわよ」
 と、ミルを促した。
「練習熱心だな」
 ふと、ベンチの後ろから声をかける者がいた。フランチェスコである。
「あら、ラウレンティス先生。今日は出勤していたの?」
「ああ、顧問を勤める家庭科部の合宿が来月でな。その準備だ」
 シェスが聞くのに、フランチェスコはいつも通り無愛想に答える。
「家庭科部!?」
 それにミルとネージュは、目を丸くして驚いた声をあげた。
「せんせー、家庭科部だったんですか?」
「お前ら……担任の顧問部も知らなかったのか?」
 ミルが呆けた声で聞くのに、さすがのフランチェスコも頭を抱えつつ答える。入学してから三ヶ月も経つというのに、なんという愛情深い生徒たちだろうか。
「先生、家庭科部って何するんですか?」
 興味を持ったのか、ネージュがおずおずと小さく手を上げながら口を開く。まるで授業参観で親の目を気にして挙手しているかのように。
「まあ、料理や裁縫が主だな。あとは掃除や洗濯も教える。確かに今の世の中にはあまり必要のないことかもしれんが、だからといって知っていて困るということはない」
 この時代、いわゆる家事全般はほとんどが自動化されている。料理は材料を放り込んでボタンひとつで作れるものだったし、衣服の汚れやゴミは特殊なフォトンを浴びることで浄化することができる。
 そんな時代に、昔ながらの家事は廃れていたのは当然だった。
「それに、こんな時代だからこそ家事ができるというのは大きな自己アピールになる。悪いことばかりじゃないさ」
 今一つ理解していないようなミルとネージュに、フランチェスコの言葉が重ねられる。案の定、ミルとネージュはよく分かっていないような顔で、曖昧に頷くだけであった。
「じゃあ、むしろあたしたちよりシェスせんせーが習った方がいいと思うな。女子力高めるために」
「なんだと!」
 ミルがからかうように言うと、シェスが杖を振り上げる。ミルが慌てて逃げるのを、シェスが追いかけ始めた。
「はは、仲がいいな」
こちらグラール学園! | (……あ、また笑った)

 フランチェスコはそれを目を細めて見つめながら、微笑んで言った。
(……あ、また笑った)
 ネージュはその横顔を見ながら、ミルの誕生日の時に初めて見た、フランチェスコの笑顔をふと思い出していた。

 ……あの時も確か、可愛く笑う人なんだなあ、としみじみ思ったっけ……。

「……ん? どうした」
 その視線に気づいたのか、フランチェスコが振り向いて言う。ネージュは慌てて本を持ったままの手をぶんぶんと振りながら、
「い、いえっ、なんでもないですっ」
 と、答えるのだった。
「そうか。……ん、その本」
「? あ、“ソード・ワルツ“です、ルイーザ・バッジオの。このシリーズが大好きで」
「……はは、そうか」
「?」
 だが、フランチェスコは視線をまた前に戻して、中途半端な相槌を返す。聞いたのは自分からだというのに。
「……にしても、家庭科部は部員がなかなか増えなくてね。もし興味のある人がいたら、俺に教えてくれ」
 その微妙な空気に感づいたのか、フランチェスコはふと思い出したように言いながら、振り向いた。
「あ、はい。じゃあ私入ります」
「ああ、それは助かる。……は?」
 一度は頷いたフランチェスコだったが、我に返ったかのように素っ頓狂な声を上げて、不思議そうな表情を作る。
「え? だから私、興味があるんで入部します」
 それにネージュも不思議そうな顔をして、もう一度はっきりと言った。
「――あ、ああ、ありがとう」
 フランチェスコはあまりに真っ直ぐなネージュの視線に気圧されたように、少し後ずさりながらしどろもどろに答えた。
「はい!」
 ネージュはそれに気づかず、微笑みながら元気な返事を返した。
 ……が。

(あれ? 私なんでこんなこと言っちゃってるんだろう……?)

 当の本人も勢いにまかせて出た言葉に、困惑しているのだった。

(確かに、先生の笑顔可愛いなあ、とは思ったけど……勢いでそこまでやらなくても! ばかばか、私のばかっ)

 今ごろになって、後悔がどがん、と大きなプレッシャーになってのし掛かる。心の中では両手を振り回して、奇声をあげながら逃げ出したいほどの気分だった。
「まあ、ネージュのお陰で本当に助かる。ありがとう」
 それに気づかず、フランチェスコは気を取り直して言う。また、いつもの微笑みで。
「あ……は、はい。頑張ります」
「じゃあ、早速だが後で職員室に寄ってくれ、入部手続きを行うから。そうだ、できるなら来月の合宿にも参加するといい」
「は、はい!」
 ネージュがなんとか平静を装って言うと、フランチェスコは言うことだけを言って校舎の方へと立ち去っていった。
(……大丈夫なのかな、私……)
 ネージュはそれを見送りながら、どっぷりと自己嫌悪に浸りつつ、だらだらと冷や汗の滲む額を手の甲で拭ったのであった……。

 

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