学園生活恋せよ乙女っv ガーディアンズは大・変・だっ!

小説・ファンタシースターユニバース Episode2 こちらグラール学園! 1年B組ガーディアンズ科

10th universe 任務、始めました(6)

 ファビアは閉じていた瞳をゆっくりと開くと、通路を照らす照明の明るさに眩しさを覚えた。
 ガーディアンズ・コロニー本部内、十五階にはミーティングスペースがある。ルームの入り口には待合室があり、小さな椅子が並んでいた。その奥の冷蔵庫にはミネラルウォーターが並び、傍らにはお湯と氷のサーバー、グラスとカップ、それにティーパックなどが並べられており、円滑なミーティングのための設備が揃えられている。
 その待合室でファビアは両肘を膝に乗せ、組んだ手で頭を覆うようにして、ただ前屈みになって椅子に座っていた。
「――ファビア」
 不意に彼の名前を呼ぶのは、滑舌のはっきりした女性のソプラノボイス。
「……ああ、アナスタシア。これはどうも」
 ファビアはゆっくりと顔を上げて暗い微笑みを返しながら、頭をもたげた。アナスタシアは傍らに立ちながらファビアを見て、すぐに少し戸惑ったような口調で口を開いた。
「どうしたんです、暗い顔をして?」
「え? あ……いえ。ちょっとプライベートで頭を悩ませることがあって……」
「あら。またネイのことですか?」
 ファビアはそれに答えず、ただ驚いた視線をアナスタシアに向ける。「なんで分かるんだ」とでも言わんばかりに。
「あなたは、自分の悩み事はいつも自己解決しているでしょう? 消去法で考えればそれぐらいすぐに分かりますわ」
「……お見事です。ネイが子供を欲しがって……何故そんなことを言い出したのやら」
 アナスタシアが微笑みながら言うのに、ファビアも驚きながら微笑み返す。
 二人の付き合いがすでに五年以上に及んでいること、二年前にファビアとネイが婚約を発表してからずっと相談事を聞き続けていたこと、それを考えればアナスタシアが予想できたのは当然と言えた。
「まあ、詳しくは後でお聞きします。今は急ぎの話がありまして……ミーティングルームをひとつ予約しておりますので、詳しくは中でお話いたしましょう」
 アナスタシアはファビアを促すと、ミーティングルームの入り口へと歩き出す。それにファビアも続いて、歩き出した。
 長い廊下をしばらく歩いて、“ルーム一五八“と書かれたプレートがかけられたドアを開け、二人は中へと入った。手近な椅子に腰かけてから、アナスタシアはまた口を開き始めた。
「今回は少し毛色の違う任務なのですが、まずは簡単に説明します。なお、任務のセキュリティレベルはD、つまり極秘。他言は無用です」
 その淡々と綴られる冷静な声に、ファビアは神妙な顔つきで頷いた。
「事の発端は先日、太陽系警察とガーディアンズのデータベースに、定期的にハッキングを仕掛けている存在が発見されたこと。過去の履歴まで遡って詳しく調べると、三年ほど前からごく少量のデータを盗み出していたことがはっきりしたのです」
「! SEED事件の直後から……!?」
「そうです、犯人は混乱している最中に中枢データベースにアクセスし、管理者権限を持つアカウントを勝手に作成、それを用いてハッキングを繰り返していました。そのデータ量はごく少量で気づきにくく、しかも登録されているアカウントは膨大な数が存在するため、それに埋もれ発覚までこれだけの時間がかかってしまったのです」
 アナスタシアの説明に、ファビアは深く頷いて、手を顎に当てながら考え込んでしまった。だとすれば、腑に落ちない点が一点ある。
「……盗み出されていたデータはまさか……」
 そう。
 犯人は何のためにそんなことをしたのか。
 真っ先に浮かぶのは、目標のデータが非常に魅力的であるという場合。その心当たりがひとつあった。
「察しが早くて助かります。盗み出されていたデータは、そう……ガーディアンズと太陽系警察が没収した、“コナンドラム“の研究データですわ」
「!」

 コナンドラムが遺した研究の数々は、存在を公にできるようなものでは無かった。
 理由は簡単で、人道的倫理観念が著しく欠如していたからである。三惑星政府も研究成果は全て破棄する、という結論をすでに出していた。
 だが、何らかの形で転用できる可能性は捨てきれないため、研究資料は全て太陽系警察が没収した上で、三惑星政府の要請を受けてガーディアンズが共同で解析を進めていたのだった。

「……先日、太陽系警察が極秘に管理していた、凍結保存していた研究素体のキャストが一体、姿を消していることが判明しました。どうやらハッキング犯が凍結を解除し、セキュリティシステムを抑え、逃亡させたようなのですわ」
「……なんと……」
 ファビアはそれに驚きを隠せなかった。思わず漏れる思いを声にして、おぞましい気持ちからか口を手で覆う。
「逃げ出した素体は?」
「依然不明です。……本当に、面倒なことをしてくれたものですわ。この素体は、個体情報を持っていないため、レーダーなどでは一切解析できないのです」
 アナスタシアはかぶりを振りながら大きなため息をついて、続ける。
「将来的にその素体は研究対象となる予定でしたが、太陽系警察は当分先のことと考え、基本資料すら作成しておりませんでした。そのためデータベースへの登録も行われておらず、そのせいで個体識別の情報をまったく持っていない、というわけです」
 今度はファビアがため息をつく番だ。肩を落として大きなため息をつくと、小さく顔を左右に振った。
「昨日、太陽系警察から正式な任務依頼が届きました。非常に困難な任務ですが、頼めるのはファビア、あなたしかおりません。どうか、この任務の陣頭指揮を執って頂けますでしょうか?」
 アナスタシアの言葉にファビアは小さく息を吐くと、動揺を含んだ微笑みを返して、
「もちろんです、そこまで聞いて引き下がるつもりはありませんよ――任せてください」
 と、静かに答えた。
「――良かった、断られたらどうしようかと思いましたわ」
 それにアナスタシアは、ふっ、と先程までとはうって変わった無邪気な笑顔を返す。
「大丈夫です、私があなたの依頼を断ったことが今までにありましたか?」
「……そうですわよね、ありがとうございます。それでは早速ですが、必要なデータをビジフォンに送信しておきますので、まずはそちらを確認してください。その上でまた、ミーティングをいたしましょう」
 ファビアが大きく頷いて、それにアナスタシアも頷き返す。
「――最近は、相変わらず忙しいのですか?」
 不意に思い出したかのように、ファビアが口を開いた。
「ええ、多数の指揮官の任務状況を管理するのは骨が折れます。皆と現場を走り回っていた頃が懐かしいですわ……」

こちらグラール学園! | ファビアが大きく頷いて、それにアナスタシアも頷き返す。

 アナスタシアはどこか寂しそうに微笑んで、小首を傾げてみせる。
「最近はインヘルト社が“亜空間航行理論“の研究を進めているおかげで、何かとガーディアンズへの協力要請も増えましたからね」
「ええ、ガーディアンズもスポンサーである以上、研究がうまくいかないと困りますわ。グラールの未来がかかっているのですから」
「まぁ、また落ち着いたら……軽く行きましょう」
 言ってファビアは親指と人差し指で円を作ってみせ、くい、と口元で傾ける。"呑みに行こう"という合図だ。ファビアは決して酒が強い方ではなかったが、それでも酒の席や味を楽しむことが好きなのだ。
「ええ、もちろんですわ。……早く落ち着くといいのですが……」
 アナスタシアはそれに微笑むと、ファビアも自然に微笑みを返していた。


「ほう、これほど大きな個体は初めてだ」
 ヴィンセントは飄々と言いながら、カメラを構えていた。
 目の前にたちはだかるのは、グラスアサッシン。両手の大きな鎌を不気味に揺らしながら、四人の方へとにじり寄ってくる。
「ヴィンセント、ボクと一緒にこいつの注意を引き付けて。ネージュは無理しないで、背面に回り込んで攻撃しつつミルのサポート! ミルはテクニックがギリギリ届く範囲で援護!」
 オルハが叫びながら両手に鋼爪を着けると、勢いよく飛び出してゆく。
「OK」
 ヴィンセントもダガーを右手に、ウォンドを左手に、ナノトランサーから取り出して構えた。
「力無き正義は無力なり――シフタ!」
 “シフタ“とは対象の筋肉密度とフォトン制御能力を上昇させるテクニックで、結果として対象者は高い攻撃力とより強力なテクニックの発動が可能になる。
 三年ほど前まで存在していた、攻撃力を高める“アグタール“とフォトンの感応力を高める“レティアール“が最新のテクニック研究によって再構築・合成されたものだ。伝承に伝わる過去文明にも同名のテクニックが存在していたという記録があり、それにあやかってこの名を冠したのである。
「ぇえ……っ」
 ネージュは構えた長剣がみるみるうちに軽く感じるようになり、その効果を改めて実感する。ミルも体内のフォトンが活性化しているのを感じていた。
「いやあぁぁぁっ!」
 気合い一番、オルハが飛び掛かった。右手を大きく振り上げ、グラスアサッシンの足を引っ掻いてやる。突き立てられたフォトンの爪はその甲殻を斬りつけ、三本の長い筋を残す。
「こっちだ……鬼さんこちら!」
 ヴィンセントも左に回り込み、右手のダガーを振り上げる。逆手に伸びたフォトンブレードがその腹部を斬りつけ、柔らかい腹に一本の傷をつけた。
「あ、あた、あたしも何かしなくちゃ――」
 ミルはネージュにかばわれながら後方へと下がり、焦りながらも杖を構える。ざっ、と右足を踏ん張って、杖を前方に突き出した。
「燃えちゃえ――フォイエっ!」
 短い詠唱の後に直径一メートルほどの炎の塊が生まれ、グラスアサッシンに一直線に飛んでゆく。この一ヶ月の間に彼女も成長し、より大きな炎を作り出すことができるようになっていた。
 ごっ、と塊が命中し火の粉が飛び散ると、グラスアサッシンがその巨体を大きく仰け反らせる。
「いいぞミル! はあっ!」
 その隙にヴィンセントが飛びかかる。もう一度ダガーを下から振り上げ、巨体の足から腹にかけてを斬り裂いた。
「いっけえぇぇぇ!」
 オルハも両手に付けたクローを振りかざして、一直線に突撃した。まずは勢いを乗せた右の突きが甲殻を激しく砕くと、そのまま左のクローで右下へと一気に切り裂く。足を激しく傷つけられて、グラスアサッシンはバランスを崩す。
「えええぇぇぇい!」
 動きが鈍ったところに、ネージュが長剣を振り上げて、一気に振り下ろす。元々の重量に加えビーストの筋力を加えたそれは、絶大な威力を以ってグラスアサッシンの左の鎌に叩き付けられる。
 甲殻に包まれた腕は決して柔らかくはなく、むしろ金属のような硬さを持っているはずなのだが……ネージュの剣は、それをあっさりと切り落としていた。鎌のついた巨大な腕がくるくると宙を舞う。
「きしゃああぁぁぁ!」
 悲鳴のような声をあげて、グラスアサッシンが首を振り回す。それからネージュの方を振り返ると、だん、と力強く足を踏ん張って腰を落とした。
「! まずい! 逃げて!」
 オルハが叫ぶ。だが、ミルとネージュには何が起こるか分からなかった。一瞬だが、反応が遅れた。
 グラスアサッシンはその六本の足に力を込めると、地面を蹴って一気に飛び出した。その巨体の全体重をかけた突進はあまりに早く、ミルの方へと向かってゆく。
「!」
 ミルは、動けなかった。
 まるで凍り付いてしまったかのようにどんどん近づいてくるそれを見つめながら、ただ立ち尽くしていた。
「あ……!」
 完全に、萎縮していた。

 初めての実戦、初めてのモンスター。グラスアサッシンは写真や映像で、どんなものかは一応勉強している。
 だが、初めて見る実際のそれは、知識にあるものとは全然違う。
 巨体は威圧感を与えるし、動くもの全てに食らいつかんとでも言わんばかりに威嚇してくる。


 つまり――怖いのだ。


「ミル!」
 ネージュの声にはっとなって、ミルは顔を上げる。
 目の前、わずか五メートルに、グラスアサッシンの巨体が迫る。
 恐怖に足がすくんで逃げられない、と思った瞬間――。
「ミルをいじめないで!」
 ネージュが立ちふさがった。長剣を放り出し、その耳をぴん、と大きく立たせて。
 飛び込んできたグラスアサッシンの前足をがっし、と両手で掴み、突進の勢いを殺してゆく。
「ぁう……うううぅぅぅ!」
 歯を食いしばりながら気合を声にして、ネージュは全力で押し返す。体格差がありそうそう止まるはずのない勢いを、引き摺られながらも殺してゆく。
 あと一メートルほどでミルに達しそうな時――なんと、完全にその勢いを止めてしまった。
(おいおい!)
 思わずヴィンセントは心の中でツッコミを入れた。

 ――あれだけの体格差のある相手に素手で挑んで、なおかつ突進を止めてしまうだと?

 友達を思うあまり、戦い方を知らないあまり。
 なんとも無謀すぎる行動だ。
「うぅっ……ぁうん!」
 ごん、と頭部に衝撃が伝わる。グラスアサッシンがもう片方の前足で、ネージュを殴ったのだ。ヴン、と音を立ててシールドラインが押し返そうとするが、技量の低いネージュはそれほど高性能なものを装備していない。鈍い衝撃がそのまま脳まで伝わり、ぐわんぐわんと頭の中で不協和音を反射させる。
「う……!」
「まずい! 逃げろ!」
 ヴィンセントの声にネージュははっとなって見上げると、グラスアサッシンは左の鎌を振り上げていた。

「――!?」

 ――気づいた時には、すでに遅かった。

 鎌が自分目掛けて振り下ろされるのを、まるで映画のスローモーションのように緩やかに見ながら、ネージュは何もできなかった。

 全員が見守る中。
 鋭い勢いで振り下ろされた鋭い切っ先はネージュの左肩に突き立てられた。
 シールドラインなどおかまいなしに、ずぶずぶと皮膚へと埋まってゆく。
 それでも勢いは止まらず、骨に弾かれて鎌の先が背中から飛び出し、制服とネージュの桜色の髪を切り裂いてゆく。
 背中に深い一筋の傷を残しても勢いの余る鎌は、そのまま地面へ、ざん、と突き刺さる。

「――!」

 ぱっ、と飛び散る赤い飛沫。
こちらグラール学園! | ぱっ、と飛び散る赤い飛沫。

 ミルはそれを目の前に見ながら、頬についた赤い血液のわずかな暖かさを感じながら、ただ立ち尽くしていた。
 ネージュはぐらり、と大きく揺れて、かろうじて後ろに出した左足でなんとか踏ん張る。
「この……ッ! ミルをいじめるのはっ、だめえぇぇぇ!」
 深く傷ついているのは自分だというのに、ネージュは叫びながら天を仰いで咆哮した。叫びと同時に、ネージュを青いオーラとフォトンの光が包み込んでゆく――。

 光が消えてその中に居た者はネージュではない。青い皮膚としなやかな筋肉を持つ全長三メートルほどの、美しき獣。
 スタイリッシュな細い体躯、蒼く光る水晶玉のような瞳。青い髪をなびかせ、長い指には鋭い爪が覗く。

「もうナノブラストまで習得してるのか……!?」
 ヴィンセントが思わず驚いた声をあげた。
 ビーストは、極限の興奮状態に陥ると"ナノブラスト"という能力を発動させる。"ビーストフォーム"という強靭な獣の姿を取り、その興奮がおさまるまで破壊衝動に駆られて攻撃を続けるのだ。
 しかし、それを実際に行うには右手に力を解放させるタトゥを入れるだけでなく、ナノブラストに耐え得る体を作り上げる必要がある。あまりにも急激に大きな力を発揮させるため、並大抵の肉体ではそれに耐えることができないのだ。そのため大多数のビーストはナノブラストを発動できない、もしくは機会が無いまま一生を終えるという。
 だが、それをわずか一ヶ月の訓練で可能にしたネージュ。しかも、防御を極限まで特化させた、“ボグオ・ヴァル“。
 極限まで硬質化した圧倒的防御力はいかなる攻撃でさえも弾くが、反面身体的負担も大きいはずだった。
「この……ばかっ!」
 ネージュは右腕を振り上げると、その鋭い爪をグラスアサッシンの顔面に叩き込む。あまりの鋭さと衝撃に頭がぐらりと揺れ、潰れた主眼から体液を撒き散らせる。
「ばかっ、ばかあっ!」
 今度は左、続いて右。めきめき、と音を立てて、グラスアサッシンの首がひん曲がった。
「ばかばかばかばかっ!」
 それでもネージュは攻める手を止めない。鎌の右手を掴むと、勢いに任せて、ぼきり、とへし折る。そのまま掴んだ鎌をくるりと返して振り上げると、勢いよく上半身に突き立てた。
「おい、ネージュ! もういい、もういいだろ!」
 はっと我に返ったように、ヴィンセントが声をあげた。だが、ネージュにその声は届かず、攻撃の手を休めようとはしない。
「ばかーーーーーっ!」
 勢いを乗せて右足で蹴りつけたと思うと、左足で上体を踏みつける。そこを重心にして高く飛び上がると、空中で回転しながら、両膝を顔面に落とす。勢いと体重を乗せた衝撃に、グラスアサッシンの首が切れて吹っ飛び、その巨体が沈むように地面へと崩れた。
「はーっ、はーっ……わ、私を怒らせたら、ひ、ひどい目にあわせちゃうんだからね!」
 完全に動かなくなったグラスアサッシンに向かって、ネージュは肩を怒らせて叫ぶ。その光景を、オルハとヴィンセントはぽかんとしたまま見つめていた。
「……ネージュ、とにかく落ち着け。グラスアサッシンはもう倒した、元に戻って大丈夫だ」
「え? うん……分かった」
 先ほどと同じようにフォトンの光が体を包んでいく。それが消えると、中には元の姿に戻ったネージュの姿があった。
「……まあ、お見事だったぜ。助かったよ」
 ヴィンセントが歩み寄って、ネージュの肩に手を置いて言う。彼女は肩で息をしながら、結合をほどいて散り散りに逃げ去るグラスアサッシンを見下ろしていた。それから、ふっと力が抜けたように、がくん、と膝を落とすと、へたりと座り込んでしまう。
「うう……怖かったよおぉっ」
(……怒らせないようにしよう)
 思わず心の中でヴィンセントは呟いて、
「まあ、とにかく落ち着け。傷の状態はどうだ?」
 と、背中を覗き込んだ。
「! そうだ、ネージュ! 大丈夫!?」
 ずっと放心状態だったミルがやっと我に返って、座り込むネージュに駆け寄る。
「ネージュごめんね、あたし簡単な回復テクニックなら使えるから! 大丈夫だから!」
 ミルは言って背中を覗き込む。左肩から腰の近くまで制服は斜めに切り裂かれており、その淵は赤い血液で染まってしまっている。そこから覗く皮膚は切り裂かれ……ているはずだったが。
「……あれ? 傷がない……」
「え? ほんとだ、痛くない……」
 当のネージュも不思議そうに言うと、左脇の下へ右手を通して、ぺたぺたと自分の肩甲骨に触れてみる。
「……ネージュ、ポケットの中を見てみたらいいと思うよ」
 不思議そうにする三人に、オルハは冷静に言う。その意味が分からずながらも、ネージュは何かを思い出したようにはっとしながら、胸のポケットの中に手を突っ込んだ。
「これだ……!」
「……?」
 その手に持たれているのは、人型をした小型機械――スケープドールだった。数本のコードがポケットの中へと伸びており、それが服越しにネージュの身体情報を収集していた。さきほどの大怪我を感知して、即座に身体細胞の再生を行ったのである。
「スケープドール……そんな高級な物、よく持ってたな。なんにせよ、そいつのお陰で助かったってわけだ」
「……ねえ、なんか赤くチカチカしてる」
 ヴィンセントの声に続いて、ミルが言った。見ると、表面についた赤いランプが点滅を繰り返している。
「治療用フォトンの容量を全部使い切っちゃったんだよ。スケープドールは使い捨てだから、それでオシマイ」
 オルハが説明してやると、ネージュは愕然として両耳をへたりと垂れさせてから、
「ちょ、貯金をはたいて買ったのにぃ……」
 と、悲痛な声で呟いたのだった。

「……さーて、お疲れの所悪いが、武器を捨ててもらおうか」

 不意に聞こえる声に、四人が弾けるように声の方向へ視線を向けた。

 小高い丘の上に立つ、二つの人影。さらに二十人ほどの人影が、近くの木陰から次々と現れる。四人は完全に、包囲されていた。
「ガーディアンズの連中か、いい物を持っていそうだ。痛い目を見たくなければ、装備品と有り金全部置いてきな!」
 黒髪を腰まで伸ばしたヒューマンが、右足を岩場にかけながらドスの効いた声で言った。右手にはダガーを持っており、細く鋭い目に冷たい微笑みを浮かべている。
「そうそう、この人数に敵うわけないから、素直に投降してね♪」
 隣に立つのはパーマがかった金髪のヒューマン。左手で光波鞭――しなやかな紐状のフォトンが目標を打つ鞭だ――を弄びながら、いやに明るい笑顔で楽しそうに言う。
「……」
 それに四人は動けなかった。今の戦闘で消耗した隙を狙われたのだろう。
 取り囲むのは、どれも若い少年少女ばかりだった。衣服もぼろで体も汚れ、ストリートチルドレンの集団であることは想像がつく。
「ちっ……クズ鉄街のストリートチルドレンたちか。技量はともかく数が多い……オルハさん、どうします?」
「……あはっ、ここはボクにまかせて」
 焦るヴィンセントの言葉を聞いて、オルハが、一歩踏み出した。
「! オルハさん! 一人でどうにかできるもんじゃないでしょう!」
 慌ててヴィンセントがそれを制しようと前にまわって両手を広げるが、オルハはこんな状況であるにも関わらずいつも通りの明るい笑顔のまま。それにヴィンセントにはその真意が分からずにいた。
「……ほう? 骨のあるのがいるようだね」
 オルハが歩み出るのに、丘の上の黒髪のヒューマンが言った。

 

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