学園生活恋せよ乙女っv ガーディアンズは大・変・だっ!

小説・ファンタシースターユニバース Episode2 こちらグラール学園! 1年B組ガーディアンズ科

9th universe 任務、始めました(5)

「これは……」
 旧ローゼノム・シティに到着して、その光景を見渡したヴィンセントの第一声は、あまりの驚愕にその言葉だけをなんとか吐き出した、という雰囲気の呟きだった。それから無意識に懐からカメラを取り出すと、映像を撮影し始める。
「話には聞いてたけど……ねえ」
 それを受けて、オルハもため息混じりの言葉を返す。

 ……その光景は、“壮絶“と形容するしか無い。

 大きく広がる地表は、まるで竜巻で根こそぎ引っこ抜かれてしまったかのように、ただただ、剥き出しの大地が広がっていた。露出した地表は半径数百キロに及ぶ巨大な弧をいくつも描き、中心から外側に向かって亀裂と引き摺ったような傷跡を伸ばしている。まるで、何か巨大な爪を持つ生物が暴れまわったかのようだ。
 破片とはいえ、コロニーの外壁部分は全長数キロにも及ぶ。それがほぼ形状を保ってそびえ立っており、まさに“突き刺さった“と形容するにふさわしい状況だった。
 一同はその光景を、廃墟の二階から、立ち尽くして見ている。建物の一部はかろうじて形をとどめており、剥き出しの柱や基礎として組まれた石の床が、まるで遺跡のように思わせた。
「ひどい……」
「うん……」
 その光景に、ミルとネージュは動けなくなっていた。

 いったい、人類はどれほどの罪を背負えば、このような罰を受けなければいけないというのだろう?
 SEED事変のせいで、どれほどの命が奪われたのだろう?
 ローゼノム・シティの人々は、宇宙から落ちてくる巨大な塊にどれほど恐怖したのだろう?

 三年前、テレビの向こうで見ていた落下の光景。
 あまりに現実離れした映像に、ミルは一緒に見ていたネージュに「なになに、新しい映画?」などと聞いてしまったぐらいである。

 ――あまりにも、現実感が無さすぎる。

 非日常過ぎて想像の範疇を大きく逸脱すると、人は思考を停止する。

 それを今、二人は身をもって体感していた。

こちらグラール学園! | 非日常過ぎて想像の範疇を大きく逸脱すると、人は思考を停止する。


「――ボクも初めて見たから、気持ちは分かるけどね……そろそろ調査を進めないと」
 埒があかないと思ったのか、小声でオルハが言った。
(まさかこれほどとは、ね……)
 オルハは初めて目にする光景に、小さなため息をついた。彼女自身はSEED事変の直後に一度ガーディアンズを除隊しているせいもあり、実際に目の当たりにするのは初めてだ。
 もちろん、あえて近寄らなかったというのもある。その悲惨な状況を目の当たりにすれば場に呑まれるだろうことは想像がついたし、何より。


 共に戦い、共に過ごし、そして初めて愛した人は、目の前に見える大地に突き立てた刃の中に、眠っているから――。


「……そうだ、オルハさん。具体的な任務内容を改めて確認させてくれないか」
 ヴィンセントもそれに同意して、思い出したように振り返り悲惨な光景に背を向けた。
「うん。出発前に説明したとおり、今回の実地研修は十のパーティに別れて十のエリアを調査する。ボクたちの担当するのは、ここ“H-〇五“エリアだよ」
 言ってオルハは、幅五センチ、長さ十五センチほどの携帯端末を取り出すと、前面ディスプレイを指で叩いた。すぐに周辺の地図が立体映像化され、空中に浮かび上がる。
「H-〇五エリアは爆心地から比較的遠く、建築物の状態がけっこーいいんだ。区域の西側には“クズ鉄街“と呼ばれるスラムがあって、そこも割と被害が少なかったみたい。難民がかなり流れ込んで人口が膨れ上がっているらしいよ」
「スラムか……それは刺激するとまずいんじゃないですか?」
 ヴィンセントも携帯端末を取り出して、周辺地図を見ながら、うん、と小さく唸る。H-〇五エリアはHエリア全体の最南端五キロ四方ぐらいの狭い地域なのだが、その南西部にはインヘルト社の研究施設の敷地が食い込んでおり、西側にはクズ鉄街が存在している。任務の目的はエリアの調査なので、今いる南東からぐるりと一通り、エリア内をまわる必要があった。
「うん。まあ、あんまし気にしないでいいと思うよ」
「……?」
 オルハの曖昧な答えに、ヴィンセントは違和感を覚える。リスクヘッジのつもりで提案したはずだったが、さらりと流されてしまった。その真意が分からず、ヴィンセントは首を傾げる。
「で、注意して欲しいことがいくつか。ひとつ、近辺にはグラスアサッシンの縄張りがいくつかあるから、不用意にうろつかないこと。ふたつ、SEEDの影響で変種のモンスターが居る可能性もあるから、データ照合して該当するデータが無かったら、必ずスキャンしといて。能力も未知数だから軽々しく手を出さないでね」
 それからオルハは、未だ床の縁に立ち尽くして破片を見つめ続けるミルとネージュに視線をやって、
「……たぶん聞こえてない……だろうなあ」
 と、頬を指で掻きながら呟いた。その言葉にも二人は反応せず、放心状態のまま口をぽかんと開けて、まるで魂でも抜かれてしまったように見つめ続けている。
「……まあ、しょうがないか」
 ヴィンセントも頭を掻きながらため息をついて、それから二人に歩み寄る。
「二人とも、気持ちは分かるけど……オルハさんを困らせないでやろう」
「けど……」
 ネージュは振り向きながら、震える声を発した。感受性が高いせいか、いろいろと想像を巡らせてしまったらしい。両耳がへたりと垂れて今にも泣き出しそうに目を細めて、ゆっくりと震える唇を開くと、
「……こんなの……」
 と、呟いてからうつむいてしまった。それにヴィンセントは何も言えず、頭の上に右手をぽん、と乗せて軽く撫でる。
「――さ、ミルも」
 ヴィンセントは言いながら、ミルの後ろから肩に左手をぽん、と置く。ヴィンセントは、想定外の感触に目を疑った。

 軽く手を置いただけなのに、ミルの体は壁の向こうへとゆっくりと倒れていく――。

「!?」

 ゆらりと流れるように傾き始め、ダークオリーブのツインテールが綺麗な弧をゆっくりと描き、空中にその足跡を残してゆく。

「――おいっ!?」
 ヴィンセントは思わずネージュを押し退けながら、右手を伸ばしてその手を掴もうとする。指先はなんとか腕をかすめたが、掴むには距離が足りない。、これ以上はヴィンセントも落ちてしまう。二階とはいえ高さは十メートル以上あり、まともに落ちればただでは済まない。
「ええい……ままよ!」
 ヴィンセントは咄嗟に左手の袖の内側に取り付けられたスイッチを叩く。ヴン、と低い唸るような音がしたと思うと、制服の表面に緑色のラインが浮かび上がる。
 “シールドライン・システム“――体の表面にフォトンの防護膜を発生させ、様々な物理的ダメージを軽減するための装置である。星グラール学園の制服にはその機構が搭載されており、ヴィンセントの全身を覆った。
 それから、覚悟して次の一歩を踏み出した。突然の勢いに眼鏡が外れて飛び出してしまうが、気にしている場合じゃない。
「ヴィニー!」
 ここでやっとオルハが状況に気づいて、地面を蹴って飛び出した。
 ヴィンセントの出した右足は地面とは垂直に外壁を踏む。それを起点として半時計回りに体を回転しつつ、右手でミルの腰を抱える。それからその勢いのまま、ぐん、とミルを上に放り投げた。それとすれ違うように、ヴィンセントの体は重力にひかれて下へと落ちてゆく。
「もーちょい!」
 壁の縁で急ブレーキをかけたオルハが、それを受け止めるために右手を伸ばす。勢いで後ろに投げ出されたミルの左手を両手で掴み、足を踏ん張る――のだが、体格差が災いして、オルハの体も引き摺られるように外へと放り出されてゆく――。
「ミル!」
 ヴィンセントは落下しながら上を見上げ、一足遅れて落ちてくるミルを受け止めようと手を伸ばす。ミルは頭を下に落下しており、このまま落ちればただでは済まないだろう。
(ちっ……ミルの奴、シールドラインを作動させていない! このまま落ちたら……!)

 十メートルの高さから、頭から落下したとすれば――。


(だめだ……死なせない! もう、誰一人として……!)


 ヴィンセントの両手がなんとか届いて、ミルの頭を包み込んだ、と思った瞬間――。

 どん、と激しい衝撃が全身を貫いた。

 シールドラインがヴンと唸って、尻から腰までを守ってゆく。落下の衝撃を押し返そうとするが、全てを軽減しきれない。
「く……!」
 あまりの激痛に視界が真っ白になり、全身の感覚が飛んでいく。僅かに呻いて、痛みが体を通り過ぎてゆくのを感じながら、スローモーションな白い世界の中で微睡む――。視界は完全にホワイトアウトしており、聴覚はキーンという耳鳴り以外何も捉えようとしない。
 気を抜くと意識も持っていかれてしまいそうで、ミルの体が手の中にあるはずなのにも関わらず、思わず強く握りしめてしまう。そうでもしていないと、このまま気絶してしまいそうだったから。 
「ヴィニー!」
 オルハの声がどこからか聞こえた。どうやら彼女は無事らしい、先程視界の隅で回転しながら体勢をたて直しているのが見えたから、無事着地できたのだろうか。
「ヴィニー! 大丈夫!?」
 オルハの声が近づいてくる。聴覚が狂った今でもこれほどよく聞こえるのだから、よほど大きな声で叫んでいるのだろう。
「あ、ああ……なんとか」
 ヴィンセントは絞り出すような声でかろうじて答えると、頭を完全に倒して横になり、ゆっくりと大きく息を吐いた。
 感覚が少し戻ってきて、自分の上にミルの体重があることをやっと把握する。自分が下敷きになったことで、ミルのダメージは軽減されただろう。
「ううっ……ヴィンセント……?」
 足元から弱々しいミルの声が聞こえて、感じていた重みがその重心を揺らす。どうやらミルも気がついたらしい。
「ミル、無事か? 良かった……」
 それだけ呟いて、ゆっくりと息を吐く。ミルが無事ならミッションは成功だ。
 徐々にホワイトアウトしていた視界が元に戻り始め、ヴィンセントは肘をついて頭を少し起こした。見え始める、空や自然の緑。そしてミルの紺の制服のスカートと、白く透き通る肌。
 それに、薄緑の横ストライプ。

(……ストライプ?)

 ヴィンセントは意味が分からず、それを見つめながらただ呆然と視界が戻るのを待つ。
「……わーお、大胆」
 上から茶化すようなオルハの声が聞こえたが、ヴィンセントにはその意味が分からない。だから気にせず、「え?」と曖昧に答えた。
「あいたた……あれ? え? あたし、一体どうしたんだろ……」
 ミルが我に返ったかのように呟いて、体を起こして四つん這いの姿勢になる。ヴィンセントには相変わらず状況が見えてなかったが、少しずつ戻り始めていた視界が、やっとほとんど元通りになった。
「――!」

 ヴィンセントは目の前に広がる光景に思わず目を見開いた。

 ミルの体は、ヴィンセントにのしかかるように乗っていた。うつ伏せで頭をヴィンセントの足側に向け、ちょうど百八十度回転した状態である。
 問題なのはミルの足の位置で、ヴィンセントの頭の両側に膝をついていた。つまり、頭を跨いだ状態だったのだ。
 ヴィンセントが少し起こした頭は、ちょうどミルのスカートの中に頭を突っ込むような形になっており、目の前十センチほどの眼前には突き出されたミルのお尻があった。地肌に直接着けられた下着は白地に薄緑の横ストライプ柄で、肌に密着している薄布はその女性らしいラインをしっかりと形作っていたのだった――。
こちらグラール学園! | 肌に密着している薄布はその女性らしいラインをしっかりと形作っていたのだった――。

「……!」

 ヴィンセントは、完全に硬直していた。

 なんで体動かすの分かっているのに下着で任務来るかなとか、俺なんでスカートに頭突っ込んじゃってんだよとか、いろいろなことが頭の中をぐるぐる回りながら、まるで石像のように固まって完全に思考停止していた。
「え……あれ? えっ、ええーっ!」
 自分の下にヴィンセントが居ることに気づいて、ミルは後ろを振り返る。そこには、スカートの中に頭を突っ込んだまま硬直しているヴィンセントの姿があって。
「きゃああああぁぁーっ!」
 思わずあげたミルの悲鳴が、辺りに響き渡った。


「……ん?」
 何かが遠くから聞こえた気がして、セルジュは思わず振り返った。
「セルジュ!」
「ああ、大丈夫だ気にすんな」
 イチコが呼ぶ声に、セルジュはまた視線を戻す。
 目の前に居るのは、アスターク。大きな両腕と跳躍が自慢のモンスターだ。全長三メートル近い巨大な影が、四人を見下ろしている。
「みんな、奴のパンチは絶対食らっちゃだめ! クレアとミレーヌは後ろに下がって! セルジュは私のサポート!」
「はいよ」
 イチコが長剣を構えながら言うのに、セルジュは一歩踏み出しナノトランサーから一本の剣を取り出す。右手はズボンのポケットに突っ込んだまま剣を左手に持ち、その感触を確かめるように何度か握り直すと、くるり、と刃を百八十度回転させて逆手で握った。
「よろしく頼むぜ、相棒――」
 にやり、と不敵に微笑みながら、セルジュは目の前で吠えるアスタークを睨み付ける。
「怖いよーっ!」
「あぁ……っ!」
 その後ろで、栗色の髪を肩口で揃えたクレアと、スカイブルーのロングヘアのミレーヌは完全に怯えて、武器を取り出すことさえ忘れている。
(……おいおいお前ら、ガーディアンになるためにここに居るんじゃないのか?)
 セルジュは心の中で毒づくと、小さく舌打ちしてからアスタークに向き直った。
「イチコちゃん、ここは俺が出る。その長い獲物じゃ俊敏な立ち回りはできねぇだろ? 俺が囮になるから、隙を見てでかいのを叩きこんでやってくれ」
「!? ちょっと、セルジュ!」
 イチコの制止を気にせず、セルジュが飛び出した。迷わずアスタークの正面に向かって。
「があぁぁ!」
 アスタークが唸り声をあげながら右手を振りかぶって、凄まじい勢いで拳を振り下ろす。ずぅん、と激しい音と共に地面に叩き込まれ、土埃が舞う。
「遅ぇ」
 セルジュの声は頭上から。彼は素早く飛び上がっていたのだ。くるりと回転しながら振り下ろされた腕に飛び乗ると、もう一度飛んでその勢いを乗せ、アスタークの顔面を斬りつける。比較的柔らかい皮膚にばっくりと一筋の傷が走り、体液が噴き出した。
「……! なんて切れ味――!」
 イチコはそれに思わず声をあげていた。フォトンブレードはその出力が威力を決めるが、同時に質量や使用者の技術も大いに関係する。軽いはずの片手剣の一撃であれだけ大きく皮膚を切り裂いたというのは――言うまでもなく、セルジュ自身の技量に間違いなかった。
(いくら三年生とはいえ、あれだけの腕前って……?)
 そんなことを考えながら、イチコは剣を握り直す。質量が大きく重さで叩き潰す長剣はセルジュとは正反対のスタイルなので、僅かな隙ができればいつでも必殺の一撃を繰り出せるように。
「ぐぅあぁぁぁっ!」
 傷つけられたアスタークは興奮し、両手を振り上げて声をあげる。それからセルジュに向かって左のフックを放つが、セルジュはそれをスウェーバックで難なくかわす。
「遅ぇ遅ぇ。重いぶん当たりゃでけぇが、ぶん回すだけじゃ俺は殺れねぇぜ?」
 セルジュはここでやっと右手をポケットから出して、掌を上に向けて突き出し――人差し指をくいくいと何度か曲げてやった。
「ぐぅ……ぐあぁああぁぁぁっ!」
 挑発されたことが分かったらしい、アスタークは両腕を振り上げると、まるで子供が駄々をこねるように、振り下ろした。
「ったく、馬鹿の一つ覚え――」
 先程と同じように軽く後ろに飛び退こうとして、どん、と押し返されてしまう。そこには、立ち尽くしたクレアが居たのだ。
「きゃっ!?」
「なんだぁ!?」
 ずどぉん、と激しい音と共に地面が揺れる。興奮と怒りが先程より威力を増大させ、まるで近くにドラゴン級のモンスターが飛び降りてきたかのような、そんな衝撃が辺りを包み込んだ。
「セルジュっ!」
 激しい土埃がセルジュとクレアの居た場所を包み込み、その姿はまったく見えなくなってしまう。イチコは思わず声を荒げて叫んでいた。

(もし、直撃を食らってしまったら……)

 ただでは済まない。ヒトとしての形状を保っているかどうかさえ……怪しい。

「……イチコちゃん、そんなに驚いた顔すんなよ。可愛いお顔が台無しだぜ?」
「!」
 声と共に土埃が晴れてきて。
 その中に影が浮かび上がる。

 そう――そこにはセルジュが立っていた。右腕にクレアの腰を抱きかかえながら。クレアは子供のようにセルジュにしがみつき、両目をきゅっと閉じてしまっていた。

「セルジュ……!」
「さっき言ったろ? “ぶん回すだけじゃ俺は殺れねぇぜ“ってな!」
 セルジュは言いながら後ろにクレアを乱暴に放り投げると、そのまま腕を駆け登り始める。
「イチコちゃん、合わせな!」
「!」
 驚きより条件反射が勝る。思わず、イチコも走り出していた。
「うがぁ!」
 アスタークは両腕を持ち上げて振り落とそうとするが――その腕に、セルジュの姿はすでに、無い。
「我、疾風と成りて全てを斬る。我、暴風と成りて全てを刻む――」
 その声に見上げると、セルジュは高く飛び上がっていた。空中で体を捻りながら剣を構え直す――。

「我、嵐と成りて全てを切り刻む! ――運が悪かったな、諦めな! “メルシ ドゥ モワンドレ“!」

 落ちる重力を乗せて、左から袈裟懸けに刃を突き立てる。そのまま返す刃で今度は左下から右上へ。
 一瞬にして、アスタークの体に、大きなバツの字が描かれた。
 わずかにアスタークが怯んだと思うと、今度はそのまま右から左下へ。先程の傷跡を正確になぞるように、また斬りつける。それからさらに右下から左上へ、最初の傷をなぞる――。
「イチコちゃん!」
「ええいっ、頑張れ私っ! いやあーーーーーっ!」
 気合いの入った声をあげながら、イチコが地面を蹴った。勢いを乗せて長剣を突き出し、それを遠心力にして激しい縦回転を始める。それはまるで竜巻のように激しい回転。
 その勢いを剣に乗せて、イチコの体が突っ込んでゆく――。

「――!」

 どん、と激しい衝撃に、アスタークは何が起こったのか分からなかった。
 ただ、視界には広く青い空が広がっている。

 ……目の前に居た“獲物“は、一体どこに行ったんだろう?

「はあ、はぁっ……まいったか!」
 すっ、とアスタークの視界にイチコの姿が映った。彼女は息を荒げながらこちらに手を伸ばす。そして何かを掴むと、力まかせに引き抜いた。
 それは、長剣。イチコ愛用の長剣だ。
 それが自分の左胸に突き立てられていたことに、アスタークはやっと気づいた。それから薄れ行く意識の中で、自分が倒れていることをやっと理解する。
 二度に渡り斬り付けられた深いバツの字の傷。その切り口の左胸、つまり心臓に、イチコの長剣を突き立てられ、その勢いで後ろに倒れてしまったのだと――。

 だが、それに気づくのとほぼ同時に、アスタークの意識は完全に途絶えてしまっていた。

「よし、やった!」
 イチコがガッツポーズを取りながら、長剣を肩に抱えて振り向いた。
「……」
 だがセルジュはそれに答えず、つかつかと地面に倒れたままのクレアに近づいてゆき、
「……この、バカ野郎!」
 と、大きな声で叫んだ。それにクレアは瞳を閉じてびくり、と体を震わせる。それから恐る恐る、小さく口を開いて、
「……ご、ごめんなさい……」
 と、小声で呟いた。
「……ったく、危ねぇだろうが。俺が居たから良かったものの、下手すりゃ死んでたんだぜ?」
 セルジュが右手を動かすのに、クレアは思わずまた瞳を閉じて、びくり、と震える。
 だが、セルジュの声は先程より穏やかで、クレアはまだ怒鳴られると思っていたのかそのギャップにきょとんとしながら、ゆっくりと目を開いて視線を上げてゆく。
 そこには、複雑で穏やかな表情のセルジュが、右手を差し伸べていた。
「……心配かけんじゃねぇよ」
「う……あ……」
 クレアは口をぱくつかせながら、眉根を寄せていって。堪えきれない感情が溢れ出るように。
「……うわあぁぁぁん! 先輩、ごめんなさぁい! クレアはダメな子ですうぅぅっ!」
 クレアは泣き出しながら、いきなりセルジュに抱きつく。それにセルジュは一瞬驚いた顔をしたが、すぐににやけた顔になり。その体を抱きかかえながら頭をそっと撫でてやった。
「……にしてもクレアちゃん、胸でかいね。サイズいくつ?」
 セルジュは真顔のまま、体に触れる感触に本能のみの言葉を口にする。全てが台無しだ。
「え? Eの85ですけど……先輩、おっぱい大きい子が好きなんですか?」
 真面目に答えるクレアもクレアだ。
「私、命を助けてくれたお礼に、先輩になら見せてあげてもいいかなー、なんて……いやん、今日の私、ちょっと大胆!」
 なんだかお互いの下心が見事に合致したようである。これはこれで美しい……のかもしれない。
「おいおいマジかよ! 今度デートしようか、クレアちゃん!」
「えっ、ほんとですかっ!?」
 こうなると、もう誰にも止められない。イチコはぽかんと口を開けて呆然と見つめ、ミレーヌは歯軋りしながら自分のなだらかな胸の起伏とクレアの胸を見比べつつ、睨みつけていた。
「……あのー、任務中なんですけど……」
 若干引きながらイチコは小声で言うのだが、抱き合う二人はもちろん、隣のミレーヌも殺意に支配されており話を聞いていない。
 イチコは小さくため息をついてからぽりぽりと頭を掻いて、しょうがないのでアスタークの死体に視線を落とした。
(この辺、目撃情報が多いなあ……)
 ここH-〇八エリアは、ちょうどオルハたちの担当区域の南西に隣接している。思えば、H-〇五と〇八エリアは昔からアスタークの目撃情報が多かった。北東部にはインヘルト社の研究施設がH-〇五エリアにまたがって構えており、もし研究施設が襲われでもしたらと思うとぞっとしない。
 被害が無いのは不幸中の幸いだ、とイチコは胸を撫で下ろした。エリア内にはグラスアサッシンの姿も無かったし、地域調査の報告は“アスターク一体を討伐。それ以外は異常無し“と報告して良いだろう。
(……それにしても)
 アスタークの深い傷をなんとなく見下ろしながら、イチコは思わず物思いにふけってしまっていた。
(傷跡をもう一度斬りつけて深くするなんて、並大抵の腕でできることじゃないよ……。それに、セイバーを逆手持ちなんて誰に剣術を習ったんだろ……?)
 確かに星グラール学園は戦いを教わる場所ではある。だが、三年間勉強しただけでこれほどのレベルに達することができるのだろうか?
 いやに場馴れしているような素振りも、イチコを思い悩ませていた。
「いやーん、先輩のえっちぃ!」
「いいじゃん、ちょっと触るぐらい! なっ、いいだろ!?」
「いやぁーん!」
 イチコはその光景を遠目に見ながら、「ああじゃなければなあ……」と呟いた。


「……ぱんつ見られた」
 地面に正座しながら、ミルは赤い顔で涙目になって、うつむいたまま、ぼそりと言った。
「だから、それは不可抗力だって……」
 隣に並んで正座するヴィンセントが、ばつが悪そうに呟く。
「……まあ、ボクもそう思うな」
 オルハも両手を腰に当てて二人を見下ろしながら、困ったように言った。
「だって! フランチェスコ先生は何も教えてくれなかったんだもん!」
「わざわざ言わないだろ、そんなことは」
 喚き散らすミルに、ヴィンセントはげっそりした顔で答える。確かに戦闘になれば激しく動き回るはずだから、それぐらいは想像がつきそうなものだ、というのが一般的な認識である。
「ミル……ほんとに何も準備してなかったんだね……」
 オルハの後ろに立つネージュが、苦笑と困った表情の混ざった不思議な顔で、呟くように言った。
「まあ……いい勉強になったじゃん? 特にスカートスタイルの制服は下になんか履いておいた方がいいよ。寒い地域でシールドラインの保温機能で補えない場合は防寒具にもなるし。ホラ、ボクだって下に履いてる」
 オルハが制服のスカートを捲り上げると、確かに黒い厚手のショートパンツを履いている。
「あう……」
 それにミルは言葉を返せない。うつむいたままで、困ったように唸った。
「と、とにかく」
 そんなミルに気遣ってか、ヴィンセントが立ち上がりながら慌てたような声で言う。
「それより、怪我がなくて何よりだった……という所で納得してくれないかな。あやうく大事故になる所だったんだ」
 その声に、ミルがはっ、と顔を上げて、ヴィンセントを見つめた。それから我に返ったように、
「う、うん……助けてもらうの二度目だよね、いつも迷惑かけてごめんなさい。助けてくれてありがとう!」
 と、微笑みながら素直に言った。それにヴィンセントは微笑んで、何も言わずにミルの頭をぽんぽん、と撫でた。
「はい、じゃこれでぱんつの話は終わり終わり。……それよりさー、なんで飛び降りちゃったの?」
 ぱんぱんと手を叩きながらオルハがまとめて、ミルに向き直る。ミルはそれに思い出したように口を開いて、いつもの調子で喋りだした。
「あー、そうそうそれなんだけど……。ほらあたし、ガーディアンズ科に入ってフォトン感知ができるようになってから、いろいろと分かるようになっちゃって」
「そういえば。最近たまに言ってるね、その話」
 それに思い当たるフシがあったのか、ネージュが口を挟む。
「うん。フォトンの流れを見ると、感情というか意思というか……“声“が聞こえることがあるんだ」
「声だって? そんな感知能力、初めて聞いた。もっと詳しく教えてくれ」
 ヴィンセントが驚いて、不思議そうに両手を開いてみせる。それから懐から直径三センチほどの円柱を取り出して、スイッチを押してからミルに向ける。先端には細長いくぼみがたくさんあり、どうやらボイスレコーダーのようだった。
「うん、声ってほどはっきり聞こえるものではないんだけど……漠然とした意思が伝わってきて、それが体の隅々まで満たしていくような……そんな感覚になるの」
「そういう話はボクも初めて聞いたけど、あり得ない話じゃないんじゃないかな。ダークファルスと戦った時、黒いフォトンに包まれた空間だと気分が悪くなる、ってフォースの人が言ってた気がする」
「なるほどな、確かにそれは……ん?」
 そこまで言って、ヴィンセントは耳を疑った。

 ――今、なんて言った?
 “ダークファルスと戦った“と言わなかったか?

 ダークファルス、それは生けとし生きるもの全ての共通の敵。破壊神とも邪神とも呼ばれる超生命体、と言われている。

(だが、その存在は伝承に残るのみで、現実に復活したなどという話は耳にしたことがない――)

 しかし現実に、ダークファルスは何度かガーディアンズの前に立ちふさがったことがある。コナンドラム事件で復活したのだ。
 だがそのような事実は、一介の学生ごときが得られる情報では無い。
(いやいやいや、まさか。気のせいだ、きっと)
 ヴィンセントは自分の聞き違いと判断して、それ以上追求することをやめた。かぶりを振って、それを追い出そうとする。それにオルハは不思議そうな視線を向けた。
「? ヴィニー、どしたの?」
「あ、いや、なんでもないよオルハさん。……で、ミルの話に戻すけど、その話を聞く限り、ミルはフォトン感知能力が人一倍敏感……という解釈になると思うんだが、どう思う?」
 ヴィンセントの提案に、各々が思案にくれる。しばらくして、ネージュが小さく「ぅうん」と唸ってから、口を開いた。
「……というか、ミルはそんなに空気に敏感な方ではないと思うんだけど……」
「うおーい! ネージュってば何言っちゃってくれてんの!」
 ネージュが真顔で言うのに、ミルが思わず腕を振り上げてツッコむ。
「まあでも、体質とかもあるんじゃないかなー?」
「そうだな。それだけ感知能力に確実性があるってことで、任務の際には助かると思う」
 オルハとヴィンセントがフォローをいれるのに、ミルはうんうんと頷いて、
「うん、とにかく、心配かけてごめんね。あたしはもう大丈夫だから、実地研修を続けようよ」
 と、明るい顔で言う。
「そうだな」
「そだね。とりあえず近辺の探索を始めよっか」
 歩き出しながら言って、四人はコロニーの破片に背を向ける。

 それからミルは、後ろ髪を引かれるようにもう一度振り返って、破片を見つめ続けたまま、動かなかった。

(……気のせいだったのかな)

 さっき、ミルには確かに聞こえたような気がしたのだ。

“君のために戦う――“

 ――護るために戦うことを決意した、強い意思の声を。

 

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