学園生活恋せよ乙女っv ガーディアンズは大・変・だっ!

小説・ファンタシースターユニバース Episode2 こちらグラール学園! 1年B組ガーディアンズ科

6th universe 任務、始めました(2)

「――明日は祝日だが、予定通り実地研修を行う」

 話は、突然だった。

 担任であるフランチェスコが放課後のホームルームで放った一言で、一年B組の生徒たちは完全に固まってしまっていた。まるで、ガーディアンズが任務で使用する“スタントラップ“で全身を麻痺状態にされてしまったかのように、一瞬にして動きが取れなくなってしまったのである。
 その光景に動じることなく、フランチェスコは教壇で腕を組んで仁王立ちながら、ただその様子を見守っていた。彼は短い黒髪にビーストらしく屈強な体つきで、上着は紺をベースに白とスカイブルーのラインが入った”ブレイブスコート”、下には紺のパンツにロングブーツのセットである”アーミーボトムセット”を履いていた。その様は見守るというより、まるで裁判官として被告人を見下ろしているようでさえある。
「あのう、先生。実地って……?」
 生徒の一人が、恐る恐る手を上げつつ、呟くように聞いた。それにフランチェスコは眉をぴくり、と震わせると、
「前から言っていたはずだ、忘れたのか? ガーディアンズに同行してもらい、実際の任務に就き、研修を受けてもらう」
 と、当たり前のように野太い声で言うと、教室は完全に沈黙に包まれてしまった。
 それからたっぷり五秒は経ってから、

「えーーーーーーーーーー!?」

 と、クラス総勢二十名の合唱が響いたのであった。

「何を驚いている?」
 フランチェスコは不機嫌そうにぼそりと言う。もっとも本当に不機嫌なわけではなく、単に無愛想なだけであるのだが。
「に、任務ってモンスターとか出るんですよね!? 危ないですよね!?」
 ネージュが思わず叫びながら、胸の前で手を組んで首を左右にぶんぶんと振る。他の生徒からも「それやばいんじゃないですか!」「だめだもう終わった!」などと叫び、教室は一瞬にして騒然とし始めた。
「何を言っている。多忙極まりないガーディアンの方が、お前たちのためにわざわざ時間を作ってくれたんだぞ」
「せんせー!」
 ここで元気よく挙手したのは、皆の期待通り――ミルであった。生徒たちは彼女に視線を集め、これから起こる出来事が自分たちにとってマイナスにならないことだけを願っている。
「バナナはおやつに入るんですか?」
 生徒たちはくすりと笑いもせず、胸を撫で下ろした。少なくとも状況は悪化していないからだ。
「さあな。ちなみにおやつは三十メセタまでだ」
「えー。三十メセタじゃ何も買えませーん」
 ミルも調子に乗って、頬を膨らませながらぶーぶーと声をあげる。それにフランチェスコは困ったような表情で頭を掻いてから、
「おやつより、任務に必要なものを用意しとけ。特に得物と道具の準備は怠るな、一瞬の油断が死を招くぞ」

 その言葉に、ざわめいていた教室がしん、と静まりかえった。


 ――“死“。


 あまりにも現実感の乏しいその単語に、誰も反応できなかった。
 何故、この平和な空間にそんな言葉が飛び出すのか。
 生徒たちは誰一人として、明確な答えを出すことができなかった。

「前から近々実地研修があるという話はしていたはずだろう? 各々準備をし、明朝十時にコロニー五階のガーディアンズ本部受付前に集合すること。――他に質問はあるか?」
 唖然としたままの生徒たちにフランチェスコは言うが、誰一人としてそれには答えない。まるで、その声は彼らにはまったく届いていないようにさえ見える。
「は、はい」
 ただ一人、小さな声と共に手を上げたのは、ネージュだった。身をぎゅっと縮こまらせたまま、申し訳なさそうに小さく手を上げている。
「どうした、ネージュ」
「あのう……武器以外に、どんなものを準備してけば良いのでしょうか」
 おずおずと聞くネージュに、フランチェスコは少しだけ考える素振りを見せ、腕を組み直した。
「万が一の際に使える道具類は多少用意しておくといい。怪我を治す“モノメイト“や、解毒作用を持つ“アンチメイト“などだ。後で購買部に寄ってみろ」
「は、はい……分かりました」
 ネージュはしゅんとした顔で手を下ろしながら頷く。耳がぺたりと垂れてしまっているあたり、完全に怯えきってしまっているようだ。
「――他に質問はないようだな。では、今日の授業はこれで終了。帰って明日のためにゆっくり休め。……おい、日直」
「は、はい。きりーつ」
 日直の声に放心状態の生徒たちが、まるで心の抜けた死人のようなぎこちない動きで、まばらに席を立つ。
「れーい!」
「お疲れさまでしたー!」
 フランチェスコが教室を出てからも、生徒たちはそのまましばらく動くことができなかった。


 学校など教育機関の建物の多くがそうであるように、星グラール学園の購買部もまた、食堂の近くにある。もちろん文房具などの学園生活に必要な物が主に売られているのだが、軽食や飲み物といったものも少し販売されていた。
 また、一番の特徴は、ガーディンズ科の生徒向けにフォトン武器や任務に必要な回復薬なども販売されているということであった。
「……というわけなんです」
 ネージュは泣きそうな顔で両耳をぺったりと垂らして、購買部のカウンターにへばりついていた。ちなみにミルはいつもの通り、興味を引く商品に惹かれて、勝手に物色を始めている。
「うふふ、そうね〜。まあいつかは必ず通る道なんだし、むしろ早くに経験できて良かったと思えばいいのよ」
 カウンターの向こうで微笑むのは、大きな丸眼鏡をかけたキャスト女性だった。柔和な笑顔に濃紺の長い髪を頬の横で縛って垂らし、額と本来耳のあるべき場所からは黒いアンテナが覗いている。人工皮膚に包まれた両腕を肩から出し、太腿のゆったりしたパンツを履いて、その上に"カッポウギ"と呼ばれる体をすっぽり覆うニューデイズ式のエプロンを身につけていた。胸には"ヨシノ"と書かれた名札をつけている。

こちらグラール学園! | カウンターの向こうで微笑むのは、大きな丸眼鏡をかけたキャスト女性だった。

「でも、怖いじゃないですか。何が出るか分らないし……おかんは初めて任務に出た時、不安にならなかったんですか?」
 “おかん“というのはヨシノの愛称である。決して高齢ではなかったが、養子とはいえ息子がいることや面倒見が良いことから、自然とそう呼ばれるようになっていた。もちろん彼女の穏やかで母性に溢れた性格がそう呼ばせるのである。
「う〜ん、さすがにちょっと昔だからはっきりと覚えているわけではないんだけど……不安だったのは確かね」
「でしょう!? すごく怖いんです!」
 あまりにもネージュが怯えているのを見て、ヨシノはうん、と一度大きく頷いて、組んだ右手を顎に当てた。
「そうね……任務に限らず全ての物事に、百パーセントってなかなか存在しないわよね。それは分かるでしょう?」
「はい、もちろん」
「それは任務においても同じなのよ。上手くいく時もあれば、そうでない時もある。だからみんな、いろいろと準備をしてから任務にいくの。誰だって不安だけど、任務を成功させたいのよ」
 言ってヨシノは微笑む。それにネージュは大きく頷きながらも、どこか納得のいかない様子だった。
「例えば、これ」
 ヨシノは高さ十センチほど涙型の小瓶を取り出すと、ことり、とカウンターの上に置いた。わずかに水色がかった液体が入っており、室内光を反射して僅かにきらめく。
「これは“モノメイト“というお薬。身体の自然治癒力を向上させるもので、多少の切り傷や打撲ならすぐに自然治癒しちゃう。これをひとつ持っておくだけでも安心しない?」
「確かに……」
「そしてこれが、体内にあらざるべき物質を浄化させる“アンチメイト“というお薬」
 ヨシノは小さなピルケースに入れられたカプセル剤をカウンターに置いて、また静かに言葉を続ける。
「モンスターの中には、傷口から神経に作用する麻痺毒や、脳の機能を休止させ眠りに陥れる毒を持つ個体がいるわ。そういった、体内に存在すべきではない物質を中和してくれるお薬がこれ。……ちなみに、二日酔いの残留アルコールなんかも中和することができるけど、あなたにはまだ関係ないわよね」
「おおー……」
 ネージュはまるで怪しい心霊グッズを売り付けられる哀れな被害者のように、どこか落ち着きの無い視線でカウンターを見つめていた。このままだと、安っぽい土なのに高額なツボ・デ・コットや、ヴァーラ牙を使って作ったという怪しげなハン・コのような、眉唾な品でさえも喜んで買いかねない様子である。
「あとは、これが一番すごいわよ」
 ヨシノは微笑みながら箱を取り出して、カウンターの上にどんと置く。長さ十センチほどの円柱形の箱の中には、人形型の機械が丁寧に梱包されて入れられていた。
「これはね、“スケープドール“というもので、治療用フォトンを内蔵しているの。感知ケーブルを体に付けておけば装備者の身体状況をリアルタイムで計測し続けて、生命活動が停止に向かいそうな時に緊急治療を行ってくれるのよ」
「スケープ……ドール……」
 ネージュは怪しい目つきで、ぼそりと復唱する。家や土地の権利書を喜んで差し出すようになるまでもう少しだ。
「――そう、みんな不安だし怖いのよ。私だって、そう」
 ヨシノはいつものように穏やかで優しい笑みを浮かべて、僅かに首を傾ける。両手を開いた身振りはまるで、向き合う者を受け止めようとしているかのような、そんな暖かな雰囲気を作り出していた。
「だから技量を上げたり、良い武器や防具を揃えたり、こういった道具をしっかりと用意しているのよ。分かるかな?」
「はい、確かにその通りです。……これ、全部ください」
「全部!? 結構するわよ、お小遣い大丈夫!?」
 いきなり突拍子もないことを言い出したネージュに、ヨシノは目を丸くして、思わず聞き返してしまっていた。だがネージュはそれに動じることなく、真剣な視線で見つめ返している。
「大丈夫です、全部でいくらですか?」
「うーん、そこまで言うなら……モノメイトが五十、アンチメイトが十五、スケープドールが五千よ。合計で五千飛んで六十五メセタになるけど……」
「五千六十五メセタ……!」
 この世界では“メセタ“という貨幣制度が普及している。しかし物理的な貨幣をやりとりする仕組みは廃れて久しく、現在は“メセタカード“と呼ばれるデータカードを使い、データのやりとりをするのが一般的であった。
(うう……こないだスカート買ったばかりだし……でも貯金を全部使えば足りる、足りるけど……!)
 ちなみに、我々の住む世界とのレートはだいたい一メセタが十円に相当する。つまり、五千六十五メセタというのは、一介の高校生がおいそれと支払える額ではないのである。
「……ねえ、やっぱりやめておいたら? いくら命を守るためとはいえ、安くないものね」

(――命を守るため……!)

 言ってヨシノがカウンターの上を片付けようとしたその時――。

 ネージュはその手をがっし、と強い握力で掴んだ。

「……買います」
 うつむいて顔に影を落としながら、ネージュは呟く。その恐ろしいまでの気迫に、ヨシノは思わず一歩退きかけた。気遣いのつもりでかけた言葉が、逆に火を点けてしまったことに気づいて。ネージュのビーストとしての闘争本能が威圧感を醸し出し、全てを圧倒していた。
「まだ死にたくないぃ……死にたくないいぃぃぃっ! だから、だからっ! これ全部買いますぅ〜!」
 後半は絶叫だか悲鳴だかよく分からない声になっており、店内にいた他の生徒たちも何事かと視線を向け始めていた。どう考えても、穏やかな光景ではない。
「あ、うん……お買い上げ、ありがとう、ね」
「よっ! 商売上手ぅ!」
 呆気に取られたヨシノが言うと、いつの間に聞いていたのやらミルが拍手しながら声をあげる。次第に誰からともなく拍手が起こり、気づけば購買部は何故だか、スタンディングオベーションに包まれていたのだった……。


 ――走り出すのは、まるで蒼い雷(いかずち)。

 地面を蹴った音が響いたかと思うと、一瞬にしてその姿がブレて、距離を詰めてくる。
「!?」
 それに男子生徒は反応して、手に持った木剣をかざした。だが、雷はそれをするりとかわして側面に回り込む。

 雷の正体は、エーデルシュタインだった。
 紺の制服と紺の髪、それにニューマンらしく細い体躯ならではの素早い動き。

 その姿はまるで、蒼い雷を連想させるのだ。

「はッ!」
 彼女は手に持った木剣を振り上げると、男子生徒の頭部へと振り下ろす――。
「ひっ……! ま、参りました!」
 その声に、剣を僅か数センチ前で寸止めして、エーデルシュタインはいつもの冷静な顔で男子生徒を見下ろしていた。男子生徒はへなへなと力なく座りこむと、ごくり、と大きく唾液を飲み込んで、それからゆっくりと大きな安堵の息を吐いた。
「――お疲れ様」
 無表情に小さくそう言って、エーデルシュタインは踵を返す。それにスカートの裾が波打って弧を描き、同じように紺の髪もふわりと大きく揺れた。それから道場の隅へと歩いて、腰を下ろす。
 ここは、学園内の鍛練場だ。ガーディアンズ科の生徒はここを自由に使うことが許されている。もちろん一般学科の生徒でもここで部活動を行っている者がおり、放課後ということもあって場内は雑然としていたのだった。
 鍛練場はシルバーの壁の無機質な空間であり、半分は床がタタミになっている。これは柔術などの寝技の鍛練を行う際に使われていた。奥の部屋に入ればストレッチや筋力向上のためのトレーニングマシン、それにシャワールームも完備されている。
 エーデルシュタインはほぼ毎日、ここに立ち寄ることが日課となっていた。

(……そんなものよね)

 今日はなんとなく気が向いて、一般科の剣術部に所属する生徒たちに手合わせをお願いした。

 ところが、三年生の部長を含む剣術部男子、総勢二十八名。

 ……誰一人として、エーデルシュタインとまともな勝負になった者はいなかったのである。

 エーデルシュタインは軽くため息をついて、壁の近くに腰を下ろすと、他の生徒たちの練習風景をなんとなく眺めていた。
 鍛練場では剣術部だけでなく、タタミの上では柔術部が練習を行っている。他にも様々な生徒たちが素振りや基礎トレーニングに明け暮れていた。皆、技量はまちまちだが誰しもが一所懸命に練習を続けていたのだった。

(……でも、そんなものよね)

 エーデルシュタインは小さくため息をついて、心の中で独りごちる。
 ……決して、自分より弱い者を見下しているわけではない。鍛練なんて、練習量が強さに直結する。そうであれば彼らは練習量が少なすぎるだけなのだ――エーデルシュタインはそう考えていた。

 ただ、単純な。
 単純な事実が彼女を悩ませる。

 ――自分より練習量の少なすぎる相手ばかりで、まともな打ち合いができる者がいない、という事実。

 年齢だってそんなに変わらないはずなのに――エーデルシュタインはその現実に、虚しさに近い感情を持っていた。
 思えば、学園に入学するまでも毎日剣を振っていた気がする。明確な理由などない、平穏な日常に生き甲斐を見出だせず、剣を振っている時が一番安心する。

 それに幼少時代に気づいた。
 ただ――それだけのことだ。

 ぱぱぁん!

 不意に、鍛練場に激しい音が響き渡った。剣で胴着を叩いた音だろう、あまりにも綺麗に透き通る音は、まさしく“快音“と呼ぶにふさわしい。
 場に居る全員が思わずその音に振り向き、しん、となって沈黙に包まれてしまっていた。
「おいおい、おめーじゃ相手にならねーぜ!」
 その沈黙を破るのは、明るく軽いが起伏が豊かで表現力の高そうな、青年のアルトボイス。
 見ると、木剣を持った男が大声で言っており、その目の前には剣術部の部長が尻餅をついて倒れていた。どうやら、先ほどの快音を出したのはこの立っている男のようだった。
 男は肩口に届くほどの長髪で、くっきりとした鼻筋にしっかりと窪んだ眼窩骨、それに骨ばった顎という、いわゆるラテン系の美青年という雰囲気であった。彫りの深く濃い顔は、充分にいい男であることもあり印象深く、一目見ればしばらく忘れられそうにない。制服に赤いタイを巻いているので、どうやら彼は三年生らしい。
(……)
 エーデルシュタインはその光景に、少しムッとした表情で視線を向けた。

 ――礼儀がなっていない。

 勝負は一回きりの真剣勝負。勝っても負けてもお互いの健闘を称え合うべきだ、とエーデルシュタインは考えている。
 だが、彼は負けた者の健闘を称えるどころか、無礼千万なことを言っているではないか。
「部長さん、あんたよりつえー奴はいねーの?」

「……私がお相手しましょう」

 見下ろしながらまくし立てている長髪の男に、エーデルシュタインは思わず歩み寄って声を発していた。少しうつむき加減で、鋭い声を。
「ふはっ」
 男は一瞬唖然としていたが、おかしな声をあげて不意に吹き出す。
「おいおい、ねーちゃんじゃ相手にならねーって」
「それはやってみなきゃ分からないでしょう?」
 不敵に微笑みながら、エーデルシュタインは剣先を男に突きつける。男はそれに動じることなく、かついだ木刀でぽんぽんと肩を叩いて、にやにやと見つめていた。それから一歩踏み出して口を開く。
「それより、飯でも行こうぜ、学園の近くにいい店知ってるんだ」
 だが、当然エーデルシュタインはそんな言葉には興味を示さず、ただ彼が左手に持った剣を見つめていた。

(……片手剣を逆手に持っている?)

 そう、エーデルシュタインの気を引いたのは剣の持ち方。セイバーを模した木剣は全長百五十センチ近く、逆手に持つには長すぎるはずだ。もし逆手に持つのであれば、振り下ろす刺突の扱いやすさを考慮して、もっと刃渡りの短い剣を選ぶべきだろう。

(……まあいいわ。戦ってみれば分かること――)

 ――鋭い雷が弾けた。

 エーデルシュタインはなんの前触れもなくその剣を、頭部めがけて突き出した。あまりにも鋭い突きが、落雷のように襲う。
 予備動作は最小限にゆらりと揺らしただけで、常人の動体視力ではまず気づけない。あまりにも速いスピードで、剣先は彼の額を狙う。

 そして、当然のようにその剣が、男の額に吸い込まれると思った瞬間――。

 がこぉん、と鈍く乾いた音が鍛練場に響いて、エーデルシュタインの剣先を弾いた。

「!?」

 男は顔色ひとつ変えずに、エーデルシュタインの剣を右へと薙ぎ払っていたのだ。

「――ヒュウ、速ぇな。でもさ、いきなり襲いかかってこなくてもいいだろ?」
 驚愕したのは、エーデルシュタインの方だった。
 今の一撃は確かに全力ではない。軽く小突いて、この無教養な軟派男に赤っ恥でもかかせてやろうと思っただけだ。

 ――だがこの男は、それを易々と弾いた。
 見えただけではなく、正確にいなしたのだ。

(なんでこんな男が――!)
 エーデルシュタインはそれに妙な感情を覚える。

 ――毎日毎日鍛練を欠かさずに行ってきて、やっとここまで来たのだ。
 このように礼儀のなっていない奴に、負けるはずがない――!

 そう、こんな奴が自分より鍛練量が多いはずがない、格下であるはずの相手に攻撃を受け止められたという想定外の“焦り“。

 感情の勢いにまかせて、エーデルシュタインは斬り込んだ。地面を蹴った勢いを乗せて、左へ袈裟懸けに斬りかかる。男はそれを軽く下へといなして、右へ回りこもうとする。
 エーデルシュタインはそれを見てから、返す刃で右へと薙ぎ払う。

 ところが――。

(……消えた!?)

 剣は男の残像を切り裂いた。
 手応えは、空気を切り裂く静かな手応え。
 予想外の展開に、エーデルシュタインは一瞬動きが止まってしまった。

「うーん、やっぱスパッツか。やっぱ色気が足りねぇよなぁ」

 この状況にふさわしくない、男の気の抜けた声。

 ――何処から!?

 見物していた男子生徒たちがわっと沸いているのをどこか遠くに聞きながら、エーデルシュタインは僅かな違和感を両足に感じて、慌てて振り向く。

 男は、背後に居た。

 その右手はエーデルシュタインのスカートの裾を摘まんでぴらりとめくり上げ、男は地面にしゃがみこんで中を覗き込んでおり。
 当然、スカートをまくり上げているのであれば。

 下に履いている濃紺のショートスパッツに包まれたお尻が、丸見えになってしまっていたのだった。
こちらグラール学園! | 濃紺のショートスパッツに包まれたお尻が、丸見えになってしまっていたのだった。


 スパッツは当然薄手であり、動いていない時にじっくりと見られてしまうと、体の肉感や下着のラインが分かってしまう。
 そんなわけで、引き締められたお尻から太股への柔らかなラインがあらわになっているという嬉しいハプニングに、男子生徒たちは色めきたって盛り上がっていた。

「〜〜〜〜!」

 顔を紅潮させたのはシンプルな羞恥心と、彼の行いに対する怒り。
 とにかくエーデルシュタインは、剣を持った拳を強く握りしめると、鼻の下を伸ばしてスパッツに気を奪われていた男の顔面――それも鼻っ柱を、寸分の狂いなく打ち抜いてやったのだった。
「ぐっは! そりゃナシだろ!」
「な、な、なんてことを……っ!」
 男は衝撃に鼻血を吹きながら尻餅をついた。エーデルシュタインはわなわなと拳を震わせながら、親の仇でも見るかのような視線でそれを貫いてやる。
「いってぇ……いいだろ別に減るもんじゃねぇし! 見えても困らねぇようにパンツの上に履いてんだろうが!」
「“見える“のと“見せる“のは全然意味が違う!」
 男は涙目になりながら鼻を手で覆って、悪びれた様子もなく喚く。それにエーデルシュタインも思わず声を荒げてしまっていた。
「ったく、女ってのはほんとに面倒だ……まあ、マジな話、さ」
 不意に彼は真顔になって、真っ直ぐな視線を向けた。エーデルシュタインがそれに気づいて聞く準備ができた所で、男はゆっくりと言葉を続ける。
「……ねーちゃんも俺の顔をぶん殴ったってことで、チャラにしねぇか? 騒ぎを大きくすんのは本意じゃねぇだろ?」
「む……」
 エーデルシュタインは明らかに困った顔で、地面に座る男を見下ろしていた。なんとか冷静さを取り戻そうと、ゆっくりと息を整え始める。

 ……確かに、言うとおりだ。
 エーデルシュタインは感情にまかせたとはいえ、正直やりすぎているという自覚がある。

 あくまでここは鍛練場。いくら相手が無礼とはいえ、怪我を負わせて良いという理由にはならない。それは解っているつもりだ。
 そして、場内のほとんどの者がこのやりとりを目撃している。言い逃れできる余裕など、どこにも無い。衆人の前で「この話は解決しました」ということをアピールする必要があるのだ。

 だからエーデルシュタインは、ゆっくりと息を吸って軽く瞳を閉じてから、ゆっくりと口を開いた。
「……分かりました、貴方の言う通りです。私もカッとなってついやりすぎてしまいました、それは謝罪します」
「OK、話が早い。ま、お陰でいいモン見れたから俺はチャラでいいぜ」
 男は立ち上がりながら尻を両手ではたいて、あっけらかんと恥ずかしげもなく言ってのける。それにエーデルシュタインはぱっと顔を赤らめて、
「み、見せたくて見せてるんじゃないんだから!」
 と、感情にまかせて叫んだのだった。
「へいへい。じゃあ俺は帰るとするか、ツレが待ってるんでね。……俺は三年B組ガーディアンズ科のセルジュ=ダランベール。あんたは?」
 歩き出しながらふと思い出したように振り向いて、セルジュは言う。
「……二年C組、ガーディアンズ科のエーデルシュタイン=アンシュラーク」
「そっか、ならまた会うかもしれねぇな。そんときゃもっと色っぽいパンツで頼むぜ」
 言いながらセルジュは、おどけてスカートに手を伸ばそうとする。エーデルシュタインは咄嗟にスカートを押さえながら飛び退くと、その手をはたいてやった。
 セルジュはそのリアクションに満足したらしい、愉快そうに笑いながら、そのまま背を向けて歩き出した。
「……あんたの剣、かなりスジがいいな。鍛練を欠かしたことのないのも、手を見りゃ分かる」
「……!」
 エーデルシュタインははっとなって自分の手に視線を落とす。確かに毎日の素振りで皮膚が固くなり、剣を持つ者特有のタコが指関節にできてしまっているのだった。

(……いつの間に見ていたの……!?)

「だが、ちと固くて直線的すぎるな。実戦は剣だけじゃなくて何でもアリなんだ、鍛練もいいが実戦経験も積めばもっと強くなりそうだ」
「あ、あんたなんかに言われなくても分かってるんだから!」
「おーこわ、女のヒステリーは怖いねぇ。ま、また次に会う時を楽しみにしてるぜ」
 おどけて言いながら、彼は手をひらひらと振りながら鍛練場を出て行った。

(……言われなくても分かってる)

 ――自分は、負けたのだ。

 フェイントにあっさり引っ掛かって、むざむざ背後を取らせてしまった。ヒューマンのセルジュより、身軽なニューマンの素早さが勝っているはずにも関わらず、だ。
 その時点で、勝敗は喫している。もしかして、顔面を殴らせて勝負をうやむやにしたのもわざとなのかもしれない。
 それに、実戦経験が不足していることもあっさりと見抜かれた。確かにエーデルシュタインは一人で鍛練していた時期が長く、実戦的な訓練が不足していることは自覚がある。だからこそ、わざわざ星グラール学園へ入学したのだ。

 それを、セルジュは僅か三合の打ち込みで見破った。

(……セルジュとかいう男、チャラチャラした性格に反して意外と場慣れしているわ。それも、かなり泥臭い意味で……)

 普通であれば、驚愕するべきことなのかもしれない。
 もしくは、自分の未熟さに打ちひしがれる所なのかもしれない。

 だが、エーデルシュタインは違った。
 微かに微笑みを浮かべ、楽しそうな表情をしていた。

 ……理由は簡単である。

 “久しぶりに、手応えのある相手に出会った“

 それだけであった。

(次に会った時は――覚えてなさい)
 内心固く決意して、エーデルシュタインは微笑みながら拳を握りしめた。

 

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