学園生活恋せよ乙女っv ガーディアンズは大・変・だっ!

小説・ファンタシースターユニバース Episode2 こちらグラール学園! 1年B組ガーディアンズ科

3rd universe 蕾のように(3)

 学園から徒歩十分のところに、星グラール学園の学園寮はある。ホルテス・シティ東地区には惑星パルムのガーディアンズ支部であるホルテス支部があるのだが、その敷地に隣接して学園寮は建てられていた。とはいえ学園寮はここだけではなく、ホルテス・シティ内に点在している。その中でもガーディアンズ科の生徒のみが、この寮で生活していたのであった。

 そんなわけで、我らがミルとネージュもここに戻ってきて、夕食を終えた後のことである。

「ぷはーっ! 生き返るねえ」
 ミルがしみじみ言うのに、ネージュもうんうんと頷いて、
「うん。今日は適正試験やら変なのに絡まれるやらで疲れちゃった……」
 と、ゆっくりと息を吐きながら答えた。
 さて、二人が「生き返る」と言っているのは多少大袈裟かもしれないが。

 目の前に広がるのは、紅葉の美しいニューデイズの風景。

 二人は露天風呂で、今という時間を楽しんでいた。
 ――とはいえ、ここはニューデイズの奥地にある“クゴ温泉“を模しただけで、実際には天然温泉でなければ自然も作り物である。だが、生徒たちはいつか本物のクゴ温泉を見るために厳しい練習にも耐えられる……という噂があるとかないとか。
 とにかく、大手組織の金銭支援を受けているだけはあって、学生寮とは思えないほど、なかなか充実した設備であった。
「いや〜、この温泉だけで入学した甲斐があったというものですよ、ネージュ君」
 と、ミルは体にタオルを巻いた状態で半身浴を楽しみながら、ご機嫌そうにおどけてみせる。決して肉感的なボディラインではなかったが、それでもタオル越しに細くスレンダーな体をあらわにしている。いつものツインテールもほどいており、腰ほどまである長い髪を下ろしていた。
 対するネージュは頭にタオルを乗せて肩までしっかりと湯につかり、
「ちゃんと肩まで浸かって百数えなきゃ」
 と、まるで母親みたいなことを言うのだった。

こちらグラール学園! | 「いや〜、この温泉だけで入学した甲斐があったというものですよ、ネージュ君」「ちゃんと肩まで浸かって百数えなきゃ」

「……そういえば、六月館でのことなんだけど……ミルの好みって相変わらず?」
 ふと昼間のことを思い出しながら、ネージュが呟くように聞く。それにミルは大きく頷いて、
「うん、白馬の王子様! いつか、あたしを迎えに白馬の王子様がやってくるの!」
「はいはい、そうだね……」
 ミルが元気良く言うのにじとつく視線を投げてやりながら、ネージュは適当に答えた。ヴィンセントに「白馬に乗れる」かなどと変な質問をしたことも納得している。
 何せ、幼い頃からミルは、ずっと同じことを言っている。王子様にも白馬にもツッコミ所は満載なのだが、考えられる部分は今までの付き合いで全てツッコミ尽くしてしまった。だからもう、出るものはため息しか無いのだ。
「……じゃあ、今日会ったヴィンセント先輩みたいのはタイプじゃないんだ?」
「んー……確かにシチュエーション的には萌えまくりなんだけど……白馬持ってないって言ってたし」
 その回答に、ネージュは脱力してずり下がり、鼻先まで湯船に突っ込んでごぼごぼと息を吐き出した。もちろん、ため息を。
「ヴィニー先輩は確かにイケメンだし、王子さまみたいだとは思うけど……白馬がネックかなあ。セルジュ先輩もイケメンだけど、顔と性格が濃いし、遊び人みたいだし。……そういうネージュは?」
「え? ……うぅん……」
 ネージュは不意に声かけられ戸惑ったのか、それとも火照ってきたのか。熟考が漏れたような声で唸りながら、ミルに倣ってか岩の縁に腰掛けた。湯気の合間から、肉感的で豊満なボディラインが見え隠れする。
「うーん……私もそんな感じ……かなあ」
「だよねー。あ、じゃあちょっと体洗ってくるね」
 ミルは楽しそうに言って、手を振りながら腰を上げる。裸であることを気にせず、ずんずん歩いて近くのカランの前に座るとシャワーの蛇口を捻った。シャワーの水流に身を委ねて髪を濡らしながら、ミルはふと、自問自答していた――。

 ――子供の頃はずっと、大きくなれば何か楽しいことが起こると漠然と信じていた。
 恋愛、トラブル、様々な出会い。そういったものが、まるでスコールのように降ってくるものだと信じていた。

 でも、別にそんなことは起こらなかった。

 地元のニューデイズの中学へは行かず、わざわざ全寮制のこの学園に来たというのに、毎日は地元とさほど変わらない。雑誌や流行は最新のものが手に入るようになったが、根っこに存在する、理由の分からない焦燥感は加速してゆくばかり。

 どうしたらいいのか解らないまま、時間だけが過ぎてゆく――。

「でもでも、今日から高校生なんだもん。きっと何か変わるハズ――!」
「……それは構わないんだけど、お湯をこちらに向けるのはやめてもらえないかしら?」
 興奮して胸の前で拳を握りしめているミルに、冷静な女性の声がかけられる。それは、隣のカランの前に座る、紺の髪の女性から発せられたものだった。
 いつの間にここへ入ってきたのか、いつの間に座っていたのか。とにかくミルは、その存在にまったく気づかなかったのである。

 ここでやっとミルは我に返る。見ると、持っているシャワーヘッドは外を向いてしまっており、その水流がその女性の頭にばしゃばしゃとかかってしまっていた。髪を濡らすつもりはなかったのか頭にタオルを巻いていたのだが、タオルはほどけてしまっており、髪からはぼたぼたとお湯が垂れている。
「あ! えっと、ごめんなさい!」
 慌ててシャワーを引っ込めて、ミルはとにかく頭を下げる。考え事をしていてぼーっしていたのは自分が悪いから。
「別にいいけど……ここは一応公共の場だから。周りには気をつけることね」
 言って彼女は、ぷいと顔を逸らしてしまう。それに長い紺の髪が揺れて、ぱっと小さな水滴を跳ねさせた。
 女性の髪の間からは長い耳が覗いている。きりりとした大きな瞳に、細くはあるが柔らかそうな頬。少し怒ったような横顔はとても整っていて、白く抜けるような柔肌は、まるで美術館に飾られた石膏の彫刻品のようだった。きゅっと上を向いた眉は、触れたら切られてしまうかと思えるほどの鋭い意思を感じさせていた。
こちらグラール学園! | 「別にいいけど……ここは一応公共の場だから。周りには気をつけることね」言って彼女は、ぷいと顔を逸らしてしまう。
 特に印象的なのは、その瞳。
 金色の瞳なのだが、角度によってその色をわずかに青く変えるのだ。
 それは少し緑がかり、深みのある色はまるで吸い込まれるよう。
 慈悲深き海の碧に、壮大な空の蒼、そして優しき水の青を足せばこのような色になるのだろうか。一言で青色と言えるものではなく、その壮大さに誰もが崇拝してしまいそうな、そんな瞳だった。

 だが、ミルは――。

「うわ、おっぱいおっきー!」

 ……と、空気を読まず下品なことを口にしたのだった。

「……」
 女性はシャンプーを手に取りながら、ちらりとだけミルにじとついた視線を投げる。それから無意識に、空いている左手で胸を覆った。
 ミルがそんなことを言い出したのも、体にはバスタオルを体に巻き付けているのだが、ニューマンらしからぬ豊かな胸が溢れそうになっているのだ。くびれた腰と、適度な運動で引き締められた四肢とのバランスがまた絶妙で、肌は琥珀のような透明感のある白さで、弾力と張りのある柔らかさを見せつけている。
 これを前にしてしまえば、ほとんどの男性はその魅力に言葉を失ってしまうだろうことは、容易に想像できた。
「あたしと同じニューマンとは思えない! 何かマッサージとかしてるんですか?」
「……別に何もしてないけど。胸の大きさなんて体質の問題でしょう。大きくても邪魔になるだけよ」
 女性は声量こそ小さいがよく通る鋭い声で、不機嫌な感情を隠すことなく乗せて答えた。
「えー、やっぱり女として生まれたからには、おっぱいがおっきぃほうが得じゃないですか」
「あのね……」
 女性はわざとらしく頭を抱える素振りを見せて、それから大袈裟にかぶりを振る。おまけに、特別サービスで大きなため息もデザートに付いてきた。
「――私は二年C組のエーデル……エーデルシュタイン=アンシュラーク。あなたは?」
「あ、すいません。あたし、一年B組のミル=ウジェーヌです」
「そう、ありがとうねミル。ひとつだけ、老婆心ながら言わせてもらうわね」
 言ってエーデルシュタインは視線をシャンプーボトルに戻して、それを手に取った。そしてそこに手を置いたまま、静かにゆっくりと息を吐いて。
「――私はガーディアンを目指すためにここに居るの。不慮の事故やモンスターから守れる命を護るためにね。あなたもガーディアンズを目指しているんでしょう?」
 エーデルシュタインは振り向きながら、先ほどよりさらに鋭い口調で言う。だがミルはそれに気づかず、きょとんとした顔でその続きをただ待っていた。

「……あなたは何故ここにいるの? ピクニック気分で来られても迷惑なだけ。邪魔をするなら帰りなさい」

 あまりにも、鋭い言葉。

 それはミルに向けて放たれた言葉ではあったが、まるでミルを通してもっと先の誰か、言うなれば世界に向けて放たれたような言葉。対象の無い言葉は世界へと飛び出してゆくのではないかというほどに。

 その言葉を、ミルはただ唖然としたままで聞いていた。

「あ……」

 向き合ったままの二人――。ミルは口をぽかんと開けたままで、まるで酸素が足りないかのように口をぱくぱくとしている。

(……言い過ぎたかしら?)

 それにエーデルシュタインはちょっとばかりの罪悪感を持ってしまったが、だからといってそれを弁解するつもりもない。思っている意見を口に出しただけだし、放った言葉は戻らない。そんなの誰でも知っていることだ。
「か、か……」
「……か?」

「かっこいいー!」

 その言葉にエーデルシュタインは、掴んでいたシャンプーボトルをひっくり返した。シャンプーの容器や洗面器を巻きこんで、わしゃーん、と音をたてる。
「エーデル先輩、ちょーかっこよす! あたし、危うく惚れちゃう所でした!」
「惚れてどうする!」
 予想外の言葉に、エーデルシュタインは思わずミルの肩を手の甲でぱしん、と叩いてツッコミを入れてしまった。
「だって、エーデル先輩かっこよすぎ! さぞかしモテてモテてしょうがないんだろうなあ〜うらやましす!」
「……」

 ……例えるならば、違う文化を持つ宇宙人と夕食を取りながら談笑している気分。
 エーデルシュタインは、まさしくそんな心境だった。

 どこで相槌を打つべきか、どこで笑うべきなのか。お約束の「うちのワイフが言ったのさ」という、分かりやすく笑うべき箇所を伝えてくれるものは、そこには無い。目の前にいる後輩の思考回路はあまりにぶっ飛んでいて、こちらの意図することがまるで伝わっていない――。
 だからエーデルシュタインは考えることをやめて、いつもの冷静さを取り戻すことにした。
「……はいはい、ありがとね。ところで体洗いたいんだけど、もういい? じろじろ見られるのはあんまり好きじゃないわ」
 エーデルシュタインは胸の前で合わせたバスタオルの端をほどく仕草を見せながら、ちらりとミルの方へ視線を向ける。
「あ、はい、邪魔してすいません! あたしも友達といるんで一度戻ります。また遊びましょう!」
 ミルは楽しそうに笑顔で手を振ると、そのまま湯船の方へ戻って行く。エーデルシュタインはその背中を見送りながら思わず手を振っていた自分に気づいて、手とミルに交互に視線をやってから、頬を赤らめた。
(……なんっか……調子狂う……っ)
 エーデルシュタインは暗い表情で頭を抱えると、大きくため息をついた。
(会話するだけでどっと疲れた……なんなのよあの子……)
 エーデルシュタインは疲れた顔でバスタオルを外して、なぎ倒してしまったボトルを元に戻そうとしていると――。

「きゃああぁぁぁ!」

 と、後ろからミルのばかでかい叫びが響き渡る。
 ただでさえ狭い上にミルの声はよく通るので、反響して肌を震わせるほどの音量となり、まるで世界の終わりかと思わせるほどだった。そのお陰で、エーデルシュタインは直そうとしていたボトルをまた取り落とす羽目になったのだった。
「もうっ、今度は何よ!」
 エーデルシュタインは立ち上がって振り返りながら、仁王立って感情のままに叫ぶと――。
「ネージュが、ネージュが! エーデル先輩、手伝ってくださいっ!」
「はあっ!?」
 見ると、完全にのぼせてしまったネージュが、ミルに抱えられ浴槽から引っ張りあげられている所だった――。


「……私、一体何してるんだろう……」
 ネージュはそんなことを呟きながら、鏡の中の自分を正面から見つめていた。頬はまだ上気しており、コットンで頬に乗せた化粧水がひんやり冷たく、その浸透感がいやに気持ちいい。

 ここはネージュの自室で、六畳半ほどの小さな部屋だった。
 床は元々フローリングだったが、ニューデイズ贔屓のネージュは草で編んだ床である“タタミ“を模したマットを敷き、“チャブ・ダイ“と呼ばれるローテーブルを置いていた。部屋にはそれに小さな鏡台があるだけの、女子高生とは思えないほどシンプルな部屋だった。

(懐かしかったなあ、小学校の運動会……)

 ネージュはのぼせてしまって意識を失っていた時に、いろいろと懐かしい思い出を思い出していた。

 ……いわゆる、走馬灯である。

「でも、頑張らなきゃ……」
 ネージュは呟いて、テーブルに置いた写真立てを手に取る。それには褐色の肌で灰桜色の短髪のビースト男性、ビーストにしては珍しく痩せ細った女性と、その二人に抱かれて生まれたばかりの赤ん坊が写っていた。

 ――父・ヤニクは、開拓民として各地を転々としていた。ある時ダグオラ・シティのガイークの酒場で母・イザボーと知り合って、二人は不思議と気が合いすぐに結婚してネージュを授かったらしい。
 それで二人は定住を考え、病気を持つイザボーの体のことを考え自然の多いニューデイズの環境が良いだろうということで、ブリュショルリー一家はニューデイズへと移住したということだった。

 よくある分譲住宅を購入して、すぐ――ヤニクは姿を消した。

 ネージュ自身は父親の記憶がまったく無いので、母子家庭であることに何も思ってはいない。むしろ、そんなものだと違和感なく受け入れている。
 そんな状況だったが、イザボーはネージュに学園に入学することを勧めた。理由は言うまでもない、賃金が高いことと、実力さえあれば一般企業に比べて出世がしやすい。
 そう、イザボーは病を持った体を引き摺ってネージュを育てることに疲れ果てていたのだ。
 平日はのんびり過ごして気が向いたらダンス教室にでも通って、そこで主婦仲間に新しいMATOIのバッグを自慢する。週末は夜景を眺めつつ豪華な食事をついばみ、ガイークなんて目じゃないほどの豪華なバーで、経済力と大人のエスコートを持った男性と談笑して一目惚れされる。
 そんな乙女の好むドラマのような生活を望んでいた。
 ネージュとしては病を持つ母親を一人置いてゆくのは忍びなかったが、隣にはウジェーヌ一家が住んでいる。いざという時にどうすべきかは、長い付き合いでお互いに理解していた。

 そんなわけでネージュは奨学金をもらうために猛勉強して、無事学園に入学できたのであった。
「母さん、私頑張る。きっと一人前のしっかりした大人になって、母さんに楽をさせてあげる……」
 そう呟くネージュの瞳はいつになく鋭い眼光を放って、まるでビーストとしての本能に支配されたかのように、ぎらぎらと燃えていた。

 

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