学園生活恋せよ乙女っv ガーディアンズは大・変・だっ!

小説・ファンタシースターユニバース Episode2 こちらグラール学園! 1年B組ガーディアンズ科

2nd universe 蕾のように(2)

「なぁなぁ、君たち何してんの?」
 そろそろ陽が沈みかけているにも関わらず、ミルとネージュがCafe六月館でガールズトークに花を咲かせていたその最中。テーブルの縁に腕と頭を乗せながら言う長い茶髪のヒューマン男性に、二人は答えなかった。

 理由は至極簡単で、知らない人だったからである。

「その制服で緑色のタイってことは、ガーディアンズ科の一年生だろ? 奇遇だな、俺もガーディアンズ科なんだ」
 見ると彼は紺のジャケットとパンツで、明らかに星グラール学園の生徒だ。タイは赤色で、それはガーディアンズ科の三年生であることを意味していた。
「暇してるならさぁ、一緒にどっか遊びに行こうぜ? どうせ明日は土曜で学校も休みだしさあ」
 彼は彫りの深い顔で目鼻立ちがはっきりとして、切れ長の瞳が吸い込まれるように輝いている。顔の彫りが深く鼻筋は通り、充分すぎるほどワイルドな美男子だった。
「……」
 ミルとネージュの困惑する微妙な空気も気にせず、まくしたてるように言葉を続ける彼。それにネージュは、目線すら合わそうとせず露骨に眉根を寄せ、顔を背けていた。
 というのも、ネージュは身長も高く褐色の肌で嫌でも目立ったし、十五歳とは思えない発達したボディラインを持っているせいでこのようなナンパ男からよく声をかけられる。そのせいもあって、この手の男性は好きではなかったし、関わりあいたくなかったのだった。
「おや? お兄さんイケメンだねー」
 ところが、ミルがふと気づいたように声を発して、ネージュは「あちゃー」と心の中で呟く。別に彼のことが気に入ったわけではないだろうが、イケメンウォッチャーのミルとしては見逃せない逸材だったのは確かだった。
「お、あんたさては俺に惚れたな?」
「うーん、お兄さんどっかで見たことあるんだけどな……どこでだっけ」
 男性がおどけて言うのに、ミルは相変わらず噛み合わない答えを返す。それから顎に人差し指を当てながら、うぅんと唸りながら首を傾げた。
「おいおい、忘れないでくれよ。昔はテレビとかよく出てたんだぜ?」
「……あ!」
 そのヒントにミルははっとなって、びしっ、と彼を指差しながら素頓狂な声をあげる。その大袈裟なアクションに、長いダークオリーブのツインテールが大きく揺れた。
「セルジュ……セルジュ=ダランベール!?」
「ええっ!?」
 ミルの声に、ネージュも思わず振り返ってしまった。驚きで思わず、耳がぴょこんと跳ね起きてしまう。
「ま、まさか……映画“スウォード・ワルツ“で主役を演じてた……!」
 ネージュは愕然としたような複雑な表情で、まるで金魚のように口をぱくつかせながら言う。あまりに信じられないのか、右目に少しかかった前髪をわざわざ指で分け、それからもう一度見つめ直した。
「ヒュー、ご名答♪ 詳しいな、俺のファンか?」
「ううん。あたしはイケメンが好きなだけ」
「まさか。私は原作の小説が好きなだけ」
 にやけた笑顔で右手を突き出し、ポーズを決めるセルジュだったが、ミルとネージュはあまりにも素っ気ない返事を返した。ネージュは携帯端末を取り出すと何度か画面を叩いてから、
「セルジュ=ダランベール、十八歳。僅か五歳で子役デビューを果たしモデルとして様々な雑誌等で活躍。中学生から俳優に転向、体を張ったアクションで特に殺陣を得意とする――のね」
 と、ネットで検索したプロフィールを読み上げた。
「っていうか、そのアクション俳優様が、なんでうちの学校にいるの?」
「……」
 ミルがごもっともな疑問を口にすと、セルジュは露骨に顔を逸らす。長い髪がちょうど顔にかかって、彼の表情が見えなくなってしまった。
「……干されたらしいよ」
 口を開いたのはネージュだった。画面を見ながらぼそり、と呟くように言葉を綴ってゆく。
「どんな作品に出ても出演者の女性を片っ端から口説くし、ちょっと前に有名女優とのスキャンダルが明らかになって。その女優には結婚を控えた婚約者が居たこともあり、大きなイメージダウンになって仕事が来なくなったらしく。それでプロダクションからも解雇されたとか……書いてある」
「あらま、それはちょっと火遊びが過ぎちゃったみたいねえ」
「……あれは俺が悪いんじゃねぇよ。婚約者がいるくせに誘いに乗った方が悪い」
「……婚約者がいると知ってて、ちょっかいかける方もどうかと思うけど……」
 子供じみた言い訳をするセルジュに、ネージュがもっともな言葉を返す。それに誰も言葉を挟めず、しばらくの間沈黙が訪れる。
「あ、いたいた。お前は目を離すとすぐこれだ」

こちらグラール学園! | 「ったく、ほんとにしょうがないな。火遊びに懲りてないのか?」「うっせーな、ヴィニー。美しい女性に声をかけない方がむしろ失礼だろ!」

 不意に声が聞こえると、そこに一人の男が立っていた。灰色の髪を肩口まで伸ばし、顔の起伏の穏やかな男性だった。前髪は顔の右半分を覆ってしまっており、その表情が読みにくくなっている。長方形の眼鏡がスタイリッシュさを漂わせ彼をより知的に見せており、セルジュとはまた違うタイプのイケメンなのであった。
「ったく、ほんとにしょうがないな。火遊びに懲りてないのか?」
 彼はため息混じりに言って、セルジュの襟首をぐい、と掴んで引っ張り起こす。
「うっせーな、ヴィニー。美しい女性に声をかけない方がむしろ失礼だろ!」
「それは否定はしないが。相手のことも考えてやれよ、困ってるだろ?」
 両手を広げながら、ヴィンセントは少しだけ困ったような顔で言う。別に怒っているわけではなく、冷静に諭すような口調だった。
「あ、いえ。二人分のイケメン成分を補充できたんで、別にいーです」
「ミル……」
 その飄々とした口調に、ネージュが思わず呟いてツッコんだ。このやりとりはすでにお約束の域に達している。
「本当にすまない。……ああ、君たちもガーディアンズ科か?」
 彼は今ごろ気づいて、ミルとネージュをじろじろと見回す。それにネージュは条件反射で、自分を抱くように両手をまわして胸を覆った。
「なるほど、緑ってことは一年か。俺は三年生のヴィンセント=チェンバレン。“ヴィニー“って呼んでくれて構わないよ」
 言ってヴィンセントは右手を差し出す。それをミルとネージュは握り返して、
「あたし、一年B組のミル=ウジェーヌ」
「同じく一年B組の、ネージュ=ブリュショルリーです」
 と、簡単に挨拶した。それからヴィンセントは、隣でふてくされているセルジュの脇を肘でつついてやる。それにセルジュは拗ねたようにぷい、とそっぽを向いて、
「……名前は知ってるだろ、よろしくな」
 と、頬を赤らめながら言った。
「やっぱり、今日のあたしってすっごくラッキー。こんなイケメンの先輩、二人も友達になっちゃった……!」
「ミル……欲望が口からだだ漏れてるよ……」
 それにネージュはあきれて、ため息混じりにツッコむ。もう面倒臭くなってきたらしい。
「いいじゃん、だって本当のことだもん!」
 両手をぶんぶんと振り回しながらミルははしゃいでいる。それにネージュははぁ、と小さなため息をついた。
「あっ」
 ネージュが小さく呟くのと、がしゃん、と衝撃でガラスの割れる音が聞こえたのは、ほぼ同時だった。
「うひぃ……俺様のコーヒーが……!」
 野太い声が後ろから飛んでくる。ミルが振り向くと、太ったヒューマン男性がこめかみと眉をぴくぴくと震わせながら立っていた。体には派手に鋲を打った袖のないレザージャケットを羽織っており、下も同じようなレザーパンツで統一している。インナーの黄色いシャツはその立派な腹に乗っかってしまい、大きくめくれ上がってしまっていた。髪は金髪、というより原色の黄色で、それを高さ三十センチはある大きなモヒカン刈りにしていた。
 そして、彼の足元には元々彼が持っていたと思われるトレイと、割れたグラス、それからこぼれたコーヒーが散乱していた。
「あ、ごめんなさい!」
 そう、ミルの振り回した手が、テーブルの横を通る彼に当たったのである。
「おいおい……俺様のたぁいせつなレザーパンツがコーヒーまみれになっちまったじゃねえかッ! どう落とし前つけてくれんだよォ〜!」
 男は不必要なまでに大きな声を張り上げる。それに店内の客たちは、驚きながら不思議そうな視線を向けていた。
「おいおいハミルトン、うるせえぞ!」
 席を立ち上がって駆けつけたのは、病的に細いヒューマン男性だ。ハミルトンと同じレザージャケットにパンツだが、彼のジャケットは袖があり、シルバーのチェーンやネックレスで派手に――というか、悪趣味に彩られていた。原色の青色の髪を、彼もまた二本のモヒカンにしている。
「ガストンのアニキッ! 俺様のコーヒーをこの女がこぼしやがったッ!」
「なんだとッ、俺たちが泣く子も黙るボルジャー三兄弟だと知ってのことか!? アニキ、アントンのアニキッ!」
 ミルたちはそれに恐怖し、しんと黙りこくってしまった。

 ……わけではなかった。
 目の前で急遽始まった寸劇に、いわばドン引きだったのである。

「おいおいてめえら……下らねえことで俺を呼ぶんじゃねぇよ……」
 奥の席で言うのは、ニューマンの男性だった。原色の赤い髪をモヒカンにしているが、彼のモヒカンは太く、前方が大きくせり出しておりモヒカンというよりリーゼントに近い。兄弟と同じレザーの上下をぴっちりと着こなしており、逆三角形のサングラスを外しながら、ゆらりと立ち上がった。
 場はその男たちに驚き恐怖を覚え、店内は凍えるような静けさに包み込まれる。

 ……わけではなかった。

「ぷっ」
 ミルが思わず吹き出す。
「ちょっとミル、笑っちゃ悪いよ……ぷぷっ」
「だ、だって……言ってることは怖いけど……声が、超カワイイんだもん!」
 そのミルの言葉が引き金になったようだ、店内にどっと笑いが起こった。

 そう、アントンの声は声変わり前の子供のように、男性のソプラノボイスだったのである――。

「お、おい、てめえら! 笑うな!」
 あせってアントンは叫ぶが、それが逆にまた笑いを誘う。テーブルに突っ伏して笑い転げる者あり、吹き出しながら涙を拭く者あり……場は一瞬にて異様な風景となってしまっていた。
「畜生……! 俺たちを誰だと思ってんだ! 泣く子も黙る、“ボルジャー三兄弟“とは俺たちのことだッ!」
 それに一瞬店内が静まり返ったが、また誰からともなく吹き出し始める。もう何を言われても面白いのだろう。
「……ボル三兄弟ってのが、有名なローグス・タイラー一味にいた、って話は知ってるが。何か関わりがあるのか?」
 特に笑うわけでもなく冷静に状況を見ていたヴィンセントが、ふと思った疑問を口にした。
「直接的な関係はねぇ、だが同じ“ボル“の名を持って生まれたのは、すでに運命ッ!」
「俺たちはボル三兄弟に憧れ、いつか追い付くために努力し続けているんだッ!」
「そう……俺たちもローグスとしてサクセスするためになッ!」
 ちなみに、ガストン、ハミルトン、アントンの順で口上を述べており、三人共戦隊モノのようなポーズを決めている。
「……」
 それを見るヴィンセントの目はとても冷ややかだ。見ながらも遥か遠くの空を見つめるような、微妙な視線を送っている。ついでに言うなら、この場にいるヒト全員が同じ視線を送っていたのだった。
「そもそも、てめぇがコーヒーをこぼしたのがいけないんだあぁぁッ!」
「きゃあっ!?」
 言ってガストンが、不意にミルの左手を掴んだ。さすがにそれを見て、場の空気がしん、と緊張感を帯び始める。
「お、お、お前は友達か、お前も来い!」
「い、いやあぁぁっ!」
 ハミルトンは言いながらネージュの腕を掴む。だが、目線は明らかに胸を見ていたりする辺りガストンの怒りはあまり関係ないらしく、三兄弟の絆の脆さが見え隠れしている。
「俺たちボルジャー三兄弟を馬鹿にした罪は重いぜ、覚悟しな!」
 と、最後にアントンが可愛い声でまとめた。
 さすがに事態が急変したのに感づいて、他の客たちもしんと静まり返る。コノギもあ〜あ、といった顔で大きくため息をついた。客同士のトラブルはよくある話ではあるものの、なにせローグスとガーディアンズ科の生徒である。実力行使に及べば大きな騒ぎになるのは目に見えていた。
「おいおい、俺の女に何しようとしてんだよ」
 セルジュが眉根をぐっと寄せて、鋭い視線をぶつけながら立ち上がった。拳を握って指をばきぼきと鳴らしながら、すでに戦闘体勢という雰囲気を醸し出す。
「……あたし、別にセルジュの女になった覚えないんだけど」
「ミル……助けてくれるみたいなんだから黙っておこうよ」
 ミルとネージュはどこか緊張感無く、小声でそんなやりとりを交わす。セルジュの耳には届かなかったのは不幸中の幸いだろう。
「セルジュ、待てよ。店内で暴れたら店やお客さんに迷惑がかかる。ここは俺にまかせろ」
 セルジュを差し出した右手で制して、ヴィンセントは一歩進み出た。ミルの手を掴むガストンの前に立って、怖じ気づく様子もなく、ヴィンセントは続ける。その動向を、一同は静かに見守っていた。
「……コーヒー代は俺が弁償する。だから、それで話は終わりにしないか?」
「何をふざけたこと言ってんだッ! あんだけ大笑いしておいて、許せるわけねぇだろうがァ!」
 ガストンは叫びながら、空いている右手を伸ばしてヴィンセントの胸ぐらを掴んだ……と思った瞬間、
「ぎゃあぁぁ!」
 と、ガストンは情けない声をあげた。ヴィンセントの左手がその手を掴み、外側へと大きく捻っていたのだ。あまりの激痛に思わずミルの手を離してしまい、ミルがその場に倒れ込む。
「なるほどなるほど、これがローグスのやり方か……興味があるな」
 その状況を分かっていないかのように、ヴィンセントが呟く。それからジャケットの内ポケットに右手を突っ込むと、五センチ四方ほどの小さな箱を取り出した。前面には円形のレンズがついており、カメラであることはすぐに分かる。
「こんの野郎!」
 ガストンが左手をふりかぶって、ヴィンセントの顔面を殴りつけた。だがヴィンセントはそれに動じることなく、左手で捻る力を強める。その痛みに殴る拳の動線がずれ、ヴィンセントの肩をかすめた。
 そしてパシャ、という音と同時にフラッシュがたかれる。もちろんヴィンセントが右手に持ったカメラだ。
「!? あ、あれ!?」
 それにガストンはムキになって何度も殴りかかるが、それをヴィンセントは軽くかわしてフラッシュをたく。それにアントンとハミルトンも静かになってしまった。
「なるほど、戦闘はそれほど得意ではなさそうだ。経験は豊富そうだが、学んだことが脊椎反射の域には達していない……という所か」
 場違いなほどに冷静に言って、ヴィンセントはカメラのシャッターを切り続けていた。フラッシュがガストンの顔を照らし出し、その表情をどこか滑稽なものに見せていた。
 その隙にネージュはハミルトンの手を振りほどき、ミルの手を引いてヴィンセントの後ろに隠れる。
「……ふむ、こんなもんか、俺の知的好奇心は満たせた。……なあアニキ、ここは素直に引いてくれないか? このままじゃ俺は彼に対して暴力を振るわなきゃならない。それに、このカメラには今の暴力行為が全て撮影されている。……分かってくれるかな?」
 にっこり、と自然に微笑むヴィンセントであったが、眼鏡の下の瞳は明らかに笑っていない。深く、鋭く、それでいて冷たい。
 その瞳にアントンは明らかに飲まれてしまった。

 要するに、アントンは“ビビッて“しまっていたのであった。

「勝手にアニキと呼ぶんじゃねぇ! ……き、きょ、今日はこれぐらいにしといてやらあ! 行くぞ、お前ら!」
 アントンは踵を返して、逃げるように入り口へと向かって行く。それを慌ててガストンとハミルトンが追いかける。
「え、アニキ! 待ってくださいよ!」
「あ、あんなにおっぱいの大きな女子ですよッ!?」
 その背中を見送りながら、ヴィンセントは小さくため息をついた。後ろでピュウ、とセルジュが口笛を鳴らす。
「なんだ、あいつら。根性ねぇな」
「そうだな。でもまあ、誰にも迷惑がかからなかったしいいじゃないか。それに、ローグスという人種がどういうものかだいたい把握できた」
 言ってヴィンセントはセルジュに微笑んで、それからミルたちの方へ視線を向ける。
「大丈夫か?」
「え、あ、はい……」
 それでやっと我に返ったように、ミルが答えた。
「これからは周りにもうちょっと気をつけた方がいいと思う。最近変な奴が多いからな」
「すいません、あたしのせいで迷惑かけちゃって……ところで、その、ひとつ聞きたいことがあるんだけど」
 言うミルにヴィンセントは不思議そうな視線を向けて、「ああ」と簡単に頷く。
「その……ヴィニーって、白馬とか持ってる?」
 ――場に似つかわしくない質問に、しん、と店内限定の氷河期がやってきたのだった。


「ったく、毎度毎度面倒臭ぇな」
 ソファにどっかりと腰かけながら腕を組んで、一人のキャスト男性がぼやいた。
 彼は短く苅り上げた髪の間からアンテナを伸ばし、汚い無精髭を生やして右目には黒い眼帯をつけている。人工骨格の骨ばった顔つきで、中年、と呼ぶにふさわしい印象だった。ボディは古びた鋼のような錆色がかったシルバーに焦げ茶色のアンダーが覗く。二の腕から先と両足には大きな外装が取り付けられ、そのシルエットを安定感のあるものに見せていた。
「……そのような事を言われては困ります。補佐を務める・私の立場も考慮してください・ヒューバート隊長」
 向かいに座るもう一人のキャスト男性が、それにいぶかしげな視線を向けながら戒める。
 彼は好青年といった印象で、濃青の髪をさらりと流していた。瞳は眼球全体が網膜となった青い瞳で、任務の際はその視界の広さで活躍してくれるが普段は違和感を感じさせる。腕と体には筋肉の形状に近いスタイリッシュなパーツを身に付け、腰の左右と後ろには小さな腰当てを着けている。背中には触手のような生体パーツを使ったアンテナが四本延びていた。

 ここは、パルムのホルテス・シティにある同盟軍本部。一階のロビーには待合スペースが設置されており、その一角に二人は居た。

 同盟軍――Alliance Military Force、通称A.M.F。約百年前――つまり五百年の長い戦争が終わり、タルカス三惑星同盟の締結後、長きに渡る平和を維持するための絶対中立の存在として各惑星政府より資金援助を受けて設立された。政府から独立した指揮系統を持ち、グラール太陽系内の全ての軍事的騒乱を圧倒的武力で鎮圧するのが彼らの存在意義。そのため同盟軍は“お堅く融通のきかない、怖い集団“という印象が一人歩きしている。
 しかし、SEED事変で活躍したフルエン=カーツという男が総司令官となってから、彼は同盟軍のお堅く怖いイメージを払拭させるためのプロパガンダに尽力していた。その結果として、少しずつではあるがガーディアンズやリトルウィング――スカイクラッド社の保有する民間軍事会社――のように一般市民に親しまれる存在へと変わりつつあった。
 そういった活動に彼らが積極的なのは理由がある。

 同盟軍にはひとつの”負い目”があった。

 “マザーブレイン“という中枢制御コンピューターがAフォトンウェーブにより軍の総指揮を執っていたのだが、SEED事変でテロ活動を行っていたイルミナスによってSEEDウイルスに感染させられてしまった。

 その結果として――彼らは自分たちの意思とは関係なく、ガーディアンズ・コロニー襲撃に協力してしまった。

 同盟軍兵士たちは直接的に悪くないとはいえ、事件を目撃した一般市民の中にはキャスト兵を見るのすらいやだと言う者もいる。だからこそ、軍をあげて悪いイメージの払拭に腐心しているのだった――。


 同盟軍の兵士はほとんどがキャストであり、そのせいか建物も機能美を追及されていた。壁は金属に表面加工を施しただけで、各部署を示す矢印以外の装飾は見当たらない。配色も金属のシルバーに矢印の赤、非常口を示す緑。それ以外の色はほとんど使われていなかった。
 そんなわけで、待合スペースのソファもキャストの重い重量に適した堅めのクッションで、テーブルも四脚のシンプルな円形テーブルであった。
「ったく、このクソ忙しい時期に新人研修なんて入れんじゃねぇよ。だいたいてめぇは真面目すぎんだよ、フレディ。新人なんてほっときゃ勝手に育つ。わざわざ研修なんてやんねぇで、実戦に放り込んでやりゃあいいんだ」
 ヒューバートはソファの背もたれにどっかと体重を預け、大雑把に足を組んだ。
「……非現実的な理論です・容認できません」
 フレデリックが困った口調――声の抑揚はほぼいつも通りだったが――で答えると、ヒューバートは懐からくしゃくしゃの箱を取り出して紙巻き煙草を取り出し、口にくわえる。それから小指の先を開いて先を押し当てると、煙草から細く煙があがった。どうやら指先にシガーライターを取り付けているらしい。
「……ここは禁煙区域です・速やかに消火し――」
「っかぁ! いちいち細けぇんだよクソッタレ!」
 言いながらヒューバートは煙草を手でぐしゃっ、と握り潰すと、フレデリックに向けて怒鳴りつけた。
 普通に考えれば日中のロビーでそれほど騒がしいことをしていれば人目につきそうなものだが、建物内を歩くキャストたちにはどうでもいいらしく、同盟軍兵士たちは気にせず目的地に向かって歩いていた。
「……バートのファジー回路の許容範囲は・統計データの平均値を大きく上回っています。速やかに検査を受けるよう……」
「――うるせぇ」
 ヒューバートは諦めたのか面倒臭そうに言って、握り潰したくしゃくしゃの煙草をくわえながら、続けた。
「――で、これからどこ行くんだっけか」
 ぶっきらぼうにヒューバートは言って、フレデリックは僅かに頷く。それから僅かに口を開いて、いつもの口調で話し始めた。
「……十九時より・ウォルター博士とのミーティングを・博士の研究室で行います」
「そっか、そうだっけか」
 気づいたように呟いて、ヒューバートは慌てて懐から取り出した懐中時計を覗きこんだ。時計は十八時四十五分を指し示しており、予定の時間までそれほど余裕が無いことを物語っている。
「にしても、なんで博士なんかから俺らに声がかかったんだ?」
「……それは・我ら三十四遊撃部隊が・彼の護衛を担当するからと決まったからではないでしょうか」
「ああ、そいや朝礼でそんな話が出てたな。忘れてた」
 ヒューバートは顔を上げもせずに適当に答えて、それから思い出したように続ける。
「そういや、ウォルター博士はニューマンだよな。マザー計画絡みでうちに来たのは知ってるが……」
 ヒューバートはまるで思い出に浸るかのように目を細めて、遠くの壁を見つめながら呟いた。
 マザーブレインがウイルスに感染した際、その暴走を止めるために集められた科学者の一人がウォルターだったのだ。だが、それからかなりの時間が過ぎてしまっている。マザーブレインの呪縛から解放された今、ウォルターが同盟軍に留まっている理由はないはずなのだ。
「……それは・私には分かりかねます」
「それもそうだな、それは度々悪かった。ところで新婚生活は楽しんでるか?」
 ヒューバートはぞんざいに言って、ついでに質問を与えて話をそらそうとした。
「……A22のフェイスパターン・骨格造形に勝るものを・私は知りません」
「そうか、それは幸せだな……結婚って、そんなにいいもんかね」
 ヒューバートはその答えにふと真面目な顔になって、首を左右にぽきぽきと鳴らしながら聞いてみた。フレデリックは考える素振りを見せるわけでもなく、しばらく無言の時間が続いて、それからゆっくりと口を開く。
こちらグラール学園! | 「――ま、博士が呼んでんだろ。行くか」「……はい」先に歩き出したヒューバートに続いて、フレデリックもゆっくりと歩き始めた。
「……キャストは他の種族と違い・肉体関係に依存しません。だからこそ・簡潔に相手の気持ちと向き合うことが・できるのです」
「そういうパーツをつけたらいいじゃねぇか。絶頂時はメインCPUが落ちるかと思うほど、すげぇのが来るぜぇ」
 ヒューバートがにたにたとオヤジくさい笑顔で言う言葉の意味がフレデリックは一瞬分からなかったようで、しばし無言の時間が続く。それから、ゆっくりと頷いてから口を開いた。
「……ああ・疑似性行為が行えるというパーツですか?」
「気づくの遅ぇよ! てかそんな恥ずかしい言い方しないでくれ、頼むから」
「……なるほど・前向きに検討させて頂きます」
 ヒューバートはそれに答えず、小さくため息をついてから立ち上がり、両手を尻の上に当てて踵を返す。
「――ま、博士が呼んでんだろ。行くか」
「……はい」
 先に歩き出したヒューバートに続いて、フレデリックもゆっくりと歩き始めた。

 

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