還らざる半世紀の終りに > ネイ外伝 nei's week of wonder

PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる時の半世紀の終りに〜 外伝2:nei's week of wonder

 今でも、たまに思い出すことがあるんだ。
 あれは、三年前の十歳の時。

 ――ネイは、あの時確かに死んだの。

 目の前に飛びかかる影、それに反応できなかった。
 ただ、襲い掛かる影を呆然と見つめていた。

 不意に襲い掛かる、左肩に走る激痛。
 鎖骨の隙間から差し込まれるフォトンの爪は、あまりにも簡単にシールドラインを貫いて。
 皮膚に簡単に突き立てられて、貫通して。

 鋭い切っ先は皮膚組織をやすやすと切り裂き、肉と血管を断ち切って、肋骨をかすめて肺に大きな穴を空ける。
 肺胞が破壊され、細胞たちは結合を失い、本来行うべきである酸素を取り込み赤血球に渡すという役目を忘れてゆく。

 緩やかに、そして確実に。

 ――呼吸を、奪われてゆく。

 すぐにいつも通りの呼吸ができなくなって。
 自分の体がいつも通りに動かせなくなって。

 ――そこでネイは、いつも目が覚めるの。

「――っ」
 ネイはいつもの通り、ファビアの自室のベッドで上体を起こして目覚めた。時計を見ると朝四時、起床にはまだちょっと早い。

 ここは、決して広いとは言えないファビアのマイルーム。
 ガーディアンズから与えられた自室は、四メートル四方と三メートル四方の部屋に狭いキッチンという、よくある2DK。入り口から入ってすぐに大きな部屋があり、その奥に小さな部屋があって、その壁際に小さなベッドがある。決して広くはないけど、大人一人が眠るには充分すぎる、セミダブルのベッド。

 そこで、ネイは目覚めた。

「……っ、はぁっ……」
 まるで酸素が足りなかったかのように、体がそれを受け付けなかったかのように。体が“あの時“を思い出して、再現しようとしているのだろうか。とにかくそれは過去だから、と自分の体に言い聞かせる。
(落ち着いて……“死“の感覚、思い出さないで……)
 ネイはもう一度確かめるように大きく息を吸って、それから呼吸を止めて。そしてもう一度、ゆっくりと息を吐いた。
 それから赤茶色の前髪を軽くかきあげて、額を拭う。冬とは思えないほど汗があふれていて、手の甲をべったりと濡らした。
「……ネイ……どうしました?」
 隣で寝ていたファビアが目をこすりながら上体を起こして、気の抜けた声で言った。
「あ、ごめん……ネイ、ちょっと怖い夢を見ちゃって」
「なるほど……大丈夫ですよ」
 ファビアは右手を伸ばすと、ネイの頭に置いて軽く撫でた。

 “大丈夫ですよ“という素っ気ない言葉。
 だが、それにこめられた深い意味は、理解できた。

 ――三年前から、ネイは有能なフォースとして名高いファビアの保護対象下となっている。孤児院で孤立していた所を引き取ってくれて、おまけにガーディアンズの候補生にしてくれた。だけど皮肉なことに、ネイは任務で命を落としてしまった。

 ……ファビアの目の前で。

 後でオルハやアルファに聞いたところ、ファビアは静かな怒りを爆発させ、制御の難しいテクニックを駆使するようになったり剣鬼のような相手を打ち倒したりと、短期間で恐ろしいほどの成長を見せたらしい。

 SEED事変が終わってから、ネイがクローン技術によって再生された時、ファビアは細かいことは何も言わなかった。

 何故自分がここに居るのかもよく分からないネイが、生まれたままの姿でカプセルから出されると。ファビアはバスタオルでそっとネイの体を包み込んで。その上から優しく抱き締めて。
 冷静な彼にしては珍しく、ただ嗚咽の隙間に想いをこめて。

「……おかえりなさい」

 とだけ言った。
 細かいことは聞かず語らず、筋肉がほぐれていないためつまづきながら歩くネイの手をいつものように握って、その速度に合わせて二人で家まで歩いて。ファビアがさっと夕食を作って。
 再生後しばらくは体の機能が正常に働かないからと、ゲンマイを使ったお粥。ネイにとって久しぶりの、ファビアのごはん。体がその味を覚えていたのか、唾液腺から唾液が飛び出してきて痛いほどだったのをネイはよく覚えている。
 それから、死んでいた半年ほどの間に起こったことをいろいろとファビアは話してくれて。ガーディアンズの仲間であるランディとヴァルキリー、それにウインドが死んだこと、オルハが結婚したことなどを聞いた。

「大丈夫ですか?」
 ネイが何も言わないので、ファビアは不安そうにネイの顔を覗き込んだ。視線は頭のてっぺんからゆっくりと降りてゆき、それから瞳を見つめる。少しでも多い情報量を得てネイを理解しようとしているのがよく分かった。
「うん、大丈夫……ごめんね、起こしちゃって」
 それにネイは弱々しく微笑んで、静かに答えた。それから一瞬はっとしたような顔をしてからうつむいて、
「……えっと、その……手」
 と、赤面しながら左手を差し出す。ファビアはそれだけで全てを理解したのか、微笑みながら右手でそっとそれを包み込んで。左手でネイの肩をそっと倒して寝かせてやると、掛け布団をかけてやった。
「大丈夫ですよ、私はいつもここにいますから」
「うん、ありがとう、ファビア……」
 ネイがゆっくりと瞳を閉じて静かに眠りの縁に落ちて行くのを、ファビアは優しい視線で目を細めて見守っていた。
(やはりまだまだ子供なんですね……)
 小さな姫君が寝息をたて始めると、ファビアも上体を倒して瞳を閉じる。右手をぎゅっと掴む手の感触だけがただ、暗闇の中を照らし出す灯りのように熱く感じられた。

 ――そうだ、彼女はまだ子供なんだ。
 私が守ってあげなくては……。

 ……ファビアには、負い目がある。

 言うまでもなく、ネイを目の前でむざむざ命を落とさせてしまったこと。
 それ以降、ファビアはただでさえ細い身を削って、彼女のために飛び回った。クローン再生技術の実験的導入の話が出た際は交渉のテーブルで弁舌を振るい、医療救護班やメディカルセンターの技術的な会議にも参加した。未知の世界だからこそ不安要素は多く、それを少しでも取り除くために飛び回った。
 そこまで彼を動かしたのは責任感や罪悪感、それに道徳心……少なくとも、ファビアと出会わなければネイは戦いに身を投じることは無かったはずだから――。

 ――今でも体が覚えている――。

 抱き上げた腕の中で、どんどん冷えてゆく体――。

 震える小さな瞼、開くことさえ難しい唇、血の気の引いてゆく柔らかな頬――。
 閉じられてゆく下向きの睫毛、寄せられた太い眉根、無意味な空洞と化した鼻孔――。

 ファビアの手の中で、ネイだったものが動かなくなり、ずしりと両手にかかる重みが増す――。

「……っ」

 はっ、と目を見開いて、ファビアは息を飲んだ。うとうととし始めていた小さな微睡みは吹き飛んでしまい、ただ全身の毛穴が開いて、汗と共に感情が流れ出してくるのかと勘違いした。

(……大丈夫……あれはもう過去なんです……)

 ファビアは無意識に掴んだ右手を少し強く握り、その中に無邪気な柔らかい手があることを再確認する。

 ――そうだ、もう二度とこの手を離すことなどない――。

 この子を守るために生きると決めた。
 この子のために全てを捧げると決めた。

 崇拝する両親がかつて自分にそうしてくれていたように。ただそのために生きるのだと――。

 “コナンドラム事件“から三年。

 バーバラ=キンケードという元博士がいた。彼女はアドバンスド・フォトンの空間転移能力を流用し“記憶“を移す技術を保有し、コナンドラムという秘密結社を率いてダークファルスを復活させようとした。ガーディアンズ内でも極秘任務扱いとされるこの事件は、SEED事変でガーディアンズ・コロニーが総攻撃を受けたその時に、周知されることなく終結していた。
 封印を解かれたダークファルス、立ち向かうガーディアンズたち。
 四名の殉職者――そのうちの一名がネイである――を出しながらもダークファルスは再度封印され、バーバラは死亡し、全ては終わった。

 だが――任務に参加したガーディアンズたちの中には、今もまだ苦い記憶が残り続けていたのだ――。

「や、やばいっ!」
 がばっ、とネイは飛び起きて、鳴り響く目覚まし時計を叩いた。子供とはいえビーストの筋力だ、時計はみしっと軋んでから激しく跳ねて転ぶ。
 時計を見ると、朝五時四十分を指している。常識的に考えて遅い時間ではないのだが、朝のトレーニングに出掛けたファビアが六時に戻るまでに、朝食の準備などを進めておかなかればならない。
 メニューを考えている暇なんてない!
 とりあえずフライパンを温めつつ油を馴染ませて、昨晩のご飯の量を確認して。水を入れた鍋に煮干しを放り込み、味噌汁の出汁を取る。毎日繰り返してきた、いつもの手順。
 それを待つ間に風呂場へ向かい、洗濯物の入ったカゴの中身を洗濯機に放り込む。スイッチをぽぽんと押してキッチンに戻ると、フライパンは程よく温まっている。そこへ卵を放り込んで、水を落として蓋を乗せて、それから鍋に味噌を溶かす。卵焼きを皿に乗せてから、次の卵を入れて。それを待つ間に冷蔵庫に眠っていた野菜をざっと切ると、鍋に放り込んだ。
 ――ここまで、十五分。時計を見ると六時ちょうど、なんとか間に合ったと胸を撫で下ろす。ほっとしてダイニングの椅子に座り込んだところで、ファビアが戻ってきた。
「ただいま戻りました」
「お、お帰りなさい」
 ファビアは焦るネイの顔を見てからキッチンを見て、それからもう一度視線を戻してから、微笑んでみせた。
「朝食の準備、終わってるんですね。いつもありがとうございます」
「ううん、ネイ、こんなことしかできないから」
 それにネイはぶんぶんと大袈裟にかぶりを振って、照れ臭そうに答える。
「そんなことはないですよ、いつも世話になりっぱしで申し訳ないです。私がネイを保護しなければいけない立場なのに」
 だがファビアは大きなため息をついて、やれやれとうな垂れた。それにネイは少しだけ眉をひくつかせて、
「大丈夫、ネイはもう十三歳だもん。もうすぐガーディアンズになれるし、ナノブラストだってもうすぐできるようになる。ファビアのこと手伝える」
 と、少しムキになって反論した。確かに十四歳以上で健康であれば、三ヶ月の研修を経てガーディアンズとして任務に就くことができるのだ。
「まあ、それは確かにそうですが……だからといってすぐに任務に就かせるわけにはいきませんよ。まずは私の補佐をして、何年かは修行して。それでやっと一人前のガーディアンズです」
 ファビアが言うのはもちろん、ネイを危険な目に合わせたくないという親心。二度と彼女を失いたくない想い。今の彼を動かしているのはおおよそそんなものばかりだ。
「で、でも、一人前は一人前だもん」
「いけません。私はあなたを危険な目にあわせたくないんですよ」
「……ファビアだって、いつも危険な任務をしてるじゃん!」
「私に依頼される任務は、そう誰にでも任せられるものじゃないからです。それは信頼の証、裏切るわけにはいきません」
 ネイは口をつぐんでへの字にきゅっと閉じて、む〜、と低く唸りながらファビアを見上げていた。それにファビアは何も言わず、ただ見つめている。ここで折れるわけにはいかないのだ。
「……ビアの」
「……?」
 両腕をぷるぷると震わせて、目をわずかに潤ませて。ネイは足を踏ん張って、立っていた。PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる半世紀の終りに〜 ネイ外伝・nei's week of wonder
「ファビアの、ばかぁっ!」
 ネイの右手が、テーブルの上に置いてあった本をがっし、と鷲掴みにして――。

 

「……と、いうわけなんです」
 ぐったりと頭を下げて情けない声で言うファビアに、アナスタシアは義務的に大きく頷くしかできなかった。
「なるほど、話はよく分かりましたわ。ですが、それほど気にするほどのものでもないように思えますが……」
「いえ! 飛び出して行ったネイが、もしかしたら悪いローグスと知り合ってしまうかもしれません! 夜の支部の窓のガラス壊してまわったり、盗んだルンガで走り出すような不良になったらどうするんですか!」
 ファビアは思わず立ち上がって、固く握った拳で力説する。ゴーグルの下の右目には大きな青アザができていたので、どこか滑稽ではあるのだが。
 そこまで言い切ってから、我に返ったようにまたうな垂れて、へなへなとテーブルに突っ伏す。
(しかしまあ……ファビアの対応に不手際があったのも事実ですし……いったいどうすれば良いのでしょう)
 アナスタシアは腕を組んで首をかしげると、小さい唸り声をあげた。まさかネイはそんな危ない行いをするような子ではないとは思っているが、子供は時々無邪気な勢いで常識の壁を突き抜けることがある。それに懸念する気持ちは、分からないまでもない。
「まあ、自分の伴侶でしょう? 信じてあげましょう」
「信じてますよ……でもそれとこれは話が別なんですっ」
 ……ファビアは、自分の発言が論理的矛盾に満ちていることに気づいていない。それほどファビアが取り乱す所を見るのは、アナスタシアとの六年来の付き合いでおそらく二度目だ。

 ……一度目は言うまでもなく、ネイが殉職した時である。

 ファビアは、ネイのことが絡むと冷静な判断ができなくなる可能性は七十六.八パーセント――アナスタシアの冷静なメインCPUは、統計学的観点から分析した結果をそう伝えていた。
「まあまあ、落ち着いてください。――時間が解決してくれますわ」
 言うアナスタシアはファビアとは対照的に、穏やかな微笑みをたたえていた。

 

 はっ、と我に返ると、ニューデイズの町を歩いている自分に気づいた。見慣れた景色、馴染みのある商店街。
 ネイは家を飛び出してから無意識のうちにPPTシャトルに乗り込み、オウトク・シティまで来ていたのだった。
(……)
 慣れた場所だからか、一度ゆっくりと息を吐いて、それから大きく深呼吸してみる。きょきょろと見回すと、かつて住んでいた孤児院のすぐ近くの公園が見える。

 ……ファビアと出会った場所だ。

「私も見ての通り体が弱いので、子供の時はよくいじめられたものです」

 ガキ大将たちにからかわれていた時、たまたま通りがかったファビアが割って入ってきた。そこでテクニックを発動させてみせ、いじめっ子たちを追い払ってくれたのだ。

「いつかガーディアンになりたい時が来たなら、是非研修を受けてみてください。歓迎しますよ」

 去り際の彼の一言で、ネイの将来は決まってしまった。
 いや。
 小さな背中を押してもらったのだ。

(ネイは――)

 あれから三年以上が過ぎ、大人になったつもりだった。成長しているつもりだった。
 だけど、やっぱり違う。
 身長や体の丸みとか、女性らしさとか、大切なのはそこじゃない。

(――答えは、単純)

 ファビアに認めて欲しい。

 優しい笑顔で、細いその指で、頭を撫でて欲しい。
 手を繋ぐだけでなく、抱き締めて欲しい。

 ――この想いはとてもシンプルなのに。

 シンプルすぎるから言葉にできないのかもしれない。
 言葉にしたらほろほろとほどけてゆきそうで。

「これでも、“奥さん“なのにな……」
 戸籍上、ネイとファビアは夫婦ということになっている。養子縁組をするには年齢差が近く、ファビアは“児童指導員“――未成年を養育することのできる資格だ――を持っていなかったため、保護者となることはできなかった。
 どうせ家族になるのだから形などどうでもいいというネイに押し切られる形で、二人は籍を入れていたのだ。
(……はぁあ、今思い出しても恥ずかしい……)

 当時十一歳のネイが言った言葉は、至ってシンプルだ。

「じゃあ、わたしがふぁびあをもらってあげる!」

(……どんだけなの、当時の自分……)
 ばつが悪くなったように頭を掻きながら、ネイは大きなため息をつく。子供だったとはいえ、よくもまあそんなことを言えたものだなあ、と。
 そんなことを考えながら歩いていると、気づけば孤児院の前に出ていた。
「……あれ?」
 目を奪ったのは、門の前に停まる大きな高級車だった。通常の車より長く、窓には豪華なレースのカーテンがかけられている。ボディもぴかぴかに磨かれていて、手入れも行き届いているようだ。
(まあ、いいか……)
 養子縁組を求めるのは裕福な人が多いだろうし、別に不自然なことではない。そう結論づけて、“サテラの家“と書かれた門をくぐり、ネイは中へと入って行った。
 孤児院は規模も小さく、建物の正面に運動場代わりの庭がある以外は、一般家屋とそれほど大差がない。時間的にまだ早いのか外に出ている子供はおらず、家の中からはちきれんばかりの声が外へも溢れ出していた。
「あら? もしかして、ネイちゃん!?」
 運動場には三人の人影があり、その一人が入ってくるネイにすぐに気づいて、穏やかな喜びの声をあげた。
「あ、リナ先生。どうもお久しぶりです」
 ネイはそれにぴこんと頭を下げてから、歩み寄る。
「ほんと久しぶりだわ! いつでも遊びに来ていいのに!」
 先生、と呼ばれたのは小柄な女性だった。栗色の髪を肩口で揃え、ゆったりとした衣服に身を包んでいる。幼いネイより少し高いぐらいで、並んでいれば姉妹に見えるかもしれない。
「お二人にも紹介するわね。昔ここで生活していたネイちゃん。今はガーディアンズの男性と結婚して、コロニーの方に住んでいるのよ」
 リナの紹介に二人の方へ向き直り、ネイは右手を差し出す。
「初めまして、わたくしはカテリーナ=アンドレエヴナ=グロムシキナと申します。グロムシキナ家の跡継ぎでございまして、この世でもっとも完璧に近しい存在でございますわ。どうかお見知りおきを」
 カテリーナは長い金髪を縦に巻いて高貴なダークブラウンの瞳を持ち、起伏の緩やかな顔つきに幼さが残る女性だった。フードのついた上着に、レースのあしらわれたふわりとボリュームのあるスカートがよく似合っている。ネイより年上なのだろうが、それほど離れているとも思えない。
 けれど、手もそれほど大きくはないけど、握手した感触から相当鍛えていることはよく解った。
「私はミクア=テスラン。近いうちにグロムシキナ家の資金援助を受けて孤児院を設立する予定なの。それで今日は視察に来たのよ」
 ブロンドの髪を肩口で揃え、地肌は日に焼けたというよりは、もともと黒色なのだろう。その中で輝く緑の瞳と、グロスのパールがかった光沢を放つ唇が彼女をより神秘的な美しさに見せる。PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる半世紀の終りに〜 ネイ外伝・nei's week of wonder
「まあ、立ち話もなんだから、中に入りましょうよ」
 リナの言葉に頷いて、三人は客間らしき部屋に通される。ソファーセットが置いてあるだけの簡素な部屋で、上座にカテリーナ、隣にミクアが並んで座り、向かいにリナとネイが席についた。
「で、ネイちゃん。今日はどうしたの?」
「えっと……な、なんとなくです。ちょっと近くに来たから」
「嘘おっしゃい」
 まごつくネイの言葉をすぐに見抜いて、リナは微笑みながらも鋭く切り返した。
「もう、昔からネイちゃんは嘘がつけないんだから。言ってごらん」
 それにネイはばつが悪くなって、頭を掻きながら視線を逸らす。
「えっと……」
「旦那さんとケンカでもしたの?」
「……はい」

 ――完全に見抜かれてる。

 ネイはまるで叱られた子犬のように、しょぼんとした顔でうつむいていた。
「ファビアがネイを一人前って認めてくれないから……ついカッとなっちゃって……」
「まあ、それはしょうがないわよ。ネイはまだ子供なんだから」
 リナは相変わらず優しい口調で、ズバリと痛い所を突いてくる。まったくもって正論だ。
「まあ、背伸びしたい気持ちは解りますが……慌てる必要はございませんわよ」
 そこへカテリーナが入ってくる。少し謙虚な雰囲気ではあるが、その口調には確信と自信に満ちているのが伝わってきた。
「わたくしは、グロムシキナ家の当主となるべくして生まれてきました。両親の期待に応えられているかは分かりませんが、毎日の学習の中で少しずつ、当主たる器を得ようと努力しております」
 そこまで一気に言ってから、カテリーナは少し照れたような様子で小さく咳払いをする。その様子に見入ったように、一同はそんな彼女を見つめていた。
「ネイも、ファビアに認められたい……」
 ぼそり、とネイが呟くように言った。それにカテリーナは少し微笑んで、
「期待に応えられるよう努力は必要です。ですが、そればかりに気を取られて大切なものを見失っては意味がありませんことよ」
 と、優しく言った。
「そうそう。そういうことを考えているうちは、お互い愛情があるんだし無理しないでね」
 ミクアも納得したように、にんまりと微笑みながら頷く。
「わ、わたくしはそんなベタな感情では動いておりませんわ! 自分が完璧になりたいから目指す、ただそれだけなんですからねっ」
 カテリーナは照れたように言って、ぷい、と顔を背けてしまう。その仕草が面白くて、ネイとリナは思わず吹き出してしまっていた。
「――ネイ、だから慌てる必要はありませんからね。あなたはあなた、自分なりに頑張ればいいんだから」
「自分なりに……?」
 リナの言葉にネイは首を傾げてから、押し黙ってしまった。ぅうぅ、と小さな唸り声をあげて、うつむいてしまう。
「いっぱい悩みなさい。そして、いっぱい成長しなさい。あなたの未来は明るいわ」
 リナの小さな両手がネイの両肩に乗せられてから、軽く引き寄せて少し抱き締める。かつては日常だったその仕草は、いとおしくて仕方のない二人にしかできないことだった。
「うん……が、がんばる」
 ネイは柔らかな抱擁に気づかないほど緊張しているらしく、堅苦しい言葉をなんとか紡いだ。その光景がおかしくて、カテリーナとミクアは思わず吹き出してしまう。

(――自分なりに頑張る、かあ……)

 ……自分にできることってなんだろう?
 ネイは自問自答して、思案を巡らせる。

『まったくだ……俺も頑張らなくちゃな』

 ふと、思い出した言葉。
 三年前、ランディが言っていた言葉だ。
 結局彼とは同じ任務に就く機会は一度もなく、話した覚えもほとんどない。
 そして、もう二度と会える機会も訪れない。

 なのに何故、今頃になって、彼の言葉が思い浮かんだのだろう。共通点は同じ種族ということぐらいなのに。

『俺は、怖いんだ。周りの人間や、仲間を失う事が』

 同じだ。
 ファビアとは離れたくない。

『これじゃあ足りないんだ。もっと強くならなきゃいけねぇんだ』

 そうだ。
 足りない。

 今までテクニックの勉強を主にしてきたけど、それはファビアの得意とする分野だ。これから努力し続けても、追い付けることはない。ファビアは毎日の訓練を欠かすことはないし、そもそも生まれ持った種族としての特性もある。
(じゃあ、ネイにできることって……)
 ネイはそれから少しはっとなって、自分の右腕に視線を落として。食い入るように見つめ続けていて。

 ――それから、ゆっくりと顔をもたげた。

 

「ただいま戻りました」
 ファビアは息を切らしながら自室に戻ると、いつもの通り言いながら室内に入った。部屋の中が暗いことに気づいて、思わず足が止まる。

 ――ネイはまだ帰って来ていない。

 かれこれ三年、ずっとネイのいる生活が当たり前になっていたので、一人になることなんてほとんど無かった。毎日の習慣は怖いものだな、とファビアはため息をつく。

 両親を失い“両親崇拝者“となったファビアと、親の顔もよく覚えていないネイ。
 二人は出会うべくして出会って、なるべくして一緒になった。

(ですが……)

 ――些細なことが大きな問題になることもある。
 そういうことだ。

 ファビアはうな垂れながら電気をつけて、それからキッチンテーブルの椅子に腰かける。思わず大きなため息が漏れた。
「……一体どうしてネイを怒らせてしまったのでしょう……」
 ファビアは呟いて、思考を巡らせる。出会った時のこと、オウトク支部で再会した時のこと。ガーディアンズになりたがるネイを、オルハと二人で説得したが決意は固く、候補生として教育することになったこと。

『ふぁびあ、おねがい! わたしもつれてって。ふぁびあのためならなんでもするからっ!』

 ――思えば、あの時のネイは必死だったのだ。両親が自分を捨てたように、ファビアはネイを置いてゆくのではないかと。

(置いてゆく――)

 ……そうだ。
 当たり前のことに、今さら気づいた。

「……私と同じ、ですね」
 ファビアの両親は五年前、モトゥブで起こった労働者の暴動である“水晶の夜(クリスタル・ナイト)“に巻き込まれて死亡した。
 両親もガーディアンズで、二人を尊敬し選んだはずのガーディアンズの道。全てが足元から崩れていった気がした。

「……似ている……んですよね」
 解っているはずのことをあえて言葉にして、ファビアはゆっくりと大きな息を吐いた。
 二人は肩を寄せ合って、支え合って生きていく。そう決めたはずじゃなかったのか。お互い認め合い信頼し合い、共に歩むと。
「……簡単なことじゃないですか」
 ファビアはゆっくりと立ち上がると、ビジフォン――自室に取り付けられた、ガーディアンズ本部との映像通信装置――の画面を指で叩く。
「……ファビア=アルティウスです。確かニューデイズでの掃討任務の募集を行っていたと思うのですが。……はい、そうです。……はい、二名での参加申請をお願いします」
 言うファビアの視線は真剣味を帯び、ただ真っ直ぐに画面を見つめていた。

 

 翌日、ニューデイズ・サグラキ保護区。
 ピンクの小さな花をつけるサグラキという樹木が多く生えるこの地区は、オウトク・シティからすぐの南東にある。
 シティが存在する島を中心にたくさんの島が放射状に広がっており、サグラキ保護区はそのうちのひとつの島だった。自然の豊かな区域で景色や環境は良いのだが、野生化した原生動物が多数生息しており、安全とは言い難い区域である。そのためグラール教団も定期的に巡回を行っており、安全と景観の保護に努めていた。
「……」
 ネイは、ずっと押し黙ったまま。今も右手にクロー、左手にウォンドを握り戦闘体勢は整っているが、どこか心あらずといった様子だった。

 ……昨日、ネイは夜になっていつものように帰宅した。どこに行っていたのか、何をしていたのかは分からない。寝るまでずっと押し黙ったままで心ここにあらずといった様子で、聞けるような雰囲気ではなかったのだ。
 汗の臭いが気になるのか、慌ててシャワーを浴びに行ったかと思うと、すぐに布団に入って眠ってしまった。
(何か悩んでいるのでしょうか……?)
 そうであれば相談して欲しいのだが、そんな雰囲気ではない。真剣な表情で、それは全てを拒絶しているようにも見える。

(……狙いが外れてしまいましたか……?)

 ファビアの計画は、至って簡単だ。

 今のネイに必要なものは、ガーディアンズとしての自信。
 任務に参加することで、それをつけてもらうのが目的だ。

 もちろん、今回の任務はモンスターもさほど強くない。直立した猪のような“ブーマ“の目撃情報が主で、それほどの驚異はないと聞いている。ブーマの鉤爪は鋭く恐ろしいが、知能は低く怖がるような相手ではない。ついでに言うなら、ネイは三年前にブーマとの戦闘経験がすでにある。まさに、うってつけの獲物といえた。

(……まあ、始めますか)
 ファビアは愛用のロッドを取り出すと、両手でしかと握りしめて構える。とにかく、やるしかない。
「……あのね、ファビア」
「?」
 不意にネイが、申し訳なさそうに小さく言う。呼び掛けているはずの声は小さく、単なる呟きにしか聞こえない。
 ファビアはそれに不思議そうな視線を向けるが、ネイは答えない。振り向くわけでもなく、答えも返さない。ただそのままでうつむいていた。
 それから魚のように口を丸く開いて、何かを言いかけて一瞬ためらってから、静かに言葉を紡ぎ出した。
「……ネイ、頑張って強くなるから」
「……」
 ファビアはそれになんと返すべきか分からない。
 いや、頑張った結果として自信がついてくるのはいいのだが、今のネイは少し違うことをファビアは敏感に感じ取っていた。
(……緊張、焦り、動揺……?)
 周囲のフォトンがそういった感情に感応して、不自然な反応を見せる。
(――あまりよくない状態ですね)
 ファビアほどの実力を備えた者であれば、適度な緊張はむしろプラスだ。
 だが、実戦経験が少なく幼いネイにとって、緊張は何ひとつプラスには働かない。筋肉を萎縮させ、冷静な判断力を失わせるだけだ。
「ネイ――」
 ファビアはそれに不安を覚えて、声をかけようと振り向いたその時――。

 ウイィィィン……。

(――機械音!?)

 ファビアは、ネイの背後から飛び出す影に、迷わず杖を握りしめて、掲げた。

「"さあ、私に身を捧げてください――修祓(しゅばつ)を捧げます"……グランツ!」
 ファビアの杖先に、大きな光が灯る。すぐに直径一メートルほどの球体になったかと思うと、いくつもの光の矢が目にも見えない速さで飛び上がり――凄まじいほどの勢いで、その影に降り注いだ。
「……」
 飛び出した影はそれをまともに食らい、一歩大きく仰け反る。

 ――シノワ・ヒドキ。

 全長三メートルほどの人型マシナリーで、両手には腕と一体化した大きなフォトンブレードを備え、広い肩幅を持つ鎧のような姿をしている。両足のホバーで目標との距離を一気に詰め、そのブレードで襲いかかるのだ。

(――なぜ教団が?)
 シノワ・ヒドキは元々教団の警備を目的として製作されたマシナリーだ。それも実戦に投入されたのはここ数年の話で、教団の警護に役立っていると聞いている。

 それが何故、こんな所に?
 そして何故、ガーディアンズに襲いかかる?

 ……いや、考えている暇などない。問題は、そのマシナリーがこちらを“敵“と認識しているという事実。それが最重要項目。

 ここでやっと、ネイが反応した。
 場に似つかわしくない呆けた顔でゆっくりと振り向いて、一瞬驚いた顔を見せる。そしてそのまま動けない。完全に硬直してしまっていた。
「ネイッ!」

 まずい――。

 シノワ・ヒドキとネイの距離はわずか一メートルほど。ネイからファビアまでは三メートルほどある。

 嫌な記憶が蘇る。
 目の前でネイを失ったあの日。

 そんな想いはもう二度としたくない!
 早く駆け寄り、その間に入らなければ――!

 ファビアが地面を蹴るのと、シノワ・ヒドキがホバーで一瞬にしてネイに詰め寄るのは、ほぼ同時だった。
 シノワ・ヒドキは右手のブレードを振りかぶる。ネイは咄嗟に右手のネイクローを振り上げ、その身を守る。
(……っ!)

 ――既視感(デジャヴュ)。

 それがネイの心を絡めとる。

 あの時も、似たような状況だった。身を守る爪、それを潜り抜ける刃。

 ガキィィン、と鋭い金属音が響いて、激しい火花が飛び散る。巨大なブレードはクローにかろうじて弾かれ、二本の爪先の間を通る形でその軌道を右へ逸らされていた。
「う、ううっ……!」
 ぎりぎり、と捉えられたブレードに力がこめられる。力技で押しきり、クローごと斬り伏せるつもりなのだ。
「凍える爆発よ、目標を包み込め……ラ・バータ!」
 ファビアが杖を振りかぶると、シノワ・ヒドキの上半身を激しい氷の爆発が包み込んだ。小さな氷塊がきらきらと日光を反射させ、ネイの苦痛に満ちた顔を照らし出す。
 シノワ・ヒドキは上体を揺らしたが、まだ致命傷にはほど遠いらしい。右手にこめられた力は緩まない。
(どうすれば――)
 ファビアのテクニックは、強力ではあるが範囲が広い。ネイと密着している状態では彼女を巻き込んでしまう。どうしてもテクニックを細く絞り込み、ピンポイントに小さく撃つしかないのだ。
「ううっ――ネイ、負けない……!」
「!?」
 ネイが唸り声をあげたと思った瞬間、ごう、と周囲のフォトンの流れが変わるのを、ファビアは一瞬で感じとった。

(いや、まさか――でも、あれは……!)

 ごっ、と激しい突風が渦巻くような、フォトンの感応。
 ネイを中心に渦巻くそれは、眩い光で包み込んでゆく――。

「まさか――ナノブラスト!? いつの間にブラストバッジを!」
 ファビアは思わず声にしていた。ナノブラストは“ブラストバッジ“と呼ばれるタトゥを右腕に掘ることで、全てを解放し獣人化する“ビーストフォーム“という体型をとることができる。周囲のフォトンを取り込み、己の細胞を短時間ではあるが爆発的に活性化させるのだ。
 いわば、フォトンとの“契約“。それがブラストバッジだ。
 だが、その代償としてかなり強靭な体力が求められる。全てを破壊するほどの圧倒的な力に、普通の肉体は耐えることができない。
 よってナノブラスト化できるのはビーストだけであり、しかもそのほとんどはナノブラスト化する機会も理由もなく一生を終えるのだ。

「アア……ッ、アオォォォォン!」
 ネイの姿は、細長い顔にぎらつく瞳を持つ、銀白色の獣と化していた。細くしなやかな筋肉を持つ体躯の背中からは、翼のような形状のフォトンが伸び、両手からは扇状の巨大な刃が伸びる。

 “旋風“のブラストバッジ、”ザヴン・ヴァル”。
 このグラール上で最速の生物としての力を、ネイは手に入れたのだ。

「アオォォン!」
 右手が振り上げられたかと思うと、一瞬でシノワ・ヒドキの体がよろめいた。ネイの右手の鋭い刃が、胸部を一筋に切り裂いていた。分厚いはずの装甲に、鋭い傷が深く残る。
 シノワ・ヒドキはよろめく巨体を後ろに伸ばした左足でなんとか支え、踏ん張りをきかせて右の刃を突き出す。ネイはそれに回避行動を取らず、刃は左肩に吸い込まれてゆき――幻影を貫いたかのように、すり抜けた。
(違う、あれは――)
 一瞬の回避が速すぎて、常人の目では追いきれないのだ。それはシノワ・ヒドキも同じで、手応えのなさにバランスを崩して少し前につんのめると――弾けるように跳ね上がった。その胸はぼこりと陥没し、胸まで引き上げられたネイの膝がカウンターで打ったことがすぐ分かる。
「アォ……オォォォッ!」
 咆哮をあげながら、ネイは右手を大きく引いた。あまりにも無防備に、あまりにも堂々と。
 引いた右手を腰に添え、上体を大きく捻ってためを作り、そこから気合いの一撃を見舞うだろうことは想像がつく。
 だからシノワ・ヒドキは――体勢を直してすぐ、ホバーをふかせて距離をつめた。両手を振りかぶり、一気に畳み掛けるつもりで。
 だが、ネイはそれに臆さない。右手を引いたまま、それを見据えていた。
「……」
 シノワ・ヒドキの両の刃が振り下ろされる。目標を三枚におろしてやるために。
 だがやはりネイは、動く気配を見せない。シノワ・ヒドキの姿など気にもしていないように。
「ネイっ!」
 ファビアの声と、シノワ・ヒドキの刃が振り下ろされたのはほぼ同時。太陽光を反射しながら巨大な刃が下ろされ、ネイの両肩へと突き刺さる――。

 咆哮と同時に、ネイの姿が霞がかって消えた。
 そう――先ほどと同じように、あまりに素早い回避は、誰の目にもとらえられない。
 シノワ・ヒドキの刃が地面にざっくりと突き刺さり、慌てて周囲を見回す。
「――」
「アオォォォォォォォン!」

 ネイは、真後ろに居た。

 腰に当てた腕は、限界まで引き絞られた弓の弦のよう。
 青白いオーラをまとい、射出される時を今かと待っている。
「! あれは――」
 ファビアの声は、ぼっ、という爆音、例えるならば圧縮された空気が一気に吹き出すような音。
 それにかき消されてしまうと同時に、シノワ・ヒドキの上半身が吹き飛んでいた。PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる半世紀の終りに〜 ネイ外伝・nei's week of wonder
 伸ばされたネイの腕は、風をまとっている。まるで竜巻の中に腕を入れたように、その鋭い腕の回りを鋭い風が包み込んでいた。
(――テクニックを――!?)
 ファビアのフォトン感知は、一瞬のフォトンの流れに状況を理解していた。ネイは周囲のフォトンを拳に集めて風のテクニック“ザン“に変え、腕にまとっていたのだ。
 元々素早い一撃を見舞う腕に、竜巻をまとうことでその破壊力はさらに増す。いわばドリルのように回転力を加えた攻撃力を生んでいた。その効果は、そこに倒れるシノワ・ヒドキの残骸を見れば明らかだ。
「ネイ……」
 とりあえずそれだけ呟いて、ファビアはネイに歩み寄った。ネイをまばゆいフォトンが包み込み、すぐに晴れてネイは元の姿に戻る。どこか気恥ずかしそうにうつむき加減のまま、荒い呼吸で肩を揺らしながら、ちらりとファビアに視線をやって、また下を向いた。
「……いつの間にブラストバッジを?」
 ファビアは静かに、愛情の呆れ声で言った。ため息混じりで穏やかに、優しさの溢れる声で。
「……昨日」
 ネイは目線を下に向けたまま、呟く。明らかに叱られることを警戒した様子だ。
「……なるほど、昨日帰りが遅かったのはそういうことだったんですね……」
「……うん」
「しかし、あまりにも唐突すぎやしませんか? どうしたんです?」
 ネイは申し訳ないような、迷ったような複雑な視線を向けてから、ゆっくりと口を開く。
「……ネイは、ネイのやれることを頑張ろうと思って」
「……」
 ファビアはネイに近づいて、腰を落として目線の高さを合わせてやる。それからゆっくと手を伸ばして、頭にぽん、と軽く乗せてやる。それにネイは明らかに驚いて、一瞬びくりと身震いした。
「――よく頑張りましたね」
「!」

 ……難しいことではなかった。

 ネイは、半人前の自分に思い悩んでいた。そこで自分にしかできないことを模索して、ビーストにしかできないこと――つまり、ナノブラストに行き着いた。ただそれだけのことだ。

 ファビアはその事実に気づいて、優しい微笑みと軽く撫でる掌でネイとの触れ合いを続ける。
「今回は助かりました。あれほど動きが素早いと、私のテクニックでは戦いにくい相手です。ネイがナノブラスト化してくれなければ、危なかったかもしれません」
「えっ、う、うん」
 ネイは頬を赤らめたままで目を丸くして、驚いたようにファビアを見上げた。
 自分の信念に従い通した筋は、ネイ本人も確信を持ててはいなかった。ただ今の自分ができそうな、手近に掴めるものに手を伸ばしたに過ぎない。

 だがそれは、この瞬間に確信になったのだ。
 ファビアの心からの感謝の言葉で。

「私はテクニックしか能がありませんから……ネイがもうちょっと修行を積めば、私たちはいいパートナーになれるのかもしれませんね」
 その心理を知ってか知らないでか、ファビアは静かに右手を伸ばすと、ネイの頭に、ぽふ、と乗せる。ネイはそれに赤い顔をますます赤くして、湯気でも出そうなほどだった。
「――ふぁっ、ファビアっ」
 それから下に伸ばした両手を踏ん張って、意を決して。ネイは声をひっくり返しながら名前を呼ぶ。ファビアはそれにいつもの柔和な表情で、続きを待っている。
「ネイ、ファビアのために頑張ったのっ。ファビアに一杯恩返ししたいからっ。そして、本をぶつけてごめんなさいっ!」
 ぷるぷると震える拳を真っ直ぐに伸ばし続けながら、ネイは言う。
「いえいえ、私こそ気づかないですいませんでした。そしてありがとうございました」
「ね、ねね、ネイ、ふぁ、ファビアが好きだからっ!」
「ありがとうございます」
 ファビアは我が子を見る親の笑顔で微笑んで、いつものように軽くハグしてやる。
 毎日のように交わされてきた、いつもの挨拶。普通の愛情表現。

(――だったはず……)

 なのに、ネイは違和感を感じていた。
 いや、ファビアはいつものファビアだ。
 そう、要するに自分の受け取り方が違う――。

(……おかしい)

 喉がやたらと乾く。
 視界がぼやける。
 体が小刻みに震える。
 ファビアの服を掴む指に力が入る。
 何かが吹き出る気がして毛穴がちりちりと痛む。
 首の後ろが痛み、冷静さを失わせる。
 自分の吐いた息がいやに湿気を帯びているのに気づく。

 ファビアを求める気持ちが大きすぎて、洪水のようなそれに飲み込まれてしまう気がする。
 支配されてしまいそうな気がする。
 まるで風邪をひいた時のように、思考回路がフリーズを連呼する。

 くらくらする。
 ほかほかする。
 ふわふわする。
 ぽやぽやする。

「……ネイ?」
 赤い顔で呼吸のたびに肩を揺らすネイに、ファビアは不思議そうな声をかけた。明らかに虚ろな瞳で、心ここにあらずといった様子。
(もしかして――)
 ファビアが掌をネイの額に当てる。明らかな高熱が細い掌を焦がした。
「ネイ、熱が――!」
 ファビアが言うのと、ネイが力をなくして崩れ落ちるのは、ほぼ同時だった。

 

「……で、結局任務は放棄を?」
 アナスタシアはテーブルに両肘をつきながら、いつもの冷静な口調で聞いた。
「ええ、まあ。ですがシノワ・ヒドキの討伐は認めてもらえまして。暴走して見境なく襲いかかるため教団も行方を追っていたらしく、それはそれで報酬を頂きましたよ」
 そこへファビアは料理の乗った皿を置きながら静かに答えて、落ち着いたようにゆっくりと息を吐いた。
 ここは、ガーディアンズ・コロニーのファビアの自室だ。テーブルにはアナスタシアとネイ、それにリナ。それに加えてガーディアンズの仲間であるオルハ=ゴーヴァも席についていた。オルハはヒューマンの小柄な女性で、短いブロンドの髪にくりくりとした大きな瞳、鼻にはそばかすがあり、ぱっと見は小学生にしか見えない。だが成人して結婚しており、息子もいるのである。
「……まあ、無事で良かったではないですか。これでネイも大人の仲間入りですわね」
 アナスタシアが言うと、ネイが恥ずかしそうな顔で視線を落とす。
「本当ね、人生の大切な節目だわ。おめでとう、あなたの未来は明るいわ」
 リナは微笑みながら、水の注がれたグラスを弄んでいる。
「え? ……あ、あー! 今日のパーティって、そういうこと? おめでとー!」
 それにオルハが、がたん、と椅子を鳴らして立ち上がり、ぱちぱちと両手を叩いてみせた。だがネイは不機嫌そうなふくれっ面で、うつむいたままだった。
「はい、だから今日は腕によりをかけました。たくさん食べていってくださいね」
 ファビアがキッチンからどんどん料理を運んできながら、嬉しそうに言う。それにネイはまた、顔から湯気を出すのであった。

(ううっ……恥ずかしい)
 先週の任務の途中に倒れたネイは、ファビアに連れられてシティに戻った。医師の診断結果は予想通り、「ビーストフォームをとったことによる、全身の疲労」であった。鍛えてはいるがまだ未発達な体に急激な負荷がかかり、そのせいで一時的にオーバーヒートしたのである。
 副産物として、その出来事がネイの身体に刺激を与えたらしく。
 体力が回復したと同時に月経を迎えた――というわけである。

 ネイは女性としてもガーディアンズとしても大人になった――それを祝う意味で、今日の宴が催されていたのであった。

「さ、ネイもたくさん食べてくださいね」
 ファビアが小さなフライパンを持ってきて、ネイの前に出す。そこには花型の抜き型で作られた、目玉焼きがあった。
「はい、花丸をあげましょう」
「――!」
 その光景に、オルハが容赦なく思いっきり吹き出した。リナも耐えきれず、くすくすと上品に笑っている。アナスタシアは苦笑して、なんとも不思議な顔でそれを見守っていた。
「ふぁ、ふぁびあの……っ」
 ネイは赤い顔をますます赤くして、両手の拳をぎゅっと握って、思わず立ち上がっていた。
「ばかぁーーーーーーーっ!」

 ネイの大声が、ガーディアンズ・コロニーの居住区に響き渡った――。


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