還らざる半世紀の終りに > オルハ外伝 山猫狩猟生活! 〜じょうずにできました!?〜

PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる時の半世紀の終りに〜 universe74 守護者よ、永遠に

「……ん……」
 鼻をくすぐるむず痒さに寝返りをうって、ボクは寝ぼけたまぶたを少し開いた。隣には、すやすやと寝息を立てて裸の男性が幸せそうに眠っている。先ほどボクの鼻先をくすぐったのは、彼の髪だったのか〜。
「……」
 いやいやいや、この部屋はボクがオラキオの本拠地に来た時にしか使われてない、離れの部屋だよ。なんでこの人、ボクの布団で裸で寝てるのさ。
 そこでふと、なんとなく違和感に気づいて。ボクは布団の中を覗きこんで――ボクも、服を着てないことに気づいた。
「あれ?」
 室内を見回すと、二人分の服が枕元にきちんと畳まれていた――しかも下着まで。ボクは身に覚えがないから、彼が畳んでくれたんだろうな。でも、勝手に人のぱんつを畳んで、しかもコルトバンのバックプリントを見えるようにして一番上に置いているのには、軽く悪意を感じる。
「……あっちゃあー……やっちゃった……のかぁ」
 まあとにかく、なんでこんなことになっちゃってるのか。
 ボクは布団に寝っ転がりながら、思い出すことにした――。

「――ぅわぁっ!」
 まるで今まさに海から上がってきたかのように、ボクは声をあげながら上体を跳ね上げて飛び起きて。できる限りの酸素を取り込もうとするけど肺は呼吸の仕方を忘れていたようで、酸素を送り込んでやってもうまく反応している気がしない。
「はっ、はっ、はぁっ……」
 全身が気だるく、筋肉がこわばったように重く、湿気を含んだ服が肌にまとわりつく。肩でぜいぜいと息をして、乾いた喉に唾液を送り込んでやる。それはまるで正常に動くための儀式のようで、しばらくそうしてやっているとなんとか動けるようにはなってきた。
 時計を見ると、まだ夜中の三時。寝て一時間ぐらいでうなされて起きちゃったのか。

 ……恐ろしい夢だった。

 だってそれは、わずか一ヶ月ほど前に目の前で起こった、現実にあったことだったから。

 ボクはオルハ=ゴーヴァ、ガーディアンズ機動警護部に所属していて、“山猫“のふたつ名を持ってる。で、人の記憶を移す技術を持ったコナンドラムとかいう秘密結社をぶっ飛ばす極秘任務に就いてたんだ。ボスのバーバラとかいうおばさんは、ガーディアンズ・コロニーで起こったイルミナス騒動に便乗してダークファルスを復活させ、全てを滅ぼそうとした。
 あいつのせいでたくさんの人が死んだ。ガーディアンズの大切な仲間であるヴァルキリーとウィンド、それにネイも死んだ。ランディも人生を狂わされた。バーバラもある意味犠牲者だったのかもしれないけど、そんなの人を傷つけていい理由になんてならない。
 ……そりゃあ、ひどい戦いだったよ? 相手はなんせ、千年に一度蘇るとかいう破壊神。けど、みんなで一所懸命戦って、なんとかあいつを封印することに成功したんだ。

 でも――その代償に、ボクはかけがえのないものを失った。

『ランディ、また後でね!』

『おう』

 ボクは、ランディとの最期の会話を一生忘れることはないと思う。アナスタシアは彼に膝を貸して、恋人同士としての別れを惜しんでいた。
 あぁ、そうだよ、確かにボクの片想いだったよ。告白もできなかったよ。だって、気づくとランディの傍にはいつもあの女がいたんだから。その何が悪い!

 ――ボクだって。ちゃんと付き合いたかった。
 生まれて初めて異性として見て、好きになった相手だったんだから――。
 意地でも食らいついて、噛みつけば良かった。こんな形で後悔するよりよっぽどいい。

 微睡んでいると、向こうから廊下をばたばたと走る音が近づいてきた。この建物はニューデイズ様式で、外にある板張りの廊下を通って建物内を行き来するようになっている。風通しが良いようにと床下が大きく開いているので、足音もよく響くのだった。
 そのばたばたとした足音は部屋の近くで速度を落として。それからを耳をすましたりして中を窺おうとしてる。
 そういや、さっき飛び起きた時に大声で叫んじゃってたな、ボク。それで賊でも出たんだと勘違いしてるんだろうなあ、真面目な奴だ。
「お、お、おお、オルハ様ぁ……無事、ですか?」
 襖を少しだけ開けて、弱々しい小声が入ってくる。彼は薄く青い髪を長く伸ばして、後ろで一本に束ねている。その一般的な体格よりやや細い体には"ミヤビカタ"と呼ばれる、ニューデイズ製の前で合わせる上着と、膝下ほどのゆったりとしたパンツ。
 確か名前はアインだったかな? ちょっと前からずっと、ボクがここに来た時には彼が世話役だ。
「いいですか〜、入りますよ、オルハ様〜……」
 そーっと自分が通れるほど襖を開けると、アインは忍び足で室内に入ってくる。頭に鍋をかぶっているのは、一応防具のつもりなんだろうか。
「……」
 あまりに不自然なので、ボクはガン見してやる。PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる半世紀の終りに〜 オルハ外伝・山猫狩猟生活 〜じょうずにできました?〜
「のわぁっ!?」
 それに気づいてアインは素っ頓狂な声をあげ、飛び退いて鍋を放り出してしまう。確かに暗い中だと猫の目が光っているように見えて、そりゃ不気味だろうけどちょっと失礼じゃないか。
「こんな夜中にレディの部屋に忍び込むってどういうことなんだよ、アイン」
 ボクは部屋の照明をリモコンでつけて、わざとおどけて言ってやることにする。まさか本気で夜這いってわけじゃあないだろうど。彼はそういうタイプの人間じゃないはず。
「いや、なんか変な声が聞こえたので賊かと思いまして……」
 苦笑しながら頭を掻いて、アインは言う。それからもう一度ボクを見たかと思うと、ぎょっとした顔で指を差す。
「ちょ、お、オルハさ、ま……!」
 彼は顔を真っ赤にしながら大袈裟に仰け反って、分かりやすく動揺している。ボクは頭にハテナマークを浮かべながら、
「なに? 一体どしたの?」
 と、不思議に思って聞いた。
「ふ、く、が、す、すけ……!」
 アインは左手で顔を覆って背けながら、こっちに向けた指をぷるぷると震えさせている。
「もう、何を言っているのか分か――」
 ボクはそこまで言ってから、はっとなって。慌てて自分の体を見下ろした。
 上に羽織っている、薄手のキャミソールは汗でぺったりと張り付いて。もちろんブラなんか外してるから、まあいろいろ透けちゃってまずいよね、そりゃ。おまけに下はズボンも履いてなくて、いつものコルトバンのぱんつだけ。さあっ、と血の気が引く音が、ボクには聞こえた気がした。
「まるみえかー!」
 悲鳴として正しいかどうかは分からないけど、とにかくボクは叫びながら枕をむんず、と掴むと、力いっぱいアインにぶつけてやった。それをモロにみぞおちに受けたアインは、上体を前のめりに屈みこんでしまう。こうなれば、あとはもうこっちのものだ。
「だ、だから入る前に、か、確認したじゃないですか!」
「知るかー! このすけべー!」
 掛け布団を掴むと、それをアインにかぶせて視界を奪ってから、何度も蹴りを叩き込む。まあ、ほとんど条件反射と勢いだけで。
「ぐあっ、お、オルハさまっ、や、やめっ」
「うるさいっ!」
「そ、そういうことなら僕だって……!」
 布団の下から伸びた右腕が、不意にボクの足を掴む。それにバランスを崩されて、ボクはすてんと後ろに尻餅をついてしまった。
 それから布団を投げ捨てながら出てきたアインは……。

 なんと、上半身裸だった。

「はあっ!?」
 予想外の光景に、ボクは驚くべきか笑うべきか、よく分かんなかった。アインは気にせず、左手に上着を掴んだままゆらりと立ち上がると、座ったままのボクににじり寄る。
 まずい、ちょっと調子に乗りすぎた?
 アインだって男子なんだし、本気でこられると、ちょっとマズイよ。
「ちょ、ちょっと待って、やらないかとかそういうのは、ま、間に合ってるから」
 アインは、服を掴んだままの左手をボクにゆっくりと伸ばしてくる。思わず、目をつぶってしまった。

「そのままでは、風邪をひきます」

 ふわり、と体に触れる感触。体に、アインの上着がかけられていたんだ。

「とにかく――無事で良かったです。女性の体は冷えやすいもの、日々自重されますよう。湯を暖めておきますので、あとでお入りください。……それと――えっちなのはいけないと思います」
 顔を赤らめながら照れ臭そうに言って、アインは部屋を出ていく。ぴしゃり、といつもより強めに閉められた襖の音が、響いた。
 ボクは座って後ろに両手をついたまま、呆然として口をあんぐりと開けたままで、足音が遠ざかっていくのを聞いてた。なんだか、少し顔が火照っているような気がする。
「……あいつ……」

『――女性の体は冷えやすいもの、日々自重されますよう。湯を暖めておきますので、あとでお入りください――』

「……ボクを女性扱い、するんだ」
 呆けた顔のままで、少し嬉しいような、むずがゆいような。そんな複雑な表情でボクは思わず呟いてしまっていた。

 ――彼のボクへの接し方は、いつも新鮮だ。
 子供の頃は、生きるために求められるのは、性別より何ができるか、だった。そしたら女性らしい可憐さより、男性的な攻撃性を求められるのは当然のことじゃん。
 それにボクは長い間、肉体的には成長してない。大人になってからも子供扱いされることも多いんだ、実際。

 けど、あいつは――。

 放心状態のまま頭を掻いて、それから大きくかぶりを振った。冷静になろうと努力する。それからゆっくりと息を吐いて、両手で頬を両側からぺちぺちと叩く。

 それから、ちょっとだけ。
 いや、ほんとにちょっとだけなんだけど。

 ――顔がほころんでいることに、気づいた。

 なんだ、なんだよ、この“にまにま“とでも表現すべきような顔の緩みは!

「――そういえば」

 ……そうなんだ。

「うん、確かにそうだ――」

 ――ランディが死んでから、初めて自然に笑えたんじゃないかなってことに、ボクは気づいたんだ。

 それからボクは、いつも世話を焼くアインに少しだけ優しく接してやるようになった。
 普段は部屋は適当に散らかしっぱなしだったけど、ちゃんとナノトランサーに片付けるようにした。散乱してる私物もまとめて棚に入れるようにして。下着とか見られちゃまずいものは、ちゃんとしまうようにし始めた。それが当然、といった類いのツッコミはノーサンキュー。
 あと、寝間着を買って、こっちに泊まる時は着て寝るようにした。体を締め付けられるのが嫌なので、上下一体になったワンピースのようなネグリジェ。自然な肌触りの綿で作られたよくあるオレンジ色のチェック柄で、袖やスカートの裾にフリルのあしらわれたものだ。色気にゃちょっと欠けるけど、それが主目的じゃないし。

『若いんだしもっとオシャレに気を使いなよ。せっかく女に生まれたんだもの、色気のひとつやふたつ出さないと!』

 ふと、ヴァルキリーの言葉を思い出した。コナンドラムとの戦いが激化する前に買い物に行って、服を選んでもらったんだった。袖のゆったりとしたストーリアジャケットと、膝上のプリーツスカートとスパッツの、さらにブーツまでもセットになったハナウラボトム。ボクはそれからずっと、任務の時にはこれを着るようになった。
 ボクとヴァルキリーは任務で大ケガをして、同じ病室に入院してたんで毎晩いろんな話をした。任務の話が多かったけど、主に話してたのはやっぱ、歯に衣を着せないガールズトーク。初恋の話だとか、ファッションだとか、今好きな人いるの? なんて。とにかくいろんな話をした。きっとそん時に、ボクがランディのことを気にし始めていることがバレちゃったんだろうな。
 そういえば、当時からヴァルキリーはウィンドからいろいろとちょっかいをかけられてたみたいだったけど、告白されるわけでもなくストーカーみたいに一方的な押し付けでもなく。彼の行動は、ヴァルキリーに言わせれば、
「なんというか――ほら、帰ってこない主人を待ち続けて最後は死んじゃうっていう、忠犬の話があったじゃん。あんな感じ。私が待機命令を出したら、一生そこに居そう」
 と、いうことらしい。的を得たその言葉に、二人で大笑いした。

 ――まあとにかく、さ。
 ボクは生まれて初めて、自分のために自分の意思でスカートを買ったんだ。
 それは誉めてくれてもよいよ。

 それから一ヶ月ほどが過ぎて、冬の寒さが落ち着き始めたぐらいになって。いつものように任務に行ったりガーディアンズでミーティングしたりして、そのままパルムのオラキオ本拠地に向かった。
 オラキオ一族は戦闘部族で、かつてグラール外からやってきた一族らしい。彼らを執り仕切るのはユーシスというおじいちゃんで、もういい年だけど衰えを感じさせないし、オーラがとても鋭くて触れたら斬られてしまいそうな厳格な人だ。
 オラキオは強いやつが多いんだけど、その中でも戦闘力を高めた血筋があって、じっちゃんはその後継者なんだ。跡継ぎで一人娘のアイラは二十年ほど前にダークファルスと戦って、ランディの目の前で相討ちになって死んだ。アナスタシアの性格形成は彼女がベースになってるらしい。
 それでまあ、血筋は途絶えるかもしんないんだけど、アナスタシアをあわよくば、という希望を捨ててはいないようだし、ルディっていう若い部隊長を鍛えて跡継ぎにすることも考えてるみたい。

 そんなわけでじっちゃんは、とても厳しく恐ろしい人なのだ。

「おお、オルハ殿、ご苦労だった。無事か? 怪我はないか?」

 ――はずなんだけど。

 最近はすっかりボケた、っつーかすっかり丸くなった。初めて会った時は古い習慣に固執した頭の固い、単なるムカつくジジィだったんだけど。
「もう、じっちゃんは心配し過ぎだよ」
「何を言うか、お前はケインとマーリナの忘れ形見じゃ。何かあったら二人に申し訳が立たんわい!」
 ケインとマーリナ、っていうのはボクのパパとママね、ボクが十歳の時に死んだけど。パパはオラキオの一族で、ママはグラール人。
「はいはい」
 ボクはもういろいろ面倒になって、ガーディアンズから頼まれた書類の入ったデータカードをナノトランサーから取り出して、じっちゃんにぽんと放り投げた。
「おっとっと。……すまんの、いろいろと頼んでしもうて」
「気にしないでよ。ボクは好きでやってるんだから」
 じっちゃんが謝るのは、ボクが最近ガーディアンズとオラキオの間をしょっちゅう行き来していることだ。コナンドラムの事件からガーディアンズとオラキオは積極的に交流を取っていて、共同で任務を行うことがあるぐらい。ボクはグラールとオラキオのハーフということもあり、ガーディアンズではオラキオとのやりとりはボクの大切な仕事のひとつになっていた。
「うむ、ありがとう。これからも頼む。……ところで腹が減ったじゃろ、晩飯の用意ができておる、後でアインに運ばせよう」
「うん、ありがとね! じゃあボクはシャワーでも浴びてくるよ」
 ボクはじっちゃんに手を振りながら立ち上がると、じっちゃんも笑顔で振り返してくる。
 ……ほんとに丸くなったなあ、この人。そのうち『孫の顔が見たい』とか、おかしなことを言い出すんじゃないとハラハラするよ。
「お、オルハじゃん。こっち来てたのか」
 廊下に出てすぐ、ルディが声をかけてきた。金髪のロン毛でイケメン、最近はおしゃれ髭も生やし始めてますますチャラくなった。そんな外見に反して実はすごい真面目なんだけど、どうも口と頭がちょっぴりアレですっげー損してるとボクは思う。すげーいい奴なんだけど。
「うん。ちょっとじっちゃんに用があって。ルディは何してんの?」
「ああ、訓練だ。若ぇ奴等には負けてられねェ」
「そっかぁ、ボクも見習わないといけないなあ」
「ははっ、負けねェぞ!」
 ルディが笑いながら曲げた右手を突き出すんで、ボクもそれに習って肘を伸ばして、がつんとぶつけてやった。こういうシンプルなコミュニケーションは、ボクがルディの好きな所のひとつかな。
「じゃ、ボクはシャワー浴びてご飯だからこれで。……あ、こないだのデータ、ガーディアンズからもらってきてじっちゃんに渡しといたから」
 踵を返して手をひらひらさせながら、ボクはシャワールームへと向かったて歩き出す。ルディとの付き合いはこれくらいてきとー……いや、気を抜いた感じが一番いいのだ。お互いにとって。
「おおー、せんきゅーな」
 ルディが見送ってくれるのを振り向きもせず手だけ振って、ボクは離れに向かった。
 まあ、このオラキオ本拠地にはシャワールームなんてものはなくて、共同浴場、と言った方が正しい。別に体を洗うなんてフォトンシャワーで充分だから、わざわざお湯につかったりする必要は、ほんとはない。でもさ、昔ながらのこなれたやり方のほうがボクは好きだ。疲れが取れるし。
 で、浴場はそこそこ広さのあるスペースに、直径十メートルはある大きな湯船。それをちょうど中心で塀を設けて男性女性に分けてある。木材の暖かみを生かしたニューデイズ風の作りで、外壁まわりにはカランとシャワーが並んでいた。
 ボクは脱衣所で服を脱いで、入り口近くに積み上げられた木桶をひとつ掴み取って。中心ぐらいのカランの前に座って、シャワーのお湯を浴びる。公共の湯船につかる時は、マナーとして先に体洗わなきゃでしょ。
 ボクはお気に入りのボディソープとシャンプーは常備していて、ナノトランサーから取り出したそれを持って入っていた。ちなみに弱酸性の肌に優しいやつで、よくわからん科学物質が入ってるのは大嫌い。“赤ちゃんの肌にも大丈夫“みたいな売り文句のヤツが一番安心できる。
 髪の毛をがしがし洗って、ざばっと流す。前まで腰ほどまで伸ばしてたんだけど、今は肩口で揃えてるから、洗うのが超楽になったー。伸ばしてたのは女子力を高めるためだったんだけど、最近はまあいいや、って気分。
 それから体を洗って、ざぶんと湯船に飛び込んで。貸しきり状態だし、泳いでしまえ。
 五往復ぐらいしたら飽きたから、荷物を持って脱衣所に出て。頭をぶるぶると振ってから体を拭いて。そこでふと、全身が映る鏡の中のボクと目が合った。

 ……ちょっと疲れてる、かな……。肌も少し荒れてるし、唇もツヤがあまりない気がする。最近忙しくて休んでないし、まあしょうがない。
 わざと忙しくなるようスケジューリングしてる、というのはあるんだ。休んでるといろいろなことを考えちゃうから……。
 ボクはなんとなく右手を伸ばすと、鏡の中の自分と掌を合わせた。

 ……うん、大丈夫。
 ボクは大丈夫、まだ頑張れる。
 グラールのためとかオラキオのためとか、そんな大それたことは言わない。
 ただ、友達がみんな幸せになってくれれば、ボクはそれでいい。

「……ランディ」

 ぼそり、と彼の名前を呟いてみた。ガーディアンズに入隊してから二年間、なんとなくウマが合ってよく一緒に遊んでた。
 でももう、それに答えてくれる人はいないんだ。

 ……ボクは、彼の死を通じて、少しは大人になれたんだろうか。少しは立派になれたんだろうか。
 ボクは今年、二十歳になる。少しはそれに見合った人間になれてるんだろうか。
 よく分からない。体は相変わらず成長してないし。もう五年以上身長も伸びてないし、胸も大きくなってない。揉んだらおっきくなるとかいうから、一応マッサージはしとこうっと……。揉めるほど大きくないとか、幼児体型とか、そういうことを言うやつはフルボッコにするのでそのつもりで。
 まあ、いつか“向こう“でランディと再会した時に、胸を張って威張ってやれるようになろう。そして久々に一杯酌み交わしながら、ボクがどれだけ悲しい思いをしたかを愚痴ってやる。そしたらランディはいつものように空気を読まず、きょとんとした顔で、
「え? おいおいお前、俺のこと好きだったのか?」
 なんて、今さらなことを驚きながら言うに違いないのだ。

 まあそんなわけで風呂から上がって、寝間着に着替えて、部屋でセンプーキの風を浴びながら涼んだりしていると。
「オルハ様、お食事をお持ちしました」
 襖の向こうからアインの声がかかる。映るシルエットは手に大きなトレイを持っていた。
「はいはーい、ありがとー」
 ボクが襖を開けてやると、アインはそのトレイを入り口近くのテーブルに乗せて。それから廊下に出て、片膝をついてうつむいたまま座っている。
「……」
 いつもならやることが終わると、彼はすぐに戻っていくんだけど。なんだか今日は様子が違っていた。月光がその姿を照らし出し、室内に長い影を落としてる。
「? どしたの?」
 ボクはそれに首を傾げながら、素直に聞くことにした。
「いえ、その……先日大変失礼なことをした件について、謝罪もしておらず……」
「……?」
「その、あられもない姿を……」
 そこでボクはやっと気づいた。こないだ夜中に来た時に、ボクはひどい格好をしていたんだ。ぱんつ丸出しだったし、キャミソールは透けちゃってたし。そっか、ここ最近アインが妙に目を逸らしたりしていたのは、その所為だったのか。
「ああー、忘れてた。いいよ別に、気にしなくても」
 片膝をついたままのアインは怒られるとでも思っていたのか、明らかにほっとした顔でボクを見上げていた。
「ま、気にしないで。ボクも気にしてないから。それよりさー」
 ボクは、申し訳なさそうにうつむくアインに軽く言ってやる。あまり真剣に言うと気負うだけだろうし、早めに切り上げた方がお互いにとって得だろうしね。ボクはにこにこと笑いながらアインに近づくと、その前で両膝をついた。
「ボクのことを女性扱いしたの、どーゆーイミ?」
 からかうように笑いながら、ボクは肘でアインをつついてやる。アインは少し照れたように頬を赤らめながら、重そうな様子でぼそりと言った。
「……婦女子は守るべきもの、と考えているだけです」
「ほほう、それは良い心がけであるぞ♪」
 そこまで真面目に答えなくてもいいのになあとボクは思いながら、姫の真似をして軽く返すことにする。
「それに……」
 けど、アインはやっぱり真面目な調子で。どうにも真面目すぎるんだよねー、彼は。
「……それに、オルハ様はとても立派な女性です。ガーディアンズとして厳しい任務に向かいながらも、我々オラキオとの架け橋となってくださっている。……そんな多忙な生活の中でも明るく元気なオルハ様は、僕にとっての太陽です」
 ……なんつー恥ずかしいことを言うんだ、こいつは。よく面と向かって言えるよな……とは思うんだけど。

 正直、悪い気はしない。
 たぶん、こんなこと言われたのは生まれて初めてだし。

「あははっ、ありがと。アインはほんとに真面目だね」
 悔しいから、それを悟られないようになるべく明るくいつもの調子で言って、ばしばしと背中を叩いてやった。それにアインは大袈裟に咳き込んでみせる。

(……くそう、可愛い)

 いやいやいや。まかりなりにも年上の男子に対して抱く感情じゃないから。とにかく落ち着け、ボク。

「ま、まあ、あまりそうやって女性をからかうもんじゃないよ。皆にそんなこと言ってんでしょ?」
 悔しいので、わざと意地悪な言葉を選んで言ってやって、ばしばしと叩いてやることにする。それにアインは「そうですね、すいません」とか軽く謝ってきて、二人で大笑いしてそれで終わり。ボクは晴れてご飯にありつける……そういうシナリオのつもりだった。

 けど。
 アインは目を見開いてこっちを見つめて、そこから目を離せないとでも言うようにボクを見つめ続けている。

 ぎょっとなったのは、ボクの方だった。

 その視線には、言うべきだという信念に基づいて発言したくせに、やっぱり言わなきゃ良かったという後悔を臭わせていて、それでいて言葉にした自分に達成感に近い感情を持っている――そんな複雑で、でも幼い衝動にまかせて真っ直ぐだけど、どこかで何かを期待している瞳。

「……」
 それからアインはまた顔を背けてしまう。その横顔は少し哀しさも含んでいて。ボクは声をかけるのをためらってしまうほどだった。

 けど――。

(……ま、まずい。この感覚は――)

 目の前にいるのは、いわば若い子羊。
 噛みついて頸動脈を食い破り、その柔らかい肉を噛み締めれば豊かな肉汁が口を満たすのは解っている。
 けど、まだ成熟はしてない。
 清々しい後味を残すのだろうとは想像がつくけど、きっとそれは残らずにすぐ消えてしまう。美食家たちは間違いなく、口を揃えて「もっと太らせてからだ」と言うだろう。

 けど――。

 ボクはただ、叩いた手を差し伸べたままで、硬直していた。

 ――体が、熱い。
 丹田から放たれた熱量はこの身を焦がし尽くさんといわんばかりに全身を包み込む。
 身体中が火照り、冷静な思考能力が失われてゆく。
 全て燃え尽き灰になった理性の中からむくり、と首をもたげてくるのは――。

 ――激しい衝動欲求。

 それだけがボクを突き動かす。
 それだけがボクの体を支配する。

 解っている、その旨味をずっと味わうには、食らい尽くしても食らい尽くしても、それでも食らい続けるしかないのだろうと。
 それでもボクの中に眠る獣は、四肢を動かせと言う。

「……我慢できない」

「――え?」

 アインは、ボクの呟きに振り向こうとした瞬間、派手に後ろに吹っ飛んだ。

 理由は簡単で、ボクが地面を蹴る勢いをそのままに左手を伸ばして、腕を掴んだからだ。ボクも勢いでアインの胸に突っ込む形になり、二人して滑稽なほどに廊下へ転がり出してしまう。ボクは顔面から地面に突っ込んで、しこたま鼻をぶつける。アインもそのまま後ろに吹っ飛んで後頭部を打ちつける。
 けど、そんなの気にしない。冷静になる時間は与えない――ボク自身にも、彼にも。
 ボクは起き上がりながら彼の腕を引っ張って、部屋の中へと引き摺り込む。アインはされるがままに畳の上を滑らされ、まるでたっぷりと麦の詰まった麻袋のようになっていた。
「? ちょ、ちょっとオルハ様……!?」
 彼はなんか言ってたけど、ボクの耳には入らなかった。なんだかもがいてたような気もするけど、気にしない。それをいいことにボクは強引に彼を引っ張って、前に放り出してやった。乱暴に放り出されて、彼は無様に尻餅をつく。
 それからボクはずかずかと部屋の入り口へ向かうと、襖を掴んで力一杯閉めてやった。ぴしゃり、と激しい音が鳴って襖が閉まる。
 たぶん、アインにはボクの姿がとても恐ろしい化け物かなんかに見えていたと思う。わずかな月光が影を落とし、睨み付けるような真剣な瞳は冷たくも潤んでいて。
「――!」
 アインの顔が恐怖に染まってゆく。これから何が起こるのか、彼はまだ想像しているはずがないから。
「一体何を――!?」
 彼はやっと冷静さを取り戻したらしく、上体を起こして残りの混乱全部を言葉にして吐き出す。
「……空気読んでよ」
 ボクの言葉にはっとなって、彼は辺りをきょろきょろと見回して、状況を理解しようと試みた。

 彼が乗っているのは、ボクが毎日使ってる布団。
 きっちりと閉められた襖と、隙間から長く延びる月の光。
 ボクはいきり立った雄牛のように鼻息を荒げて、仁王立ち。

 ――これで推測できなかったら、正直困る。

 けど、彼は自分の座っている場所とボクの顔を何度か見比べて、それでなんとかピンときたみたいだった。はっと我に返ったような表情でボクを見上げて、まさに今解体される魚類のように口をぱくつかせる。
「ちょ、ちょっと、オルハ様――そんなつもりは……!」
「キミはそうじゃなくても、ボクはそのつもりなんだよっ!」
 言うが早いか、ボクは踏ん張った右足で、勢い良く地面を蹴った。両手を突き出して肩を掴んで、その勢いで地面に組み伏せる。彼は勢いにまかせてまたも後頭部から突っ込んだけど、下が布団だったのは不幸中の幸いだ。
 ボクは迷わない。そんな彼の腹に馬乗りになって、乾いた下唇をぺろりと軽く舐めた。
「ひ、ひい……え、えっちなのはいけないと思います……っ!」
 彼はもう完全に、“まな板の上のディー・ロレイ“状態。後は料理人に捌かれるしか道がない。ひとつだけ特殊なのは、ボクが料理人で同時に美食家だってこと。
 完全に怯えて硬直している彼を気にせず、ボクは右掌を彼の胸にそっと当てる。乱暴なことはもうしないよ、あまり脅かせると緊張で毛細血管が破裂して、肉が硬くなってしまうじゃないか。PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる半世紀の終りに〜 オルハ外伝・山猫狩猟生活 〜じょうずにできました?〜
 多分、ボクは先程とはうって変わって、心から穏やかに微笑んでいたんだと思う。この時点で、飢えたお腹の何割かはすでに満たしてたからかもしれないけど。
 とにかく、ボクは掌に伝わる彼の心臓の鼓動だけを聞いていて。もっと聞きたくなったから、上体を屈めてそっと耳を当てた。

 ドクン。

 ドクン。

 彼の鼓動は早く、そして高く、そして心地好い。ボクはそれに身を委ねながらそっと目を閉じて、
「――ねぇ、これはびっくり? それとも、どきどき?」
 と、ゆっくりと言った。
 その質問は意外だったのか、それとも覚悟が済んだのか。とにかく彼は意外なほどに素直に、
「ドキドキ、です」
 と、静かに答えた。
「良かった。実はボクも――けっこー、いんや、かなーり、どきどきしてる」
 ボクは上体を起こしながら彼の左手を手に取ると、その掌を開かせて、自分の左胸に押し当てた。穏やかで力の抜けた微笑みを浮かべながら。彼は、ぽかんと口を開けたまま、吸い込まれるようにボクを見ている。
「……」
 それにアインは、まるで石のようにこわばって、状況がまったく解ってないように見えた。
「……とても、早くなってます」
 彼は掌に伝わる鼓動だけを感じて、独りごちるように言う。
「アイン・も、だよ」
 ボクはゆっくりと湿気を帯びた吐息を吐き出しながら、静かに言った。どうも、今のボクは上手く話すことができない。時々全身が大波にさらわれたような浮遊感に持っていかれそうになって、体がぶるっと震えてしまうんだ。

 ボクは、この感覚を体感的に知ってる。
 そして、どうすればこの衝動を満たせるかも、知ってる。

 彼は観念したのか納得したのか完全に動かなくなって、首を少し持ち上げたまま、布団に完全に体重を預けた。
「アインさ……いつからボクのこと……気にしてたの?」
「……初めて見たときからです」

 ……ボクの勝ちだ。

 完全に彼を追い詰めた。退路は完全に断たれ、逃げ道はない。彼は鋭い爪や牙を持っていない。そもそも彼は最初からこの狩り場に狩られるために登場していたんだ。
 まあボクは薄々感づいていて、勝てる確信があった時点で出来レースなのかもしれないけど――とにかく手番はボクの番。

「――僕で、いいんですか?」
 彼は首だけを持ち上げたまま、上体を倒しかけるボクに両手を差し伸べながら、静かに聞いて。
 ボクはそれに小さく頷いて、
「――キミは、ボクがいいんでしょ?」
 と、悪戯な小悪魔のように微笑みながら、彼の顔に近づいていって。
 まだ何かを言おうとするイケナイ唇に、そっと自分のそれを重ねて、言葉を封じてやった。

 ――ハンティング、完了。

(いやー、悪いことしちゃったかなあ……)
 まあ、さすがにボクもちょっと反省してた。
 確かにここ最近、ランディのことを思い出しては沈んでたのは事実だよ。けど、それは第三者を巻き込んでいいっていう理由にはならないし。
 実際問題さぁ、彼に対してそこまで恋愛感情があるかというとまた微妙なとこで。確かに恋だとは思うんだけど、一時的な劣情に身を委ねた結果、と言われると反論できなかったりもするわけよ。
「……オルハ……さん?」
 ボクが起きたのに気づいたのか、アインが目をこすりながら、不意に呟いた。
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
「いえ……居なくなっていたらどうしようかと思って……」
 彼は言いながら、まるで子供のようにボクの腰に手をまわして、抱きついた。
(子供か!)
 と内心思わずツッコミながらも、つい抱き締めてぎゅっとしてやる。畜生、可愛いじゃないか。ボクは今、自分の顔を見たくない。きっと、にまにましてる。
「……オルハさん、子供は好きですか?」
 そんなことを考えてると、ふと彼は思い出したように言う。良くも悪くも空気読めないな、彼は。まあいいけど。
「別にどっちでも。てゆーかさ、ボクってあいつらに仲間って思われるらしくて。任務中に武器持ってる所を見かけられたりすると、“あー、子供なのに武器持てるんだ、ずるいなー“って目で見られるんだよ。失礼しちゃうよねー」
 ボクが頬を膨らませて言う姿がおかしかったらしく、彼はボクの胸に顔をうずめたままで、ぷっ、と吹き出した。
「あ、笑ったな!?」
「あはは……いや、すいません。その光景が、妙におかしくて。……でも僕、初めて見た時からオルハさんのこと、普通にちっさくて可愛いと思ってましたけど」
「……ロリコン」
 ボクは訝しげな目で言ってやって、ぷい、と顔を背けた。

(……ほんと、こういう人なんだろうなあ)

 納得したのか、それとも慣れたのか。空気を読まず会話の流れに沿わない彼の発言に、ボクは何も思わなくなってしまっていた。

 ――いや。
 ぶっちゃけ、ボクは今、彼の存在に安らぎを覚え始めてしまっている。単純に、肌を重ねて、一緒に隣で眠って、お互いの体温を与え分け合うことが、これほど心地好いとは思ってもなかった。
 先程まで覚えていた後ろめたさも、気づけば感じなくなってた。
 ただ、アインの優しさにだけ包まれていたい。

 それだけだった。

「そ、それでさあ、なんで子供が好きかなんて聞いたの?」
 照れ臭いのを隠すため、ボクはわざと話題を戻すことにする。
「僕、子供はたくさん欲しいと思ってるんですよ」

(あ、地雷踏んだ)

 どーやら、余計な藪をつついちゃったみたい……。ボクは困った顔で天井を見上げて、小さく息を吐いて。 
(なんか、ややこしいことになりそーだ……)

 なんというか、あれだ。
 ボクは狩猟では彼を狩ることができたけど、勝負には負けたような、そんな気持ちになるのは何故だろう。

(――ま、いっかぁ)

 考えるのが面倒なので、もうやめることにする。
 なるようになるよ、きっと。

 ボクは分からないように小さくため息をついて、自分に抱きついたままの彼の髪を、くしゃくしゃ、と撫でてやる。

 ――うん、これでいい。
 これがいいんだ。

 薄々感づいてはいるよ、ボクが欲しかったのはきっとこういうものなんだろうなあ、ってことも……。

 こうして、こん時のアレやコレやがきっかけでボクはアインと付き合い始めた。それからほんの一ヶ月半後、ボクはアインの子供を身篭っていることが判って、結婚することになる。
 確かに勢いだけのできちゃった婚だったのかもしんないけど、ボクは素直に幸せだった。

 何故って、その頃のボクは、昔のように素直に心から笑えるようになっていたから――。

 こうして、山猫のハンティングは大成功だった。
 ってことで〜、盛大な拍手をよろしくね?


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