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PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる時の半世紀の終りに〜 universe73 最期の時に

 ガーディアンズ・コロニー、15:03。
「なんか、あっちこっち、いってぇなぁ……」
 アナスタシアは地面に座ったまま、その膝にランディの頭を乗せてやる。ランディはそれに皮膚がこすれて、わずかに顔をしかめた。
「いつ……! ん、なんかいつもと違うな……」
 言ってランディは自分の下半身を見下ろす。見ると、いつもとは違うズボンを履いていた。
「ええ、ダークファルスから吐き出された時に、着衣も全て飲み込まれてしまっており、止むを得ずルディが予備に持っていたズボンを履かせたのですわ」
「なるほどね……いつつ……!」
「……痛みを感じているうちはまだ大丈夫です。必ず助かります」
 周りはすでに、ほぼ全員が撤収していた。コロニーは総攻撃でぼろぼろになり、パルムの引力に引かれて落下しようとしていたのだった。ガーディアンズは居住区域の一部を切り離し遺棄することを決定しており、ガーディアンたちは市民の誘導や、切断区域の規制などに走り回っているのだった。
「アナスタシア! 切り離しまであと10分よ、すぐに退避して!」
 端末で何かを言っていたアルファが、アナスタシアに向かって叫ぶ。
「……すいません、あと少し……いいですか?」
 だがアルファは、静かに言うアナスタシアの視線にそれ以上何も言えなかった。

 今にも泣き出しそうな、その瞳に。

 だから、ただ無言で頷いた。
「……ランディ、立てますか?」
「ああ、やってみる……体が自分のものじゃ……ねぇみてぇだ」
 ゆっくりとランディは地面に右手をついて、体を起こそうとする。だが、すぐにがくりと揺れて倒れかけ、それをアナスタシアが抱き抱えた。
「ダメ……みてぇだな……」
 ランディはゆっくりと右手を上げてみせる。力無く、ひらひらと。
 アナスタシアはそれに答えずランディの体を床に寝かせる。それから、その体をじっくりと見回した。
(……これは……)
 アナスタシアはそれになんと言えば分からなかった。外傷はほとんどなく、小さな打撲や切り傷が散見される。そして、黒い波動のせいで体のあちこちが変質している。
 ――とにかく、ランディの体のあちこちを確認してから、アナスタシアは片手杖を取り出した。
「我を動かす歯車よ。命の原動力を回せ……レスタ!」
 だが、杖はわずかに豆粒のような光を放つだけで、ランディの傷は一切治らなかった。
 解りきっていたはずの答え。一抹の希望さえ奪われて、2人の空気が僅かに沈む。
「……いいって……どうせ、治らねぇ」
「いいえ、ランディ。まだ生きているということは、生命維持に必要な重要機関はまだ稼働しているということ。望みはまだあります……命の原動力を回せ……レスタ!」
 だが、やはりテクニックは発動しない。精神力の概念に乏しいキャストであること、それに加えテクニックの素養に乏しいオラキオの血筋。アナスタシアがまともにテクニックを使えるはずなどないのだ。
 だが、ランディはそれを否定せず、目を細めて弱々しく微笑んでそれを見守っている。それから、ゆっくりと口を開いた。
「……黒い波動が、入りこんじまってる……俺の体は……もう……」
「喋ると体力を消耗しますわ。命の原動力を回せ……レスタ!」
 だが、やはりテクニックは発動しない。当たり前のことだった。
「くっ……私にもテクニックが使えれば……!」
 悲痛な顔で、アナスタシアは絞り出すように言う。

 ……大切な人を救えないで、何が指揮官ですか……!

「すま……ねぇな。……また余計な心配かけちまった」
「いいのです。わたくしはあなたのそういう所が立派だと思いますし、愛しているのですから。……レスタ!」
 ランディはふっと微笑んで、それから少し悲しい目をした。自分の先に待つ運命と、置いていかれる者の想い。
 それは、ゴミ捨て場でもよくある日常だったはずだ。

 なのに……涙が止まらないのは何故だろう。

「すまねぇ……先に逝くことに……なっち……まってよ……!」
 ランディは震える右手を伸ばすと、なんとかアナスタシアの頭に乗せる。
 それにアナスタシアは歯を食いしばって。
 それでも涙は溢れ続けていて。
「……嫌です、わたくしは認めません。わたくしはあなたを必ず生かして連れて帰ります」
「ばか……それより、生きてる人の救出が先だろ……いつつ」
「では、治して連れ帰ります! ……レスタ!」
 やはりテクニックは発動しない。それに癇癪を起こして、アナスタシアは空いている左手で床をばしん、と叩いた。
「何故……! 何故わたくしにはテクニックが使えないのです! 愛する人すら救えないのですか、わたくしは!」
 アナスタシアは天に吠える。己の無力さと、溢れる想いにまかせて。
「……」
「想いを……この想いを届かせる方法はないのですかっ!?」
 杖を両手で構えて、アナスタシアは叫ぶ。ただ闇雲に。

 その時だった。

「……お、おい」
 杖がわずかに光を放ち始めた。淡く、白い光を。

「――!? 命の原動力を回せ……レスタ!」

 溢れ出す、光。
 ゆっくりとランディを包み込んでゆく。

「まさか……」
 ランディが驚いた顔で目を見張る。光がランディの体の表面で瞬き、包み込んでゆく。
「できましたわ……!」
 アナスタシアは達成感に溢れた視線で、目を丸くしながら言葉を漏らす。

 ……だが、傷は何も変わってはいなかった。

 たったひとつを除いて。

「はは……上出来じゃねぇか」

 左胸の、皮膚。
 そこの擦り傷だけ、傷が治っていた。

「やった……じゃねぇか」
「ありがとう……でも……」
 そうだ、黒い波動に侵された箇所は、テクニックでは治療できない。分かりきっていたはずのことだった。
 そこで、また地面が激しく揺れる。もう時間がないことを、告げていた。
「おい、先生」
 駆け寄ってくるアルファに、ランディは声をかける。
「うちの姫さんを……連れてって、くれるかな」
 アルファは無言で頷いてすたすたと歩み寄り、アナスタシアを後ろから羽交い締めにした。
「な、なにを!」
「……助かる命を助ける……それがガーディアンズ……。先生、そう教えてくれたよな?」
「……そうです。アナスタシア、あなたの気持ちも分かります。ですが、ランディの気持ちも痛いほど分かります」
「離して、離してくださ……!」
 ばちっ、と弾ける音がした。同時に、アナスタシアの四肢から力が抜ける。
「!?」
 アナスタシアの胸部からだらりと垂れ下がるケーブルが、火花を散らしていた。
「リミッターを外した状態で、あれだけ長時間活動してたのです。フォトンリアクターが活動限界を超えてもおかしくありません……私の力では、アナスタシア1人を連れて帰るしか……」
「嫌です……嫌です、嫌です! わたくしはランディから離れません! 一緒にこのまま、落ちます!」
 だが、アルファはその手を緩めない。ランディも、いつもの顔でただ見つめていた。
「嫌です! ランディ! ランディぃぃぃぃぃぃっ!」
 アルファが体を引きずって歩き出す。アナスタシアは、ゆっくりと引き剥がされてゆく――。
「……ああ、アナスタシア」
 ランディが呟いた。それから地面に右手をついて、左手をついて。無理やり上体を起こしてゆく。
「――ああ、レスタのお陰で……かなり楽になった……みてぇだな」
 その独り言を、2人は内心否定する。
 ファビアのギ・レスタも効果がなかったのに、アナスタシアのレスタが効果を及ぼすはずがない、と。

 つまり。

 ランディは、アナスタシアを気遣っているのだと。無理をして立ち上がろうとしているのだと。PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる半世紀の終りに〜 universe73 最期の時に
 すぐに分かった。

「……アナスタシア……」
 ランディはゆっくりと右膝を立てて、次は左膝を立てて。
 立ち上がる。
 両膝ががくがくと震えていても。
 それでも彼は立ち上がる。
「……」
 それを茫然として見つめているアナスタシアに、一歩、一歩、ゆっくり確実に歩いてきて、目の前で立ち止まった。
「……ありがとな」
 ランディは、震える両手を、言葉通り死力を尽くして伸ばして。
 アナスタシアの小さな顔を、そっと両手で包み込んで。
「ランディ……」
 潤んだ瞳と震える声で自分の名前を呼ぶ、愛しい存在の頬を撫でて。
 大切なものに対する優しい手つきと、温かい視線の微笑みで見つめてから。
 それに自分の顔を近づけて。

 その唇に、自分の唇をそっと重ねた。

「――!」

 地面がまた激しく揺れた。
 その振動に、ランディは力を無くしたように、そのまま地面へ倒れてしまう。うつ伏せに地面に突っ伏したまま、口を開いた。
「先生……行ってくれ……俺の気が……変わらねえうちに……!」
 それにアルファは答えず、静かに頷いて。またアナスタシアを引きずって、歩き始めた。
(――ヴァルキリー……ごめんなさい……)
 アルファはバーバラの機械に繋げられた生命維持装置に目をやって、心の中で謝った。機械に繋げられた装置は、どうやっても開けることも外すこともできなかったのだ。
(ウィンドも……ごめんなさい……)
 今からでは、ウィンドと戦ったあの場所へ戻ることはもうできない。それに倉庫ブロックは全て、切り離されることが決まっている。
 一度に3人もの仲間を見捨てなければいけないという事実に、アルファは心が押しつぶされそうになっていた。

 ガーディアンとなってから、ずっと数えきれないほどの新人研修を担当してきて、同時に数えきれないほどの殉職者を見送ってきた。

 ――もう、こんな思いはしたくないのに。
 何故、また――!

 アナスタシアは揺れの中で我に返って、ぶんぶんと大きくかぶりを振る。
「いやです……いやです! これで終わりなんて! まだ、これからなんです! わたくしたちは何もしていない! もっと一緒に任務に行きたい、もっと一緒に話がしたい! もっともっと、いろいろとやりたいことがあるんです……ッ!」
 アナスタシアは銀の髪が乱れても気にせず、子供のように喚き散らす。だが、体は動かない。
「いやです! ランディ! ランディ……!」

 やがて、アルファとアナスタシアが視界の遥か向こうに消えて。

 ランディは落ち着いたように、ゆっくりと大きく息を吐いた。
 強がって立ってはみたが、体のあちこちが悲鳴を上げている。これ以上動かす気力は、無い。

「さて……」
 体をよじって、なんとか仰向けになる。それから震える指先で葉巻を取り出し、火を付けた。
 ゆっくりと吸ってから、吐き出す。
 慣れているはずのその動きさえ、今は苦しかった。
「……いつも仲間を……見送るだけだったが……見送られる側は……こんな気持ちだったんだな……」
 ばたり、と葉巻を持っていた手が、倒れた。力を入れても動かない。取り落とした葉巻の火種が皮膚に触れているのだが、痛みもない。皮膚が焦げる嫌な匂いも感じない。
「アナスタシア……」
 それだけ言って、その後は口をぱくつかせた。
 もう、彼には話すことすら、不可能だった。

 ――ああ、思えばこの半年ほど。なかなかできない貴重な体験を多くしてきた。
 よく分からねぇが変な研究をしているあの女のせいで、死にかけるわ……っていうか、今まさに死にかけてるのか、俺は。
 でもまあ……悪いことばかりでもなかった。

 オルハとは短けぇ付き合いだったが楽しかった。イチコ、俺が死んでもオルハが泣かないように見張ってやっといてくれ。

 ファビアとは本音で語り合い理解し合う機会もあったな。ネイには……向こうで会ったら、うまいこと言っといてやるよ。

 先生にもいろいろ世話んなった、一番しんどい役を押し付けてすまねぇ。ヴァルとウィンドに、先生がどんだけ頑張ったかちゃんと報告しといてやる。

 テイルの旦那、嫁さんと仲良くな。あんたとは向こうでは会える気がしねぇが、もし会ったら飯でも食おう。

 ルディ、じっちゃんと仲良くな。お前とは一回ぐらい飲みに行きたかったぜ。

 エレナ、ラファエル、シロッソ、アンドリュー……これからも仲良くな。もっと任務でご一緒したかったぜ。そういやぁ、メァル姫とは任務に行く機会がなかったな。

 おっかさん……長ぇ付き合いだったが、これで終わりだ。いつか向こうで会ったら、また酒でも飲もう。

 そうだパティ、お前はどうなったんだろう。向こうにいるなら、たまにはあいつの言うことを聞いてやるとするか。

 そして――アナスタシア。

 運命とはよく分からんもんだ、まさかこういう形で再会するとはな。
 もっと一緒に居たかったぜ。
 抱きしめた時の僅かなバニラの香り、小さく波打つ鼓動、少し震えた柔らかい唇。
 もっと味わっていたかった。
 もっといろいろなことを共有したかった。

 けれど……もう……。

 ――ランディは、走馬灯の中に漂いながらも、声の出ない口をぱくぱくと動かす。
 言葉を紡ごうとする。
 だが、声は発せられることはない――。

(……あ・い・し・て・る)

 がくん、と地面が大きく揺れた。ごごごご、と断続する揺れと、激しい音。このブロックが切り離された音だ。
 重力発生装置の効果が消え、ランディの体は無重力に弄ばれくるくると回り始める。瓦礫や壁が浮かび、ゆらゆらと飛び回る空間で、ランディは漂っていた。
 不意に、がくん、と全体が揺れる。どうやら、惑星の引力に完全に引っ掛かったらしい。ゆっくりと動きが変わり、一方向へと引っ張られてゆく。
 青い星、パルム。
 コロニーの残骸は、重力に従ってそちらへ向かっているようだった。すぐに酸素が薄くなってきたが、ランディはすでに空気を必要としてはいなかった。

 少しだけ微笑んだ表情で、僅かに瞳を開いたままで。

 すぐに瞼がゆっくりと重くなってゆき。

 それに逆らうことはできずに。

 だから、ランディは。

 ……ゆっくりと、ただゆっくりと。

 ……瞳を閉じた――……。

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注意事項

※この物語は株式会社セガが提供するオンラインゲーム「ファンタシースターユニバース」を題材としたフィクション(二次創作物)です。世界観、固有名詞、ゲーム画面を使用した画像など、ゲーム内容の著作権は株式会社セガにあります。
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