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PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる時の半世紀の終りに〜 universe68 覚醒

 ガーディアンズ・コロニー、14:15。
「……」
 ウィンドは、自分の吐息だけを感じていた。
 視界が僅かに暗いが、これは照明が暗いだけではなく自分の意識の問題であることぐらい、分かっていた。
「く……何故……」
 耳元で声が聞こえた。
 ラ=シークの声だった。
「バーバラ……謀りましたね……」
 ラ=シークは、ウィンドに向き合った状態で彼に倒れこむように立っていた。だらりとぶらさがった両手には愛用の杖が持たれていたが、からからん、と音を立てて右手の杖が地面へと落ちた。
「よくやった、ウィンド」
 ウィンドはバーバラの声を、どこか遠く違う世界、まるでテレビから流れ出る音のように、ここにありながらここにないような、そんな感覚で受け止めていた。

 ――ラ=シークの背中からは、2本の剣先が飛び出していた。

「……」
 ウィンドの剣を持つ手に、剣身を伝ってラ=シークの血が垂れ落ちてくる。じわじわと伝わってくる、わずかに生温かい感触。
「バーバラ……っ……、ここまで研究を進められたのは……誰のお陰だと……思って……」
「ひははあっ、そらもちろんラ=シーク、あんたのお陰さ。せっかくだから、この大イベントにもあんたの力を貸して欲しいと思ってね?」
 バーバラが欲しいおもちゃを手に入れた子供のように笑いながら、悪びれることなく言い放つ。
「それは……どういう……」
「"生贄"さ。人の歴史を辿れば、古代から人の命を捧げるのはよくある話だろう。復活の儀式に生贄を使うことで、封印の解除を助けるわけだ」
「……くっ……」
 その言葉を聞いていないかのように、ラ=シークは両手でウィンドの肩を掴むと、ゆっくりと押した。体から剣がゆっくりと抜けてゆくが、ウィンドはそれに反応せず、ただ呆けた顔でどこか遠くを見ているだけだった。
 ラ=シークは強引に剣を引き抜くと、ゆっくりとバーバラに向き直った。
「くそ……ニューマンのくせに……!」
「本音が出たね。あんたがそう思ってるだろうことなんて、最初からお見通しなのさ」
「そうですぞ……妻を殺したのもニューマンだった……」
 ラ=シークは両手を上へと大きく広げると、天を仰いで咆哮する。
「何故だ!? ヒューマンは一番優れた種なのだ! 何故こうなるのだ!?」
「種族なんてどうでもいいじゃないか。私は技術でそれを越えられるというのを証明してやったろう?」
「バーバラ……っ!」
 ラ=シークが充血した目でバーバラをぎょろりと睨みつける。バーバラはそれに動じることなく、腕を組んで静かに続けた。
「いや、あんたは立派なパトロンだったよ。世間から認められない時期も私に協力してくれた。その恩は忘れないよ」
「その仕打ちが……これ……なのですか?」
「仕打ち? 何を言っている。重要な最後のメインイベントにお前を参加させてやってるんじゃないか。お前が死ぬことでダークファルスは復活する。何か問題があるか?」
 バーバラがいやらしい薄笑いを浮かべながら言うのを、ラ=シークは腰を落として胸を抑えながら睨みつけていた。まるで言葉ではなく視線で全てを伝えようとでもしているかのように。
「バーバラ……っ……」
 ラ=シークは一歩一歩ゆっくりと踏みしめながら、バーバラに向かって歩き出す。重い体を無理やりひきずって、歩いてゆく。
「お前の気持ちは無駄にはしない。ダークファルスは甦り、お前が嫌うこの世界を全てぶち壊してやる。それ以上に何か必要か?」
 ラ=シークは足をひきずりながら一歩ずつ歩を進め、バーバラへと向かってゆく。
 胸から流れる血をそのままに。口からこぼれる血をそのままに。
 ただ、バーバラへ向かって歩いていた。
「くっ……ヒューマンは優れた種だと、何故分からないのです……っ!」
「へぇ?」
 ラ=シークが絞り出す言葉に、バーバラは興味なさそうな相槌を返す。
「くそ……っ……、ヒューマンは……優れた……種……っ!」
 バーバラまであと1メートルほどまで近づいて、ラ=シークはその歩みを弱めた。
「……くそ……っ、……くそ……っ!」
 途切れ途切れの言葉を吐き出しながら、ラ=シークはがくりと腰を落とし、地面に片膝をついたままうつむいた。それからゆっくりと顔を上げて、貫くような視線をバーバラに向ける。左手の杖を振り上げるが、そこで動きが止まる。
 バーバラは、薄笑いを浮かべた顔で見下ろしたままで動かなかった。
「……く……そ……っ……!」
 途切れる声を発してから、ラ=シークはそれ以上動くことをやめた。瞳を絶望の色に染め、見上げたままで。
「……ふん」
 それからたっぷり1分ほど待ってから、バーバラはつかつかとラ=シークに歩み寄る。ぶん、と右手を振りかぶってから、その拳を顔面に叩きつけた。支えるもののないラ=シークの体はその勢いに従って、ぐらりと揺れて地面に倒れる。
 倒れたラ=シークの体を、バーバラは何度も踏みつけた。まるで我を忘れたかのように、何度も、何度も。
「ははッ! くだらないことにこだわるから、こういう目に合うのさ!」
 ピピッ、と並べた機械のひとつが小さな音を立てるのに、バーバラは振り向く。上気する息をそのままに、近づいてディスプレイに向き合うと、ふむ、と唸ってみせた。
 画面に映っているのはここ周辺の地図で、ここへと降りてくる存在をレーダーは感知していた。滅多に人が来る場所ではないし、こういう状況ということもあって気にしていなかったのだが。
「――信号、赤。ガーディアンズが感づいたか……?」
 呟いてから、バーバラはため息に近い息を吐く。この慌ただしい状況下で、好んでこんな所に降りてくる奴がいるとは思えない。
 となれば、考えられるのはガーディアンズ。アナスタシアのメインメモリにもコナンドラム討伐任務の情報があったし、バーバラたちを探し回っている可能性は高い。
「ウィンド、様子を見てきてくれ」
 バーバラは振り向きながら、立ち尽くしたままのウインドに声をかける。だがウィンドはそれに答えず、ただ虚空を見つめたままだった。
「……」
 ウィンドは、茫然自失として立ち尽くしていた。
 ガーディアンズに入隊して1年。いろいろな相手と戦ってきた。いろいろな任務に派遣された。

 ――だが、人を殺したことは一度も無かった。

 剣を通して伝わる脈打つ肉体。
 刃を突きたてられた瞬間に見せる、大きく開かれたまぶた。
 バーバラはつかつかと歩み寄ると、後ろからウィンドの尻を思いっきり蹴り飛ばす。
「! ……?」
 それでウィンドは我に返り、呟きながら振り向いてバーバラと目が合う。
「バーバラ様……」
「ウィンド、出番だよ。誰かが接近してきているようだ。様子を見てこい」

 ……そうだ、そうするしかない。

 これが自分の選んだ道なんだ――。

 ウィンドは剣をナノトランサーに放り込んで、狂気を孕んだ笑顔を見せる。
「……了解っス」
 それから静かに言うと、振り向きもせずに地面を蹴って駆けだした。

 ガーディアンズ・コロニー、14:15。
「やばいな……もう始まっているのか……?」
 ガーディアンズ・コロニー1階のセントラルパークに降りてきて、シロッソが辺りを見回しながら呟いた。
「――レリクスで感じたのと同じ、黒いフォトン……!」
 その声に、エレナも見回してから言った。ラファエルとメァル、それにアンドリューは足を止め、そのやりとりを聞いていた。
「ふむ……確かに流れてきておるの」
 メァルもフォトンを感知して、頷いていた。
「お嬢、おそらく倉庫ブロックだと思うんだが、どうだ?」
「ええ、そこから沸きだして来ているのは間違いありません……メァルお姉様はいかがです?」
「うむ。間違いなさそうじゃ」
 3人のフォトン知覚には、どす黒い流れがはっきりと見えていた。それは煙が漏れているのに近い。ダークファルスの持つ黒い波動に犯されたフォトンが溢れて来ているのだ。
「よし、それでは早く最下層へと向かおう」
 ラファエルの声に頷き、一同はまた走り出した。

 ガーディアンズ・コロニー、14:15。
「あれは……」
 アナスタシアたちは3階へと降りて、遠くに2つの人影を見つける。立っている者と、座っている者。立っている方の後姿には、見覚えがあった。
「ファビア!」
「……アナスタシア?」
 アナスタシアたちが声をかけながら駆け寄るのに、ファビアも気づいて振り向いた。
「無事だったのですね、良かった」
「はい。他の方々は?」
 ファビアはテイルとイチコに視線を向けてから、不思議そうに聞いた。
「エレナ隊がすでに捜索に向かっており、ランディと先生とオルハが、本部に寄ってから合流する手筈になっています」
「そうだったのですか……」
「……にしても、壮絶な戦いだったのでしょうね」
 アナスタシアはそこに座ったまま絶命しているイオリに視線を向ける。その腹部と手に持たれた短刀に気づき、状況を理解した。
 周囲の床や壁は、まるで彼を中心に花が咲いたかのように、氷に包まれていた。それが棺とでも言うかのように。
「……ええ。潔く、立派な方でした」
「非常に手強い相手だと聞いていました」
 アナスタシアは無言で頷いてから、その亡骸にそっと手を合わせる。それに倣って、イチコとテイルも手を合わせた。
「……早くコナンドラムを……いえ、ダークファルスの復活を止めなければいけませんわね」
「あ、エレナ隊が最下層の方へ向かっているみたいだよ?」
 アナスタシアが独りごちるのに、イチコが端末を見ながら言った。
「ええ、フォトンの流れから察するに、ダークファルス復活は倉庫ブロックで行われているのではないでしょうか」
「なるほど、確かにこの混乱の中じゃ警備は手薄だろう。考えたな」
 ファビアの声に頷いて、テイルが言う。
「それでは、急いで向かいましょう。最下層へ!」
 一同は顔を合わせてから深く頷いて、走り出した。

 ガーディアンズ・コロニー、14:20。
「倉庫ブロックだぁ?」
「ええ、そうよ。本部がわずかな熱源をとらえていたわ」
 アルファは、先行するランディの驚く声に答えた。
「なるほどな、確かにそっちならあまり人もいないだろうからなァ」
 それにルディが答えて、頷いた。
 ランディたちはルディと合流し、3人は長い縦穴を下っていた。腕輪から伸びるワイヤーを使って一気に降りてゆく。
 ここは、ガーディアンズ本部から居住区へと張り巡らされた、直通エレベーターのひとつ。ここを降りるのが最短と判断したのだが、生憎この騒ぎで完全に機能を停止していたため、そのままエレベーターシャフト内を下っていた。
「そら確かにこっちの方が早いだろうな……っと、ここか」
 ランディは下る速度を緩めて、落下を止める。それからドアを蹴りつけて歪ませると、隙間に指を突っ込んで強引にこじ開けた。
「よっと。ほら、先生」
 先に降りたランディが手を伸ばして、アルファの手を引いてやる。
「おい、俺は?」
「悪ぃがそんな趣味はねぇよ」
 おどけてルディが言うのに、ランディはにやけて返した。
「ありがと。……しかしまあ、ここも広いわね」
 薄暗い中を見渡して、アルファは呟いた。
 居住区の地下は、生活に必要な物資を置く倉庫や、機能維持のための設備がある場所だ。頻繁に人が出入りする場所ではないがコロニーの機能維持に直結するため、普段はそれなりの警備体制が敷かれている。だが、この混乱した状況では、警備体制はまったく機能していなかった。
「だからこそ、やつらにはうってつけだったンだろうな」
 それにルディが頷く。だがランディは1人、複雑そうな顔で辺りを見回していた。
 ――第3倉庫、Dブロック。以前ジャッキーと戦ったブロックの隣だった。忌まわしい記憶を思い出した、あの戦いが行われた場所の近く……。
「……」
「うん、通信網はなんとか生きてるみたいね……。熱源反応は相変わらず、ここで間違いないようね」
 アルファが言って、端末の画面を皆に向ける。ルディが覗きこんで、「便利だねェ」と呟いた。
「?」
 だが、ランディはそれに気づかないようで、奥を見つめたままで立ち尽くしていた。
「ランディ? どうしたの?」
 それにアルファは不思議そうな顔で覗きこむ。ランディはそこでやっと我に返って、「悪ぃ」とだけ言った。
「……? まあいいわ。熱源反応はここから少し行った所よ。急いで向かいましょう?」
「――そういうわけにはいかないっスよ」
 不意の声に、3人は弾かれたように顔を上げた。
 わずかな光を反射する眼鏡と、短くまとめられた栗色の髪。細い体躯にまとった黒いジャケットとパンツは、赤黒い血の染みがべったりとついている。その両手に握られるのは、黒く光る一対のフォトンセイバー。
「ウィンド……ッ!」
「ランディさん、先生、ルディさん。悪いけど、ここを通すわけにはいかないっス」
「そこをどけ、ウィンド。お前とは戦いたくねぇんだ!」
 ランディが叫ぶが、ウィンドはそれを気にせずゆっくりと右手を上げ、その剣先を3人に向ける。
「ダークファルスの復活を、邪魔させるわけにはいかないっスよ」
「……!」
 禍々しく微笑むウィンドに、3人は心底ぞっとする。そこにはもう、彼の面影は残っていなかった。

 あるのは、狂気。PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる半世紀の終りに〜 universe68 覚醒
 不純物を一切含有しない、純粋な狂気。

「おいおい、ボーズ……どうしちまったンだ!? 自分が何を言っているのか、分かってンのか!」
「――分かってるっス。ダークファルスが復活すればヴァルキリーが甦る……それだけっスよ」
 ルディは唖然とした顔でアルファへ視線を向ける。アルファは目を伏せて、静かに頷いた。
「馬鹿野郎……ッ!」
 ルディがラコニアセイバーを抜いて構える。だが、その目の前にアルファの右腕が差し出され、それを制した。
「……?」
「……ここは私が。2人は先に行って」
「! おい先生!」
 ランディとルディが驚いた顔で振り向くのに、アルファはウィンドを見つめたままで静かに続ける。
「ダークファルスを封印するには、"赤の剣"が絶対必要になるわ。だから、それを持って先に行って」
「おいおい冷たい事言うなよ、俺だってやれ……」
 アルファがゆっくり振り向くと、その人差し指がそっとランディの口をふさぐ。突然のことにランディは言葉を失い、何もアクションを取ることができなくなっていた。
「……あのね、ウィンド君は私の教え子なの。生徒に適切な指導をするのも、先生の役目……分かった?」
「……」
 ランディは納得がいかないような顔でうつむいてから、ルディに視線を向ける。彼もまた納得のいかない顔だったが、セイバーをナノトランサーに放り込んでから、両手を広げて首を横に倒した。
 ランディはそれに頷くと、アルファへと視線を戻す。その目を見つめ返してから、続けた。
「……分かった。死ぬなよ」
「ええ、2人もね」
「ちょっと待つっス。ここは誰も通すわけにはいかな――」
 ウィンドは走り出す2人に気づいて、その前へ立ちふさがろうとする。だが、その手前で床の表面が弾けた。慌てて顔を上げると、アルファが愛用の銃を構えて、こちらに向けていた。
「――ウィンド君、あなたの相手は私。よそ見をしている場合じゃないわ」
 それにウィンドは小さく舌打ちしてから、覚悟を決めたように剣を構えた。
 アルファは大きく息を吸ってから、続ける。
「――ウィンド君と手合わせするのは、久しぶりね」
「先生……俺は、昔の俺とは違うっスよ」
「……ええ、期待しているわ」
 言ってアルファは屈託なく微笑む。それは戦いに向かう者の顔ではなく、教え子との再会に喜ぶ師の顔だった。
「準備はいい?」
「先生こそ……行くっスよ!」
 言った途端に、ウィンドの姿が霞がかって消えてゆく。
(――!)
 アルファは我が目を疑った。ウィンドの速さは、すでに人間の目では追えないというのか……!
「はぁッ!」
 次の瞬間、ウィンドはアルファの右斜め後ろから、右の剣で上段から切りかかる。アルファは振り向きざまに右手を突き出し、銃身でその手首を叩く。充分左側に押しのけてから、そのまま右手を右へとシフトさせ、胸の前に。すぐに引き金を引く。
 ウィンドも負けてはいない、それに反応して体を右によじらせながら、左手を引く。そしてそのまま突きを放つ。アルファは後ろに大きく飛び退いて、それをかわす。
「……速くなったわね」
「先生こそ、さすがっス」
 ……あまりに、速すぎる。
 今のウィンドには、ためらいというものが無い。今の彼は明確な目標が目の前にある。それに対する強い想いが、ためらいなど微塵もない攻撃を可能にしている。
「――でも、あまり良くないわね」
「……?」
 アルファがかぶりを振って言うのに、ウィンドは首を傾げた。一体何が言いたいのか、分からない。
「私たちが剣を振る理由はただひとつ。"守るため"よ!」
 アルファは穏やかに、しかし鋭い言葉を紡ぐ。その表情はあまりにも悲痛で、叫ぶ声は心からの訴えだった。
「ウィンド、お願いだから目を……目を覚ましてください。あなたの剣には憎悪しか宿っていない!」
「うるさい、うるさい、うるさいっス! 俺に力があれば、ヴァルキリーは死なずに済んだんス! だから俺は全てを捨て、力を手に入れるんっス!」
 ウィンドは目を閉じて首を左右に振ってから、地面を蹴った。あまりの速さに、アルファは一瞬反応が遅れる。
 正面からの突貫、そして的確に心臓をねらった突き。アルファは両手を目の前で交差させる。銃身で剣身を弾き、上にそらそうとする。
「!」
 だが、鈍い痛みが体を貫いてゆく。ばちばちとシールドラインがフォトンの火花をあげる。
 剣先は完全にそらされるより先に、左肩を貫いていた。
「……うふふ、お見事」
 アルファは唾液を飲み込みながら、肩からセイバーが引き抜かれる激痛を感じていた。そのウィンドの視線はどこか虚ろで、それでいて鋭く、アルファを見下している。
 だから、アルファは胃酸交じりの唾液をもう一度飲み込んで、覚悟を決めた。

 ……いや、決意した、と言った方が正しいかもしれない。

 本気でやらなければ、この愛する生徒に殺されてしまうから――!

「ウィンド……あなたは立派な生徒です。決して目立つわけではありませんでしたが、非常に真面目で優しい心を持っていました。その成長を目の当たりにできて、心から嬉しく思っています。……ですが、そのあなたが私の行く手を阻む日が来るとは、夢にも思っていませんでした」
「……」
 そこでアルファは、ぐっ、と一歩踏み出した。それから両手を突き出し、その銃口をウィンドに向ける――。
「ならば、その想いに応えましょう……私の左手は貴方に愛を与えるために、私の右手は貴方に罰を与えるために! 全ての力を以って! 再・教・育させて頂きますッ!」
 アルファが地面を強く蹴って、勢いよく走り出す。その速度は、先ほどとは比べ物にならない。
 彼女もまた、愛するがあまりに捨てたのだ。

 "躊躇い"を。

「!」
 予想外の速さに、ウィンドの反応がわずかに遅れた。アルファはそれを見逃さず、勢いを乗せて右の銃の台尻で殴りかかる。ウィンドはそれを左の剣で弾く。
 さらにアルファは腕を振り抜きながら、引き金を引く。弾丸は二の腕に当たり、ウィンドはわずかに顔をしかめた。
 続けて今度は左だ。頬に向けて殴りかかり、引き金を引く。ウィンドは上体を後ろにそらし、それをかわす。
 ウィンドはそのまま右足を大きく後ろに引いて、体重を移動する。
「はあぁぁぁッ!」
 叫びを響かせながら、彼は飛ぶ。勢いを乗せて右手の突き。アルファは銃身で外へそらす。
 続いて左、それからさらに右。間髪を入れずに襲いかかる。
「く……!」
 想像以上に早い連撃に、アルファわずかにひるんだ。銃身を使ってわずかにそらすだけで精一杯だった。
「先生、どうしたっスか!? さっきの気合はどこにいったんスか!?」
「……」
 アルファは、あえて黙っていた。
 だが、それは絶望の沈黙では無い。いつもと変わらない、冷静で穏やかな表情をしていた。
 もしウィンドが冷静であれば、その意味に気づいたかもしれなかったが、彼はまるでマシンガンのような連撃を繰り出すことに全ての力を注いでいた。
(……力を貸して……"K・K")
 アルファはウィンドの攻撃を受け流しながら、小さく口を開きだす。
「……その冷たい息吹で、全てに静寂を導いて……」
「?」
 ウィンドは、ここで初めてわずかな異変に気づく。
 ……空気の流れがおかしい。アルファを中心に、何かが渦巻いている感覚……!
「ギ・バータ!」PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる半世紀の終りに〜 universe68 覚醒
 ぎぃん、と澄み切った音が響く。
 いや、音というより振動波に近い。
 ウィンドの目の前が、真っ白になった。体中を冷たい激痛が切り刻んでゆく。
「な……!」
 ウィンドは慌てて後ろに飛び退くと、自分の体を見下ろして、あちこちが切り刻まれていることに気づく。それからアルファに視線を戻して、その光景に衝撃を隠せなかった。
 アルファを中心に、地中から何本もの氷の剣が飛び出していた。長さ2メートル以上もある鋭い刃、それが体を切り裂いた原因だった。
「……内緒なんだけどね、私、"ガンテクター"なのよ」
 氷の剣が霧散してゆく中、いつものように微笑みながらアルファは言った。
 ガーディアンたちにもさまざまな個性があり、戦闘スタイルはその素養により様々な形態を取る。ガンテクターというのはそういった称号のひとつで、銃器の扱いに長けながらもテクニックの素養も持ち、それらを組み合わせた戦いをする者たち……それを畏敬の念をこめて"ガンテクター"と呼ぶのだった。
「……!」
「"敵を欺くにはまず味方から"、驚いた?」
 これはウィンドにとって大きな誤算だった。銃器しか扱わない相手は至近距離にへばりつき、その武器のメリットを殺してしまうのが一番の攻略法だ。だが、アルファはただでさえ格闘術を持っているというのに、おまけにテクニックまで使えるとなると話がまるで変わる。
「この銃……"K・K"は、私が自分用にカスタムチューンしたの。テクニックの媒体としての力も持っているのよ」
「ふふ……さすがは先生っスね、そんな手札を隠し持ってるとは……!」
「切り札は最後まで残しておくものよ。――炎をつかさどるフォトンよ、裁きの力をこの銃に……アグタール!」
 赤いフォトンがアルファの両腕を包み込む。その淡い光は、まるで彼女の中の熱い気持ちを形にしたように見えた。
「さあ、ウィンド、まだこれからよ」
 アルファの体が、一直線に飛び出した。ウィンドは反応して剣を構える。
 だが、ウィンドは予想外の出来事に唖然としたままだった。

 ……勝てる気がしない。

 例えるなら、幼い頃に親に怒られた記憶がすりこまれており、大人になっても畏怖を感じ続けるのに似ていた。未熟だった頃の手合わせで何度も土を舐めさせられた記憶――それが今、ウィンドの中で頭をもたげてきていた。
「いぃ……やあぁぁぁっ!」
 アルファがまっすぐに突き出した右手は、一直線にウィンドの胸を狙っている。すぐに、どうん、と銃声が響いた。
 ウィンドは上体を右へそらし、それをなんとかかわして振り上げた右手を振り下す。
 だが、それはアルファにとって計算の範疇だった。振り下そうとした拳が、がつん、とぶつかる。

 アルファの左手に握られた、銃の銃口に。

「――!」
 銃声と同時に、右手に激痛が走る。アグタールの恩恵を受けた銃弾は拳を大きく弾き、指を根元から砕いていた。あまりの衝撃と激痛に、思わず剣を取り落とす。からん、と乾いた響きだけを残して、セイバーは地面を滑って行った。
「うっ……うああぁぁぁぁっ!」
 ウィンドは慌てて左手を大きく凪ぎ払う。恐怖のあまり出した手は、まるで子供のよう。かなわないと分かっていても、手を出さずにはいられなかった。
「ウィンド、いつも言ってたでしょう。……"戦場では、あせった方が負け"」
 左手にがつん、と衝撃が伝わる。今度は右手の銃の、銃口に。アルファはそのまま、引き金を引いた。
「ぐあっ……!」
 銃声が響いてから、からからん、と地面にセイバーが落ちる音が響いた。
「……さ、ウィンド君。これで終わりにしましょう」
 アルファは微笑みながら、静かに言った。
 だが彼女は、完膚なきまでに相手を打ち倒した勝利者の顔など、してはいなかった。
 眉を寄せ、瞳を細めて。痛々しく、悲しさに打ちひしがれて。
 辛い表情で、ウィンドを見つめていた。
「まだだ……まだ終わってないっス! まだこれから……ッ!」
 指が折れているにもかかわらず、素手の右手を振り上げながら、ウィンドは地面を蹴ろうとした、その時。

「――やめなさいッ!」

 アルファの甲高い声が、響いた。
 彼女が声を荒げる事など、珍しく。
 叫んでいた。
「……ウィンド君、もうやめましょう。この戦いは、何も生みません」
「……」
「ウィンド君、あなたは充分強くなった。それで充分じゃないですか。ダークファルスが復活すれば、全ては無に帰します。……ヴァルキリーは、もう……」
 アルファの穏やかな流れるような声に、ウィンドは静かに耳を傾けていた。まるで打ちひしがれたように。
 それから顔をくしゃくしゃにして、両膝を落として地面につっ伏して。
 静かに嗚咽をあげ始めた。

 ガーディアンズ・コロニー、14:25。
「さて……」
 言ってバーバラは、腰に手を当ててその光景を見回した。地面に描かれた大きな魔法陣と、それを囲むように配置された機械たち。
 その中心には、"欲望の箱"と、ラ=シークの死体があった。
「……にしても、薄情だねえ」
 バーバラは誰に言うまでもなく、ぼやく。イオリは到着しているはずだがどこにいるのか分からないし、プルミエールもアナスタシアを倒してここに来るはずだが連絡がない。C4のコピーもこちらに到着している様子は無いし、ウィンドも行ったまま帰ってこない。

 バーバラは今、一人だった。

 それが不自然であることに、彼女は気づかなかった。
 これまでも、恐らくこれからも。

「――まあ、あとはダークファルスを復活させるだけだ。別に構わんが……」
 独りごちて、バーバラは一番大きな機械の前に立つ。ひときわ目立つ赤いスイッチを軽く押し込んだ。
 がががが、と機械たちが妙な振動を始める。それからヴン、とエンジンでもかかったかのように、数メートルほどの高さに地面に描かれたものと同じ魔法陣が浮かびあがった。
 それに吸い込まれるかのように欲望の箱が浮かびあがり、魔法陣へ飲み込まれてゆく――。
「さあ、今こそ復活しな、ダークファルス! この下らない世界を全て、お前に破壊させてやろう!」
 ばちっ、と何かが弾けるような音がした。欲望の箱の蓋が大きく開き、箱は地面へと落ちる。中から黒い霧のような塊が飛び出したと思うと、一気に膨張し始める。
 黒い霧の中から、大きく細い腕が突き出す。その腕はラ=シークの体を掴むと、そのまま霧の中へと戻っていく。それからばきぼき、と骨の折れる嫌な音が響く。
 からん、と音がしてラ=シークの杖が、転がった。血にまみれた杖は、元々赤かったその色をより赤く染めていた。
『――我を呼び起こす者は、誰ぞ。』
 地が震えるかのような、くぐもった太い声。聞くだけで背筋を凍らせるような、恐ろしい声――。
「私だ。今日はいい天気だな、復活するにはいい日じゃないか?」
 だがバーバラは動じることなく、いつもの口調で言う。
『ああ……違いない。"合"が過ぎたにも関わらず、封印をほぼ完全に解いたことは高く評価してやろう……。』
「ほう、じゃあ評価ついでに頼みを聞いてくれるかな?」
『……? 言ってみろ。』
 それにバーバラはにやり、と笑って続ける。
「なに、簡単だ。私を"深淵なる闇"にもっと近づけろ。そして、この世界を破壊する力をよこせ」
『ふはっ。』
 その言葉に、邪神が吹き出した。
『面白いことを言うやつだ。目的はなんだ?』
「この世界を滅ぼすこと――どうだ? 悪い話じゃないだろう?」
『――なるほど、お前もまた、"素質"を持っているということか。いいだろう、我と共に来い。』
 言って、黒い霧の中から手が伸びる。それが近づくのをバーバラは見つめていた。薄笑いを浮かべたままで。
 大きな手が、バーバラの体を掴む。
 そしてその手はそのまま、黒い霧の中へと消えて行った――。

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注意事項

※この物語は株式会社セガが提供するオンラインゲーム「ファンタシースターユニバース」を題材としたフィクション(二次創作物)です。世界観、固有名詞、ゲーム画面を使用した画像など、ゲーム内容の著作権は株式会社セガにあります。
※小説作品としての著作権は勇魚にあります。
※登場する団体名・地名・人物などは、実在する名称などとは一切関係ありません。
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