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PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる時の半世紀の終りに〜 universe67 絶望と希望の刀を

 ガーディアンズ・コロニー、14:10。
 ファビアとイオリは対峙したまま、静かに立っていた。ゆらめく炎がそんな2人を赤く照らしていた。
「――こんな事を続けるのに、何の意味があるんです?」
 ファビアがゆっくりと口を開いて、聞く。
「意味……? なかなかに面白い事を言う。貴様は何かを考えながら呼吸をしているのか?」
 イオリはファビアの言葉を鼻でせせら笑ってから、続ける。
「拙僧にとって、戦いはそれと同じ。生きるために必要な――要素」
「……そこまで言うのですか。しかし、勝負はすでに見えているんです。この間の私とは、違う」
 ファビアはぐんと杖を振りかざし、ゆっくりと構える。杖頭からは白いオーラが揺れ、末端からは氷の冷気がゆっくりと沸き出ていた。
「ほほう……この短期間でさらなる力を身につけたか――侮れんな」
「背負っているものが、あなたとは違うんです。両親の想い、信念……そしてネイの業を、私は背負っていますから」
 ファビアが静かに噛みしめるように言う。
「――御託を並べるのは、もうよかろう? 拙僧は貴様と一戦交えたいと、うずうずしているのだ」
「……この戦いに、意味などありません」
「拙僧にはあるのだよ!」
 言ってイオリの体が、さっと空気に溶け込むように消えた。
(……)
 だがファビアはそれに動じる様子を一切見せず、杖をかざす。氷のフォトンが潰れた六角推の盾を瞬時に形成した。
 ガキィン、と激しく響く音。
 ふっ、と姿を現したイオリの振り下した剣が、盾に受け止められていた。
「む……氷の盾もなんという硬さ。かなり精進しているな」
「"この領域は御霊代(みたましろ)――神奈備(かんなび)は此処に"……レグランツ」
「!?」
 イオリは予想外の展開に、咄嗟に飛び退いた。
(何……氷の盾を維持しながら、光のテクニックを――!?)
 ファビアの前から、高エネルギーの波が吹き出してゆく。まるで間欠泉が湯を吹き出すが如く、光の霧がイオリを襲う。
「くっ……」
 イオリは、慌ててさらに後ろに飛び退く。
 光のテクニックを見たことが無いわけでもないし、扱う者と対峙したことが無いわけでもない。威力もどの程度か知っているし、食らえばどうなるかも想像がつく。

 ――だが、"勘"は告げたのだ。
 "決してそれを食らってはいけない"と。

 自分の知っている"それ"とは比べ物にならない、と――。

「……!」
「以前の私は、テクニック詠唱の最中に大きな隙があり、それを埋める術を持っていませんでした。……ですが」
 ファビアはロッドを大きく振り上げる。
「光のテクニックは、とても神聖で神々しい光を放つ。相手に近づく事を躊躇させる手段を得た事で、私は余計な戦いを回避することができるようになったのですよ――"さあ、私に身を捧げてください――修祓(シュバツ)を捧げます"……グランツ」
 ファビアの杖先に、大きな光の球が現れる。すぐに直径1メートルほどの球体が完成し、光の矢となりイオリを襲う。
「!」
 イオリはとっさに飛び退く。肩口をわずかにかすめて、ごぅと唸りながら矢が飛び去って行った。
「なんだと……?」
 肌が、ちりちりと痛む。
 ふと自分の体を見下ろして、イオリは愕然とする。
 2ミリほど、皮が削り取られていた。まるで鋭利な刃物で削いだかのように、綺麗に切り取られている。余裕をもって回避したはずなのに。

 ……これを正面から受けようものなら、どうなるというのだ――?

「貴様……なんという恐ろしい力を手に入れたのだ……!」
「日々の精進と、正しい信念と――ネイのお陰です」
 イオリは、まるで氷が全身を這っているような感覚に呑みこまれていた。

 ――今までに戦ったどんな相手より、恐ろしい。

 腕力に物を言わせる相手には、速度を活かした攻撃を見舞ってやった。速度に物を言わせる相手には、圧倒的な力で叩き潰した。戦闘経験豊富な相手には、どんなに汚い手を使ってでも勝った。

 だが、今この目の前に対峙する相手には、そのどれも通用する気がしなかった。

 こんな経験はもちろん、初めてだ。

(これが……追い詰められた者の心理なのか――!)

 どんな危険な状況でも打ち破って生きてきた。数々の戦いの中で自らの技量を磨いてきた。死の淵から生を掴みとってきた。

 それら全てが、通用するとは思えない……!

「……何故だ。何故、貴様はそのように大きな力を手に入れる!」
「――私の信念は正しかった、ただそれだけです」
「ふざけるな! 拙僧は力を手に入れるためだけに生きてきた!」
「――まだ分からないんですか」
 明らかに苛ついた表情で、ファビアが静かに口を開く。
「どうして自分の事しか考えられないのですか! 世界は全て、様々な人々が協力して成り立っている! 様々な人々の想いがそこにある! 何故それに気づかないんですか!」
「拙僧は……拙僧は貴様らのように器用ではない! 物心ついた時から戦場にいたのだ! 親父を殺したあの日から、ずっと力のみを求めてきた――その何が悪い!」
「どうして分からないんですか! あなたもこの世界の中の一人なんです!」
 ファビアの言葉に一瞬呆けた顔をしてから、イオリは口を開く。
「……どういう意味だ?」
「器用とか、不器用とかそういう問題じゃありません。あなたも世の中を構成する要素のひとつなんです! ただそこにいて、耳を傾けるだけで! それだけでいいんです!」
 あまりにも悲痛な、ファビアの声が辺りに響く。それは、怒りでは無かった。
 むしろ、子供を叱るような、相手を信じるが故に出された言葉だった。
 それにイオリは一瞬ためらう表情を見せたが、すぐにいつもの戦いを楽しむ顔へと戻ってゆく――。
「……拙僧も、器用に生きることができたのならば良かったのかもしれない。――だが、もう遅い、遅いのだ! 引くわけにはゆかぬのだっ!」
 言いながらイオリは剣を振り上げて走り出す。

 それはもう、"意地"――。

 それ以外の何物でもなかった。

「ぬおおぉぉぉぉぉっ!」
「――その心意気、受け取りましょう」
 ファビアはゆっくりと息を吐いてから、ロッドを握り直す。
「炎を司るフォトンよ、氷を司るフォトンよ……!」
 ファビアが、両手に持った杖を高く掲げた。
 ぽっ、と左肩付近に炎の球が浮かび、右肩付近に氷塊が浮かぶ。イオリは目の前で行われるそれを、思わず足を止め目を見開いたまま、ただ魅入っていた。
「"宮中三殿(きゅうちゅうさんでん)、祀られしものたちよ"――」
 次に、光の球が額の前へと現れる。炎の球、氷塊、光の球が正三角形の頂点を構成するように、浮かんでいた。
「三位一体となりて目標を包み、我らが主に帰す……」
 ぎん、と鋭い金属音のような音と共に空気が一気に振動を始める。3つの球が一瞬にしてぼっと膨張して混ざり合い、ファビアの目の前で2メートルほどの正三角形を形づくる――。
「――"トリニティブラスター"」
 その三角形の中心から、直径1メートルはあるレーザー状のエネルギーの塊が、勢い良く発射されてゆく。
「!」
 イオリは回避行動を取れない。ファビアが杖を振り上げるのと同時に、目の前が真っ白になった。一体何が起きたのか分からない。奥の壁に突き当たるまで伸びた太いレーザーに全身が包まれていることに気づくまで、たっぷり2秒はかかった。
 慌てて藻掻くが、押し戻される。いわば、滝登りをしているような感覚。足を出しても勢いに押されて前へ進めない。手を伸ばしても押し戻される。
 僅かに足をすくわれ、バランスを崩して上体がぐらついたと思った瞬間。
 強烈な勢いに押し流されていた。
 そのまま吹き飛び、押し流されるように後ろへと転がってゆく。その凄まじい勢いで背中から柱に叩きつけられ、イオリは磔にされたように柱に押し付けられた。
「――これ以上、私に罪を重ねさせないでください」
 切ない表情でファビアが言って、杖を下ろす。やっとレーザーが止まり、イオリは解放された。重力と慣性に従ってゆっくりと体が離れると、そのまま地面へと落ちて倒れた。
「ぐ……」
 イオリは呻きながら体を起こそうとするが、力が入らない。両手を目の前に持ってきて、手を握ろうとするが力が入らない。麻痺しているかのようにわずかに震えている。理屈は分からないが、生命力を吸い取られて力が入らない。
「く……見事……だ」
 イオリが呟きながらなんとか上体を起こすのに、ファビアはゆっくりと息を吐いた。
「――さあ、もう終わりにしましょう。私はあなたが憎くて戦っているわけではないんです。……いい勝負でしたよ」
 ファビアは両手を腰に当てて、静かに言った。
「だからもう、こんな事はやめましょう。争いなんて憎しみしか生みませんから」
 言いながら、ファビアは一歩進み出る。
「……?」
 イオリは、こちらに背を向けたまま座っていた。両肘を腿に乗せて胡座をかき、頭を垂れている。だが、ファビアはそれに違和感を感じずにはいられなかった。
 ……動く意思が感じられない。
 こっちが油断した隙を狙うつもりでも、素直に負けを認めるにしても。それなりの予備動作があるはずだ。今のイオリには、それがまったく感じられない。
「……?」
 ファビアは一歩踏み出して、彼に歩み寄る。もしかしたらこの隙を狙って奇襲をかけるつもりかもしれないが、ファビアには大丈夫だという確信があった。言葉にはできない、雰囲気があったのだ。
「……確保させて頂きますよ」
 ナノトランサーから手錠を取り出し、ファビアはゆっくりと近づく。
 だが、イオリは答えなかった。
「――?」
 ファビアの中で、何かが叫んでいた。
 繰り返し、赤いシグナルが点灯している。
 ぱちゃん、という水が跳ねる音。ファビアは踏み出した足元から聞こえたそれに耳を疑って、ゆっくりと視線を降ろす。
「……!?」
 ファビアの目に入ってきたそれは。

 赤い、血液の海だった。

 ゆっくりと視線をイオリに戻すと、ぐったりとした顔には、すでに生気を感じず、顔色も土色へと変わりつつあった。
「な……?」
 そのまま視線をゆっくりと下に落としてゆき、イオリの手に何かが握られていることに気づく。
 長さ30センチほどの短刀だった。懐刀として、携帯していたのだろう。逆手にしっかりと握られていた。

 そして刃先は、彼の腹部を切り裂いていた。

 深い傷は横一文字に30センチほどの傷を作り、血液があふれ出ていた。傷はとても深く、その奥には内臓がわずかに見えている――。
「なんてことを……! 失われし力よ戻れ……ギ・レスタ!」
 イオリの体を明るい光が包み込んでゆく。一瞬、再生された皮膚は血小板の働きを活性化させ、細胞分裂によりそれを埋めようとした。だが、あまりの傷の大きさにすぐに裂け、すぐにまた血が流れ始める。内臓まで届いたその傷も、治る気配は無かった。
「くくく――これで拙僧の"負け"ではない……戦いで貴様に負けて死ぬのではなく……自分で腹をかっさばいたから……死ぬのだ……くくく……!」
「! まだそんなことを――!」
「まあ……聞け。……拙僧には……戦いしかない。それ以外何も持ってはおらんのだ。その生き方を貫き、そして死んでいく……それが拙僧の……生き方だ」
「……!」
 ファビアは返す言葉が見つからなかった。イオリのその心構えと強い意思に、返す言葉が見当たらなかったのだ。
 彼の人生は戦うことが全て。その中から生を掴み取ることでのみ、その人生を歩むことができる。
 ファビアはその覚悟の量の違いに、何も言えなくなっていた。
「子連れよ……トモエは……無事だろうな……?」
「もちろんです。ガーディアンズ本部の独房に入れてはいますが、健康ですよ――母子共に」
 イオリが明らかに動揺した。目を大きく見開き、眉を跳ね上げてファビアの方へ振り向く。
「……入所前の健康診断で、彼女は身篭っていることが判明しました。トモエ自身もそのことを知らないようでしたが……」
「くく……くっくっく……! あっはっはっは……!」
 彼は、笑っていた。いつもの狂気に包まれていた笑いではなく、心からこぼれ落ちた素直な微笑み――。

 そして、瞳からこぼれ落ちるのは、涙。

「――あなたは、何も持っていないわけではない。誰だって、大事なものをいくつも持っている。それに目を向けられるかどうか――ではないですか?」
「ははっ……違い……ない……気づくのが……遅かったな」
 自分に向けて嘲笑して、イオリの右掌が膝頭を軽く叩く。
 それから彼は、ゆっくりとファビアに視線を向けた。
「……子連れ……お前には……世話になったな……」PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる半世紀の終りに〜 universe67 絶望と希望の刀を
「いえ。私もあなたと手合わせをすることで、様々なことを学びました。あまりにも潔いあなたの生き様には、素直に敬意を表します」
 その言葉にイオリは、口の端をわずかに上げて微笑む。反対の端からは、一筋の血液が流れ落ちていた。
「……トモエに……伝えてはくれないか」
「――はい」
「拙僧は……臆病者だった……。トモエと共に歩むことが……怖かった。自分には……何もないと……思い込んで……いた。――"すまない"、と……」
 イオリの呼吸が荒くなり、声のトーンもどんどん落ちてゆく。顔には粒のような汗がいくつも伝い、がくがくと震えている。それから咳込んだと思うと、大量の血を吐き出した。
「げほっ……もはや、これまでか……。――トモエよ……我先立ちたりとも、死出の山にて待つべし……」
「……」
 イオリが、ゆっくりと顔をもたげた。

 そして、見上げたまま。

 動かなくなった。

「……見事です」
 ファビアはそっと手を伸ばして、その顔に触れた。そっと手を当て、まぶたを閉じさせてやる。
「……どうか安らかに」
 両手を合わせて黙礼してから、杖を振りかぶる。
 ファビアを中心に吹雪が吹き荒れ、燃え盛っていた炎を一瞬にして消し去った。

 ファビアはそれから、踵を返す。

 涙を流したままで。

 ガーディアンズ・コロニー、14:12。
(……アレ?)
 オルハは仰向けに大の字に寝転がって、天井を見上げながら考えていた。
「何、この一方的な展開」
 思わず素直な感想が口からこぼれる。
 体中にはおびただしい数の切り傷がある。左の頬はぷっくりと腫れあがり、右目はまぶたが腫れて視界が狭くなってしまっていた。
「オルハ様、あなたに戦い方を教えたのは、このC4なのですよ?」
 言うC4は、傍らに立ちながらオルハの顔を覗きこんでいた。
「オルハ様が子供の頃からずっと見てきたのです。戦闘スタイルのベースとなるものは、私が教えたもの。それはどれだけ時間が過ぎようとも変わりません」
「……ボクって、こんなに弱かったっけ?」
「いえ、充分お強いですよ、オルハ様。ただ、私の方が強かった……ただそれだけでございます」
 オルハは痛む体を起こしながら、よろよろと立ち上がろうとする。
「いつつ……顔面とか下腹部とかほんとに容赦無いね、C4は……」
「はい。いかにして最速で目標を沈黙させるか、が最終目的ですから」
「いったぁ……」
 オルハは起き上がって、体をぱたぱたとはたく。
 ――さて、どうしたものか。
 オルハは考えていた。数回の手合わせで、彼の実力がとても高いのはよく分かった。勢いとスピードで翻弄するオルハの戦い方は、彼とは相性が悪い。勢いは軽くいなされてしまうし、スピードは向こうの方が上。やりにくい事この上なかった。
「つかC4、死んだんじゃなかったの?」
「……ああ、以前お話ししましたでしょう、"クローンキャスト技術よりも確立されたある技術のお陰"と」
「バーバラの技術、ってことね」
「――その通りでございます」
 C4は冗談めかして右手を下げ、頭を深く下げてから、続けた。
「私はメインとなる"本体"と、それをベースに作られた"コピー"が存在しています。本体とコピーは常に同期が取られ、全ての情報を共有しています」
「……なんかゴキブリみたいだね、それ」
「ですが――このシステムには構造上の致命的な欠陥がございまして。全てを統制しているのは本体で、本体が破壊されてしまうと全てのコピーは機能を停止してしまうのですよ」
 C4は両手を開いてやれやれとかぶりを振った。
「……なるほど。じゃあ本体をぶっ壊せばいいわけね、本体はどこ?」
「それは今、あなたの眼前に」

 たっぷり、5秒ほどの沈黙。

 それからオルハははっと我に返ったように、口をぱくつかせながら素っ頓狂な声をあげる。
「――はああぁぁっ!?」
「今オルハ様の目の前におります、私が本体だと申し上げているのです」
「ちょ……なんで? 今までちょろちょろ姿を表してたの、あれも全部?」
「そうです。最初にあのビーストと交戦したもの以外は」
 オルハはますます混乱した。C4がわざわざリスクを冒してまで姿を表す理由、それがまったく見えなかった。
「……? 分かんない、何がしたいのかさっぱり分かんない。なんでそこまでのリスクを冒してまで、ボクの周りをうろちょろするの!?」
「それは簡単です。私は、オルハ様を――愛しているからです」
 あまりにもさりげなく言うので、オルハはその言葉を理解するまで数秒かかってしまう。

 ……今、なんて?

「…………………………はい?」
「ですから、愛していると」
「な、なんでそーなるっ!?」
「オルハ様のお近くで、幼い頃からずっと見届けていました。そして――いつからか、私はオルハ様を愛している自分に気づいたのです」
 オルハは口をあんぐりと開けたまま、言葉を発する事ができないでいた。
 確かに、そうであれば何度も姿を表していた理由は分かる。だがそもそも、なんでそんな話になっているのか、意味が分からない。
「私は自分のコピーを使い、オルハ様を再現しようとしてきました。ですが、どうも納得のいくものが作れません」
 オルハはそれに、完全に絶句してしまった。
 理由は簡単である。

 "生理的嫌悪"。

「服装も完全に同じものを用意しているのですが……何故でしょう」
「……ニューデイズでイオリに見つかった時、ボクの荷物から服を持っていったのは、そのため?」
「そうです。今でも昔と同じ服で安心しました」
 オルハはかあっと顔を赤くしながら、
「この……っ、変態! ボクのぱんつ返せっ!」
 と喚いた。
「とにかく、私と共に歩みましょう、オルハ様」
 その言葉にオルハは、何も答えなかった。答える気もなかった。
「――あのビーストの事など、すぐに忘れます」
 その言葉に、オルハの中で、ぷちん、と何かが切れる音が聞こえた気がした。
「ぐっふっふ……」
 うつむきながら不気味に笑って、オルハは続けた。
「なんつーか……タイミング最悪」
「……?」
 爪のフォトンのリミッターが外される。すぐにその形状を変え、大きな塊へと変わってゆく。
「ええ、どーせ失恋しましたとも、チクショーッ! "オルハ乱舞・センチメンタルver"だッ!」
 オルハが飛んだ。フォトンの推進力をその体に乗せ、まるで砲台から射出されるが如くの勢いでC4を殴りつける。
「!?」
 ごきん、と鈍い音が響いた。顔面を激しい勢いで殴りつけられ、体はやすやすと吹き飛ばされる。通路の壁面に叩きつけられ、壁をへこませた。
「それは何か、ボクがへこんでるから口説けばすぐ落ちるとでも思ったのかぁっ!」
「なっ、何の事……ぐあっ!?」
 壁に叩きつけられた反動で前に投げ出されたと思った瞬間、今度は胸に激しい衝撃が走る。再度、壁に激しく叩きつけられた。
 まるでパンチングマシーンのように叩きつけられてはまた殴られる、そんな事を何度か繰り返す。やっと地面に倒れこんだ時には、C4のボディはすでにぼろぼろになっていた。
「ぐっ……!」
「はーっ、はーっ……」
 荒げた息をそのままに、見下ろすオルハは肩で呼吸をしていた。手の甲で額の汗を拭い、そのまま立っている。
「オルハ様……まさかそういう戦法を取るとは……」
 C4はゆっくりと体を起こしながら、呟くように言う。
「そのような戦い方、見たことがありません」
「はーっ、はーっ……ボクも無いよ。……どっちにせよ、これでお互いボロボロ。さ、こっから仕切り直しだ」
 オルハは言ってから、ゆっくりと大きく息を吸う。C4が立ち上がると、2人はゆっくりと構えた。
「ふふ……私はまだ、手の内を全て見せてはいませんよ……」
 C4はよろめきながらも、ナックルとレイピアを構える。
「見せてもらおうじゃない!」
 オルハもリミッターを外した爪をぐんと振りかぶって、飛び出した。まるで大砲のような猛スピードでの突撃。凄まじい勢いで殴りかかる。
「――2度目は、ありません」
 ぎゃりぃん、と激しい音が響いてフォトンの火花が飛び散る。
「!?」
 C4は、体をそらしながらナックルの甲で受け止めていた。
「く……!」
 だが、受け止めたC4も思わず声を漏らした。ナックルがぎしぎしと不自然な音を立てて軋んでいる。全身ががたがたと振動している。
(そう何度も受けられないでしょう、これは……)
 C4は押し戻す力に負けじと、なんとかそのまま手を下に向けてゆく。
「うわわっ!?」
 オルハの勢いのベクトルが下へと向けられる。そのまま激しく地面へ顔面から突っ込み、そのままの勢いで滑ってゆく。壁に体をぶつけて、そこでやっと止まった。
「オルハ様、その技はもう私には通用しません。あなたの負けです」
「うぐ……!」
 地面についた頬が、いやに冷たくて気持ち良い。激しくぶつけた痛みが、わずかに引いてゆくのが分かる。オルハはうつ伏せに倒れたまま、ぼうっとそんな事を考えていた。
「オルハ様」
 ざん、とC4のレイピアが、目の前の地面に突き刺された。
「私はこれ以上、オルハ様を傷つけたくありません。どうか私の想いを受け入れて頂き、共に歩みましょう」
「……それはムリ」
 じり、とレイピアが顔の近くに僅かに寄せられる。あと数センチ寄せられれば、オルハの顔に届く。
「何故? 何故受け入れてくれないのです?」
「……前に言っただろ! ボクは君が嫌いなんだ! ボクはボクなんだ、ボクの生き方を変えさせようとするような事を求められても困るっ!」
「……」
 再度、わずかに刃が近づいた。皮膚の表面に当たり、オルハの白い肌に赤い一本の筋が引かれる。
「ボクはボクを縛ろうとするもの全てと、戦い続ける! 今までも、そしてこれからも!」
「……仕方ありません」
 C4の剣を持つ手に、ぐっ、と力が入った。
 ばっ、と飛び散る赤い飛沫。
 オルハのブロンドの三つ編みが、途中で切られて飛んだ。
 そして、C4の光る瞳が、危険信号でも発するのように僅かに何度か瞬く。

 そう、視界を覆っていたのは、オルハの爪。

「――!」
 がつん、と顔面に激しい衝撃が伝わったかと思うと、C4の視界がぐるりと回転した。
(そうか、解放したフォトンの推進力を地面にぶつけて、反動で瞬時に飛んだのか――)
 オルハはどこか悲しげな顔で、C4を引き裂いた右手をまっすぐに伸ばしていた。二本の長い三つ編みと髪止めは、宙を舞っていた。
 C4はそれらを見ながら、視線が空中でくるくると回っているのに、やっと状況を判断した。

 ……首がもげている。PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる半世紀の終りに〜 universe67 絶望と希望の刀を

 顔面は衝撃で激しく破損し、ひび割れていた。メインメモリにもそのダメージは届き、ほぼ全機能が停止を待つだけの状態。
 ……それだけがはっきりと分かった。
「――ごめんね」
 オルハは言いながら左手を伸ばし、C4の頭部を受け止める。それから自分の方に顔を向けさせた。
「ふふ……お強くなりましたね、オルハ様」
「C4のお陰だよ、それは素直に感謝してる。でも、ボクは君を好きにはならない。これからもずっと」
「……」
 オルハはきっぱりと、ためらいのない口調で言った。
 頬に赤い筋が入った顔は、真剣な目でC4の目――いや、もっとその先にあるものを見つめている。
「オルハ様……私はずっと……あなたに憧れていました。自由で、それでいて自分の道を迷わないあなたは……私にはとても輝いて見えたのです――」
「……」
「あなたは私が一生かかっても手に入れられないものを……持っていた……だから……ガガ……私は……ガガガ」
 C4の声に、変なノイズが走り始める。音声発生装置が、その機能を停止しようとしていたのは明らかだった。
「オルハ様……ガガ……愛し……ガ……て……いま……ガピュ」
 変な音がしたかと思うと、C4はそのまま動かなくなる。
「……」
 その首を見つめて、オルハは複雑そうに目を細めて微笑むと、ゆっくりと地面に置いた。
「C4……ありがと。でもボクは、愛されるより愛したいんだな、これが」
 いたずらに言って、オルハはその長い髪を適当に後頭部でまとめる。それから自分の親指を舐めると、頬の傷に唾液を塗りつけた。
「ボクはボクなんだ。――だから、行くね」
 ためらいがちに微笑んでから、オルハは踵を返して走り出した。

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注意事項

※この物語は株式会社セガが提供するオンラインゲーム「ファンタシースターユニバース」を題材としたフィクション(二次創作物)です。世界観、固有名詞、ゲーム画面を使用した画像など、ゲーム内容の著作権は株式会社セガにあります。
※小説作品としての著作権は勇魚にあります。
※登場する団体名・地名・人物などは、実在する名称などとは一切関係ありません。
※作中の表現や描写、ならびに使用している画像などは、ゲーム内で再現できるものとは限りません。
※この作品は、「戦い」「人間ドラマ」をテーマの一部としているため、暴力・性的な表現を含む場合があります。予めご了承下さい。

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