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PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる時の半世紀の終りに〜 universe65 マインド・ダイバー

 モトゥブ、13:37。
「ちょっと待て! じゃあアナスタシアは……あの少女の……アイラの記憶を受け継いでいるのか!?」
 ランディは驚愕した。思わず握りしめた拳が汗ばんでいるのが分かる――。
 初対面なのにどこかで会ったような印象、そしてあの少女によく似た笑顔。テクニックの素養がないのも、オラキオの血筋から来るものだろうだろうことは想像がつく。

 全てが納得のいく真相だった。

「ん、まあね。てゆーか、いちおー私もそーなんだけど」
「わたくしが……まさか。まさか。まさか。まさか。まさかああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
 張り詰めた空気を切り裂いて、悲痛な叫び――いや、これはもう悲鳴と形容したほうが正しいと思える、アナスタシアの声が響き渡る。頭を両手で挟み込んで目はぎょろりと上を見つめ、首を振り回して銀の髪を振り乱しながら、もがき続ける。
「お、おい! アナスタシア、落ち着け!」
 慌ててランディがその肩を両手で掴んで揺さぶるが、アナスタシアはそれに気づいてすらいない。声がかすれて出なくなるまで叫ぶと、そのまま気を失った。
「おい、アナスタシア! おいっ!」
「あーあ、壊れちゃったかな。ってゆーか、そんなにショック?」
「お前みたいな奴には分からねぇよ! ……そうだお前、俺をアナスタシアのメインコンピューターの中に入れさせろ! アナスタシアを正気に戻す!」
「えー、めんどくさ……痛い!」
 ランディの拳が顔面にめり込む。ビーストの筋力全てを叩き込んだ全力のパンチは、プルミエールの顔面に激しい衝撃を与え、人工皮膚を歪ませる。
「げふ……や、やればいいんでしょ、やれば!」
 鼻と口からオイルを垂れ流しながら、プルミエールは答えた。
 ランディはプルミエールの言う通りにボディからコードを取り出し、アナスタシアの背中を開けて繋いでゆく。最後にヘッドフォンのようなものを取り出して、首にかけた。
「――さあ、言われた通り繋いだぞ。早く俺をアナスタシアの中に入れろ」
「てゆーか、落ち着きなさいよ@#!けもの。あんた、ほんとにそれでいいの?」
「……どういう意味だ?」
 プルミエールの言葉に首をかしげながら、ランディは思った事をそのまま口にする。
「脳と脳を直結するんだよ。ヘタこいたらあんたも壊れちゃうのよ?」
「そんな事かよ。うるせえ、早くやれ!」
「……ちぇ、せっかく親切に教えてやったのに」
 ランディがヘッドフォンのようなものを着けるのを見ながら、プルミエールは口を尖らせた。それからランディは、意識を失ったアナスタシアの小さな体を抱きかかえる。
「じゃあ、いくよ。準備OK?」
 無言でランディが頷く。真剣な表情のままで。
「エネルギー充電100%! いくよー!」
 プルミエールの声が響いてから、ランディの意識はゆっくりと遠のいていった。

 ――35年前、フローラルの記憶。バーバラが治療過程でフローラルの記憶を抽出したもの――。

「うあ……っ……」
 フローラルは、路地裏でぼろ雑巾のように倒れていた。モトゥブの冷たい夜風が体を撫でてゆく。ニューマンの細い体に、その風は染み込むように冷たく感じられた。
 身にまとっているのは、3時間前まではワンピースだったはずの、ただのぼろきれ。これでは全裸で外に放り出されたのと同じだった。
「ううっ……」
 フローラルは、ただ震えながら、ただ怯えながら、ただ泣きながら。体を縮こまらせて、そこにいた。
 先月15歳になった幼さの残る顔と体は、泥とすり傷で汚れきっていた。ちゃんとした正装をしていれば、充分に美しい少女であったはずなのに。
 ――不運というものは、不思議とさらなる不運を連れてくることがある。彼女にとって、今がまさしくその状況だった。
 ひとつめは、ニューマンでありながらここモトゥブに生まれてしまったこと。両親は開拓民で決して裕福とはいえず、混沌とした汚れた暮らしに浸りきっていた。
 ふたつめは、モトゥブの道はころころと変化すること。道が掘られたかと思うと、違う道が崩れる。そんなわけで、目的地に向かっていたはずが、緩やかに地下に向かっていたらしい。
 みっつめ、モトゥブの最下層には"ゴミ捨て場"という貧民窟があったこと。そこは人としてのまともな暮らしを持たない人間たちが暮らしていた。

 そこに住むホームレスたちの行動理念は、非常にシンプルだ。

 "三大欲求"。

 これのみを満たすためだけに、生きていた。

 彼らが、何かの間違いで一般地区から迷いこんだ者が来た場合に、取るべき行動はたったひとつ。

 "略奪"。

 何十人もの男たちが、襲いかかった。
 まずは鞄を奪い、中身をひっくり返す。少額のメセタカード、ピンクのハンカチ、それに手帳とペン。四方から伸びる誰かの手が掴みとって、どこかに消えた。
 他の手が靴と靴下を脱がせて、服を力まかせに引っ張る。ワンピースはびりびりと破けて、下着も奪い取られた。

 略奪は続く。
 まだ奪えるものがある限り――。

 まず、伸びてきた手に首根っこを地面に抑えつけられた。手首や肩を押さえて地面にうつ伏せに押し付けられ、まったく身動きが取れなくなった。
「やだ……いや、やめて」
 体のあちこちに触れる、ごつごつした手の不快な感触。彼らが放つ、鼻をつく異臭にはすでに慣れ始めてしまっていた。
「うあ……――っ!」
 全身を貫くような、低く鈍い痛みが襲う。あまりの激痛に意識を失いかけたが、男たちにはそんなことは関係なく、己の欲求のままだけに続ける。
「ヘイヘイヘイ、ちゃんと順番は守れよ、ベイベー」
 ぼろではあるがシンプルなコートを羽織りサングラスをかけた男が、傍らに立っていた。黒い髪を短く刈り上げ、肌は健康的に黒く焼けてはいるが、細い体駆とこけた頬が不健康な連想をさせる。
「――お嬢ちゃん」
 その男と目線が合って、男は口を開く。
「……ぁ……、うぁ……!」
 フローラルはここに迷いこんで初めて、言葉の通じそうな人間に出会えたのだ。当然何かを期待して、金魚のように口をぱくぱくと動かして叫ぶ。
「あのっ……たすけっ……!」
「まあ、運が悪かったなあ。けどまあ、人生なんてこんなもんだ。クールにいこうぜ?」
 微笑む男の眼球の奥には、慈悲など欠片も無かった。

 ――21年前、アイラの記憶――。

「俺は、ルディだ」
 目の前の幼い少年がぶっきらぼうに手を差し出すのに、アイラは躊躇していた。
 ルディは5歳の少年とは思えないほどに堂々としており、手を差し出したまま微動だにしない。刈り上げた短めの金髪を夜風が微かに撫で、赤みがさしぷっくらとした頬をかすめる。
(……)
 アイラが手を差し出さないのは、別に彼と初対面だったことが理由ではない。単純に、いつも父親に言われている言葉が気になっていた。

『アイラ、お前は"影"として生きなくてはならん。名前を捨て、世の中との関わりを捨てて生きなければならんのだ――』

 思えば、その言葉を初めて言われたのは5歳の時だった。その時はその直後に父親、つまりユーシスは彼女の小さな体を抱きしめながら泣き続けていた。当時のアイラは何故ユーシスがそんなに泣いていたのか分からなかったが、その深刻さだけは感じ取っていた。

 それからもう、10年が経っていたのだった。

「……」
 相変わらずルディは、手を差し出したままそっぽを向いている。アイラが手を握り返すまでは納得しないだろう、幼い割にかなり頑固だ。
 だが、アイラはどうすべきか迷っていた。
 自分はダークファルスを倒すためだけに生きている。公的には存在しないはずの人間なのだ。戸惑いながら銀の長い髪をさっとかき上げる。
 任務のことでユーシスに報告があり寺に立ち寄ったのだが、まさかこんな夜中に人がいるなどと思っておらず、警戒が緩んでしまっていたのだろう。どちらにせよ、困ったことになった。
「おお、ルディか。またこんな時間に何しとる」
 奥から助け船を出すのは、ユーシスだった。髪や髭に白髪が混じり始め、若々しさは感じるがそれなりの年齢であることが分かる。
 彼は庭で2人が立ち尽くしているのを見て一瞬で状況を理解したらしい、少し早口で次の言葉を続けた。
「ルディは初めてじゃったか、わしの遠縁にあたる、アイ……いや、"ライラ"じゃ」
「"ライラ"です。始めまして、ルディ」
 アイラも話を合わせて、ルディの手を握り返してやる。そこでやっと2人は、握手を交わすことができたのであった。
「……お前、剣を使うのか?」
 ルディの言葉に、2人は一瞬ぎょっとなって見つめてしまう。すぐに冷静なふりをして、アイラが口を開いた。
「ええ、そうですわ。どうして分かったの?」
「手……柔らかくない。うちのお袋と同じだ」
 はっとなってアイラは自分の掌を眼前に運ぶ。毎日の鍛錬を欠かさない掌の皮膚は豆になって堅くなっており、指の腹も皮が厚くなってしまっていた。
「ほほう、さすがはアシュレイ家の一人息子だけあるわい! 素質充分じゃ!」
 ユーシスがわざとおどけて言うのに、アイラもわざとらしく笑ってみせる。だが、ルディは相変わらずぶっきらぼうな顔のままで振り向くと、突然「帰る」とだけ言って踵を返した。
「おお、じゃあまた遊びにおいで」
「おやすみなさいね、ルディ」
 2人はそれを見送って、彼の姿が消えた途端に笑顔で顔を見合わせる。それから中に飛び込んで、荒々しくドアを閉めて鍵をかけた。
 それからアイラは、すぅ、と大きく息を吸ってから、静かに言葉を押し出した。
「……お父様?」
「あれはアシュレイ家の長男じゃ。お前も知っての通り、あの家系も戦闘力の高い一族で、お前の婿になるやもしれんの」
 その言葉にアイラは露骨に眉根を寄せて、鋭い視線をユーシスに向ける。
「わたくしが聞きたいのはそんなことではありません! そちらから呼びつけておいて、これはどういうことですか!? 納得のいく説明をしてください!」
「ええい、喚くな! ルディは近くに住んでおって、わしを慕ってよくここに来るんじゃ! 父が人気者なのを喜ぶところじゃろう!」
「"うちのパパは人気者だ、やったー"……って、誰もそんな言葉は期待しておりません! 夜中だからって、寝言は寝てから言って欲しいものですわ!」
「そもそも、警戒していないお前が悪いんじゃろうが! ええい、老いたとはいえわしもまだ現役じゃぞ!? やるか!?」
 言ってユーシスは両手を出して構える。それと同じようにして、アイラも戦闘体勢をとる。

 こうして、オラキオ最強の親子喧嘩の幕が今、開かれたのであった……。

 ――25年前、バーバラの記憶――。

 10歳になって、バーバラは子供なりに世の中のことが分かり始めていた。
 うちにはおじいちゃんやおばあちゃんがいない、ということ。私を産む産まないということで相当もめたらしく、絶縁されたらしい。
 そして、うちにはおとうさんもいないということ。おかあさんも、おとうさんを知らないらしい。検査の結果ビースト細胞が検出されたので、どうやら私はニューマンとビーストのハーフらしい。ニューマンの遺伝子は優勢であると聞いたことがあるので、見た目はニューマンそのものなのだろう。
「あは……あははは……」

 ――そして、おかあさんはなんだかおかしいということ。

 フローラルは笑いながら戸棚の皿を掴んでは、床にぶつけて割っていた。
 こういう時、バーバラはいつもクローゼットに篭っていた。膝をかかえて座り、その隙間からその光景を見ている。見てはいけない、でも見なくてはいけない。そんな気がしていた。
「おかあさん……どうすれば治してあげられるんだろう……」
 呟いてから咳こんで、バーバラは自分の鼻を両側から指で押しつぶした。

 
 ――20年前、バーバラの記憶――。

「おかあさん……!」
 バーバラは手に持った盆を取り落としてしまい、食事が飛び散った。
 窓のない狭い部屋はフローリングの床で、中心にはテーブルがあり、角にはベッドがひとつ。ピンク色で統一された部屋はまるで少女の部屋だった――窓が無いことを除けば。
 目の前に倒れる、白いワンピースの女性。首から流れ出る血。突き刺さったフォーク。
「おかあさん! なんで!? もう少し、もう少しで研究が完成するのに! もうすぐ治す事ができたのに……!」

 ――16年前、アイラの記憶――。

「……わたくしはもう……だめですわ。最期まで、この手を握っていてもらっても?」
 ゆっくりと息を吐きながら、アイラは言った。すでに呼吸をする事さえ重労働に思える。終わりが近い事など、本能的に分かり切っていた。
 ただ立っているだけで、辛い。
「だめだ、そんな事言っちゃ! 大丈夫だよ、きっと助かる!」
 子供時代のランディが顔を覗きこむ。だが、残念ながらすでにその表情は少しぼやけ始めている。
 アイラは重い首をゆっくりと左右に振って、続けた。
「自分の体は自分が一番良く分かります……。わたくしはもうすぐ、死ぬのです」
 ぐらり、と視界がぐらつく。急に世界が逆さまになった気がして、すぐに視界が横倒しに倒れた。
 自分が倒れたと気づくまでに、数秒かかる。ランディが慌てて肩を貸して起こそうとするが、すでに自力で立てるほどの体力は残っていなかった。
「! い、いやだ! 人が死ぬのはもうたくさんだ!」
 アイラは少し微笑んで、震える左手をなんとか持ち上げる。そのまま人差し指を立てると、ランディの胸をとん、と叩いた。
「だから……忘れないで、ランディ。わたくしの事を」
「ううっ……いやだ、いやだ……!」
 泣きじゃくるランディに、アイラは弱々しく微笑む。
「ああ……よりによってわたくしの代で復活するとは……。運が悪かったのかしら……でもまあ、使命は果たせたし良かったのかしらね」
 様々な事を思い出しながら、アイラは呟いた。
「……ねぇランディ、地面に寝かせてくれます? その方が楽なのですわ」
「う、うん……」
 ランディはゴミの中から毛布を引っ張り出して来て、その上にアイラの体を横たえる。呼吸をするのがすでに苦しく、上下する胸の動きも小さくなっていた。
「そうだ、ランディ……ダークファルスはね……"合"の時にまた復活する……。その時は……お願いね……」
「そんな……俺にはそんな力なんて……!」
「大丈夫……きっとあなたならできる」
 アイラは虚空を見つめながら、強い口調で言った。すでに視界はほぼ真っ暗で、何も見えない。ただ、そこに感じるランディの存在だけが、力強く主張していた。
「わたくしのように一人ではなく、仲間と共に……げほげほっ、たたかう……ので……す……」
 すでに言葉を発する、という行動は重労働だった。不意に咳こんで、途切れ途切れに言葉を続ける。
「だめだ! 死んじゃだめだああ!」
「……わたくしも……普通の子に生まれれば良かった……」
 うつろな目で微笑みながら、アイラはくすっと笑った。
「普通に友達と遊んだり……恋とかおしゃれとか……したかった……なぁ……っ」
「友達なら! 俺がなってやるから! だから生きてくれっ!」
 幼い頃からずっと、名を捨ててまで"ネイムレス"を継ぐ者として続けてきた修業。ユーシスへの複雑な想い。
 それら全てが、溢れ出て来る。様々な想いを含んだ熱い滴が、頬を伝い出す。
「ああああああぁぁぁ……っ、いや、いや……っ……まだ……死にたくない……死にたくないよおおおおおぉぉぉぉっ」
 アイラの悲痛な叫びに、ランディが硬直した。自分に何ができるか分からず、どう言葉をかけていいか分からず、ただ、目の前の少女の叫びを受け止めるしか無かった。
「ああ……っ、許してくれ、無力な俺を許してくれ……! 俺は無力だ……あああぁあぁぁぁぁっ、許してくれええぇぇぇ……ええぇぇっ」
 ランディの声は、最後の方はすすり泣きになっていた。アイラに対して何もできなく、気の利いた言葉もかけてあげられないという現実。それが全てだった。
「いや……っ、こんな使命なんて……うぐっ、どうしてわたくしがこんな目に……うわああぁぁぁぁぁっ」
「許してくれ、許してくれええぇぇっ」
「うぐっ、うぐっ……ああああぁぁ……ぁぁっ」
 アイラはすでに暗闇と化した視界の中で、ただ闇雲に左手を上に伸ばした。何かが掴めると思ったからだ。この現状を変えてくれる、何か。
 だが、無情な現実は答えない。代わりに激しい咳と、口からこぼれる血液を差し出した。
 ゆっくりと、手の感覚が無くなってゆく。今この右手を、ランディが握っているはずなのに。
「ら……んで……どこ……?」
 孤独な空間から抜け出そうと、とにかく声を発する。何も見えない、何も聞こえない。ただ虚無だけが無限に、悠久に広がるだけの世界、こんな所からは早く逃げ出したかった。
「ここだ、ここにいるよ。君のそばにいるよ。君の手を握っているよ……」
 それを破ろうとするランディの声。
 だが、その声はアイラには聞こえていなかった。
(ランディ……ああ、わたくしはもう一人になってしまったのですね……)
 暗闇の中でふと、アイラは思い出した。

 ランディによく似た、ルディという少年の顔を。

 種族も髪の色も違うが、やんちゃで、生意気で、強がりな所がそっくりなのだ。
 そういえば、ルディとランディはおそらく年齢的にも近いだろう。

 いつか、成長したこの2人が並んでいる所を想像して。
 いつか、オラキオの閉鎖的な体制が変わって。PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる半世紀の終りに〜 universe65 マインド・ダイバー

 いつか、2人が共に肩を並べて触れ合える時代が、来たらいいのに。

 もし、そんな時代が本当に来るのであれば。
 この命も役に立ったのではないかと。

 素直にそう思えるから。

 いや、その可能性を感じさせてくれた、ただそれだけで。

 自己満足と言われても、この誇りを胸に逝ける――。

 アイラはゆっくりと、口を動かそうと力をふり絞る。一言一言を噛みしめるように。

(あ……り……が……と……う……)

 最期の言葉は彼の耳に届いたのだろうか。

 だが、それを確認する手段は――無かった。

 ――15年前、アナスタシアの記憶――。

(……ここは、どこ?)
 アナスタシアがゆっくりと目を開くと、バーバラの姿が目に入った。いやに若く、瞳が輝いている。
 部屋は研究室のようで、多数の機械や棚が並んでおり、いろいろな箇所に紙束が散らばっていた。アナスタシアはベッドに寝かされたまま様々なコード類を体に繋がれている。
「よし、起動成功。これを発表したら、世間は驚くだろうね……うふふふ♪」
 微笑むバーバラは、屈託の無い笑顔。アナスタシアが一度も見た事の無い、笑顔だった。
「――元々は、ママのために始めた研究だったんだけどな……」
 言ってバーバラは、振り向いた。そこには一枚のポートレート。白いワンピースの、フローラルが写っていた。
「私は自分の力で、"英雄"を復活させたのよ。分かる?」
 バーバラはアナスタシアに微笑みかけて、楽しそうに言う。枕元で屈み込むと、ベッドの上に頬杖をついて続けた。
「でもね、それだけだったら本当に英雄になった時に嫉妬しちゃうじゃない? だからあなたの半分は、私の記憶でできているのよ」
 ぼんやりと見つめるアナスタシアを見つめながら、バーバラはまくし立てるように喋る。悦に入ったその表情はまさしく、夢見る少女のそれだった。
「だから、あなたが世間に認められれば、それは私が認められるって事なの! ねえ、これってとても夢のある事だと思わない?」
 にこにこと微笑みながら、バーバラは語り続けていた。

 ――それから半年ほど経ってから。アナスタシアの記憶――。

「逃げたぞ! 追え!」
「捕まえろ!」
 周囲のあちこちから聞こえる大人数の足音と、叫ぶ声が聞こえる。アナスタシアは、呆けた頭でそれを聞いていた。
「はっ、はっ、はっ……」
 定期的な振動と、バーバラの呼吸音。アナスタシアは今、頭をボディから取り外され、タオルにくるまれてバーバラに抱えられていた。
 タオルの隙間からたまに見える光景は、どうやらスラムらしい。ゴミの山らしきものがあちらこちらに見える。ローゼノムシティの近くにある"クズ鉄街"である事は容易に想像できた。
「……ちッ、この間までは英雄扱いだったくせに、掌返して指名手配かよ! 人間なんてなんて勝手な生き物だ。絶対に許さない」
 バーバラは辺りに人がいないのを確認すると、ゴミ山の間へ入ってゆく。山のふもとを少し掘って直径30センチほどのくぼみを作った。
「発見されないでくれよ。後で回収しに来るからね」
 アナスタシアの頭をそこに置くと、バーバラはまわりの鉄屑を軽く乗せて、隠してゆく。
(酸素の供給を再開してください。仮死モードまで、あと1分15秒。酸素の供給を再開してください……)
 頭の中で、アラートが何度も鳴り響いている。それをアナスタシアは、視界が少しずつ隠されてゆくのも気にせず、ただぼうっと聞いていた。
「……私は必ず、あいつらに復讐する。その時は、お前にも働いてもらうからな!」
 その声の後に、ばたばたと慌ただしく走り去る足音が聞こえて、気配が遠ざかってゆく。
「いたぞー! こっちだ!」
 それに続いて聞こえる、騒がしい足音と男たちのざわめき。
 アナスタシアはただ、それを呆けたままで聞いていた。
 やがて意識は静かに薄れ始め、遠のいてゆく。
 まるで、優しい夢の中へ落ちていくかのように。

 わたくしは――バーバラ?

 それとも――アイラ?

 そう、わたくしは――。

「アナスタシアーーーーーーーっ!」
 どこからか、ランディの声が響き渡った。
 アナスタシアははっとなって瞼を開いて辺りを見渡すが、何も見えなかった。ただ暗闇の中で、上下の区別の無い世界で、白い霞のような体でそこを漂っているだけ。
 ランディの声はきっと気のせいだろうと結論づけて、ため息をつく。両膝を抱えて腰を下すと、ゆっくりとうつむいた。
(……)
 もう、いい。全てがどうでもいい。
 アナスタシアは、絶望に呑み込まれていた。
 ずっと自分だと思っていたものは、自分では無かった。
 家族だと思っていたものは、作り物だった。
 ――きっと、そこにいるのは自分でなくても良かったのだ。

 そう、"自分"など、どこにも存在していなかった。

「……わたくしは、孤独なのです」
 子供がすねるような口調で、ぽつりと呟いた。
 言いようのない悔しさに、涙がぼろぼろと溢れてくる。歯を食い縛って、しゃくり上げる喉を抑え込もうとするが、止まらない。すぐに抵抗する気力も失せて、呼吸だけに専念することにした。

 だからただ、泣いていた。

 もう、どうでもいい。
 ここから出たくない。
 ずっとここにいる。

 ――それがいい。

「アナスタシア! どこにいるんだ!」
 また、ランディの声が聞こえた。アナスタシアは面倒臭そうに視線を少しだけ上げるが、積極的に彼の姿を探し出そうとはしなかった。もう、そんな気力なんか残っていない。
「どうせ……わたくしはわたくしではないのです。そんなわたくしを探し出す事に、何か意味があるとは思えませんわ……」
 独りごちて、ゆっくりと息を吐いた。
 ……そう。わたくしの存在は、所詮"つくりもの"。この世に存在している事がおかしく、本来あらざるべきもの。
「ならば、このまま消え去るのが筋でしょうね……いたっ」
 頭にがん、と軽い振動が響いて、アナスタシアは驚いて顔をもたげる。

 そこには、ランディが立っていた。

 彼の姿もアナスタシアと同じく、白い人影のような姿をしている。左手を腰に当て、右手の拳を握ってわなわなと震わせたまま。その拳で、頭を小突いたのだろう。
 彼は目が座り、その表情は明らかに怒っていた。
「? 何故あなたがここにいるのです?」
「プルミエールに頼んで、あんたのデータ内に入らせてもらったんだ。――悪いが、いろいろと見させてもらった」
 アナスタシアは顔を赤らめ、目を見開いた。
「ちょっと! わたくしのプライベートですわよ!」
「わざと見たんじゃねぇよ、ここにたどり着く過程で、見なきゃいけなかったんだ。それよりよ……"孤独"とか"消え去るのが筋"だとか、どういう意味だよ?」
「どういう意味も何も……そのままの意味ですわ」
 ぷい、とそっぽを向きながらアナスタシアは答える。銀の髪が勢いで揺れ、耳から伸びるアンテナをかすめてゆく。
「おいおい……俺たちは仲間じゃねぇのか? どうしたんだよ?」
「仲間など……所詮はうわべだけのものですわ。どうせ皆、アイラの記憶とバーバラの記憶が目的なのでしょう?」
 ばちん、と音がした。

 ランディの平手が、アナスタシアの頬を打っていた。

「……!」
「馬鹿野郎っ!」
 吹き飛ばされるような大声だった。空気を震わせ、どこまでも届くかのような、心の声。
「あんたはあんただろ、何をすねてんだ! そんなあんたが必要だから、俺は今ここに居るんだろうがっ!」
「……そんなこと、有り得ません」
「あんたはガーディアンとして頑張ってきた! 俺たちはそれに助けられてきた! それでいいだろうが! カズンやアンドリューたち家族は、俺やファビアやオルハたちガーディアンのみんなは、あんたがあんただから必要なんだろうが!」
「ですが! わたくしという存在そのものが、すでに作られた存在だと言っているんです! 何も無い、何も持たない、ただの傀儡なんです!」
「だから、それが何だっていうんだ!? あんたが今までやってきた結果が今のあんたなんだろうが!」
 その一喝に、場がしん、となった。アナスタシアは目線を落としたまま、微動だにしない。
「……ぷっ……」
「――?」
「ぷっ……あはっ、あははは……!」
 不意に、アナスタシアが吹き出した。
 茫然とするランディをよそに、アナスタシアは声をあげてけらけらと笑っている。
「お、おい――?」
「あはは……はぁ、すいません。――初めての任務でもわたくしたち、こうやって議論をしましたね。覚えていますか?」
「ああ、そらもちろん。……ああ、そうか」
「……?」
 ランディが頭を掻きながら、照れくさそうに言葉を続ける。
「つまり、こういう事でいいんじゃないか? どこまでいっても俺たちは俺たちだ。何も変わらねぇ。アナスタシアはアナスタシア、俺は俺だ。――それ以外に、何が必要なんだ?」
「……」
 アナスタシアは目線を一度落としてから、今度はゆっくりと上に向けて、もう一度下に落とした。
「――わたくしは、わたくしの知らない自分が、怖いのです。わたくしは、自分はカズじぃに作られ生きてきた中で自分という人間が形成されたのだと、ずっと信じていました。それを全て否定されたのです。もう、わたくしはどうすればいいのか分からないのです」
「……」
 しばらく、無音の時間が流れる。
 2人とも、動かなかった。

 いや、動けなかった。

 何か動きを見せることで、何かが変わる確信を2人とも持てなかったから。

(……んー……)
 ランディは、どう答えるべきか分からなかった。どう言えばいいのかも、分からなかった。
(――よし、やめよう)
 だからいつもの通り、それをあっさりと放棄した。

 アナスタシアは、自分の存在意義そのものが足元からぐらついている。
 ならば、伝えることは非常にシンプルなものがいい。

 ……というより、ランディには伝えられるものなんて、最初から大して持っていないのだ。

 "いかに自分が彼女のことを想っているか"

 それぐらいしか、伝えられるものがない――。

 ランディは一歩踏み出して、アナスタシアの肩に両手を乗せた。彼女はそれに気づいて、期待と不安を孕んだ視線を向ける。潤んだ瞳は涙に濡れており、ランディの本能に存在する劣情をくすぐる。
 それからランディは、アナスタシアの首にゆっくりと手をまわしてゆく。
「ちょっと――!」
 アナスタシアは驚いた口調で言いながら、ランディの腕を掴む。だが、彼女の力でビーストの怪力を押しのけられるはずがない。
 そのささやかな抵抗に気づかない振りをして、ランディはアナスタシアを抱きしめた。ちょうど、厚い胸板にアナスタシアの顔が埋められた形になる。
 顔のすぐ下にアナスタシアの頭が見える。銀の髪から漂うのは、いつも感じていた僅かに甘いバニラの香り。これだけ近くに寄ると、それは純粋な香りではなく、オイルや鉄の匂いと混じりあって不思議な感覚を思い起こさせる。これが、機械の体であるキャスト特有の体臭ということになるのだろう。
「……確かにあんたへの気持ちは、名も無き少女に会ってる事がきっかけなのかもしれねぇ。だが、あんたがいないと俺は困るんだ。だから、一言だけ言わせてくれ」
「いけません――」
 アナスタシアは、頭上から聞こえる声に精一杯の抵抗を試みた。次に続く言葉を、薄々感じ取ってしまっていたから。

「――アナスタシア。俺はあんたが好きなんだ」

 ランディの声に、アナスタシアはまるで火がついたように顔が赤くなるのが分かる。
「この数ヶ月、アナスタシアを見てきた。それで好きになった。――何か問題あるか?」
「その……、わたくしは、あなたの上官で……」
「それで?」
 ランディが手を緩めたと思うと、ゆっくりと腰を落としながら、肩を抱いた。
 アナスタシアの目の前に、真剣な表情のランディの顔があった。ダークイエローの瞳はまっすぐに見つめて、その太い眉をきっ、とつり上げた真面目な表情。触れたら切れそうな、それでいて包み込む温かさを持ったその顔に、アナスタシアは思わず魅入ってしまった。
「……だから……っ、そのっ……」
 舌がうまくまわらない。まるで、彼の真剣な想いが全身を駆けめぐり、それがメインメモリをわし掴みにしているような。そんな不可思議な感覚がアナスタシアの心を支配してゆく。
「迷惑か?」
「……っ」
 あまりにも真剣なランディの表情に、アナスタシアは真っ赤なままでうつむいて黙りこんでしまう。それから小さく口を開いて、静かに呟くような声を発した。
「……わたくしは、あなたがうらやましかったのかもしれません」
「何故だ?」
 ランディはアナスタシアを見つめたまま、不思議そうに少しだけ小首を傾げた。緑の髪がわずかに揺れ、野生的でスパイシーな彼の香りが漂う。
「その強い精神力、熱い想い、どれもわたくしには無いものですから。――気づくとあなたを気にしていたのです」
 小声で呟くように一気に言って、ここで軽く息を吸って、同じように軽く吐く。深呼吸をすれば、少しは落ち着くことを期待しているかのように。
「わたくしは、この感情を理解できていません。これはどういう意味なのか、わたくしのデータベースには登録されていないのです」
 アナスタシアは軽くかぶりを振って、赤い顔のままうつむいてしまう。顔にかかった銀の髪の隙間から、伏せた瞳と長い睫毛が覗いていた。
「そりゃあ光栄だな。了承のサインと受け取って構わないか?」
「……わたくしは、とても弱い存在です。つくりものです。――それでもいいのですか?」
 今度はランディが吹き出す番だった。笑いながら頭を掻いてから、いつものように口を開く。
「馬鹿、それでいいんだ。今まで見てきたアナスタシアのままでいいんだ――」
 ランディの左手が、背中を押すように左の肩甲骨に乗せられた。右手は後頭部を包み込むように。アナスタシアもそれに倣って、両手を彼の体にまわす。
「ありがとうございます」
 アナスタシアは、こぼれ落ちる涙をそのままに、微笑みながら瞳を閉じた。

 そして、2人の顔はゆっくりと近づいてゆく。
 まるで惹かれ合うことが当たり前とでも言わんばかりに。
 それが当然であるかのように。
 ――いや。

 "そうなる運命だった"

 それ以上の理由は、必要なかった。

 だから、2人の唇はそっと触れ合う――。PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる半世紀の終りに〜 universe58 不穏な風

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