還らざる半世紀の終りに > universe62 最後のけじめ
<< universe61

PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる時の半世紀の終りに〜 universe62 最後のけじめ

 モトゥブ、13:12。
「く……!」
 シロッソは目の前の空間を刀が切り裂いてゆくのを、後ろに飛び退いてかろうじてかわした。あまりに咄嗟に飛んだので、足がもつれてぺたんと尻餅をついてしまう。
「おいおい……ダム・ディーガの射程より、刀が長いだと?」
 毒づきながら体を起こして、杖を構え直す。精神集中が途切れてしまったので、テクニックも効果が切れてしまった。
「きゃあぁっ!」
 エレナも刀に襲われ、慌てて後ろに飛び退いていた。

 シノは、3人と対等に渡りあっていた。

 側面や背面を意識し、背を向けたと思って攻撃準備を行えばすぐに反応する。1対3のハンデをものともしないその動きは、すでに達人の域だった。
「ぐっ……!」
 その素早い斬撃を、ラファエルは槍を立ててなんとか弾き返す。
「……達人の剣は実際の長さより長く見えると聞くが……これがそうか?」
 シロッソは舌打ちしてから、杖頭で後頭部を軽く叩いて何度かうんうんと頷いた。
「ふっふっふ……面白いな、面白いじゃあないか」
 不敵な笑みを浮かべながら呟いて、まるで気合を入れるかのごとく杖をぐん、と眼前に突き出す。それから大きく息を吸って、同じようにゆっくりと吐き出した。
「単なる陽動突入作戦かと思っていたが……なかなか楽しませてくれる! 大地よ、その力を収束させて目標を撃て……」
 まるで目の前の目標を突くかのように、勢いよくロッドを突き出す。その先端がわずかに光ったかと思うと、地面が揺れた。
「ラ・ディーガ!」
 空中にヴン、と巨大な何かがナノトランサーで転送されてきたかのように現れる。シノの頭上に、大きな岩が現れたのだ。
 いや、大きいなんてものじゃない。直径5メートルもあるそれは、通路を完全に塞いでしまうほどの大きさだった。
 そのまま重力に導かれ、岩が落下し始める。
「! シロッソ殿! 我らまで巻き込む気か!?」
 慌ててラファエルが飛び退いて、エレナも後ろに軽くスウェーバックしてみせた。
「……」
 シノは素早く左右を見て、両脇をエレナとシロッソに抑えられていることを再確認する。力にまかせて突撃できないことはないが、その隙に残りの2人が新たな包囲網を作られてしまうのは目に見えている。もちろん、正面にいるラファエルは格闘能力が一番高いので突破できるとは思っていない。
「……」
 それから頭上を見上げた。表情ひとつ変えずに岩を睨みつける。
(前と左右は塞がれている……しかし、突破しなくては上からの岩に確実に潰される。嫌な2択を強いるものだ)
 シノは刀をぐんと後ろに引きながら、ゆっくりと落下し始める岩を見上げる。岩に集中すればラファエルたちに背を向けてしまうことになる。
 とはいえ、岩の直撃にボディが耐えられるとは思えない。耐久力を犠牲にして速度を重視したパーツ構成になっているのだ。
「ならば――斬る!」
 シノは飛んだと思うと、目の前の壁をだん、と蹴った。それから向かいの壁へと飛びながら、すれ違い様に岩を斬りつける。
「はッ!」
 下腹部から響くような、気合の入った声。それと共にシノは刀を振りかざし、岩を斬りつけてゆく。
(お嬢――)
 それを確認してから、シロッソはエレナの方を見つめる。エレナがそれに気づいて目が合うと、大きく頷き返す。すぐにぎゅん、とシャトが飛び上がった。
「活!」
 シノの体が残像を残しながら何度か岩とすれ違って、最後にその上に飛び乗った。それから両手の刀をくるりと逆手に持ち変えて、岩へと突き立てる。びきびきっ、と岩全体に亀裂が走って、内部から弾けたかのように砕け散ってゆく。
「これが切り札か?」
 シノは言いながら、シロッソを見下ろした。
「まさか、そんなわけねぇだろ?」
 シロッソはにやりと不敵に笑ってみせて、ばらばらと雨のように降り注ぐ岩を見上げている。
「――?」
 シノは、この状況に違和感を覚えた。
(――この状態ではお互い何もできまい。攻めの手が1つ打ち破られたというのに、何故あれほどに余裕なのだ?)
「!」
 不意に襲いかかる圧迫感。咄嗟に刀を構える。
 崩れた足元の岩の中に、何かがいたからだ。
「光よ、聖地はここにあり……レグランツ!」
「!」
 エレナのシャトが、岩の雨に隠れつつ近づいていたのだ。死角から一気に接近し、近距離から高濃度のエネルギーの塊を浴びせかける。
「なんだと!? このテクニック媒体は、このような使い方ができるのか!?」
 光のきらめきがまばゆく輝き、シノの体を包み込んでゆく。シノは咄嗟に刀で体を守るが、やすやすとふき飛ばされて壁に叩きつけられる。
「ぐ……!」
 シャトが距離を詰めてゆくと、シノの体は壁に張り付けにされてしまう。地表5メートルほどの高さで、身動きが取れなくなってしまった。
「お嬢、GJ!」
 シロッソはにやりと笑いながら両足を左右に広げて、杖をぐんと振りかざした。
「大地よ、その力を収束させて目標を撃て……ラ・ディーガ!」
 シャトの背後に現れる、先ほどと同じほどの大きさの岩。シロッソが杖を振り下すと、そのまま壁へとまっすぐに向かってゆく――。
「!」
 ごしゃああぁっ、と激しい音が響くと同時に、岩はシノを巻き込んで壁にめりこんだ。激突する直前にシャトは脱出し、エレナの手元へと戻ってゆく。
 衝撃で岩はばらばらに砕けて崩れ落ち、飛び散りながら空気に溶け込むように霧散した。
「ぐはぁ……っ!」
 シノの体は壁にめりこみ、外装のあちこちにひびが入っていた。あちこちで電気系統がショートしており、ばちばちと火花が飛び散っている。
「ラファエル!」
「任せろ!」
 エレナの声と同時に、ラファエルが地面を蹴って高く飛ぶ。その後を追うように、シャトが飛ぶ。
 ラファエルの跳躍が重力に負けかけた時。その足元に、シャトが待ち構えていた。ラファエルはシャトを足場にして、再度高く飛ぶ。

 そう、壁にめりこんだ、シノよりも高く。

「いい勝負だった。だが――」
 ウツロな目でこちらを見上げるシノを見下ろしながらも、ラファエルは容赦しない。槍を頭上で1回転させると、下への乱れ突き。
 シノのボディどころか壁を削り取るかと思えるような素早い突きが、まるで豪雨のように降り注ぐ。
「我らの連携に適う者無し!」
 槍を一度引いたかと思うと、左へ大きく凪ぎ払う。竜巻に建物がもぎ取られるように、シノのトルソや外装が吹き飛んだ。
「星霊よ、我は必ず生きて還る、必ず主君を護る――」
 全身を使って槍を振り上げ、ぐんと上体を屈めて上から振り下す。重力をも加えた穂先は、シノの体を縦に切り裂いてゆく――!
「――そう、今回も、な」
 空中で華麗に1回転して、ラファエルが地面に着地した。
「く……完敗……だ……」
 ぼろぼろになった体で、シノが絞り出すように言った。外装はすでに、傷ついていない箇所などない。胸部パーツは剥げ落ちて内部の配線が完全に露出していたし、左腕は二の腕から折れ、わずかに火花をあげながら黒い煙をあげていた。

(ゾーク様――シノは正々堂々、悔いなきよう立派に戦いました――)

 シノの体はゆっくりと前のめりになってゆく。壁からはがれて、ゆっくりと落下してゆく――。

『ばかもん! お前は旧式なのだ。無理をするなとあれほど――』

「――申し訳……ござ……いません、ゾーク……様――」
 シノは朦朧とする頭で呟きながら、近づく地面を茫然と見つめていた。衝突のダメージで機能停止するのは目に見えている。
 これも運命だ、と諦めたその時。
「――?」
 シノの胸の下にシャトが潜り込み、落下速度が緩やかになってゆく。
 そして、その下にはラファエルが両手を広げて立っていた。シノはそのまま、ふわり、とラファエルの両腕に着陸する。ちょうど背中と膝裏に手をまわされ、いわゆるお姫様だっこの状態で抱かれる形となる。PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる半世紀の終りに〜 universe62 最後のけじめ
「貴様――何故」
 シノは目を丸くして、ラファエルの顔を見上げる。
「ひとつ、腕のある者を失うのは社会の損失だ。ふたつ、我が主君が助けろと言うなら、我は命を賭けて助ける。それだけだ」
「……!」
 シノは何かを言いたそうにラファエルを見上げていたが、その言葉に頬を赤らめながら、そっと目を伏せる。
「……ところでシノ。剣を交えて思ったが、今の戦いは本意ではないな?」
 ラファエルの言葉にシノははっと振り向いて、口を何度かぱくつかせた。それからゆっくりと息を吐いてからゆっくりと話し始めた。
「……私は、自分が誰なのか分からない。過去のデータからバーバラに再生されたようだが、詳しく分からないのだ。覚えているのは戦うこと、そしてゾーク様……それだけだ」
「なるほどな、良ければ詳しい話を聞かせてくれ。……歩けるか?」
 ラファエルは頷くシノの小さな体をそっと降ろしてやる。シノはされるがままに両足をおろした。
「……分かった、お前たちを信用しよう」
「話が早くて助かる。……ところで」
 ふっ、と口調が変わったラファエルに、シノは不思議そうな視線で見上げた。
「軽いキャストもいるのだな。我が主より軽いのではないか?」
「ラ、ファ、エ、ルゥーーーーッ!」
 エレナの叫び声にラファエルが振り向くと、そこには何も見えなかった。何故なら、振り向いた瞬間にエレナの胸が激突したからだった。
「ぐはあぁっ!?」
 エレナは地面に対して体を並行に倒し、両手を大きく広げて胸から顔面に飛び込んだ。当然その勢いでラファエルはバランスを崩し、勢いづいたままで後頭部から地面に叩きつけられる。慌ててシノが飛び降りて逃げた。
「余計なことを言わないでください、恥ずかしいではありませんか!」
「くう……! さすがはエレナ様、素晴らしい破壊力です……成長しておられる」
「それは技の話なのか妄想の余地を残したのか、はっきりして欲しいんだが」
 組み伏されながらラファエルが言うのに、シロッソは杖で自分の肩を叩きながら冷静にツッコんだ。
「ふふっ……」
 その光景にシノは茫然としていたが、それからぷっと吹き出して、笑い出す。
「あははは……!」

 明るく元気な、笑い声。

 それが響き渡るのに驚いて、3人は振り向く。先ほどまで鋭い眼つきだったシノが、涙目になりながら明るく笑っていた。
「――へぇ、珍しいな。あれほど明るく表情豊かに笑うキャストなんて、初めて見たぜ」
「……ですね。私たちは間違っていなかったということですよ」
 シロッソが不思議そうに呟くと、エレナも微笑んで言った。
「エ、エレナ様……息ができ……な……おっぱ……」
「もう、いいところですのに、ラファエルは空気が読めないんだから……」
 だがラファエルは、右手でエレナの肩をぱんぱんと叩いて、ギブアップしていた。その言葉を遮って、エレナが口を尖らせすねたような口調で言う。
「……そのままだと二度と空気が読めなくなるんじゃないか」
 シロッソがにやにやと笑いながらツッコんだ。
 不意に、ピピピッ、と端末が小さく鳴る。やっとラファエルも解放され、3人は端末を取り出した。
「はい、エレナです。そちらの首尾はいかがですか、アンドリュー?」
「アナスタシアは発見して保護したよ。今、ボディのメンテナンスが終わって、とりあえず動けるだけのエネルギー補充を行ってる。そっちは?」
「問題ありません、障害は取り除きました」
 "障害"という言葉に、シノが眉をぴくり、と動かした。悲しみのような申し訳無さのような、複雑な表情でラファエルから目をそらす。
「――なので、我々はこれからウィンドとヴァルキリーの捜索を開始するつもりでいる」
「その必要はない……2人はもうここにはいねえ」
 その会話にランディが入ってきた。その声は暗く、いつもの覇気がない声だった。
「どういうことだ?」
「さっき、ウィンドと交戦した。あいつ、ダークファルスが復活すればヴァルキリーが生き返ると信じ込んでやがる」
「なんだと!」
 思わずラファエルは声を荒げる。エレナやシロッソも何かを言いたそうな表情だったが、そのやりとりを黙って聞いていた。
「とにかく、ウィンドはヴァルキリーを連れて脱出した。もうここにはいない」
「……そうですか、それではアナスタシアさんが移動可能になったら連絡してください。建物の外で落ち合いましょう」
「うん、分かったよ」
 アンドリューは端末を切ってから、戸口にだらしなく足を伸ばして座っているランディに目をやった。
 入り口の外にはバラバラに破壊されたキャストが散らばっている。ある者は四肢をばらばらに、ある者は叩き潰されて全身が平べったくなっている。
 虫の居所が悪いんだろう、というのは想像がついた。
「アンドリュー、移動できるようになるまであとどの位かかります?」
「うん、もうすぐかな」
 アナスタシアが聞くのに振り向いて、アンドリューは機械のメーターを見ながら答えた。
 アナスタシアの頭部はカズンに用意された体の取り付けが完了しており、ベッドで上体を起こして座っている状態だった。すでに自力で動く事はできたが、任務のように激しい動きをするにはフォトンリアクターのエネルギーが足りないのである。
 そういうわけで傍らに座るアンドリューの横に機械が置かれ、そこから伸びたケーブルを開いた胸部のフォトンリアクターに接続し、補給をしている最中だった。
「……ランディ、どうしたんです? 何かあったのでしょうか」
 アンドリューに顔を近づけて、そっとアナスタシアは耳打ちする。
「ああ――さっきウィンドと交戦したせいだと思う」
「ウィンド……そういえば、記憶が途切れる前に聞いたあの声は……」

『バーバラさま、そろそろ出た方がいいっスよ』

 アナスタシアは思い出していた。あの時ははっきりとした声紋は分からなかったものの、口調や声の抑揚は、確かに聞き覚えのあるものだった。
「――寝返ってしまったのですね……」
 ゆっくりと視線を落としながら、アナスタシアは静かに呟いた。
「まあ、コナンドラムに洗脳されただけかもしれないから、まだ何とも言えないけど……OK、補給終わったよ」
 胸部のケーブルを引き抜きながら、アンドリューは言った。
「ありがとうございます。……これでやっと動けますわ」
 アナスタシアはゆっくりと立ち上がりながら、手を握ってから開く。両足を見下ろしながら足踏みをして、その感触を確かめた。
「……わずかにアライメントが狂っていますわね」
「あはは、設備の無い所だしね。それは勘弁して」
 整備器具をナノトランサーに片づけながら、アンドリューは笑いながら答えた。それから入り口の方に視線を向けて、
「ランディ、行くよ〜」
 と声をかける。
「あ? ああ」
 振り向きもせずにぶっきらぼうに答えて、ランディは立ち上がる。尻をぱんぱんと手ではたいて、腰に手を当てるとぐんと背筋を伸ばした。
「エレナ? メンテナンス完了、これから脱出するよ」
 アンドリューが端末に言うのを背中に聞きながら、ランディは首を左右に振ってぽきぽきと鳴らす。その時、ぐいと上着を引っ張られるのに気づいて、振り返った。
「ん? ……どうしたんだ、指揮官様?」
 アナスタシアはランディの上着を掴んだまま、下唇をきゅっと噛んで、真剣な表情でランディを見上げていた。
「ウィンドの事、心配しないでください。必ず、ヴァルキリーと一緒に助け出しましょう」
 掴みながら真剣な顔で言うのに、ランディはふっ、と表情を緩める。まるで、まとっていた緊張感も同時に脱ぎ捨てたかのように。
「……ああ。あんたこそ、心配すんなよ」
 言ってランディは、その手をアナスタシアの頭に乗せる。何気ないその行動が予想外だったのか、アナスタシアはその頬を少し赤らめて、何かを言いたそうに少し口を開いてから、すぐに閉じた。
「大丈夫だ、ウィンドとヴァルキリーは必ず助け出す。そしてコナンドラムをぶっ潰す。俺の全てを賭けて」
「……またそうやって、無理をするんですか? ヴィオ・トンガの時みたいに、ボロボロになるまで」
 アナスタシアがわずかに詰め寄った。への字口のままでぐいと見上げて、眉根を寄せて言う。
「んー……いやまあ、ボロボロになるのが好きなわけじゃないんだ。気づくとボロボロになってるだけでさ」
 おどけてランディは言ってみるが、アナスタシアの表情が緩むことはない。
「……指揮官として責任を感じてしまいます」
 アナスタシアはゆっくりと上着を掴む手を離す。重力にまかせて腕を垂らしてから、目線を下に落としてうつむいた。
「あ、いや、違う違う! そういう意味じゃねえ。俺が未熟だって意味だ、勘違いしないでくれ」
 ランディは慌てて両手を目の前でばたばたと振って、早口にまくしたてる。自らの未熟さを冗談にしたつもりだったのだ。
「そうですか? 本当に?」
「あ、ああ」
 ぐい、と詰め寄る彼女に、ランディはたじろいだ。そう、アナスタシアは決して怒っているわけではない。むしろ、泣きそうな表情だった。
 ランディはそれを見ながら、明らかにたじろいでいた。
(……どんだけ心配されてんだ、俺。ていうか、こんな表情をするのか……)
 その気持ちだけでなく、普段は見せないその新鮮な表情に、ぐらぐらと心を揺すぶられてしまう。
 それを追い払おうとしたのか、ランディは一度咳払いをして、それからゆっくりと口を開いた。
「とにかくだ、あんたは責任を感じなくていい。俺は自分のやりたいようにやった結果だ。あんたも昔言ってたろ、『邪魔にならないのであれば、自由にして構わない』と」
 アナスタシアは複雑そうな表情で、わずかに頷く。
「だから俺は、守りたいから守るんだ。ウィンドもヴァルキリーも。そして、あんたもな」
「な……っ!」
 ぼっ、と火がついたようにアナスタシアの頬が赤く染まった。わずかに開けた口をぱくつかせながら、言葉を漏らす。
「2人とも、お待たせ。準備できたよ」
「お、OK。じゃあ行こうか」
 アンドリューが声をかけるのにランディは振り向いて、明るく答えた。アナスタシアと話して少しは気が紛れたのだろう、少しは元気が出てきたようだった。
「うん。……あれ、アナスタシア、どうしたの?」
 アナスタシアが動かないのを不思議に思って、アンドリューはその顔を何気なく覗きこむ。アナスタシアは握った拳を僅かに上げながら、顔を赤くしてうつむいていた。
「な、なんでもありませんわっ!」
 腕で顔をこすりながら、アナスタシアは慌てたように叫ぶ。それからつかつかと歩き出した。
 アンドリューとランディは不思議そうな顔を見合わせてから、首を傾げた。

 モトゥブ、13:20。
「急いでください!」
 通路の入り口近くで、エレナが腕をぶんぶんと振り回していた。奥から出てきた3人に対して叫んでいる。
「大変お待たせしました」
 アナスタシアはエレナの前で足を緩め、軽く会釈してみせた。それから4人は建物から出て、最初に待機していた丘の方へと向かってゆく。
「ありがとうございます。これより、任務指揮はわたくしが引き継がせて頂きます」
「はい、よろしくお願いします。……指揮って慣れてないから、肩が凝っちゃいますね」
「……肩が凝るのは胸がでかぐはぁっ」
 失礼なことを呟きかけたランディに、アナスタシアは裏拳で顔面にツッコミを入れる。言われたエレナも意味が分かっていないらしく、小首を傾げていた。ランディは何故殴られたのかよく分からないという表情で、涙目になりながら顔を両手で覆う。
「そうですね、指揮官は考えることが多いですから。……それではアンドリュー、爆破のタイマーを始動させてください。わたくしはデータベースにアクセスして最新情報をダウンロードいたします」
 アンドリューが右手の親指を立てて微笑んでみせ、小型のスイッチらしきものを取り出して、強く押し込んだ。
(本部データベース接続……トランザクション完了。差分抽出……コミット開始……)
 アナスタシアは早速ガーディアンズの指揮官データベースにアクセスし、囚われていた間の情報を確認する。
(本日午前より、グラール全土で新型SEEDウィルスを使ったテロ行為の発生……新種SEEDウィルスのワクチンプログラムのダウンロード……ヒューマン原理主義組織イルミナス……そして、コナンドラム任務に携わる仲間の殉職……わたくしが思っているよりも事態は悪化しているのですね……なんという状況……!)
 アナスタシアは愕然としながら、ダウンロードの完了度合いを示すバーが伸びきるのを待っていた。
(バーバラが言っていたことは、やはり本当だったのですね……)
「あれ?」
 不意に、ランディが不思議そうな声をあげた。その声に全員が見上げると、丘の上にラファエルとシロッソがおり、それ以外にもう1人いたのだった。
「! こいつ、さっきの! なんでここに?」
 そう、シノがいたからだ。地面に座る彼女は、ボディがぼろぼろで左腕も折れた状態だった。
「シノは過去のデータからコナンドラムに再生されただけで、何も分かっていないようだ」
 見ると、ラファエルの体から何本もコードが伸びており、シノの体に繋がれている。直接データにアクセスして調べているようだった。
「コナンドラムに義理もないみたいだし、彼女の持つデータから何か新しい発見があるかもということで、ガーディアンズ本部への任意同行も承諾してもらっている」
「そういうことだ。とりあえず、よろしく頼む」
 ランディははっと我に返ったように頷いて、右手を差し出した。
「分かった、俺はランディ。よろしく頼む」
「私はシノ。ミヤマ流剣術の師範だ」
「そいつぁ頼もしいな」
 ランディが言った直後、どおおぉぉんと激しい音が辺りに響き渡った。拠点に仕掛けていた爆弾が爆発したのだ。
 爆発の勢いで洞穴はあちこち崩れてゆく。天井が落ち、入り口から土砂があふれていた。
「……これでコナンドラムも終わりですわね」
 煙と炎があがる拠点を見て、感慨深そうにアナスタシアは呟いた。かれこれ数ヶ月も続く任務に終わりが見えた事に、安堵の息をつく。
「ああ、これでやっと……な」
 ランディも目を細めて、その光景を見ていた。
「これがグッドエンドへのルートだと思ったら大間違いっしょ、このバカ@#!っ!」
 場に響く声に、一同がはっと振り向いた。ランディとアナスタシアはもう慣れているので、じとつく視線をちらりと向ける。
「来やがったな、このアホメイド野郎」
「……またあなたですか。天丼もしつこいと面白くもなんともありませんね」
「アホとか言うなー! あぁん、おねえさまぁん♪」
 丘の上に、プルミエールが立っていた。アナスタシアに向かって嬉しそうに手を振る。
「――さて、あなたが出てきたということは、何か意味がありそうですわね?」
「さすがはおねえさま。……私に与えられた任務はとても簡単♪ "おねえさまと決着をつける"……ってこと」
「なるほど、時間稼ぎを兼ねるわけですね?」
「あははっ、でもそれだけじゃなくて〜」
 けらけら笑うプルミエールだったが、ここで不意にその眼光を鋭いものへと変える。
「……私とおねえさま、どちらの性能が上か、はっきりしましょ、って言ってんの」
「……」
 一同は、その地の底から響くような、太く、くぐもった声に答えることができない。
「私が無理にバーバラさまに頼んだの。私は新型としてこれから生きていく以上、おねえさまを越えなければいけない……目の上のたんこぶなのよ、おねえさまは」
 いつになく真面目に言って、プルミエールはバトンを取り出す。くるりと回すと、フォトンが伸びてウォーハンマーへと姿を変えた。
「残念ながら、そんな暇などありません。さぁ皆さん、早くコロニーに戻りましょう」
「あら、おねえさまだって知りたいんじゃないの? 何故自分の中に見覚えの無い映像が残っていたのか、何故自分は名も無き少女に似ているのか。そして、自分は何処から来たのか……」PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる半世紀の終りに〜 universe62 最後のけじめ
「!」
 その言葉にアナスタシアははっと振り返る。ランディも思わず振り向いてしまっていた。そう、アナスタシアはカズンに作られたキャストではないという事実――本人も知らないことを、彼は知っていたから。
「さ、おねえさま、日が暮れるまで楽しいロンドを一緒に踊りましょ♪」
 プルミエールはいつものようなおちゃらけた声になると、突き出した右手を小指から波打つように動かして、アナスタシアを挑発した。
「――エレナ、アンドリュー、シロッソ、ラファエルの4名はシノを連れてコロニーに向かってください。シノを本部で保護した後、テロ鎮圧ならびにコナンドラム撃退にあたってください」
「テロ鎮圧……?」
 聞き慣れない言葉に、皆は不思議そうな顔を見合わせる。それにアナスタシアはゆっくりと息を吸うと、ためらいがちな口調で静かに話し始めた。
「今朝、ヒューマン原理主義団体イルミナスによるSEEDウィルスの無差別散布が行われ、3惑星同時テロが開始されました。最終目標はおそらく、ガーディアンズ・コロニー……」
 その言葉に、ランディははっとなって思い出す。スペースポートから遠くに見えた、あの煙の意味を。
「テロ対応に追われている隙にガーディアンズ・コロニーにイルミナスの兵が上陸し、総力戦になるでしょう。そして、それに乗じてコナンドラムはコロニーでダークファルス復活を目論んでいます。その阻止にあたってください」
 ランディはぺっと唾を吐いて、みるみるうちに表情が変わってゆく。怒りの顔に。
「てめぇら……ふざけやがって!」
「待ちなさい」
 振り向きもせず手で制するアナスタシアの声は、まさしく指揮官のそれだった。
「ですから……ここはわたくしが。これはコナンドラムの時間稼ぎです、それに乗る必要があるのは、彼女と決着をつける必要があるわたくしのみで充分です」
「――分かった」
 苦虫を飲み込んだような顔で眉をひくつかせながら、ランディは言う。
「だが――俺は?」
「ランディ、あなたはそこで待機。手出しは不要です。――ただ、見守ってください」
 ランディが言うのに、アナスタシアはきっぱりと答えた。いやに穏やかな微笑をたたえて。
「見守る……?」
「わたくしの身に何かあった場合、救援活動を行ってください。それ以外の手出しは――不要」
「……分かったよ、指揮官サマ」
 明らかに不機嫌そうに、ランディはそのまま腕を組んでどっかりと腰を降ろした。
「思う存分やってこい。何かあれば仇は取ってやる」
「あら、ありがとうございます」
 ランディがにやけた顔で言うジョークに、アナスタシアは微笑んで答える。
「分かりました。どうかお気をつけて!」
「我には何もできないが、星霊に祈っておくことにする」
「むしろこれからの俺たちに祈っておいた方がいいんじゃねぇか?」
「アナスタシア! 無理しちゃだめだよ!」
 エレナたちが口々に言いながら走り出す。ランディとアナスタシアはその背中を見送ってから、ゆっくりとプルミエールに向き直った。
「――さぁ、始めましょうか?」
「んふふ、私は別にまとめて来てくれても良かったのに。みんな満足させちゃうよ?」
 ニヤニヤといやらしい笑いを浮かべながら、プルミエールが言う。
「――その余裕がいつまで持つか……その体に聞くといたしますわ」
 アナスタシアは腰をわずかに落として構える。プルミエールはそれを見て満足気に微笑むと、ゆっくりと腰を落とした。
「ふふふふ、おねえさまこそ♪ 昨日の夜のように可愛がってあ・げ・る♪」
 アナスタシアは何も答えず、地面を蹴って駆け出した。
(……見守る、か……)
 ランディは冷静にアナスタシアを見上げていたが、内心穏やかではない。能力としてはアナスタシアの方が上のはずだが、以前の交戦で一度危ない目にあっている。
 戦闘スタイルの方向性が完全に真逆なだけに、戦局はどう転ぶか分からない。それが、ランディにとって安心して見ていられない理由だった。
「いぃやあぁぁぁっ!」
 高い声での叫びと共に、アナスタシアが飛びかかった。勢いを乗せて右のダガーで上から斬りつけ、返す刃で横に薙ぐ。プルミエールは鎚の柄でそれを危なげなく反らした。
「っぽいっと!」
 くるりと鎚を回転させながら、プルミエールは右へと大きく薙いだ。
(!? あの重量でこの速度は……!)
 予想外の速さに、アナスタシアは目を丸くしながら慌てて後ろに飛び退く。
「ぐ〜ふ〜ふ〜、そこのおばかな@#!けものに教えてもらった持ち方、ちょー便利ぃ♪」
 見ると、プルミエールは柄を短めに持っている。そう、かつてモトゥブで交戦した際にランディが実践していた戦い方を、彼女は完全に自分の物にしていた。
「教えた覚えはねぇよ。勝手に盗んだんじゃねぇか、このアホメイド」
 ランディは舌打ちしながら眉をひそめる。
「アホとか言うなぁ! 舌とか@#!とかひっこ抜くよ、このアホけもの!」
(……しかし、あの学習能力は異常だ。ああも簡単に習得するとは侮れねぇ……)
 プルミエールの罵声を気にせず、ランディはうん、と唸って首を傾げた。キャストだから情報を分析して解析するのは得意なのだろうが、真綿が水を吸うかのような学習能力の高さが恐ろしかった。
「学習能力の高さは評価しますが、そんな小手先の技術ではわたくしを打ち倒す事などできませんわ」
 アナスタシアが再度飛び込む。右で斬りつけ、間伐入れずに左。上半身に意識を集中させて、そのまま右で斬りつけるふりをしながら右足でのローキック。
「きゃうん!」
 プルミエールの下半身が右に揺れ、反動で上半身は左に揺れる。
 そこに合わせてのハイキック。左のこめかみにカウンターヒットする。みしみしと音を立てて衝撃がボディを伝い、プルミエールの脳を大きく揺らす。
「ほうら、詰めが甘いですわ」
 攻撃の手を休め、アナスタシアは半歩飛び退いた。
 プルミエールはゆらりと右に揺れてから、右足をぐんと踏み出して、なんとか踏みとどまった。
「いつつ……これは効くゥ♪」
 地面をだんと蹴って、今度はプルミエールが飛び出した。体重を乗せて、左から横に薙ぐ。
 アナスタシアは左のダガーの腹で受け流そうとするが、体重と勢いが乗っている上に元々のウェイト差があるため、攻撃は予想以上に重い。踏ん張っていた足ががくがくと揺れ、受け流すのがいかに厳しいかを物語っている。
「く……」
「なんてね♪」
「!?」
 プルミエールが、飛んだ。足を離して、槌の勢いに体をまかせたのだ。
 アナスタシアが受け止めた槌頭部分を支点にして、時計回りに飛ぶ。そのまま空中で体を捻り、遠心力を乗せて柄先で殴りつける。
「ぐあっ……!」
 柄先がアナスタシアの顔面を打つ。小柄な体はやすやすと弾かれて3メートルは吹き飛ばされ、地面に叩きつけられて滑ってゆく。
「んふー♪」
 着地して、洗い鼻息に得意げな表情で、プルミエールはピースサインを出した。一体誰に見せているのかは分からないが。
「くっ……」
 アナスタシアはなんとか上体を起こす。今の一撃で激しく脳を揺らされ、視界がぐらぐらと揺れていた。
「……!」
 ランディが思わず腰を浮かせた。だが、上体を起こすアナスタシアを見て、ほっとして再度腰を降ろす。
「お・ね・え・さ・ま♪」
 プルミエールはにやにやと笑いながら右腕を突き出し、掌を上に向ける。
「……?」
「まだまだ本気じゃないデショ?」
 プルミエールの指先が、くいくい、と曲がった。
「……ッ!」
 アナスタシアの中に生まれた感情が、フォトンリアクターの出力を一時的に増大させ、リミッターの制御の影響を抑えた。

 つまり、アナスタシアは"カッとなった"のだ。

「わたくしを怒らせたことを――後悔させて差し上げますわッ!」
 アナスタシアは両手で地面をぐんと押した。体を側転させ、その勢いで地面を蹴る。まるで弾丸のような勢いで、その体が飛んだ。
「そうこなくっちゃ!」
 プルミエールは鎚をぐんと振りかぶって、そのまま横にぶんと薙ぐ。だが手応えは無い。
「アレ?」
 振り抜いた鎚の下、死角にアナスタシアは屈みこんでいた。その瞳を獲物を狙う鷹のように光らせて。
「いやん、ちょっと待った!」
 アナスタシアは地面に両手をついて、右足で両のかかとを蹴りつける。綺麗に両足を払われて、プルミエールは不様に尻から地面に落ちた。
 アナスタシアはそのまま飛び込み、アッパー気味に下から右のダガーで斬り上げた。プルミエールの無防備な顔面に刃が走る。ぎゃりん、と鉄が削れる音と同時に激しい火花が飛び散り、プルミエールの上体が大きくのけぞる。
 そのままの勢いで体を反時計回りに回転させ、振り向きながら左足のソバット。かかとが顔面にみしみしとめりこみ、ふっ飛んだ。後頭部から激しく地面に叩きつけられる。
 アナスタシアはプルミエールに馬乗りになって、何度もプルミエールの顔面を斬りつける。
「なんつーえげつない……」
 ランディはその光景に苦笑した。弱点だと分かりきっている顔面への連続攻撃。普通、人間は本能的に顔面を狙わないものだ。理由は簡単で、同族同士の親近感があるからである。
 しかしキャストは違うのだろうか、アナスタシアはためらいなく顔面を斬り続ける。殴っては斬りつけ、斬りつけては殴っている。
「あなたという存在は……わたくしを不快にさせるのです!」
「ちょ、おねえさま、タンマタンマ!」
 プルミエールの両腕が、アナスタシアの肩を掴んだ。それをぐんと引き寄せて、顔面への頭突き。がきんと金属がぶつかる音がして、火花が散った。
「くっ……!」
 その隙にプルミエールは素早くブリッジ。腰を僅かに浮かせて、アナスタシアの体が浮いた瞬間に寝転がったままウォーハンマーで横から殴りつける。腰が入っていないとはいえ小さな体を退けるには充分で、アナスタシアは右側に倒れた。
「……おねえさま、顔は女の命と分かってやってるでしょ?」
 地面に左手をついて、ゆっくりと体を起こしながらプルミエールは言った。その顔は人工皮膚がほとんどはがれ、無残なほどに機械が剥き出しになっていた。
「あら、思ったとおりすっぴんの方がお似合いですわね?」
 両手で地面を勢いよく押して、立ち上がりながらアナスタシアは言う。プルミエールを睨みつけたままで。
「いやん、おねえさまこわぁい♪ 私とのことはアソビだったのね?」
「遊び? 最初からこれは"ルール無用の遊び"なのでしょう? ならば、最後は派手に花火でも打ち上げて差し上げましょう」
 アナスタシアの視界に映るプルミエールの姿。そこに、赤いリングが表示される。2回小さく点滅して、"Lock on"の文字が浮かぶ。これはもちろん、彼女にしか見えていない。
「――わたくしの力、感じなさい! 本部へ要請、SUVウェポン、パラディ・カタラクトの使用許可を!」
「ちょっ、ちょっとぉ!」
 アナスタシアの声に合わせて、空で何かがきらめいた。
 次の瞬間、空からレーザーの嵐が襲う。そう、大気圏外の衛星からの一斉射撃。
「ちょ、ちょっと! おねえさまああぁぁぁぁ!」
 激しい爆発と巻き起こる砂埃の中から、プルミエールの叫び声だけが響いていた。

<< universe61

注意事項

※この物語は株式会社セガが提供するオンラインゲーム「ファンタシースターユニバース」を題材としたフィクション(二次創作物)です。世界観、固有名詞、ゲーム画面を使用した画像など、ゲーム内容の著作権は株式会社セガにあります。
※小説作品としての著作権は勇魚にあります。
※登場する団体名・地名・人物などは、実在する名称などとは一切関係ありません。
※作中の表現や描写、ならびに使用している画像などは、ゲーム内で再現できるものとは限りません。
※この作品は、「戦い」「人間ドラマ」をテーマの一部としているため、暴力・性的な表現を含む場合があります。予めご了承下さい。

本サイトは全ての利用者に対して「エンターテインメイト小説」として娯楽を提供するものであり、閲覧・投稿についての保障・責任は一切行いません。
また、上記注意事項を越えたご利用によって生じた損害に関して、当サイトは一切責任を負いません。予めご了承下さい。

拍手

作品へのコメント、感想や質問などはこちらからお願いします。
(無記入でも押せますが、何か書いてくれるとすごく嬉しいです)