還らざる半世紀の終りに > universe60 モトゥブに黒い風が吹く
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PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる時の半世紀の終りに〜 universe60 モトゥブに黒い風が吹く

 ガーディアンズ・コロニー、9:45。
「はい、並んで並んで。どんどんいくよ〜」
 腰に両手を当てて何故か笑顔で言うエマに、オルハ心底げんなりして隣にいたエレナに苦笑した。
「ボク、お注射嫌いなんだけどなあ……」
「仕方がありませんよ。これからの任務に必要な予防接種なのですから」
 そう、朝からメディカルセンターの一室に予防接種の会場が用意され、コナンドラムの任務に就いているガーディアンたちが並び、予防接種を受けていたのだった。
 ランディ、オルハ、ファビアはもちろん、テイル、アンドリュー、それにエレナ、ラファエル、シロッソ。イチコは昇任試験の関係で午後に済ます予定で、メァルは腕の治療のついでにメディカルセンターで受けているらしい。また、オラキオにもこの話は伝わっており、ルディやユーシスたちも受ける予定だという。
「でもさ、予防接種なのに、なんでキャストもいるの?」
「今回発見されたウィルスは、キャストにも感染例が確認されているからよ。別室でワクチンプログラムをインストールしてもらうわ」
 エレナが首を傾げていると、後ろからアルファの声が割り込んでくる。
「あ、先生」
「ごめんね、急に呼び出したりして。……とにかく、この予防接種の意味は、この後のミーティングで話すから……本当にごめんね」
「う、うん」
 オルハはアルファの表情に一瞬戸惑い、二の句を繋げなくなってしまった。

 ――"泣きそうな"と形容するしかない、その表情に。

 コナンドラムの本拠地、10:06。
「起きな」
 声と同時に、がつん、と衝撃が加わったと思うと、強制的に休止モードから復帰させられてしまう。
 アナスタシアははっとなって顔を上げると、そこには拳を握りしめたバーバラが立っていた。
「な――」
「昨晩はお楽しみでしたね、勇者サマ。――さて、時間がない、手身近に説明しよう」
 いきなりのことにアナスタシアはぽかんとしていたが、バーバラはそれを気にせず一方的に話し続ける。
「我々コナンドラムは、この拠点を放棄することにした。お前のメインメモリのコピーは取ったからもう用済み。動力の供給もすぐに停止され、お前はもうすぐ死ぬ。もう二度と会うこともないだろう」
 見下ろすバーバラの視線に、アナスタシアはそれを弾き返すかのように睨み返す。
「……」
 バーバラたちが何をしたいのか、アナスタシアにはまったくもって理解できない。
 拠点もあっさりと放棄してまで、何かをやろうとしている。わざわざあれほどの騒ぎを起こして自分を捕獲したと思えば"用済み"と言う。
「……わたくしのデータが手に入れば、それで良かったのですね」
 別にそれが寂しいわけではないが、とりあえず思ったままに呟いてみる。
「当たり前だ」
 バーバラの右手が伸びてきたかと思うと、アナスタシアの顎を両側から掴み、ぐいと上を向かされる。バーバラの顔がぐっと近づき、憎悪のこもった視線を合わせられながら、彼女は口を開いた。
「勘違いするなよ? 私はお前みたいな奴が死ぬほど嫌いなんだ。すぐに殺されないだけマシだと思え」
 それからバーバラは熱くなった自分を制するかのようにゆっくりと息を吐いて、
「――それはさておき、だ。もうすぐ楽しい祭りが始まる。我々は本拠地を放棄してでもそれに便乗する意味がある、というわけさ」
「? それはどういう――」
「本日9時頃から、グラール各所でテロ活動が開始された」
「!?」
 予想外の言葉にアナスタシアは愕然となる。慌ててガーディアンズ本部の指揮官専用データベースへ無線アクセスを試みる。
("接続エラー"……やはり電波妨害されているのですか……)
「先ほども、モトゥブでテロが開始された。――SEEDウィルスの無差別散布だ」
「なっ――!?」
 SEEDウィルス……それは感染した人間を、SEEDモンスターへと変化させるという、恐ろしいウィルス。そんなものを無差別散布するというのはあまりにも非人道な行為としか言いようがない。
「犯人は恐らく、ヒューマン原理主義団体"イルミナス"。こちらの掴んでいた情報通り、でかい花火を打ち上げてくれたな」
「ですが……ガーディアンズはワクチンの開発に成功しています。そんなもの、効果がありません」
「それはどうかな?」
 にやりと笑いながら、バーバラはリモコンを手にとってディスプレイに向ける。ぱっとディスプレイが映り、そこに映し出された光景にアナスタシアは言葉を失った。
「――!」
 映っている光景は、パルムの市街地。そこにはSEEDモンスターと、マシナリーたちが街を破壊している様だった。モンスターたちはビルや家屋をおもちゃのように壊し、車輌をオセロのコマのようにひっくり返す。あちこちから煙があがり、午後の青い空の明度を落としていた。地面には倒れる人々の姿が……。
 ガーディアンズや同盟軍も応戦しているが、数が多すぎて劣勢なのは明らか。そして――その破壊活動を行う群れには、ガーディアンズや同盟軍のキャストらしい姿もあった。
「イルミナスめ、改良型ウィルスを開発したらしいな。マシナリーやキャストにまで感染させられるらしい、なんと素晴らしい兵器だ」
「……」
 アナスタシアは何も言えなかった。いや、言う気力さえ失っていた。
『大変です、街はモンスターに破壊されています! 皆さん早く逃げてください!』
 ディスプレイから聞こえるグラールチャンネル5のニュースリポーターの声が、いやに遠くに聞こえる。

 ――これは、現実なのか?

「そんなわけで、我々も便乗させてもらって、ダークファルスを復活させる――ガーディアンズ・コロニーでね」
「!?」
「くっくっく……これでにっくきガーディアンズたちを完全にぶっ潰してやることができる! ふははぁ……ははは……はふぅふぅ、はぁぁああ!」
 天を仰いで大笑いしたかと思うと、バーバラはその鼻を指で両側から挟みこみ、はぁはぁと肩で息をしてみせた。
「ガーディアンズはそう簡単に倒れません!」
「ふははぁ……おお、怖い怖い。生憎、こちらには有能な協力者もいてね――ガーディアンズ・コロニーをよく知る者だ、作戦は問題なく進むだろう」
「くっ――」
 下唇を噛んで視線を落とす。あまりのショックで視界がぐらぐらと揺れた。
「さあ、与太話はこれぐらいにしておこう。そろそろ生命活動を維持するのに支障をきたし、仮死モードに入るころだな」
 その言葉が合図だったかのように、アナスタシアの視界がどんどん霞んできた。まるでフラッシュバックしたかのように、真っ白な景色が広がっていく――。
「バーバラさま、そろそろ出た方がいいっスよ」
 ドアが開く音がして、声が聞こえた。見えないので誰かは分からないし、声もくぐもっていて声紋がまったく分からない。
「それもそうだな。さぁ、案内を頼むぞ」
「まかせてくださいっス!」
「それでは、最後に――」
 ほとんど聞き取れない声が止まったと思うと、がつん、と顔面に衝撃が加わる。
「あばよ、くそったれ! 私に従わないからこういう目にあうのさ! 後悔しながら死にやが――」

 アナスタシアの意識は、そこで途切れた。

 ガーディアンズ・コロニー、10:52。
 予防接種が終わった面々は、そのままガーディアンズ本部のミーティングルームに集まっていた。昼もそろそろ近くなっていたが、これから始まるミーティングが重要なものだと、皆は薄々感じ取っていた。
「――さて、皆さんおはようございます。まずは予防接種、ご苦労様でした」
 集まった一同を見回しながら、アルファが口を開いた。彼女はまだ午前だというのに疲れた顔をしており、顔色も青白い。
「で、先生。あれはどういう意味だったの?」
「そうだな。我々キャストにまで受けさせるとは、よほどの事態ではないのか?」
 アンドリューが言うのに、テイルも続く。
「はい。――今、新型SEEDウィルス発生の可能性が懸念されているの。これは研究開発部所属のマヤ・シドウ女史が開発した新型ワクチンで、キャストにも効果があるものよ。新型の感染力は凄まじく、キャストなどの機械生命体まで感染させてしまうらしいの……」
「!」
 アルファの説明に全員が頷いた。
(……にしては、えらく急な話だけど……まぁいいか)
 オルハが少し不思議に思ったが、面倒だったのでそれ以上考えるのをやめた。
「なあ先生、ラジャは?」
 前に立っているのがアルファだけだったことを不思議に思ったのか、先頭に座るランディが口を開く。
「――ええ、ラジャは別件のミーティングに参加しているの。どうしても外せなくて」
 へぇ、とランディは中途半端に頷いて、隣に座るファビアに視線を向ける。だがファビアはそれに遅れて気づいて、慌てて頷いた。
 ――そう、コナンドラムの任務は極秘レベル4の任務のはず。そのミーティングよりも大事とはよほどの事態なのだろう、ということにランディは同意して欲しかったのだった。
「そういえばオルハ、腕の調子は?」
「うん。エマがいろいろしてくれて、骨はくっついた」
 アルファが優しい声で聞くのに、オルハはいつも通り答えて、左腕をぶんぶんと振り回してみせた。
「――でも……守れなかった」
 だが、オルハは腕の怪我の件でいろいろと思い出し、少しはっとした顔で呟いてから、少しうつむいた。
「――そうね、それも話しておかないとね……」
 その表情を見てアルファは何か悟ったらしい、ためらいだけが見える口調で静かに言った。
「……今回の任務で、2名の殉職者と2名の脱落者が出ました」
 一同がはっとした顔を上げる。それから辺りを見回して、不安そうに並ぶ顔を数える。
「まずは、モトゥブ山中でのコナンドラムとの交戦結果ですが……ヴァルキリーが殉職。それにウィンドが精神的疾患から強制入院、指揮官のアナスタシアはコナンドラムに捕縛されました。メァルは幸い腕の軽傷だけで済み、午後には任務に復帰する予定です」
 それにがたがた、と椅子が床をこすって叩く音が響く。何人かが驚きのあまり、立ち上がっていた。
「……え?」
 思わず声をあげたのは、オルハだった。
「ちょ、ちょっと先生、冗談は――」
「冗談でこんなこと、言えるはずがありません」
 うつむきながら言うアルファの強い口調が、全てを物語っていた。本人だって言いたくないのに、事実を伝えなければいけない立場がそれを言わざるを得ないのだと。
「……あいつ、眠ってるみたいだった」
 ぼそり、とランディが呟いた。オルハに向けた言葉なのだろうが、そちらを向くこともなく、ただ静かに。
「昨日、みんなで遺体を見に行ったんだ。体は無残なほどにぼろぼろだったけど、それでも……静かな表情だった」
 その言葉に場がしんとなる。誰もそれに言葉を発することができなかった。
「……だ、だって! おかしいよ! なんでヴァルが死ぬの!? なんにも悪いことしてないじゃん!」
「――」
 オルハが叫ぶのにランディがゆっくりと振り返る。オルハは涙をぽろぽろとこぼしながら、首を左右にぶんぶんと振る。涙の粒が勢いで飛び出し、まるで水晶のように輝いてはテーブルの上で弾けた。
 それにランディは何も答えられない。
 いや、答えることで認めたくない事実を認めてしまうのが怖かったのかもしれない。
「おかしい……おかしいよ! 一緒に入院してた時もあんなに元気で、ウィンドも確かに頼りなかったけど、頑張ってたじゃん! なのになんで!?」
「オルハ……落ち着いて」
 そのあまりの取り乱しかたに、思わずエレナが立ち上がった。後ろから肩に両手をそっとかけて、ためらいがちな表情で。
「なんでみんな死ぬんだよ! ネイだって――!」
「――!」
 その言葉にファビアがはっとなって顔を上げた。
 恐怖。
 ただそれだけに染められた顔を。
「……なんだと?」
「――昨日のダーククロウとの交戦の結果、トモエの逮捕には成功しましたが、イオリは逃亡し、戦闘中にネイが殉職しました」
 ランディの不思議そうな声を遮って、アルファが言葉をかぶせる。それにランディは目を見開いて、ファビアに視線を向けた。
「……すいません、私の力が足りないばかりに」
 ファビアが聞こえるか聞こえないか程度の小さな声で呟いた。誰かに向けた声というより、自責の念とネイに向けた言葉だったのは言うまでもなかった。
「なんで……なんでボクを置いてみんな居なくなっちゃうんだよ……っ!」
 オルハが歯を食いしばりながら、ぼろぼろとこぼれる涙をそのままに、唸るような顔で言う。
「……何故なんでしょうね。置いていかれる者はとても辛いというのに――」
 それにファビアが同意した。2人とも両親を亡くしていることもあり、それを含んだ言葉であるのは間違いなかった。
「……あともうひとつ、残念なニュースがあります」
「――はッ、今更何を聞いても驚かねぇよ」
 強がって言うランディの声は明らかに震えている。ふつふつとこみ上げる熱い怒りが、見え隠れしていた。
「強制入院していたウィンドが、昨晩失踪しました」
「まぁ、仕方ないっちゃ仕方ないか……殉職者も出てるようなハードな任務だ。ビビッても誰も攻めやしねぇよ」
 ランディが目を閉じて大きなため息をつきながら、吐き捨てるように言う。
「……ただの失踪なら良かったのですが」
「? どういう意味だ?」
「どうやらウィンドは、ヴァルキリーの死体を盗みだして逃亡したようなのです」
「なんだと!?」
 ランディは弾かれたように立ち上がる。皆のざわめきがボリュームを増した。
「昨日ファビアから報告を受け、諜報部が調べた結果なのですが、彼は昨晩未明にメディカルセンターに潜入。ヴァルキリーの死体を強奪し、そのまま逃亡しました」
「……ヴァルキリーが死んだという事実に自分の目を疑いましたが、その上このようなことになっているとは……」
 ファビアはうつむいたままで、呟くように言う。
「一体、何のために……?」
 アンドリューが首をかしげながら呟く。
「……倫理観念を無視してそう踏み切るとはな。まったくやってくれる」
「ですね。彼の目的が見えました」
 シロッソがあきれたような口調で言うのに、エレナが答える。2人にはどうやら、その言葉の意味が分かったようだった。
「要するに、どんな手段を使っても戦乙女殿を復活させたい――って所だな?」
「その通りです。彼は昨晩のうちにモトゥブへ向かい、コナンドラム兵と接触しました」
「!」
 シロッソの声に答えるように、アルファが続けた。
「ウィンドはコナンドラムの技術を使い、ヴァルキリーの再生をもくろんでいるのは明白です」
「あの野郎……!」
 熱くなったランディが立ち上がり、そのままドアへ向かおうとする。
「待ってください、ランディ。この話には続きがあります」
 その背中に、冷静にアルファが声をかける。
「待ってられねぇよ、今すぐぶちのめしに行く!」
「どこにいるかも分からないのに?」
「うっ……」
 ランディが足を止めて振り返り、複雑な表情で目線を落とす。
「ランディには、ウィンドとアナスタシアの両方を確保して欲しいんです」
「……どういう意味だ?」
「彼女本人も知らない事なのですが、彼女ぐらいのクラスの指揮官には危険時に緊急信号を発する発信機が内蔵されているんです。それを、諜報部が追跡していました。ウィンドがコナンドラム兵と合流してから向かった場所、そしてアナスタシアの緊急信号が妨害電波で消えた場所……この2ヵ所が同じ場所、と言えば分かるかしら?」
 それにランディは一瞬目を丸くしたが、その意味が分かったのか、不意に狂ったように笑い出した。
「ふふ……あはははっ! そうきたか、下手な三文芝居よりよくできてやがる。つまり先生はこう言いたいわけだ。"敵の本城に乗り込んで暴れまわり、姫様を助けだして来い"と?」
「そのとおりです。本拠地である確証はまだ無いけど、状況的に間違いないと思うわ。もちろん、2人の身柄を確保した後は、派手にやってきてもらって大丈夫」
 アルファが微笑んで言うのに、ランディは不敵に笑う。
「OK、盛り上がってきたぜ。メンバーは?」
「潜入はランディとアンドリュー。Deo pomumのメンバーは潜入を成功させるための揚動を担当して」
「まかせてください」
 エレナが力強く答えるのに、ラファエルとシロッソが頷く。
「……あと。ついでにお願いがあるんだけど」
 少し陰りのある笑顔で、アルファは言う。その表情に、ランディは首を傾げるばかりだった。
「?」
「――できれば、ヴァルキリーも確保してあげて」
「……分かってる、任せとけ。……さ、皆の準備が終わったら早速出るぞ」
 ランディが背を向けて入り口へ向かって歩き出そうとすると、アルファが言葉を続けた。
「あと、もうひとつ。ダーククロウの件についてですが、逮捕したトモエの証言で薬を飲ませたのはラ=シークだと思われます。真相は分かりませんので、ラ=シーク本人に任意同行を依頼し、事情聴取を行います……テイル、オルハ。ゴーヴァ鉱山に向かうから、ついてきて」
「了解した」
 テイルが腕を組んだまま頷く。オルハは無言で頷いた。
「あと、ファビアはメディカルセンターにメァルを迎えに行ってください。問題なく任務につけそうなら、そのまま待機していて」
「分かりました」
 ファビアはサングラスをずり上げながら、静かに頷いた。
「……コナンドラム、それにダークファルス……俺から人生を奪い、仲間を奪い、それでもまだ足りないというのかよ……!」
 不意にランディが、立ったままぎりぎりと歯を噛みしめて吐き捨てるように言った。まるで炎のように熱く、強い想いをそのままに。
「オルハ、ファビア――この想いを力に変えよう。コナンドラムとダークファルスを叩きつぶして、後悔させてやる力に」
「ランディに言われなくても分かってるよ……ぐずっ」
「……私の信念にかけても」
 オルハは鼻をすすりながら、ファビアは前を見据えたままで、振り向きもせず答える。完全に熱くなった彼らに、誰も声をかけることはできなかった。
「よし。出るぞ!」
 ランディの声が合図だった。全員が立ち上がる。
「?」
 再度歩き出そうとした所で、不意にアルファが上着の裾を掴んだ。
「……ランディ」
「? ……どうした?」
 聞く声は小声だった。振り返ったランディは、思わずその雰囲気に押されてしまう。
 アルファはきつく眉をひそめている。だが、それは怒りや辛さを感じさせるものではない。

 ……泣きそうな表情、だった。PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる半世紀の終りに〜 universe60 モトゥブに黒い風が吹く

「お、おい、先生……」
「ごめん、詳しくは聞かないで。でも、なるべく早く戻ってきて……」
「あ、ああ……?」
「ランディ、先にフライヤーベースに向かってるから!」
 向こうからアンドリューが呼ぶのに親指を立てた右手を突き出してから、ランディはもう一度アルファの顔を見つめる。
「……分かった、理由は後で聞く。今は、言わなくてもいい」
 その声にアルファは明らかに、ほっとした顔になる。
「だから、そんな顔すんなよ。おおかた機密事項だろうってのは想像がつく。それも、かなり"ヤバイ事"だろうってのもな」
 言いながらランディは入り口へ向かって向き直り、右手をひらひらとしながら歩き出した。
「ランディ……」
「楽しみは最後にとっとくぜ」
 ドアが開いて、ランディが部屋を出てゆく。
「……ありがとう」
 それに向かって、アルファは消え入りそうな声で静かに呟いた。

 モトゥブ、11:38。
 会議の後、ランディたち5人は準備を整え、モトゥブへ降りた。
「……?」
 ダグオラ・シティのスペースポートを出て、ふとランディは足を止め、遠くを見つめる。
「? どうしたの?」
 それを不思議に思ったアンドリューが声をかけるが、ランディは答えない。
「?」
 不思議に思ったアンドリューが、ランディが視線を向けている方向を見る。
「煙……? どっかのシティの方かな」
 その方向の空には、いくつもの煙があがっていた。あまりにも多いその量に、ランディは思わず目を奪われてしまっていた。
「なんだありゃ……やっかいなことになってるんじゃねぇのか……?」
 ランディが呟く。その煙に、ランディは昔を思い出していた。

 そう、"水晶の夜"を。

 あの時も破壊された街からはいくつもの煙があがり、人々の喧騒が街を覆っていた。それを思い出したのだ。
「ランディ……気になるのは分かるけど……ほら、大丈夫ですよ」
 エレナが促すとちょうど一台、ガーディアンズのフライヤーがそちらへ向かって飛んでゆくのが見えた。
「……だな。すまねぇ、ちょっと感傷的になっちまった」
 ランディが照れ臭そうに笑ってから、リニアベースへ向かって歩き出した。

 モトゥブ、11:58。
 ランディたち一向は、アナスタシアの発信機の電波が途絶えた場所を目指し、奥地へ進んでいた。眼前には古い工場のような建物が、霧の中にわずかに見え隠れしていた。
「で、ここが本拠地なんだな? 内部はどうなってる?」
「え、ちょっと、なんだこれ」
 一同は建物の近くで1人のキャスト兵を捕まえ、中心に座らせていた。
「それはもう分かったから、キリキリ喋ってくれ」
 いつもと同じ受け答えにうんざりしながら、ランディは裏拳でキャスト兵の顔をはたく。
「ああ……分かった。ここが本拠地だ……」
「ランディ、後はデータを吸い上げる」
 言ってラファエルがキャスト兵の背中を開き、携帯端末から伸びた線をコネクタに繋ぐ。
「構造図……OK、戦力……OK。……ふむふむ。この構造だと、東側の壁面は配線の関係で脆いはずだね」
「了解です、まずは東側を爆破いたしましょう」
 アンドリューの分析に、エレナが深く頷いて答える。
「戦力は……量産キャスト兵が30人ほど、あとはバーバラ、プルミエール……本拠地と言う割には、大した事が無い」
 ラファエルが意外そうな口調で読み上げるのに、ランディが頭を掻きながら"物足りない"と言わんばかりに顔をしかめる。
「もともと独自に動いてる奴が多い組織のようだからな。ラ=シークはゴーヴァ鉱山にいるようだし、C4やイオリもこちらにはいない」
「なるほどな……ちょっと暴れ足りない気はするが、こんなものか……」
「さて、じゃあそろそろねんねのお時間ですね♪」
 エレナがばちばちっ、と火花を散らすスタンガンを構え、にっこりと満面の笑みを浮かべる。その光景にランディは顔面蒼白になり、思わず目をつぶってしまった。
 ばちん、と弾ける音と悲鳴の後に恐る恐る目を開けると、キャスト兵がぐったりと倒れていた。その光景にランディは、「あ〜あ……」と呟く。
「では、作戦の最終確認を行います」
 エレナが言うのに皆が頷き、そちらに視線を向けた。
「目的はアナスタシアの奪還、ならびにウィンドとヴァルキリーの保護。東側壁面に爆弾を設置し、爆発の混乱に乗じて全員で突入、その後2部隊に展開」
 ここでエレナはラファエルとシロッソの方に向き直って、話を続ける。
「ラファエルとシロッソは私についてきてください、陽動で派手に戦闘を行います。敵を引き付けているうちに、ランディとアンドリューは捜索をお願いします」
 エレナがランディとアンドリューを見て、頷く。2人もそれを見つめ返して、無言で頷いた。
「アンドリュー、爆弾の設置をよろしくお願いします。目標達成と同時に、建物を完全破壊します。目標達成後は迅速に退避してください」
「壁のことなら、まかせといて」
 アンドリューが言うのに、全員が強く頷いた。

 モトゥブ、12:22。
 霧のかかるモトゥブに、どぉぉぉぉぉん、と激しい轟音が響いた。それに続いて、ごごごごごご……と岩が崩れる音。5人は岩影に隠れて、その様子を窺っていた。
 すぐにキャスト兵が入り口から3人飛び出し、辺りを見回しながら銃を構える。
「よし……行くぞ、俺に続け! 残りは後方から援護!」
「我の聖槍"ステイグマ"の恐ろしさ、味わわせてやろう!」
 言うが早いか、2人の影が飛び出した。ランディは斧を、ラファエルは槍を構えながら。続くアンドリューはショットガンを、シロッソは長杖を構えている。エレナもシャトを取り出して準備を進める。
「!」
 ガ−ディアンたちが飛び出してくるのに、キャスト兵が気づいた。だが、遅い。
「敵だ、ガーディア……がふうっ!」
 キャストが叫んでいる最中、勢いの乗ったランディの拳が右のこめかみに叩き込まれた。首がめきめきと音を立てたと思うと、内部からの衝撃で爆発したように頭部が吹き飛ぶ。まるで踏み潰されたカエルのように、不様に壁に叩きつけられた。
「ふっ、お見事。我も負けるわけにはいかない」
 ラファエルが飛んだ。頭上に振り上げた槍を振り回してから、疾風のような乱れ突き。目の前のキャストの体は、まるで突風にもぎ取られるかのごとく、体のパーツが吹き飛んでゆく。
「ぬうぅぅん!」
 着地しながら槍を腰と肘に挟みこむ。そのままぐるりと回転しつつ、渾身の力で槍を振り抜く。
「!」
 たっぷりとたわんで勢いを乗せた穂先が、キャストの二の腕に叩きつけられた。めきめきと音がして、槍がめりこんでゆく。キャストの外装は、けっして脆いものではないはずなのに。
 だが、ラファエルの槍は、まるで木偶人形でも貫くが如くそのまま胸を貫き、反対側の二の腕までをまっぷたつにしてしまった。
「さすが、2人ともやるなあ」
 アンドリューも負けじとフォトン弾をばら捲く。残る1人のキャスト兵の頭に吸い込まれるように弾丸がめりこんだ。頭が、ぼん、と小さくと爆発して、首のなくなったままでよろよろと壁に寄りかかって、倒れた。
「侵入者……気をつけ……」
 ラファエルに切り離された地面に転がる頭が、ノイズだらけの声を発する。ランディに吹き飛ばされたキャストが壁の近くに倒れこんでおり、壁のコンソールを開いて奥のボタンを押し込んでいた。すぐに非常警報が鳴り響き始める。
「急げ! 行くぞ!」
 ランディの声に全員が走り出す。
 岩影に隠れた入り口はキャスト兵たちが出てきた扉が開いたままになっており、幅3メートルほどの通路が続く。それからすぐに右に曲がり、さらに3メートルほどで左に曲がる。それから少し進むと、T字路に突き当たった。
 中は金属の壁で構成されていたがそれほど立派ではなく、曲がりくねった道からも元々天然の洞穴を改装して作ったものだろうと想像がつく。
「侵入者……発見」
 ゆらりと流れるような動きで、人影が姿を表した。PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる半世紀の終りに〜 universe60 モトゥブに黒い風が吹く
「!?」
 それは、1人の女性型キャストだった。全身黒をベースとしたカラーのパーツを身に付けている。ボディパーツは下半身と繋がるように全身を覆い、露出した腕は人口皮膚に包まれていた。
 両手に一本ずつ握られた刀はフォトン武器ではない。金属で作られた本物の"刀"だった。
「さあ……私の相手は誰だ?」
 女性はゆっくりと視線を上げると、左手の剣先をこちらに向ける。
「私は師の教えに従って戦うのみ――"武士道とは斬ることと見つけたり。修羅道とは倒すことと見つけたり"――私の邪魔をする者は、何人たりとも生きては返さぬ!」
 言って彼女は左足を前に出してわずかに前傾姿勢を取る。今にも飛びかかって斬りつけそうな、戦闘体勢だった。
「ランディさん、ここはまかせて探索に向かってください。――さあ、アンドリューさんも、早く」
 エレナが前に立つランディの肩に手をかけて、小声で言う。それにアンドリューも気づいて、2人はエレナに向かって頷いた。
「――分かった、無理すんなよ」
「任せてください」
 ランディの気遣う言葉にエレナは微笑んで頷く。その笑顔は強さを感じさせるものだったが、それは絶対的な自信から来るものとは違う。

 つまり――"確信"。

「シロさん、気をつけてね」
「アンドリューこそ。ヘマ打つんじゃねぇぜ」
 アンドリューの差し出した右手を、シロッソはばちん、と叩いてから、おどけてウインクしてみせる。その表情はアンドリューたちの心配を軽減させるよう気遣われていて、彼自身の余裕を示すものでもあった。
「エレナ様、早速始めましょうか」
「では……行きます!」
 気がはやってラファエルが歩み出るのに、言いながらエレナも一歩踏み出す。それにあわせて、シロッソも杖を構えた。
 それを見ながら、ランディとアンドリューが走り出す。キャスト女性はそれにちらりと視線を向けたが、ただ冷静に微笑するだけだった。
(……頼んだぜ)
 ランディは、走りながらエレナたちの方を振り返る。
 3対1の有利な戦いであり、陽動目的なのでそれほど危険は無いとは分かっているのだが、ランディはどうにも心配だった。
 いや、先ほどのミーティングで聞いた話の所為で、少しナイーブになっているだけだ――。
 頭を左右に振って、そう結論づける。それから2人は奥へと走り去った。
「始めて構わないな? ……私はミヤマ流剣術伝承者、"シノ"――参る!」
 言うが早いか、シノは地面を蹴って弾丸のように飛び出す。
「早い……!」
 突撃の勢いを右手に乗せ、袈裟斬りを放つ。流石はキャスト、素早く正確にラファエルの左肩を狙っている。
「だが、キャスト同士の戦いであれば、条件はほぼ五分五分! 我が倒れることはない――お前とは背負っているものが違うのだ!」
 ラファエルは柄先でシノの袈裟斬りを外へと弾く。だが、それだけでは攻める手は止まらない。今度は左手で上段から斬りつける。ラファエルは穂先で弾くと、そのまままっすぐに突き上げた。
「ふっ! 性能に大差がなくとも――経験と腕はどうかな?」
 シノが鼻で笑って、その突きをかわしながら一気に懐へと飛び込んでくる。
「計算通り」
 ラファエルはしてやったり、という声で呟いて、突き上げる腕を止めた。
「!」
 ぐい、と突き出した手を引き寄せながら、ぐるんと回転させ、柄先を下から上へと振り上げる。
 シノはそれに慌てて勢いを抑え、突進に急ブレーキをかけた。
「――なるほど、場慣れはしている。だが――我が流派の前では児戯に等しい」
 シノは後ろに飛び退きながら、2本の剣をひゅんと降り下してみせる。まるで刃に付着した血糊を払うがごとく。
「ふ、それはどうかな――流れはすでにはこちらのものだ」
「?」
 気づくとシノの右側にシロッソが、左側にエレナが回りこんでいた。シノはゆっくりと見渡してから、それに臆することなく口を開く。
「……包囲か」
「悪いが時間が無いのでね。とっとと片づけさせてもらおう」
「援護します……シャト、力を貸して!」
 エレナが叫びながら構えた。シャトが勢いよく、ぐん、と正面に出たかと思うと、まばゆい光を放ち始める。
「ははっ、楽しませてくれよ」
 シロッソも、シノを挟んだエレナの対角線上に立ち、杖を振りかざした。
「光よ、聖地はここにあり……レグランツ!」
 エレナが祈りを捧げるように両手を合わせると、シャトからぼわっと光のきらめきがいくつも生まれ始める。
「大地よ、万物の盛衰を司る力を噴き出せ……ダム・ディーガ!」
 シロッソの杖の先から大地の力を存分に得た、紫色の煙が放射されてゆく。
「ふ……面白い。相手にとって不足は無い」
 シノはこんな状況にも関わらず不敵に微笑むと、その刀をぶんと振り下ろす。
 その表情は嬉しそうだったが、どこか悲しそうなニュアンスも含んでいた――。

 モトゥブ、12:29。
「アンドリュー! 次はどっちだ!?」
「そこを右!」
 非常警報が鳴り響く建物の通路を、ランディとアンドリューは走り続けていた。地図を見ながら研究室らしき一帯を発見し、そこに目星をつけて一直線に向かっていたのである。
「しかし……意外と小さな建物だな」
「そうだよね、ヴィオ・トンガの施設に人員を多く置いてるのかな……っと、この入り口だ」
 立ち止まって見ると、通路の突き当たりに両開きの大きなドアが見える。いかにもぶ厚そうで、厳重に保護されているのが見てとれた。
「行くぜ」
 ランディは斧を取り出してぐんと振り上げる。勢いを乗せて、叩き込んだ。激しい金属音が響くが、ドアは表面がわずかにへこんだだけだ。
「ん? 堅ぇな」
「ちょっと待って」
 アンドリューがドアを拳で軽く叩く。
「……ん、タイタニウム合金だ。厚さ30センチ、合金の比率はタイタニウム89%……硬いなんてもんじゃないよ、殴るのはあまり得策じゃない。ええと、開閉機構は……」
 言いながらアンドリューはドア横のコンソールをまじまじといろいろな角度から見てゆく。コンソールは指先の静脈とカードキーを併用して、扉を開閉するシステムだった。
「うん、これなら解析プログラムがあったかも。ええと……」
 言いながらアンドリューは二の腕を開き、いくつものコードを取り出して、機械に繋いでゆく。
「うん……うん、OK」
 アンドリューが言うのと同時に小さくピーッ、と音が鳴って、ドアがスムーズに開きだした。
「へぇ、鮮やかなもんだな……」
「いや、たまたま同型の扉の解析をしたことがあって。ラッキーだったよ」
 呟くランディに、アンドリューが照れたように頭を掻きながら答える。
「……それで、大きな部屋が4つと小さな部屋が2つあるみたいなんだけど、どこから行く?」
「手当たり次第だ!」
 ランディが手近なドアを蹴り開ける。アンドリューはそれに両手を開いておどけてみせてから、反対側のドアを開いた。
 中には様々な機械や謎の生物が入れられたガラス管などが並び、"いかにも"な雰囲気を醸し出していた。机の上には分厚い書籍や紙がいくつも中途半端に放り出され、研究者たちが慌てて飛び出して行ったのが分かる。
「……ったく、気味が悪ぃな」
 ランディは独りごちながら部屋を見渡す。いかにもマッドサイエンティスト然とした部屋に、閉口するしかなかった。
「ランディ! 見つけた!」
 向こうから、アンドリューの声が聞こえる。ランディは弾かれたように飛び出した。
「どんな状況だ!?」
「かなり衰弱してる。生体脳に糖質がほとんど残っていないんだ」
 部屋に入ると、アンドリューは工具箱を広げ始めていた。奥の机の上に首だけとなったアナスタシアがおり、ぐったりと頭を垂れていた。
「アナスタシア!」
 ランディが慌てて駆け寄った。その小さな頭部を両手で包み込んで、そっと起こしてやる。閉じたマブタから長いまつげが覗き、僅かな室内光を反射して輝いて見えた。
「ランディ、パーツの接続には30分かかる。入り口を見張っていて」
 ランディはアンドリューの声が聞こえていない。アナスタシアの顔をずっと見つめている。
 アナスタシアは、ぼろぼろだった。
 顔は砂埃や埃、それから体液らしいもので汚れていた。銀の髪も汚れでべたついており、いつもはほんのり香るバニラの香りもしない。頭部のアンテナパーツに至っては、塗装が剥げている箇所もあった。疑似体液が循環していないせいで顔色も悪く、それが彼女の姿をより無残に見せた。
(……あの美しかったアナスタシアをこんな姿にしやがって……!)
 ランディはその姿に明らかに苛立ちを覚えていた。
「……ランディ? 聞いてる?」
「……え、あ、ああ?」
 アンドリューの声に、ランディは慌てて曖昧に答える。アンドリューは気にせず業務的にランディを押しのけながら、アナスタシアの口にチューブを押し込んで続けた。
「30分かかるから、見張ってて」
「ああ、分かった」
 ランディはぽりぽりと照れ臭そうに頭を掻いて、入り口の方へと向かった。
(……とりあえず落ち着け、自分)
 入り口の前に立ち、ゆっくりと深呼吸をして、ランディは落ち着きを取り戻そうとする。
 ……だが、それに気を取られすぎた。
 はっと我に帰ると、車輪が地面を転がる音に続いて、足音が響く。
「――しまっ……!」
 咄嗟にドアに隠れようとするが、間に合わない。正面のT字路を横断するように、2人のキャスト兵が姿を表す。
「……ん? いたぞ!」
「ガーディアンズだ!」
 彼らは片手剣を抜いて、ランディへ向かって走り出してくる。
「ちっ……」
 ランディはナックルを構えながら舌打ちすると、奥から新たな足音が聞こえた。
 姿を表したのは、ヒューマンとキャスト兵が1人ずつ。キャスト兵はワゴンに乗せた、長さ2メートル以上はある箱のようなものを運んでいた。
「あれは……」
 ランディは自分の記憶を手繰ってゆく。
 ――そう、以前ヴィオ・トンガで見た、生命維持装置だ。
「3人とも、後は頼むっスよ。俺はバーバラ様についていくっスから」
「――!?」
 キャスト兵に指示を出しているヒューマン男性を見て、ランディは我が目を疑った。
 見覚えのある、短い栗色の髪に眼鏡をかけた、小柄な男性。
 それはランディもよく知る顔だった。
「まさか……ウィンド……ッ!?」
「あれ、ランディさん……久しぶりっスね」
「久しぶり、じゃねえ! まさかその中身はヴァルキリーかっ!?」
 ウィンドはふっと視線を右下に下げてから、まるで電池が切れたおもちゃのようにがくりと首を垂らす。それから動かなくなったが、よく見ると身体が小刻みに震えていた。
「……くくっ……あははは……!」

 ウィンドの顔には、昔の面影など無かった。

 目は血走って狂気をはらんでおり、その口は不気味なほど開かれている。両手は広げて胸ほどの高さで、掌は何かを掴むように上に向け、ぶるぶると震えながらウィンドは笑い続けていた。
「ダークファルスの復活が近いんっスよ! 復活すれば、ヴァルキリーも生き返るんス! あははははっ……!」
 両手を広げながらウィンドは大笑いする。その様にランディは愕然とした。

 ……狂ってやがる。

 ランディははじめ、ウィンドを見つけたらすぐにぶん殴ってやるつもりだった。それで、おしまいにしようと。
 だが、この光景を見て躊躇した。彼の精神状態は今、マトモじゃない。精神的に衰弱している所に洗脳でも受けたのだろうか、あまりに様変わりし過ぎている。
(何より……本気で信じているのか? ダークファルスが甦る事でヴァルキリーも甦るなどと……)
 そうだ。ダークファルスが甦れば、全ては消えてなくなる。世界は滅びるのだ。
「あははは……まさかランディさんと剣を交えることになるとは、思ってなかったっスよ!」
「――そりゃあ、こっちのセリフだ」
 ……だが、やるしかない。過程はどうであれ、今のウィンドは"敵"。そう思わなければこっちがやられるかもしれないのだから。
「いいっスね……その目! 今までの俺が持てなかった、強い瞳! 信念の眼差し!」
 ウィンドは言いながら剣を取り出して二刀流で構え、すぐにランディに飛びかかる。勢いを乗せて、空中から右で上から斬りつける。
「!」
 ランディは咄嗟にナックルで弾く。だが、ウィンドの攻めはそれで終わったわけではない。
 着地寸前に左で薙ぎ払う。着地直後にぐんと懐に潜り込み、その勢いを乗せての切り上げ。ランディはその素早い斬撃をかろうじて反らすことしかできない。
「早……っ!」
 よくよく考えれば、ランディは彼と同じ任務に就いた事が無かった。初めて見る剣のあまりの速さに、愕然とする。
「俺の二つ名は"風"っスよ! 俺の攻撃はそうそう見切れないっス!」
 ランディは小さく舌打ちする。ウィンドの鋭い太刀筋はけして重くはないのだが、その速度できっちりと急所を狙ってくる。
 言うなれば、蜂の針。確実な攻撃はじわじわと体力を奪っていくだろう事は想像がついた。
 ランディたちビーストは、いわば筋肉の塊だ。その物理的質量から来る速度の遅さは、いかんともしがたい。
「このッ!」
 ランディは牽制に左のジャブを2発放つ。ウィンドはそれをひらりとかわしてしまう。
 次はセオリー通り、右ストレート。ウィンドもそれを読んでいた、とばかりに後ろに飛び退いてかわす。
「俺はウィンド……"風"のウィンド!」
「!」
 ランディが伸ばした右手を戻そうとする瞬間。

 ウィンドの姿が目の前にあった。

(何……ッ! 手を引く速度より――!?)
 ウィンドは両手の剣に勢いを乗せて振り上げる。ランディはナックルでガードを固めるが、剣を受けて拳が僅かに上とへ弾かれる。
「はあぁぁぁぁっ!」
 ウィンドには、その僅かな隙間で構わない。ガードの間を縫って、右手の剣で激しく突く。それはやすやすとランディの胸に突き刺さった。
「ぐあぁぁッ!」
 シールドラインがヴンと唸り、その剣を押し返す。皮膚にまで刃は届かなかったが、それでも衝撃はきっちり内臓まで届く。鋭い針を打ち込まれたような痛みが胸に走って、ランディは1歩後ずさった。
「てめ……ぇ」
「何を躊躇してるんスか、ランディさん?」

 ……確かに言う通りだ。

 いくら敵とはいえ、昨日までの仲間と戦えと言われてすぐに頭を切り替えられるほど、ランディは器用ではない。
 それとは逆に、ウィンドの剣には迷いが無い。ヴァルキリー復活という具体的な目標を持つ彼にとって、ガーディアンズはもはや邪魔者以外の何者でも無いのが、その剣の鋭さに拍車をかける。
「ウィンドさん、そろそろ……」
「分かってるっスよ。……ランディさん、また会いましょう」
 声をかけるキャスト兵に渋々答えてから、ウィンドは振り向く。それからまるでランディの姿が眼中に入っていないとでも言わんばかりに、踵を返した。
「どこへ行く気だ?」
「この建物はもう放棄することが決まってるんスよ。ぶっ壊したければいくらでもやればいいっス。俺たちはこれからダークファルスを復活させる儀式をしに行くっスから……それでは」
「おい!」
 ランディの声にウィンドは上げた腕をひらひらと振って、ワゴンを押してそのまま立ち去ってしまった。
「お前の相手は俺たちだ!」
 ランディの視線を阻むように、3人のキャスト兵たちが立ちはだかる。
「ちッ……俺はいま虫の居所が非常に悪いんだ。覚悟はできてんだろうなッ!」
 ランディは野獣のように大きく肩を揺らして息を吐き出しながら、地面を蹴って飛び出した。

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