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PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる時の半世紀の終りに〜 universe59 失われし者に送る、唄

 陽もすっかり落ちた頃、ファビアはガーディアンズ・コロニーに降り立った。ネイを抱えたままだったので周囲の好奇の視線を浴びたが、そんなものはまるで気にしない。
 そのままメディカルセンターに向かい、必要な書類を書いて。手続きを全て終わらせてから、ファビアは霊安室で再度ネイと対面していた。
「……」
 もう、動くことのないネイの体。裸の体は洗われ、肩にぽっかりと空いた傷跡だけが痛々しく残る。ファビアは膝をついてベッドに上体を乗り出して、食い入るようにそれを見つめていた。
「――ファビア」
 傍らに立っていたエマが、申し訳なさそうにそっと声をかける。2人だけの時間を邪魔するのは忍びないが、彼女にもすべきことがあるのだった。
「この後、司法解剖が行われるの。だから、時間はあと30分。OK?」
「……はい」
 簡潔に要件のみを伝えるエマに、ファビアは振り向きもせず答えた。それに少し切ない表情を見せてから、エマは部屋から出て行く。
 ファビアはネイの顔の上に乗った白い布をそっと取り去って、瞳を閉じた表情を見つめる。その頬にそっと手を触れて、自分が知っている感触といやに違うのに眉をひそめた。
「……ありがとう」
 静かに言って、ネイの左手をそっと両手で包む。皮膚の張りはすでに失われ、血液の循環が行われない体は当然柔らかさを感じない。
「……すいません、守れなくて……」
 体温の失われたその手を握りながら、祈るように身を屈めてファビアは絞り出すように呟く。
 ネイは、何も答えない。

 二度と、答える事は無いのだ。

 ファビアは分かっているはずの事実を再認識した。頬をまた、涙が伝ってゆく。今まで我慢してきたものが、あふれ出した。
「ネイ……」
 静かに、彼女の名前を呼ぶ。二度と返事が返ってこない事など、分かっているはずなのに。
『ふぁびあ、おねがい! わたしもつれてって。ふぁびあのためならなんでもするからっ!』
 初めて会ってすぐ、ネイは私とオルハを納得させ、ガーディアンズ候補生となった。かなり強引ではあったが、それもネイの強い"意思"だった。
『う、うん! わたし、がんばる!』
 初めてテクニックを使えるようになった時、ネイは素直に喜んでいた。とてもビーストとは思えない、高い素養を持っていた。
『ありがとう……ずっと……ふぁびあのそばにいたかった……わたし、しあわせ……』
 最期の時、私の体にしがみつきながら、どこかぎこちない笑顔を思い出した。
 痛いだろうに、辛いだろうに。
 それでもまだ、笑おうとしていて。
「ありがとう。ネイ、あなたは私の人生を、またひとつ豊かにしてくれました。心から感謝しています……だから、ゆっくり休んでください……」
 ファビアは目を閉じて、祈りを捧げる。
 正直、心中は複雑だった。
 祈りを捧げる手が小さく震える。
 いや、手だけでなく、全身がたがたと震えていた。ファビアは落ち着かせようと自分で自分の体を抱きしめるように、両手を前で交差させて二の腕を掴む。だが、震えは止まらない――。

 ――恐怖。

 両親の時と同じ、恐怖。
 1人という孤独から来る恐怖だ。

 声をかければ、答えてくれる相手がいた。
 声をかけてくれる相手がいた。

 それが今、居なくなった。

「ああ、そうですね……」
 ファビアは何かに納得したような口調で、呟いた。
 ……そうだ、ずっとネイと一緒にいて、常に人がいる状態に慣れてしまっていた。
 両親が死んでから、ずっと忘れていた感情。
 ファビアは、それを思い出してしまった。

 ……淋しさ。

 思えばここ2年、ファビアはある意味"拗ねて"いたのだ。あえて人と深く関わらず、他人を深く踏み込ませず、一定距離を置いて付き合ってきた。
 理由は簡単だ。
 人が離れてゆくのが怖いから。
 そう、こんな寂しさを味わうのは、もう二度と嫌だったから。
 だが――それでも人は人を求める。寂しいから。認められたいから。1人でいるのが嫌だから。
 それを分かっていたはずなのに、ファビアはあえて人と深く触れ合うのを避けていたのだった。
「ネイ……なんで私を置いて行ったんですか……!」
 ネイに対する想いと、自己への反省。それらがひとつになって、ぼろぼろと涙が流れ出る。
 けれど、生きなくてはいけない。生まれてきたから生きているわけではない、目的があるから生きている。だから、ファビアは生きなくてはいけない。
「――私の選択は間違っていたのでしょうか」
 ファビアは誰に言うまでもなく、独りごちる。危険だと分かりながらも、ネイの熱意に押されてこの世界に引き込んでしまった。そして、気づけば身近な幸せに慣れてしまい、いま自分たちがいる世界がいかに恐ろしいかということを、忘れかけてしまっていた。
 今という現状はその怠惰が招いた結果なのではないかということが、ファビアをより苦しめる。誰が悪いというわけではないのかもしれないが、環境や状況や運命なんていうものはすでに恨み尽くした。
 とすればもう、憎むべき存在は自分しか居ない。
「私が……っ、私がもっとしっかりしていれば! 私がもっと立派であれば!」
 何に対して叫びを届けたいのか、分からない。けれども、叫ばずにはいられない。ファビアはただ、心の内の想いを言葉にすることで何かが変わるかもしれない、と甘いことを考えながら叫んで、ベッドにつっ伏した。

 その時だった。部屋の外から、バタン、と乱暴にドアを扱う音が聞こえた。

「!」
 ファビアははっとなって振り向いた。その顔は、いつもの冷静沈着なガーディアンの顔だった。荘厳なこの場にふさわしく無い音に警戒して、さっと手の甲で涙を拭う。
 ドアの音はこの部屋のドアではない、ならば他の部屋だ。ファビアはドアまで近づくと、ドアに耳を当てて様子を窺った。
 ……走っている足音が聞こえる。音がかなり遠いあたり、出口に向かっているのか。
 ファビアはドアを開けて、出口の方を見る。長い廊下は突き当たり、その左側に1階へ昇る階段がある。一瞬なので影しか見えなかったが、確かに何者かが上へとあがって行った。PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる半世紀の終りに〜 universe59 失われし者に送る、唄
 廊下の反対側には霊安室と同じようなドアがあり、大きく開け放たれていた。
「……?」
 ファビアは床に落ちているものを見つけて、それを拾い上げる。髪だ。長い、紫の髪。
 ファビアの知っている中で、紫の長い髪を持つ者は1人しかいない。
(……まさか)
 だが、ファビアは即座にその考えを否定する。彼女がここに来る理由など何も無いはずからだ。
 犯人を追うべきかもと思ったが、状況判断が先だと結論付け開いたままのドアの部屋へ向かう。その部屋もまた、霊安室だった。電気も付けっぱなしで、先ほどの人物はよほど慌てて飛び出して行ったようだ。
 霊安室は左右にロッカーのようなものが並んでいた。死体を安置する棚だろう。そのうちのひとつが、開きっぱなしになっていた。
 取っ手を使って引っ張り出すと、スライドしてそこに寝かされた死体が出てくる仕組みになっている。引っ張り出されたまま、空になった棚が放置されていた。
「……死体を?」
 ファビアは事が深刻な事に気づく。この状況、おそらく先ほどの人物は死体を盗みだしたのではないかと。
 しかし、同時にそれがリスクの割にあまりメリットの無い行いではないかとも思う。わざわざガーディアンズ本部のメディカルセンターにまで潜入して、死体を盗んで、それをどうしようというのだろう?
「とにかく、報告をしなければ……」
 ネイとの最後の対面を邪魔されたにも関わらず、ファビアは冷静に自分のすべき事を進めてゆく。
 棚に敷かれたシーツに残っているものを見て、嫌な予感を感じる。
「……まさか」
 まただ。長い、紫の髪。
 ファビアは棚の正面の液晶画面を覗きこむ。
「……!」
 書かれた名前に、驚愕する。

 そこには、"VALKYRIE"と書かれていた。

「C4か。どうした?」
 バーバラはソファにどっかりと座りながら、面倒くさそうに端末に言う。その傍らではプルミエールがディスプレイに向かってコントローラーを持ち、何やらゲームをしている。
「先ほど、ダーククロウが解散に追い込まれました」
「ほう?」
 ここで少し興味が沸いたように、バーバラが答えた。
「イオリはかろうじて逃亡、トモエはガーディアンズに逮捕。他の団員も散りぢりとなりました」
「なるほど、そうか」
 だがバーバラは冷静なもので、驚きひとつ見せずに続ける。
「では、イオリには明日ガーディアンズ・コロニーに来いと伝えておけ。存分に暴れさせてやる、と」
「了解しました」
「それで、あんたはどうするんだい? 明日は楽しい祭りの予定だが」
「申し訳ございません」
 ためらうことのない即答に、バーバラは小さくため息をつく。
「……ご執心だねぇ」
 気の抜けたような声で、バーバラは小さく答えた。それにC4は答えない。しばらく無言の時間が過ぎる。不意にプルミエールが、「よっしゃレアモンktkr! 赤箱げぇぇぇぇっと!」と叫んでいたが、それを聞いている者は誰もいなかった。
「まぁ構わん、ただしコピーは全部こちらにまわしてもらう。本体はコロニーに来るんだろうね?」
「はい」
「分かった。しかしもったいないねぇ、せっかく面白いものが見れるというのに」
「……」
 C4は何も答えない。申し訳なく思っているのか、それとも興味がないのか。
「まあ、好きにするがいい。技術テストをする代わりに、最低限の任務をこなせばいいというのは最初からの約束だからな」
 バーバラは開いた片手を広げて、諦めたようなため息と共に言う。
「はい。それではまた」
 言ってC4は端末を切る。
「……」
 C4は、暗い部屋の中で、立ち尽くしていた。明かりが必要ないからか、部屋には明かりが一切無い。
 4メートル四方ほどの小さな部屋はベッドとテーブルがあるだけの無機質な部屋で、窓からはニューデイズの夜の明かりが僅かに見える。
「……18号」
 不意に、C4が呟いた。その声に呼応して、暗い室内にヴン、と2つの白い明かりが灯る。ぎい、とキャストの動く音が聞こえ、姿を表したのは一体の小型のキャストだった。サイズは小さくC4の半分ほどしかなかったが、パーツの構成やカラーリングは、全てC4とまったく同じだった。
「……Now Loading……」
 小型キャストの動きが鈍り、システムからのアナウンスが流れる。
「……システム情報、100%……特殊モードで起動します」
 アナウンスの声が終わると、フォトンの粒子が体を覆い始める。ナノトランサーから何かがが転送されているのだ。粒子のきらめきが収まったと思うと、小型キャストの体は人工皮膚をまとい、金髪の長い髪を2本の三つ編みに束ねたヒューマン女性の姿をとる。その体はグレイのジャケットにショートパンツ、長いタイツに動きやすそうなスニーカーに包まれていた。

 そう、この姿はまぎれもなく……。PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる半世紀の終りに〜 universe59 失われし者に送る、唄

 それから不意に、大きく跳ねた。ぴょん、と飛び上がったかと思うと、C4に飛び込んでくる。
「ねぇ、C4! どうしたの?」
 先ほどのアナウンスの無機質な声とは違い、あまりにも明るく元気な女性の声。それでいて力強さも感じさせる、明るく太陽のような声だった。
「なんだ、元気ないな〜。ボクが慰めてあげよっか?」
「慰める……?」
「うん。C4の喜ぶこと、なんでもしてあげるよ?」
 ヒューマン女性は満円の笑みを浮かべて、C4の右手をぐいと引く。それからまるで自分の心臓の鼓動を聞かせるかのように、自分の左胸に当てた。
「ああ……オルハ様……」
 言いながらC4の体は、オルハを模したキャストの胸に顔を埋めるように、膝を折って崩れた。

「次、トモエ」
 看守が言う声に、トモエが一歩進んだ。"ソクテイキ"という体のサイズを調べる機械に、ぺたり、と裸足の両足で乗って、チンと軽く鳴る測定完了の合図を聞いていた。
『身長181センチ、体重69キロです』
 それを看守は持っていたバインダーにささっと書き込むと、
「よし。次はこっちだ」
 とトモエを促した。
 ここは、ガーディアンズ本部にある監獄だった。一定の条件下では太陽系警察の代わりに容疑者を逮捕する権限を持つガーディアンズには、このような設備もある。ここに入所した者たちは罪状を調べ、裁判を経てその後の運命が決まる。それまで、ここガーディアンズ本部の監獄、通称"ガイラ"で暮らすことになるのだ。
 無機質な白い壁の部屋から、また次の白い部屋へ。トモエはただ、看守に言われるままに進んでいった。"プラズマリング"と呼ばれるフォトンの輪のように見える拘束具が3つ、体を包むようにかけられており行動はかなり制限されてしまっている。だがトモエは、ここまで厳重に警戒されなくても余計なことをするつもりもまったくなかった。
「あれが"カミカゼ"か……」
 後ろの方から、女の呟く声が聞こえた。盲目のトモエに振り向くことはなんの意味もないし、振り向こうという気もしない。だからただ、気にせず看守が鎖を引くのにまかせて歩き続けた。
(――どうせ有罪なんだから、こんな面倒な手続きしなくてもいいのに)
 トモエは心からそう思っていた。
 ……今まで、戦場で数えきれないほどの人間を殺してきた。遊びで殺した、ムカついたから殺した、邪魔だから殺した、腕試しに殺した、弄んで殺した、なんとなく殺した。思い出せばキリがなかった。
 そんなわけで罪状は"無差別殺人犯"。あまりにも単純で分かりやすい。"カミカゼ"と呼ばれた頃は何人かの民間人を練習がてらに殺したし、今日も記憶がないとはいえガーディアンズの少女を一人殺したらしい。
「さあ、座って」
 そんなことを考えていると、正面から声が聞こえた。長く垂れた布――おそらく白衣だろう――のこすれる音と、薬の臭い。医者であることはすぐに分かった。
「はじめまして、トモエ。ガーディアンズ医療班所属医師のエマよ。よろしくね♪」
 明るい声でエマは言って、トモエの手を取る。予想外の無邪気な対応に、トモエはしばしリアクションに困った。
「オルハちゃんから話はいろいろ聞いてるわよ。すごく強くてイオリのことがらぶらぶなんだって?」
「……かなり歪んだ形で伝わっていないか、それ」
「まあいーじゃん、気にしたら人生負けよ〜。……で、私が出てきたのは、入所前の健康状態をチェックするためなの」
 その言葉をトモエは興味なく適当に頷いて、椅子に腰を卸した。
「で、検査の前に、お互い親睦を深めるためにいろいろガールズトークをしようと思うの」
「……本気で言ってるのか?」
「本気も本気、大マジよ。あなただって信用のおけない人間にいろいろ検査されるのなんて、気分悪いでしょ?」
「まあ確かに……」
 なんだか強引に押し切られている気がしないまでもないが、トモエはとりあえず納得する。
「はい、それじゃあ」
 かちゃ、と机に何かを置く音がしてから、エマの手がトモエの手を取る。
「?」
 その意味が分からずにいると、トモエの両手が何かに押し当てられた。
「私、こんな顔してるから〜。普段は眼鏡かけてる。チャームポイントはそばかすで、コンプレックスなのが低い鼻。マッサージは毎日欠かしてないんだけどなあ」
「――!」
 トモエは言葉を失った。

 ――これから入所しようという罪人に、なんと無防備に接するんだ、この人は。

「あんた――変わってるね」
「よく言われるんだよね〜。でもあんまり気にしてないわ、そういうの」
「……ふふっ」
 思いがけず、トモエが笑った。それにエマも微笑む。
「それでいいの、女の子は笑った方が可愛いわ」
「面白いやつだね、あんた」
「そうかな〜? むしろ儚げで守ってあげたくとかならない?」
「見えない私でも、それは無いと言い切れる」
 トモエがおどけて言うのに、エマも"やっぱり?" とおどけて返す。
「さて、お互い仲良くなったところで仕事しようかなっと。ええと、健康診断の前に、いくつか聞いておかなければいけないことがあるのよ。私も医師であると同時にガーディアンなもんで」
 言ってエマはバインダーを取り出すと、視線をそちらに落としたままで続けた。
「ええと……とりあえず、なんで薬なんか飲んで戦ったの?」
「自ら飲んだわけじゃないよ。山猫ちゃんと戦った後、休んでいたら飲まされたのさ。あの声はおそらく、ラ=シークだと思う」
「ふんふん。採血した血液中の成分分析が出てるんだけど、むか〜し出回っていた薬をベースに改良したものみたいね。ただ不思議なのは、体内での活動が特殊みたいね」
「特殊……?」
「うん。え〜っと、簡単に説明すると、薬の成分はごく一部の細胞にしか反応しないの。それ以外の細胞には効果を及ぼさず、完全に素通りするみたい」
 トモエが頷くのに、エマは続ける。
「つまり、ヒューマンの細胞にだけ影響を及ぼして、その細胞を一時的にビースト細胞へと変化させ、ナノブラストと同じ効果を得る――」
「なんとも器用な……」
 思わずトモエは呟いてしまっていた。普通の薬は血液に乗って体内を巡る際、無関係な細胞にも影響を及ぼしてしまうものだというのに。
「……"ヒューマンは特別な種"だとラ=シークはいつも言っていたし、そのための研究もしていたわ。犯人は間違いなく、ラ=シークだと思う」
「うん、それは間違いなさそうね。他に、薬のことやラ=シークのことで知ってること、教えて?」
「正直よく分からないわ。ラ=シークはヒューマン至上主義だから、よく声をかけられたけど……私もイオリさまもそういうの興味なかったし。本部に戻ることもあまりなかったから、コナンドラムのことも正直よく分かってないのよね……」
 少しためらいがちに言うトモエにエマは頷いて、バインダーにさらさらと書き込んでゆく。
「ただ、明日は何か大きな動きがあるらしくて、ダーククロウ全員へガーディアンズ・コロニーに集合するよう、召集命令が発せられていたわ」
「……ガーディアンズ・コロニーに?」
 はっとなって、エマはいぶかしげな視線を上げる。
「ええ。詳しいことは何も聞いていないんだけど……」
「ふうん……これは何かありそうね」
 エマは組んだ右手を顎に当て、考える素振りを見せて呟いた。
「――まあ、それはおいおい調べておくとして、と。あと、今思ってることを教えて? 一応、あなたは凶悪な殺人犯、ってことになってるから。その辺の心境とか」
 なんとも重い話題をエマは瓢々と口にする。トモエもそれに慣れ始めてきていたので、静かに頷いて口を開いた。
「そうね……正直清々しいわ。これでもう戦わなくてもいいと思うと」
「うんうん。やっぱりイオリのために戦いを続けてたの?」
「そうね、私に戦いを教えてくれたのはイオリさまだし。それに、腕を磨いてないとすぐに見捨てられちゃうからね……」
 トモエは少し切なそうな表情を見せて、目線を僅かに落とした。
「だから今は、とても落ち着いてる。逮捕されて良かったのかも」
「そうね、けれども今まで殺された側はそれでは納得しないわよね?」
 エマがいつも通り笑顔で厳しい言葉を口にする。
「――それは分かってる。だからどんな罰でも受ける覚悟はできてる。申し訳ないと思ってる。……今はそれしか言えないけど」
 トモエは動じるわけでもなく、媚びるわけでもなく。いつもの口調で言葉を綴った。それにエマは頷いて、静かに息を吐いた。
「OK、分かったわ。それだけ考えていれば、まあいいでしょ」
「――エマ、悪いけど」
 そこでトモエが話を遮って口を開いた。視線を戻して、エマは首をかしげる。トモエの顔色がいやに青白くなっていた。
「……トモエ、貧血持ち?」
「いや、そういうわけではないけど、ここ数日熱があるみたいで。すぐ眠くなるし風邪をひいたのかも……今もすごく気分が悪くなってきて。吐きそうなの」
「分かったわ」
 言ってエマは看守へ視線を向ける。彼女は頷いてトモエの鎖を引くと、そのまま部屋を出ていった。
「さて、どんなもんかしら? 納得した?」
 急にエマは、誰もいないベッドの方を振り向いて言った。
「――ええ。彼女を責めるつもりは、ないですよ」
 ファビアの声だった。ベッドを隠す衝立の向こうに、気配を消して隠れていたのだ。
「それは良かった。でも、今回はどうしてもって言うから入れてあげたけど、特別なんだからね。感謝してよ?」
「……今度コルトバ・パフェでもおごりますよ」
「やった♪」
 エマがおどけて親指を立てた両手を突き出すのに、ファビアは僅かに微笑んだ。
「――にしても、えらく時間かかってますね。どうしたんでしょう?」
「それもそうね。特に持病があるような結果は出ていないんだけど――まさか?」
 不意にエマははっとなって、血液検査の結果へ視線を移す。
(……血漿と白血球の量が異常に増えてるわね。それに、循環血液量も多いわ……)
 エマはうん、と唸りながら、先ほどのトモエの言葉を思い出す。

"ここ数日熱があるみたいで。すぐ眠くなるし……"

「……ほぼ間違いないわね」
「?」
 ファビアが不思議そうな顔をしているのを気にせず、エマはうぅん、と唸る。
「収容中も健康管理には気をつけさせなきゃ……」
「? どうしたんです?」
 その様子にファビアが声をかける。エマは振り向きもせず、ゆっくりと、答えた。
「彼女……おそらく妊娠してるわ」

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注意事項

※この物語は株式会社セガが提供するオンラインゲーム「ファンタシースターユニバース」を題材としたフィクション(二次創作物)です。世界観、固有名詞、ゲーム画面を使用した画像など、ゲーム内容の著作権は株式会社セガにあります。
※小説作品としての著作権は勇魚にあります。
※登場する団体名・地名・人物などは、実在する名称などとは一切関係ありません。
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