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PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる時の半世紀の終りに〜 universe58 不穏な風

 ウィンドは、何かをぶつぶつと呟いていた。

 病室は白い壁に白いカーテンの個室だった。室内にはベッドがひとつと、荷物籠がひとつ。小さなテレビと小さなテーブルがあるだけのシンプルな部屋だった。
 ウィンドは下着のままでベッドに座り、立てた膝に頭を乗せて両手をだらりと伸ばしたまま、動かなかった。
 ――モトゥブ山中からメァルに支えられてなんとか帰還し、コロニー本部のメディカルセンターに戻って来たのだった。その時の彼は1人では歩くこともままならず、まともに会話もできない状況で、診断後にそのまま強制入院させられていた。
「……キ……リー……生……っス……」
 彼の目は何かを見つめているが、同時に何も見えていない。そこに映るものはただそこにあるものだということぐらいにしか認識していないし、その事実が何かを生み出す事も無かった。
 ウィンドには、もう何もかもが分からなくなっていた。何かを考える余裕は無かったし、考えようという気力さえもすでに無かったのだった。
「ぁ……」
 僅かに声をあげながら、ふと彼は視線を上げた。
 そこには空間が広がっているだけで何も無い。
 だが、彼には何かが見えているようだった。子供のように手を伸ばして、ばたばたと宙を掴もうとする。
「ヴァ……ルキ……リー……」
 それからふっと我に返ったように、今度は辺りをきょろきょろと見回す。ばっ、とベッドから飛び降りて、ベッドの下や窓から外を見て何かを探す。
「うぅ……」
 急にうなだれて、窓枠に手をかけたままその場に座り込み、がたがたと震えだした。
 枕の下に置いてあった石を取り出し、目の前に持ってくる。
 彼はためらわずその石――ヴァルキリーから預かっていた、共鳴石――を口に放り込んだ。

 だが、甘くはない……。
 甘い安らぎをくれるものではない……。

「……うぅっ……!」
 急に、彼の頬を涙が伝い出す。ただ、動きもしないでそのまま嗚咽をあげて泣いていた。
「ウィンドさん、入りますよ〜」
 ノックのすぐ後に、エマが陽気な声と共に入ってくる。今回の件は極秘任務なので専属の医療班が必要となり、オルハの推薦でエマが選ばれ、彼女はガーデァンズ・コロニーのメディカルセンターに配置変えとなっていたのだった。
「? あら、そんな所で何してるの?」
 ウィンドは本能的に警戒したのか、石を口から素早く取り出して後ろ手に隠す。それからゆっくりと振り返って、警戒心たっぷりに、ぎょろり、と視線を向けた。
「……」
「そっか。うん、こういう時はいっぱい泣いた方がいいわよね。そして早く元気になろうね」
 ウィンドが泣いているのに気付いて、エマはにっこりと微笑みながら言う。だが彼は身動きひとつせず、ぼそりと何か反論のようなものを呟いたが、それは言葉にはなっていなかった。
「……好……泣い……じゃないっス……」
 エマの持ち前の明るさは患者を元気にさせると定評があったが、今のウィンドには通用しない。ウィンドは明らかに不快な声で呟いた。
「そうだよね、自然に出てくるんだ。じゃあ全部流しちゃお。私もね、昔さぁ大失恋しちゃった時ね、気がつくと無意識に泣いちゃ……」
「お前に何が分かるんスか!」
 エマの言葉を遮って、ウィンドはうつむいたまま、火がついたように叫んだ。それにきょとんとしたまま、エマは腕を組んでその続きを待つ。
「ヴァルキリーは死んでしまったんだ! もう二度と還らない! 俺は彼女を助けられなかった!」
「……はて。君はどうしたいの?」
 興奮するウィンドにエマは驚きもせず、いつもの口調で軽く言う。
「……俺は……俺は……どうしたいんだろう……」
「後悔したり、悩むのもすごく大事。でもね、それだけじゃあ"何もしていない"のと結果は同じなのよね〜」
 エマは微笑んだまま、鋭い言葉を紡ぐ。ウィンドはうつむいたまま、その続きを待っていた。
「――ウィンド、あなたはどうしたいの? 周りの人に八つ当たりするのは構わないけど、それはいつまで続くの? そして……その次はどうしたいの?」
「……」
 ウィンドは見開いた目でエマを見つめたまま、何かを言おうとして口を開いたが、ゆっくりと息を吐きながら視線をそらしてそのままうつむいた。
 そして、小さな声で自分に言い聞かせるように呟く。
「……俺……頑張りたいっス……」
「よし、それでこそ男の子! イエイッ♪」
 エマは両手の親指を立てたまま、その拳をまっすぐに突き出す。冗談のつもりかもしれなかったが、今のウィンドにはあいにく笑う気にはなれなかった。
「俺は……」

 ……どうすればいい?

 ヴァルキリーは確かに死んだ。政治的な理由から、再生は不可能なことははっきりしている。そう、クローン技術は政府が取り仕切っており、たかだか一介のガーディアンズにその技術が行使されるとは考えられなかった。
「……どうしたいんだろう?」
 気付けばウィンドは呟いていた。

 ……自分はどうしたいんだろう。

 ヴァルキリーとの時間はこれからも続いてゆくものだと錯覚していた。

 ……それを取り戻したい。
 これからも、未来永劫に……!

「まあ、あんまり思い詰めちゃ駄目よ?」
 エマが言うのに、ウィンドは答えない。ただ下を見つめたまま、ぶつぶつ呟いていた。

(生き返らせる……)

 ……どうやって?

 自分の考えを即座に自分で否定した。政府にクローン技術を行使させるには、理由が要る。だが、そんなものを持っていない。それでは話にならないじゃないか……。
「……?」
 ふと、荷物籠に綺麗に畳まれた、自分の服が目に入った。はっきりと覚えていないが、誰かが脱がせて畳んでくれたのだろう。
 服はあちらこちらがボロボロで、砂と埃で汚れていた。見るとズボンの裾に、大量の血がべっとりとついている。
 血……ヴァルキリーの血液……。最期に彼女が裾を掴んだ時の血だ。
(……?)
 何かが、ふっと頭をよぎった。
 何がどうなったのは分からない。

 ただ、直感が心の中の何かを叩いた。

「まあ、頑張って早く元気になろうね? また夜の定期検診に来るから、それまでゆっくり休んでいて」
 言って、エマが出てゆく。それにウィンドは反応しなかった。
 ただ、あり得ないほどに目を見開いて、顔じゅうに汗を浮かべていた。それはあまりの量に顔を伝い、顎から垂れてぽたぽたと床へと落ちる。

 ……血。その血は、何時ついた? ヴァルキリーが自分の後頭部を触った後ではなかったか?

「……まさか」
 ヴァルキリーの頭部は激しく損傷しており、脳が剥き出しになっていたはずだ。

 "そこを手で触った"。

「!」PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる半世紀の終りに〜 universe58 不穏な風
 ウィンドははっとなって、目を見開いた。毛細血管の浮き出た白い眼球は、瞳孔を大きく開かせている。
「ふは、ふは……はは……は……」
 ウィンドはぶるぶると震えながら、目の前に自分の両手を持ってくる。わなわなと小刻みに振動する手は、まるで何かを掴んでいるかのように指を曲げ、それから同時にぐっ、と力強く握られた。
「はは……は……あるじゃないっスか……ヴァルキリーを……生き返らせられる場所が!」

 そうだ……ウィンドは知っている。
 脳の情報を加工できる場所を……知っている。

「……コナンドラム……っ!」

 彼はゆっくりと顔を上げて、前を見据えた。彼らしくない、眉根を寄せて睨むような眼つきで。薄暗い部屋の中で僅かな灯りが彼の顔の陰影をくっきりと見せ、その姿をより大きく、より恐ろしく見せる――。

 ウィンドは、まるで人が変わったようにいやらしく、そして醜く。
 そして、心晴れやかに笑い続けていた……。

「ふぁ……び……あ」
 ゆっくりとスローモーションのように傾きながら、ネイが振り向いた。
 ファビアが杖の先に作った氷が砕けて飛び散り、きらきらと沈みかけた太陽光を反射していた。

 トモエの爪は氷を砕き、ネイを貫いていた。

 爪が奥まで差し込まれた瞬間、ネイの小さな体は弾かれたように見震いする。その爪先は、左の鎖骨の隙間に差し込まれている。爪の長さは30センチはあり、肺を貫通するのには充分な長さだった。
 ネイが振り上げた右手のネイクローが、少し遅れてトモエの右腕を貫く。オルハはその光景を、大きく口を開いて左腕の激痛だけを感じながら、ただ見つめていた。
「ネ……ネイぃぃっ!」
 ファビアが裏返る声で叫んだ。
 同時にアルファの放った弾丸がトモエの胴を打ち、トモエは後ろに吹き飛ぶ。勢いで爪がネイの体から引き抜かれ、赤い血がばしゃっと勢い良く飛び出した。
「ふぁ……ふぁびあぁ……っ……」
 ネイは明らかに動揺していた。今にも膝を落としそうにふらつきぶるぶると震えながら、まるで夢でも見ているかのような焦点の合わない視線を自分の左肩に向ける。
 それから、まるで外套に身を包んだ白ウサギが目の前を走っているのが信じられない、といった表情で、ゆっくりと右手を伸ばしてそっと左の鎖骨に触れた。
 ――赤い血液がその小さな手を染めてゆく。
 絶望という色に。
 それからネイは"これは夢?"とでも聞きたいかのような、それでいて泣きそうな、不思議な表情でゆっくりとファビアを振り返った。
「ネイ……ネイ……ッ!」
 慌ててファビアは駆け寄った。ゆらりと揺れて倒れそうなネイを抱きかかえてやり、その体重を支える。肩から流れる血が背中から支える左手を赤く染めていったが、ファビアは気にせず支え、ぐっ、と強く抱きしめた。
「ふぁ……びあ……いたい……よぉ……っ」
 目に涙をためて、ネイは絞り出すように言った。ぶるぶると全身を小刻みに震えさせている。まぶたも小刻みに震えていた。
「ネイ……大丈夫です、すぐに救護班を呼んで、治してもらいましょう?」
「……ほんとう……たすかる……の?」
「ええ、ネイ。今まで私があなたに嘘をついた事がありましたか? 無いでしょう? だから安心してください。必ず私が助けます」
 ネイは弱々しく微笑んだ。それは信頼から生まれる心からの笑みで、ファビアを疑う事無く儚いながらも輝く微笑みだった。
「失われし力よ戻れ……ギ・レスタ!」
 ファビアは長杖を放り捨ててウォンドに持ち換え、テクニックを唱える。黄色く暖かい光が2人を包みこんで、ネイはゆっくりと息を吐いてからまた、弱々しく微笑んだ。
(……駄目だ……肺にまで……!)
 ファビアは薄々感づいていながらも現実がその通りであることに愕然とする。テクニックでは貫いた肺を治す事など不可能だ……。この事をネイに悟らせてはいけない……。
 ネイの唇の端から、赤い一筋がゆっくりと伝う。それは、彼女の運命を示唆しているようだった。
「ふぁびあ……いつも……ごめんね。わたし、めいわくかけてばかりで……」
「そんな事はありません。ネイ、私はあなたに人生の楽しさを教わったんです」
 言いながら、ファビアは頬を熱い涙が伝っていることに気づく。

 ……泣いている。
 私は今、泣いているのか。

「あなたが初めてテクニックを使えた時……とても嬉しかった。その素晴らしい才能に、明るい未来を感じたんですよ」
 その言葉にネイは僅かに微笑む。瞳を細めてファビアの顔を見つめて、それから小さく頷いた。瞳から涙が一粒、ぽろっ、とこぼれた。
「私の部屋に住むようになって、私は嬉しかったんですよ。長い間一人だったので、"家族"ができたんだと思って……」
 ぽたぽたっ、とファビアの瞳からこぼれた涙がネイの頬に落ちる。ネイは微笑みを浮かべたまま、何度も小さく頷いていた。

 ファビアは、この感覚を知っている。

 ――2年前、両親の遺体が届いた日。
 大切な人が、二度と喋らなくなって戻った日。

 あの時もそう……夕焼けの綺麗な空だった。

「ほら、覚えていますか? あなたが初めて支部に姿を表した時。まさか本当に来るとは思わなかったから、驚きました」
 ファビアは泣きながら、ゆっくりと噛みしめるように言葉を綴ってゆく。それにネイは弱々しく、ぷっと笑った。唇の端が、痙攣していた。
「いま思えば、あれが運命だったんです。あの時から、私の運命は変わり始めていたんです。ネイ、あなたのお陰ですよ、本当にありがとう」
「ふぁびあ……」
 ネイは僅かに眉をひそめ、少し悲痛な表情になる。その瞳から涙がとめどなくあふれ出し、それはやがて頬を伝って一筋の線を描いてゆく。
「ネイ、私の望みは、ずっとあなたがいてくれる事です。あなたは私の大事な"家族"なんです。私にはあなたが必要なんです……っ!」
 ファビアは、涙でくしゃくしゃになった微笑みで噛みしめるように言う。ネイは口をぱくぱくとさせてから、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「ふぁびあ……ありが……とう……。わたし……ふぁびあにあえて、しあわせだった。ずっと、ふぁびあのそばにいたいな……」
 それからネイは軽く咳込んでから血を吐く。すでに呼吸が困難になっており、一息一息がまるで重労働であるかのように見えた。
「ううっ……うああっ……ああああぁぁっ……!」
 ファビアは悲痛な表情で眉をひそめ、言葉にならない悲鳴にも似た呻きをただ垂れ流す。ネイを抱えるその手にも力が入ってゆく。
「だから……だからっ! 死なないでください! ずっと私の側にいてください! 私の部屋にある荷物は全てあなたの物なんです! あなたのための食器、服、毛布……あなたがいてくれなければ、何の意味もないじゃあないですかあああっ!」
 ファビアの瞳からは、まるで壊れたダムのように、ぼろぼろと涙があふれる。止める手段など知らない。止めようとも思わない。

 ただ、彼女を抱きしめる手に力が入った。

 腕の中にあるのは、例えるなら素晴らしい硝子細工。力を入れてしまえば壊れてしまう。それでもあまりの愛しさに、つい力を入れてしまう……。
「ふぁびあ……ずっと……ありがとう……だいすき……」
「私もあなたが大好きです! だからぁっ! 死なないでください、死なないでください! ネイィィィィィィ……ッ!」
 ファビアの体を掴むネイの小さな手。弱々しく、ファビアを握る力は少しずつ弱まってゆく。

 どうすればいいのか――彼女の小さな生命を救うには、どうすればいいのか?
 私の信念では、彼女は救えないのか?
 誰か答えを知っているのなら、教えて欲しい。

 そのために代価が必要なら、全てを懸けて支払うから。

「ありがとう……ずっと……ふぁびあのそばにいたかった……わたし、しあわせ……」
 泣きながら言うネイの体を、ファビアは震える手で抱きしめ、その胸に顔をうずめる。

 その小さな体が折れても、構わない。
 この気持ちを伝えられるのであれば、構わない。
 あなたが居てくれるのであれば、構わない。

「ずっと……ふぁび……あ」
「大丈夫です、大丈夫です。あなたを必ず助けますから! 助けますからあぁぁぁぁっ!」
 ファビアは彼女の体を抱きしめながら、天を仰いで咆哮した。

 ネイが、冷たくなってゆく。
 小さな鼓動が止まってしまう。

 その瞳を二度と開かなくなってしまう。

「ふぁび……あ……さいご……に」
 もう、時間が無いことを、ネイはよく分かっていたのかもしれない。
「ちゅっ、って……して?」PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる半世紀の終りに〜 universe58 不穏な風
 だから、弱々しくてももっと微笑もうとしながら、人差し指で額を指して、言った。
「むかし……ぱぱと……ままが……よく……してくれたの」
「……ええ」
 ファビアは静かに頷いて、そっと彼女の顔を引き寄せる。唇をそっと近づけて、ネイの額に付けた。
「ふぁび……あ……、だい……す……き……」
 ゆっくりと、ネイの首が後ろに倒れ始めた。ファビアの目に、その動きはいやにスローモーションに見えた。
 身動きを取る事ができず、ファビアはただそれを見ていた。

 彼女のまぶたがゆっくりと閉じてゆくのを。
 彼女の体から力が抜けるのを。

 彼女が、天に召されるその瞬間を。

「……ああ……」
 ファビアは情けない声を、わずかに漏らした。
 ネイは首をがくり、と後ろに倒して、それきり動かなくなってしまっていた。
「……」
 ファビアはゆっくりと立ち上がりながら、トモエの方を振り向いた。彼女は低い唸り声を上げながら、ゆっくりと立ち上がってくる。
 それを見つめるファビアの表情は、冷静ないつもの彼だった。
 オルハも、アルファも、テイルも、それを心配そうに見つめている。何も言葉を発してはいけないような、そんな空気が流れていた。
 ファビアは不気味なほどに落ち着いた表情で、トモエを見据えている。
 ただ、違うのは頬を涙が伝っている、それだけだった。
(――なんでしょう、この感覚は……)
 ファビアは、自分の中に今まで感じたことのない感情が芽生えているのを感じていた。

 怒りではない。悲しみとも違う。
 もっと深く、もっと濃厚で、もっと複雑だ。
 一言では言い表せない感情。

 とにかくファビアは、不自然なほどに静かに、涙を流したままで立っていた。感情を大きく爆発させた後のクールダウンとはまた違う、冷静さ。例えるなら、マラソンの後半で苦しさを感じなくなる、いわゆる"ランナーズハイ"に近いのかもしれない。

(――これは……)

 ファビアは、自分の中に新しい何かが芽生えていることに気づいていた。

(まさか……今までまったく習得できる気配すらなかったのに――)

 ファビアは右手のウォンドの感触を確かめるように、もう一度強く握り直した。先端の輝くフォトン粒子が、僅かに発光し始めて輝きを放ってゆく――。
「……!?」
 トモエの本能が、一瞬ひるんだ。
 ……あまり恵まれていない体格の1人のニューマン。

 なのに、この威圧感はなんだ?

「さあ、いつでもいいですよ。かかってきてください、全力でお相手いたしましょう――私の信念にかけて」
 ファビアが、ネイを左手に抱きかかえながら、右手のウォンドを掲げる。それからそれを顔の前に持ってゆき、瞳を閉じた。
「偉大なる神よ、フォトンを捧げし者よ。私は父の熱き御心と、母の豊かなる視線によって育てられました。どうか、あなたたちの力を受け継いだ私に、勇気をお与えください……」
「う……うがあぁぁっ!」
 しびれを切らして、トモエが飛びかかった。まるで追い詰められた野生動物が、前に進むこと以外の選択肢を知らないかのように。
「"さあ、私に身を捧げてください――修祓(シュバツ)を捧げます"……グランツ」
 ファビアが呟くと、その杖先から透明な輝きを放つ球体が現れる。穏やかにたおやかに、それはただ純粋な光を放ちながら揺らめいている。
「あれは……!」
 アルファが驚いた顔で言うのに、オルハが思わず聞く。
「どしたの先生?」
「あれは……"光"に属する攻撃テクニックよ。レスタのような回復・支援テクニックは誰にでも扱えるだろうけど、攻撃テクニックを制御できる人はそう多くはないわ……!」
「!」
 オルハも慌ててファビアを振り返る。
 ファビアの杖を中心に、光の塊がどんどん大きくなってゆく。直径はゆうに1メートルを超え、それでもまだ成長しようと躍動する。
「……食らいなさい」
 杖を振りかざすと、光る球体が放たれた。放たれてすぐ、細く長く変形してゆく。それは、まるで矢。光の矢のようだった。
「!」
 トモエが慌てて飛び退く。光の矢はわずかに髪をかすめてからしばらく飛んでヴンと唸り、違う次元へと転送されたかのようにその姿がぶれてから、消えた。
「……っ!」
 トモエも事態に気づいた。球体がかすめた部分の髪に異変が起こっている。

 ――切り取られている。

 髪の一部分は、まるで空間をえぐり取られたかのように、鋭利な刃物で切り取られたように、無くなっていた。
 もし、こんなものをまともに食らおうものなら、一体どうなるというのだ? アルファたちはその光景に息を飲む。
「――あまりにも強い光の力……。教団信者の家に生まれたエレナだって、あれほどの純度の高いテクニックなんて扱えないのに……!」
 アルファは呆気にとられ、額の汗を拭いながら、誰に言うまでもなく独りごちる。
「もう、やめましょう」
 ファビアが再度、ウォンドを振りかざした。今度は先ほどよりは小さい、直径1メートルほどの球体が3つ。彼の頭上に浮かび上がる。
「"三方(サンボウ)を掲げてください――慈悲を貴方に"……ノス・グランツ」
 まるで獲物を見つけた野性動物のように、3つの球がぐん、と飛んだ。その速度は決して早くはないが、それが逆に恐怖感を煽っている。
「うがあぁぁぁぁぁぁっ!」
 トモエが唸りながら、飛んだ。空中で回転しながらそれを飛び越え、そのままファビアに飛びかかる。
 ファビアはそれを冷静に見上げたまま、杖をぶんと振り上げた。
「あっ……!」
 見ていたオルハが思わず声をあげた。3つの球体がその動きに呼応し、トモエ目がけて飛んでゆく。
 ぼっ、と砂の塊が砕かれたような音と共に、トモエの左太股で球体のひとつが破裂した。小さな球体とは思えないほどの衝撃が襲う。トモエの体は糸が切れた凧のように、ぐるりと右へと回転させられる。
「――あなたに勝ち目はありません」
 ファビアが再度杖をふりかざす。
 今度は背中。球体が弾け、トモエは前のめりに吹き飛ばされる。
(――!)
 そしてトモエは愕然するしかなかった。
 前のめりに吹き飛ばされたその先に、球体がもうひとつあったから。
「……!」
「だから――終わりにしましょう」
 球体が弾けると、トモエの顔面を激しく打ち上げた。空中で後ろに回転し、ちょうど顔面から地面に叩きつけられる。
「うが……!」
 口や鼻から血を流しながらも、すぐに地面に手をつき体を跳ね挙げて起こそうとする。だが、ノス・グランツを受けた左足が言うことをきかない。激しい衝撃はもちろんだが、力を吸い取られたかのように体が動かなくなっていた。
 ざっ、とファビアが半歩踏み出すのに、トモエははっと見上げる。震える体を強引に制御して、無理やりに立ち上がって戦闘体制を取る。
 格上の相手に見下ろされ、勝てる見込みの無い戦いだと分かっていても、戦い続けることだけが存在意義であるかのように。
「――もう、立たないでください。もう、立たなくていいんですよ――」
 ファビアの声は、まるで子供を諭すように。
 まるで、慈悲を与えるかのように。
 ただ優しく、穏やかに、絹のような滑らかさで言葉を綴った。
「あなたが立ち上がり続ける以上、私は罪を重ね続けなくてはなりません――」
「が……があぁぁぁ……ぁぁっ……」
 トモエは悔しそうに唸ると、がくり、と膝を落とす。力尽きたかのように地面に倒れ、震えながら顔をもたげようとする。だがそのまま、ふっ、と意識を失ってがっくりと首を落とした。
「やった……」
 オルハが小さくガッツポーズを取って、呟いた。
 ……だが、戦いが終わってなお、その場に立ったまま動かないファビアに、誰も声をかける事ができないままでいた。

 凛とした空気。
 高貴ささえ感じさせるその姿勢。
 圧倒的な存在感を覚えるその瞳。

 全てが、気軽な接触を拒絶していた。PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる半世紀の終りに〜 universe58 不穏な風

「……先生、先にコロニーに戻っても? ネイを……ネイを、早く休ませてあげたいんです」
「え、ええ……」
 不意に振り向くファビアに、アルファははっとなって答える。ゆっくりと歩き出し皆の間を通ってゆくファビアに、誰も声をかけられなかった。
「おっ、おい……!」
 ファビアの姿が見えなくなって、不意にテイルが口を開いた。2人が振り返ると、テイルは後ろを振り向いていた。
 その視線の先には先ほどファビアがテクニックで開けた大穴が見える。だが、その見える光景に違和感があることに、2人はすぐに気づいた。
「……! イオリがいない!?」
「しまった……トモエに気を取られている間に、逃げたのか……!」
「ああー……また始末書モノだよ……」
 オルハが泣きそうな声で両手を広げて、情けなく呟いた。

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注意事項

※この物語は株式会社セガが提供するオンラインゲーム「ファンタシースターユニバース」を題材としたフィクション(二次創作物)です。世界観、固有名詞、ゲーム画面を使用した画像など、ゲーム内容の著作権は株式会社セガにあります。
※小説作品としての著作権は勇魚にあります。
※登場する団体名・地名・人物などは、実在する名称などとは一切関係ありません。
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※この作品は、「戦い」「人間ドラマ」をテーマの一部としているため、暴力・性的な表現を含む場合があります。予めご了承下さい。

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