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PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる時の半世紀の終りに〜 universe56 翼を求める闇烏

「いぃやぁーーーーっ!」
 オルハの爪が唸った。右上から振り下して、間伐入れずに左から突き上げる、勢いのあるコンビネーション。
「ふふっ……あはははっ! 鬼さんこちら!」
 それを、トモエは華麗にかわしてみせる。
 戦闘開始から5分。すでにオルハは汗だくになっていた。
 と、いうのも。
 トモエは盲目であるにも関わらず、明らかに以前より能力を増していた。その素早い動きに磨きがかかり、オルハの爪はかすりもしなかったのだ。
「……おばさん、えらく強くなったね。なんで?」
「うふふ……簡単な事よ。私たちが見ている世界は、ほんのわずかな部分でしか無いの。ただそれだけ」
 トモエは悪戯に微笑んでみせてから、ふっと残像を残してその姿が右に動く。
「はッ!」
 それに合わせて、オルハが右腕を振り抜く……が、手ごたえは無い。ふっと雲を掴んだようにすり抜けて、そのまま霞のように姿が消えた。
「こんな風に、ね」
 ぽん、とオルハの左肩が叩かれる。そこにはトモエが冷たい微笑みを浮かべて立っている。
 オルハは慌てて、その左手を振り払いながら振り向いて左手の爪でなぎ払う。だが、爪は残像を貫くだけだった。
「な……っ!?」
「人が何を見ているかが分かれば、これぐらいの芸当は簡単よ……うふふふっ」
 今度は背後から声が聞こえる。
 オルハは焦りながら振り向く。トモエは3メートルほど離れた場所で、腕を組んで蔑むように嘲笑していた。
「山猫ちゃん、全然強くなってないわね。つまんないわぁ」
「……っ」
 悔しいがオルハはそれに返す言葉が見つからない。ここしばらく、待機命令をいいことに最低限の任務しかこなしていなかった。基礎トレーニングもほとんど行っておらず、基本能力が落ちていたとしても、何も文句は言えなかった。
「ボクを甘く見るなッ!」
 ざっ、と地面を蹴ってオルハは飛びかかった。だが、トモエの姿はすぐに消える。
「!」
 辺りを見渡すが、トモエの姿が見えない。一体どこに行ってしまったのかオルハにはまったく分からず、慌てて辺りを見回す。
「山猫ちゃん、つまんないわぁ。期待ハズレ」
 声と共に、オルハの左肩が後ろから掴まれる。そのまま左手をぐいと引っ張られたと思うと、後ろに引きつつ上へと持ちあげられた。腕がそれ以上あがらなくなると、間接が悲鳴をあげて無意識に前屈みになる。
 そこを一気に押され、オルハは一瞬で地面に押し倒された。
(……なんて早さ……!?)
 オルハ自身も関節技を知らないわけではない。原理を知っているにも関わらず、あまりの手際の良さに対応できなかったのだ。
「さ、これで少しは力の差が分かるかしら?」
 左腕に走る痛みに、オルハは身をよじろうとするが動けない。トモエはオルハの左手を上へと押し付けながら固定し、自分の体重を乗せて身動きできなくしていた。自分の右手に腕を絡めて締め付けながら、ぎりぎりと絞めあげる。ごりごりと骨がこすれる音だけが、わずかに響いていた。
「くっ……おばさんっ! やめろっ!」
 オルハはもがいて喚き散らすが、トモエは手を休めようとはしない。締め付けはどんどん強さを増してゆく。
「うふ……もっといい声でお鳴き」

 ごきん、という音が響いた。
 鈍く、重い響きがオルハの体を突き抜けてゆく。
 左腕を走り抜ける、雷のような激痛。

「っ!? ぅぁぁあああぁぁぁぁっ!」
「人間はなんて脆いのかしら……うふふふ」
 トモエはぱっと飛び退いて、冷たい声で無邪気に笑う。その瞳はとても冷たく、明らかに格下を哀れんで見下ろす目つきだった。
「うがっ……ぅぁああああ……!」
 激痛に顔をしかめ、オルハは地面を転げまわる。左手に目をやると、自分の意思とは関係なくぶらぶらと慣性に従って揺れている――。
 そう、左腕は肘から完全に折れてしまっていた。
「うあ……っ……! なんだ、一体なんなんだよ! 攻撃は当たらないし、ボクの腕をためらいもなく折るなんて!」
 左腕を掴みながら、オルハはかろうじて立ち上がる。ずきずきと響く痛みに歯をくいしばり、眉根を寄せて、額には玉のような脂汗がいくつも浮かんでいた。
 ナノトランサーに手を突っ込んで、トリメイトを取り出し口に含む。折れた骨がくっつくことはないが、痛みが多少は緩和される。
「さ、おとなしく殺されなさい? 実力の差は歴然としているわ」
 ……悔しいが、トモエの言う通りだ。

 彼女は、得物を抜いてさえいない。

 トモエは視力を失ってからずっと、死ぬような思いで自分自身と闘ってきたはずだ。その想いは筆舌にできないものだろう。
(……それに比べて、ボクは……)
「ふふっ。弱い者をいじめるのは楽しいわぁ。その苦痛に溢れた声、絶望の想い……最高ね、イッちゃいそう」
 うっとりとした目で悦に浸りながら、トモエは唄うように言った。右手で肩を抱きしめるように掴み、左手は下腹部をさする。その声は純粋な楽しさと、無邪気な残酷さで溢れていた。
「……くぅっ……これではっきりした……"カミカゼ"の犯人もおばさんだろ?」
「そうよ」
 悪びれる様子もなく、トモエは即答する。あたかもそれが台本通りの言葉であるかのように。
「言ったでしょう? "弱い者をいじめるのは楽しい"って」
「そんな理由で……そんな理由で人が殺せるのかよっ!」
「できるわよ」
 オルハの叫びに対して、トモエはさらりと言い放つ。あまりにも堂々とした返答に、オルハは何も言い返せなかった。
「力を持たないくせに、言う事だけは一人前。そんな生き物は死んだ方がいいのよ」
「なんだと……ッ!」
「自然社会をごらんなさいな。力ある個体は生き伸び、子孫を残す事ができる。そうじゃない個体は死ぬ。ただそれだけの事よ? 人間社会が甘すぎるだけ」
「……」
 その言葉に、オルハは何も言い返さなかった。
 ――自分の中で、すうっと何かが抜けていくような感覚を覚える。怒り、という一言では片付かない。その感情は瞬間的に頂点を通り越し、急激に冷静になってゆく。まるで、夏の暑い日に冷房の利いた建物に入って汗が体温を急激に奪うかのように。
 とにかく、オルハはうつむいたままで、静かに口を開いた。
「……そういう事をひけひらかす奴には、ロクな人間がいないんだよね」
「ほう?」
 オルハの声に、トモエが興味を持ったように相槌を打つ。戦う素振りを見せないままで、少し首を傾げてその声に耳を傾けていた。
「ボクの近くにもそういう事を言う人がいたよ。ボクはずっと、なぜそんな事を言うのかが分からなかった。でも、おばさんを見てたら分かった気がする」
 トモエは不敵に微笑んで、ゆっくりと腕を組む。それから続く言葉を待っているかのように、何も言わないまま立っていた。
「あんたたち自身が"欠けてる"んだ。だから、劣等種族だの弱者だのと理由を付けて"自分は違う"ってアピールしているに過ぎない」
「……」
「だからおばさんも、イオリも、C4も。"欠けてる"のを分かっているから、求める。それだけの事なんだ」
 オルハは自分に言い聞かせるように、まるで呟くように。そう言い切ってから、ゆっくりと息を吐いた。
「ふん」
 トモエは鼻で笑ってから、
「幸せな家庭でぬくぬく育ったあんたみたいなガキには、一生分からないわ。もっと辛い目にあってみるといいわね」
「ボクだって、11歳でパパとママが死んでる。辛いのはおばさんだけじゃない!」
「……ふん」
 反論の余地がないオルハの言葉に、トモエは見下ろしながら鼻で笑う。
「じゃあ、その"欠けてる"相手に、惨めに敗れるがいいわ」
 姿が、消えた。
 オルハは動じず、すっと目を閉じる。
 ……さきほどの戦いで、この辺りの地形は把握した。下は露出した土だ。草が無ければクッション性が低いので、人が歩く振動が足の裏に伝わってくるのが分かる。
 そして、風。森の切れ目は2ヶ所。風は南西から入り、北へ抜けてゆく。何か障害物があれば風の動きは変わるはず。
 ……思い出せ、クズ鉄街での日々を。
 生きるために、何をしてきたかを。
 毎日やってきたことを。
「……ふぅ……ッ」
 オルハはゆっくりと息を吐いた。自分でも恐ろしいぐらいに、冷静だった。
 今、周りの全てと一体化した、そんな気にさえなっていた。
 ――足音。土に靴の底が触れ、埃が立つ音。
 そして、振動。地面を蹴って体を押し出す衝撃。
 風。動くものがあると乱される流れ。
 全てを委ねていると、圧迫感が目の前に飛び込んでくる。

 ……来たっ!

「死になっ!」
 トモエは血抜き短刀を両手に、オルハに飛びかかった。その刃を、額に突きたてるために。
「あぁっ!?」
 悲鳴のように叫ぶ声が響く。
 だが――それを発したのは、襲いかかったトモエ本人だった。
「な……なんだって……!?」
 オルハの右手が、頭を守るように持ち上げられている。その爪の間に短刀はがっちりと挟まれてしまっていた。
「OK、見えた」
 短刀を挟みこんだままの右手を下に降ろして得物を奪い、トモエの体を右足で蹴りつける。
「……なんだって?」
 飛び退きながら、トモエは怪訝そうな表情で言う。
「ふむ、意外とうまくいくもんだ。ボクもびっくり」
 けらけら笑いながら言うオルハは、いつもの明るい表情。太陽のように笑う、オルハだった。
「おばさんの手品の正体が分かったよ。目が見えないから周りに敏感なんだ。自然の動きに合わせて素早く動く事で、自分の気配を隠してる」
 オルハは不敵に笑いながら続ける。
「そして、先入観を逆手に取る。"右に行く"ように見せかけて左に行くとかのフェイントを最高のタイミングで……でしょ?」
「あら山猫ちゃん……アホかと思ってたら、意外とそうでもなかったのね。でも――」
 ふふ、と見下すような微笑みを浮かべて、トモエは言う。
「それでやっと同じ土俵に立っただけ。片腕が使えない状態のあなたに、勝ち目があると思ってる?」
 ……確かにそうだ。左腕は重力に任せてだらりと垂れ下がっている。動かそうとしても動かず、ただ激痛が襲いかかるだけだった。
 勝機……勝機があるとすれば……。
「やるしかない!」
 呟きながら、オルハは腰を落とし、体を右に捻った。
「?」
「オルハ乱舞! ACT3!」PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる半世紀の終りに〜 universe56 翼を求める闇烏
 両手のクローがヴン、と唸る。爪はすぐに原型をとどめなくなり、霧散する。そこには視認できないほど高濃度の圧縮されたフォトンの塊が存在している。
 オルハは体を左にひねりながら、地面を蹴る。その体が、消えた。
「!?」
 トモエはとっさに右へとその身を翻す。ざざぁっ、と土を蹴る音が後ろから聞こえる。オルハが爪を振りかざしながら、着地していた。
(早い……!)
「これがボクの……必殺技だッ!」
 オルハが地面を蹴ったと思った瞬間、また姿が消える。圧縮されたフォトンの推進力に遠心力を加えたその動きは、人間の目には映らない。トモエは左に飛んで、それをかろうじてかわした。
「なんとまあ、変わったやり方ね」
「おばさんに言われたくないし!」
 ざっ、とオルハが着地したと思ったら、また姿が消える。トモエを包囲してゆくように、周囲で地面を蹴る音だけが響く。
「おばさん、降参?」
 オルハの声も、どこから聞こえてきているのかさっぱり分からない。トモエは動じる素振りを見せてはいなかったが、正直動揺していた。
 ……こんな戦い方、見た事が無い。知っていた所で、あの凄まじい勢いで弾丸のように飛んでくるのを止められるとは思わない。
「選択肢は2つ……」
 トモエは呟く。
 ひとつは、突っ込んできた所を体で止めて、捕まえる。
 もうひとつは、着地した所を狙う。
 どちらが現実的かなど、言うまでもない。
「……ちっ」
 トモエは舌打ちをして、鉄でできた長さ30センチの極細の棒を取り出した。先が鋭く尖っており、よく見れば中は空洞で筒状になっていた。手に持って扱う事を考慮していないその作りから、投擲に使うものだというのは容易に想像がつく。
(……さぁ、どこから来る?)
 トモエは少し腰を落として構え、感覚を鋭く研ぎ済ます。
 ……この戦いを制するには、戦って勝たなければならない。相手はいつかこちらに飛び込んでくるのは確実なのだ。
「さ、いつでもおいで。私はここよ?」
「そうこなくっちゃ!」
 ざ、と地面を蹴る音と共に風が動く。
(……正面!?)
 トモエは、咄嗟に上体を後ろに反らしてブリッジ。腹の上で空気がごうと音を立て、オルハが通り過ぎる。
(――ここ!)
 そのままの姿勢でぐんと右手で地面を押し、くるりと縦軸に回転。そのまま左手をまっすぐ伸ばして、4本のニードルを投げる。
(狙い通り!)
 遠くでざっ、と土を踏む音が聞こえ、ニードルはそこへ吸い込まれるように鋭く飛んでゆく。狙い通り、着地した足へ向かって地面すれすれに。
 狙いはアキレス健。健を傷つければ歩くことさえままならなくなる。もちろん、ニードルの血抜きで体力も消耗させられる。これが刺されば、イニシアチブを取り戻せる――。
「……なっ……?」
 だが、トモエは困惑した。
 先ほど着地した音が聞こえたはず。
 なのに何故。

 ――気配が真正面に?

「つっかまーえた!」
 オルハの声と同時にトモエの顔面は、ごきん、と下から跳ね上げられた。うつぶせに倒れこみそうになった上体を無理やり起こされ、空中でえび反った姿勢になる。鼻柱に激痛が走り、血がほとばしる。
 すぐに、右の肩に激痛が走る。そのまま激痛は右胸、腹へと繰り返し体を叩いてゆく。
「……!」
 圧倒的、としか形容できないほどの連打。空中で浮いた体を何度も殴られるなんて、漫画やアニメの中にしか存在していないはずだ。それほどまでに、あり得なく、凄まじい連打だった。
 オルハは空中でコマのように回転しながら、遠心力を乗せて高圧縮のフォトンの塊を叩きつける。右と思えば左、左と思えば右。恐ろしい速さだった。
(――左?)
 ……まさか……折れた左腕を無理やりフォトンの推進力で使っているのか?
「はあぁぁぁぁっ!」
 オルハの叫びと同時に、トモエは強い衝撃を受け呼吸ができなくなる。みぞおちを貫くような勢いでまっすぐに突き出された、オルハの右腕。
 トモエの体が、ロケットのように飛び出した。後ろに10数メートルはふっ飛ばされて、木の幹に叩きつけられる。
「ぐ……!」
 トモエは、ここでやっと呼吸を再開できるようになった。ごほごほと咳込んで、こみあげるものをそのまま吐き出す。生温かい血が、こぼれた。
 それから重力にまかせて膝から落ちてから、そのままうつぶせに倒れる。動かそうとしても、体は動かなかった。凄まじい連打で、体のあちこちが悲鳴をあげている――。
「う……くそっ……」
「ボクの勝ちだね、おばさん♪」
 オルハをそれを見下ろし、腰に右手を当てて悪戯に微笑む。
「ガキ……こんなガキに負ける……なんて……」
「勝ちは勝ちだからねっ」
 言ってオルハは、トモエの体を起こして、木に寄りかからせる。それからモノメイトを取り出して、その口に含ませてやった。
「! 何を!」
「あのね、ボクらはガーディアンなの。殺し合いをしてるわけじゃないんだ」
 オルハは微笑みながら言って手錠を取り出して、トモエの両手を後ろ手にしてから手錠をかけた。
(……完敗だ……)
 トモエはうなだれたままで、オルハにその身をまかせていた。敗北感だけが体を包み込み、気力を奪う。
 この若い少女は別に立派な人格者でも何でもない。ただ、その明るく前向きな精神……それがうらやましかった。
(……負けた。完全に負けた)
 視力を奪われた時からずっと、ガーディアンズを憎んできた。悔しい思いをいつか晴らすためだけに生きてきた。
 けれども、それに意味が無いということを、今はっきりと思い知らされてしまった。
 どこか清々しい思いでため息をつきながら、トモエはゆっくりと口を開いた。
「……山猫ちゃん、頼みがあるの」
「? ボクに?」
「……イオリ様を……イオリ様を止めて」
 トモエは下唇を強く噛みながら、ゆっくりと続けた。
「……ダークファルスの存在を知ってから、イオリ様は変わってしまわれた……!」
 オルハは困惑しながらも、トモエの想いの真剣さに気づく。ただ静かに、絞り出すようなその声に、耳を傾けていた。
「イオリ様は……とても優しい方だった。子供だった私を助けてくれ、戦い方を教えてくれた。ダーククロウのメンバーとして、副官の地位を与えてくれた」
 トモエの瞳から、大粒の涙がぼろぼろとこぼれ始める。その涙の理由が痛いほど伝わって、オルハは思わず目を細めて聞き入っていた。
「だが、バーバラと出会いダークファルスの存在を知ってから、イオリ様は変わってしまわれた。力のみを求め、ダーククロウも荒くれ者の集団と変わり果てた……」
 想いのこもった熱い涙が流れるのを見ながら、オルハはなんと言えばいいか分からず、頭を掻いた。
 ……でも、その気持ち、ちょっと分かるんだよね……。
「そっか。イオリのこと、好きなんだ」
 だから、呟くように言ってみることにした。
「……」
 トモエは答えず、うつむいたままで頬を赤らめる。それでオルハには充分だった。
「ボクもさ、好きな人がいるんだ」
 ゆっくりと、トモエが顔を上げる。その顔は少し呆けたような、不思議な表情をしていた。
「ボクの好きな人はさ、いつもまっすぐで危なっかしくて目を離すとどこでのたれ死んじゃってるか分からないよーな人なんだ。だからいつも心配なんだけど、どうも鈍感で分かってくないんだよね〜、これが」
「……」
「でもさ、そこが好きなんだよね、悔しいけど。いつも彼の事を考えると、ドキドキする。ワクワクする。生きたい、帰りたいって心から思う。だからボクは、戦える」
 苦笑しながら言うオルハを、トモエは真剣な表情で見上げていた。
「……その想い、届くといいな」
「だといいんだけどね。その人、他の人に夢中だからさ」
「……」
「でもまー、そんなもんじゃない? 恋は障害があるほど燃えるって言うしね!」
 オルハはおどけてガッツポーズをしてみせるが、左手を上げようとして痛みに顔をしかめた。
 トモエははっとしたように顔を上げてから、申し訳なさそうにうつむく。それから呟くように口を開いた。
「すまなかった。左腕……」
「ん? ああ、お互い様でしょ。ボクもおばさんの顔とかぶん殴ってるし」
 言ってけらけらとオルハは笑う。トモエはその屈託なく笑う声に、少しだけ救われた気がした。
 ……彼女のその強さと明るさは、どこから来るのか。まったくもって完敗だ。
「じゃ、おばさんはここでちょっと待ってて。帰りに連れてくから」
「分かった」
 言うが早いか、オルハは走り出す。
 ……トモエはそれを見送ってから、ゆっくりとため息をついた。
 イオリと会ってから、長い夜を何度も過ごしてきた。だが、イオリは変わってしまった。"力"を欲するだけの貪欲な存在に。あの微笑みとは、もう出会えないのだろうか……。
「んむぅ、これは困った状態ですな……まさかガーディアンズたちがここまでやるとは、思ってもおりませんでしたぞ」
「……! あんた、なんでここに?」
 不意の声に、トモエが振り向いた瞬間。
 がっ、と顎を手で掴まれたかと思うと、口内に小さな瓶を突っ込まれる。中に入っていた液体が、喉に流し込まれた。
「……げほっ! な、何を……!?」
「ガーディアンズたちが憎いでしょう? その思いを借りてテストを行わせていただきますぞ。ヒューマンこそが最高の種であるということを見せつけてやりたまえ!」
「ちょ……お前、何を……う、ううっ……!?」
 トモエは意識が遠のきはじめて、そのままゆっくりと横に倒れてゆく。笑い声と足音が遠のいていくのが、耳に入った。
「熱……熱い、体が……熱い……!」
 体が中から熱を発している。まるで、内臓が燃えているかのように。体の中で何かが激しく活性化しているような、熱さ。
「イ……オリ……さま……」
 朦朧とし始めた意識の中で、トモエはイオリの笑顔を思い出していた。
 もう、思い出の中でしか会うことのできない、純粋な笑顔を。

「トモエ、今日からお主に副官を務めてもらう」
 イオリの声に、がたがたんと音を立てながら、何人もの屈強な男たちが立ちあがった。
「イオリ! なぜだ!」
「確かにトモエは強い! だが――」
「若い女だから、か?」
 男たちの声を静かに遮って、イオリは鋭く光る瞳で言い切る。
「そ、そうじゃねぇ。他にも適役はたくさんいるだろ!?」
「――文句があるなら、トモエと手合わせをして勝てば良い。拙僧にも勝てれば、今日からお主がリーダーだ。違うか?」
 イオリが堂々と言うのに、男たちは何も答えられなかった。ぎり、と歯ぎしりをして拳を握りしめ、そのままうつむいてしまう。
「"ダーククロウ"の掟を忘れたか? 我らはお互い切磋琢磨し、己の強さを磨く。強い者がリーダーになる。それだけがルールだったはずだろう」
 ここでイオリは微笑んで、諭すように穏やかに言った。トモエは目の前のやりとりに多少困惑していたが、イオリが微笑みかけるのに視線が合ってしまった。
 イオリが無言で頷く。それに倣って、トモエもまた頷いてから、口を開いた。
「えーと……とりあえず、私もいま初めて話を聞いたわけなんだけど」
 トモエがためらいがちに言うのに、肩口までの赤い髪がふわりと揺れる。まだ幼さが残る彼女は若く、豊満なスタイルとのアンバランスさが男性を引き付ける魅力を持っていた。
「やるからには、全力でやらせてもらうわ。私も現状に甘んじるつもりはないけど、皆に迷惑をかけることも手を借りることもあるかもしれない。その時は、よろしく頼むわね」
 堂々と言うトモエに、イオリが満足そうに微笑む。その優しさにトモエはちょっと照れて、視線をそらした。男たちはその威厳ある立ち振る舞いに圧倒され、ぽかんと口を開いたままで何も言えなくなる。
「よし、それで良いだろう。――トモエ、ちょっと手合わせに付き合え。この間のあれが、もうすぐ実戦で使えるようになりそうなのだ」
 茫然と立ち尽くす男たちを気にせず、イオリは歩き出す。トモエはそれを慌てて追いかけた。
「イオリさま、ついに二刀流を?」
「いや、もう少しだ。最後の仕上げを手伝ってくれ」
 イオリは嬉しそうに言って、足を止めて振り向く。それから微笑んで、トモエの右手を両手で包み込んだ。
「トモエ、共に強くなろう。ダーククロウはこれからもっと大きくなる。それに恥じない力を、拙僧は手に入れる!」
 言いながら微笑むイオリは、あまりにも輝いていて、とても魅力的な存在だった。

 ごう、と大きな音が響いて、刀が宙を切り裂いた。
「っ!」
 イオリのその剣をかわしながら、ファビアは肝を冷やす。
 ――両手に一本ずつ持たれた、長い刀。本来なら両手で扱うべきものだ。だが、イオリはそれをやすやすと片手で扱っている。
(……なんという……!)
 ファビアはこの男の信念に恐怖する。
 一体、どれほどの修羅場を潜りぬければ、これほどになるのだろう。どれほどの戦場の中から生を掴みとればいいのだろう。想像もつかなかった。
「ふはははあぁぁぁーっ! 子連れよ、その程度か!」
 右の刀が横へ凪ぎ払った直後に、左の刀が袈裟掛けに襲う。ファビアは杖の先に作った氷の塊でそれをなんとかそらしていたが、最後の一撃で氷は砕かれてしまう。
「……」
 ファビアは飛び退いて、自分の手に視線を落とす。
 ……わずかに震えている。
 あの重い一撃を何度も反らしたのだ。彼の弱い体は、早くも限界が見えてきた。
(――どうする?)
 この化け物には一体何が有効なのか? どうすれば倒せるのか?
「炎よ、氷よ。2つの力で目標を打て……フォイエ&バータ!」
「そんなものか!」
 杖をかざして飛ばした炎と氷を、イオリはやすやすと切り裂く。フォトンが充分に練りこまれてないテクニックは決定打に欠ける。イオリももちろん、それを分かっているから攻撃の手を緩めない。
 ――どう組み立てるべきか。ファビアはゆっくりと息を吐きながら、思案に暮れる。
 充分に気を練り込んだテクニックを叩き込む、それが最終目的である事には変わりない。だが、その時間を作るには、どうすればいい?
「はははあぁっ、どうした子連れよ!」
(くっ……手を止めさせなければ……)
 そうだ、今回は1対1の勝負なのだ。前回のように、精神集中の時間を与えてはもらえない。
 ならば――。
「氷を生み出す力を我に……!」
 ぽっと明りが灯るように、ファビアの周囲に直径30センチほどの氷がいくつも現れる。その数が増える速度は尋常ではない。10個、20個……あっという間に、ファビアの周囲10メートルほどの空間に氷塊が多数漂っていた。
「……?」
 イオリは不審に思うが、宙に浮かんだ氷が動く気配は無い。
「……なんだこれは? なんの意味がある?」
 イオリはあざけるように笑って、手前の氷を剣で叩き落とす。氷はあっさり砕けて、地面に落ちた。ファビアはそれを気にせず、杖を握って精神を集中させ始める。
「足を止めさせようというのか? こんなもので!」
 イオリは剣を構えて走り出す。ファビアは目を閉じて精神を集中しており、明らかに無防備となっていた。
「ん?」
 イオリの脛に、がつ、と氷塊が当たる。痛くはないし動く気配もないが、走る勢いをそがれてしまった。氷塊はそのまま地面へと転がる。
 気にせず走り出そうと顔を上げた瞬間。こめかみと、振り上げた二の腕に氷塊が当たる。
「……む……!?」
 イオリははっと感づく。目を細めて氷塊の群れを見据えて、はっとなって口を開いた。
「くっ……脛、二の腕、視界の高さ……! 貴様、謀ったな!」
 そう、ファビアの作り出した氷塊は全て、イオリの身長に合わせて浮いていた。勢いづいた手や足を抑えるのは難しいが、円周運動の支点に近い場所は、小さな力で抑えられる。全ての氷塊は、イオリの勢いを完全に封じていた。
「もう遅いですよ」
 ファビアはにっこりと微笑みながら、杖を振り上げる。杖を中心にほとばしる、冷気のフォトン。それらは全てを飲み込むように広がってゆく。
「時間さえ頂ければ、こちらのものです。静かに猛る氷神よ、我を媒体に氷の力を行使せよ……ギ・バータ!」
「!」
 空気が動いた。冷気はどんどん広がり、ファビアを中心に氷塊が激しく回転する。ごう、と風が鳴ったかと思うと、渦巻いていた氷が一斉にイオリを襲う。ごつ、っと重い音を立てて、氷塊がイオリの体を打つ。
「貴様ァ!」
 もの凄い物量と速度で氷塊が襲いかかるが、イオリは剣でその半分ほどを叩き落としているではないか。
「!」
 直後、氷の風が襲う。体のあちこちがびきびきと音を立てて凍り付き、動きが鈍る。
「うおぉぉ!」
 だが、それでもイオリの勢いは止まらない。右手に握った炎の剣は、吹雪でさえも切り裂いていた。
(――予定通り)
 意識をそちらに向けて動きが鈍ってくれれば、ファビアにはそれで充分だった。ゆっくりと息を吐いてから、杖を大きく振り上げる。
「まだまだ……! 氷よ、その凍結の恐怖、勇敢なる槍を以って行使せよ……」
 今度はファビアを中心に氷の竜巻が起こる。雲まで伸びていると思える、長く高い風の柱。それらは氷塊をまき散らして冷気を振りまきながら、高い空に舞い上がってゆく。きらきらと輝く幾多の氷塊が、宙に浮かぶ光景は、とても幻想的に見えた。
 イオリは、はっとなって空を見上げる。これほどまでに大きな冷気の塊――一体これから、何が起こるのだろうかと。
「――これで終わりです」
 氷塊が空中で次々と合体し、風をはらんでより大きな塊を形成してゆく。長く、そして大きく。
「ぐう……貴様、何を……!」
 氷塊は長さ5メートルほどの大きな塊を3つ、形成する。長く鋭いそれは、まるでばかでかいつららのようにも見える。ごうとうずまく吹雪をまとって、宙に浮かんでいた。PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる半世紀の終りに〜 universe56 翼を求める闇烏
「食らいなさい……ノス・バータ!」
 ごうっ、っと空気を激しく切り裂く音が響く。大きな氷塊は空中でうねりながら、その軌跡を絡めながら、イオリに向かって一直線に落ちてゆく――。
「ぬお……!」
 イオリは氷の風に動きを鈍らされている上に、何が起こるのか判断が遅れてしまった。そのわずかな一瞬が、全てを決定づけた。
「……!」
 ずずぅぅぅん、と地面が揺れた。激しい土埃が舞いあがり、視界を塞いでゆく。
 地面が、あまりの勢いにえぐれていた。直径10メートルほどの大きなクレーターが、そこにできあがっている。すぐに氷塊は消え、穴の中心に倒れるイオリの姿が見えた。傍らには2本の剣が落ち、伸ばした右手はぐったりとして動く気配を見せなかった。
「……はぁ、はぁ……っ、これでどうです?」
 ファビアはがっくりと膝に手をついて、肩で息をする。動く様子のないイオリに、ファビアは勝利を確信する。わずかに微笑んで、小さくガッツポーズをとった。
「ふぁびあ! だいじょぶ!?」
 すぐにネイがとてとてと駆け寄ってきた。ファビアが優しく微笑みながら両手を広げると、ネイはその胸に飛び込んでゆく。
「ええ、なんとか……そちらは終わったんですか?」
「うん! みんなたおした!」
 嬉しそうにネイが言うのに、ファビアはその頭を優しく撫でる。その状況に気づいて、アルファとテイルもこちらに駆け寄ってきた。
「大丈夫か!?」
「ファビア、やったわね!」
「お陰様で」
 杖に体重を預けながら微笑んで、ファビアは体を起こして立ち上がる。
「これでダーククロウは壊滅……ですね」
「ええ。これでコナンドラムの勢力を大きく割く事ができたわ……ん、あっちも終わったみたい」
 言うアルファに皆が振り向くと、向こうからオルハが駆け寄って来ている。
「……折れてるんじゃないかね、あれは」
 テイルの声に皆が注目する。確かに、左手はぶらぶらと慣性に従って揺れていた。
「はあ、はあ……こっちも終わったみたいだね。ボクの方も大変だったよ〜……ってあれ、どうしたのみんな、怪訝そうな顔をして」
 アルファが無言で、包帯を取り出した。テイルがオルハの後ろから、その両肩をがっと掴む。
「あ、あれ? どうしたの、みんな怖い顔して……?」
「ネイ、30センチぐらいの木切れを拾ってきてもらえる?」
「うん」
「ちょ、なに、いきなり!」
 ファビアはぷっと吹き出してしまう。それから杖を振りかざして、詠唱を始めた。
「失われし力よ戻れ……ギ・レスタ! ――これで少しは治りやすくなりでしょう」
 オルハを光の渦が包みこみ、オルハはそれに少しほっとした笑顔を見せた。木切れを持ったネイが駆け寄り、アルファが手際よく包帯で固定してゆく。テイルは痛みに暴れるオルハをしっかりと押さえていた。
 その光景にファビアは微笑んで、それから辺りを見回す。
「――!?」
 オルハが来た方向を見て、そこにある違和感に気づき、不思議そうに口を開いた。
「――オルハ、トモエはどうしたんです?」
「あいたたた、もうちょっと優しく……あ、うん、どうせ動かせないから、手錠かけて置いてきた。帰りに拾って帰ろうと思って」
「置いてきた……んですか?」
 ファビアがいぶかしげな顔で、向こうを指さした。
 一同が振り向くと、そこにはふらふらとこちらに歩いてくる人影がある。
 それは間違い無く、トモエだった。
「……あれ?」
 当のオルハも不思議そうな声をあげて、トモエの姿に視線を奪われた。それに他の者たちも不思議そうに、オルハとトモエに交互に視線を移す。
「歩いちゃダメだよ! 体ぼろぼろなのに」
「……」
 下を向いたままでよたよたとこちらに歩いて来ているトモエに、オルハは違和感を抱きながらも駆け寄る。それに気づいたのか、トモエは歩くのをやめた。視線は下に落としたままで。
「……?」
 オルハは異常に気づく。さっき後ろ手にかけた手錠が、無い。確かに力技で壊そうと思えば壊せるが、ビーストのナノブラストにだって耐えられるような代物だ、女性1人がそうやすやすと壊せるものではないはず。
(……危険だ)
 オルハの鋭い勘が、そう物語っていた。今のトモエは生気を感じないし冷静には見えない。
「――」
 オルハは迷わず爪を抜く。この事態に皆が気づいて、緊張感を張り巡らせた。
「……を……せ……」
 トモエがぶつぶつと呟いている。その声は聞き取れず、何を言っているのか分からない。
「?」
「……アンズを……ろせ……」
 トモエは両手で自分の頭を抱える。ぶるぶると小刻みに触れ、途切れ途切れに言葉を繋ぐ。
「ガーディアンズを……ころせ……」
 次の瞬間、トモエの細い両腕がぶわっと膨れたと思うと、その形を変えてゆく。
 指先からは鋭い爪が生え、皮膚は赤く染まってゆく。
 そう、トモエの両腕は、ビーストの両腕となっていた。
「ガーディアンズを……殺せ!」
 異形となったトモエが、地面を蹴って飛びかかった。

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