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PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる時の半世紀の終りに〜 universe54 戦乙女を撫でる風

"ヴァルキリーさんっ……!"

 僅かに、耳の奥に残る聞き覚えのある声。
 心の奥に響いて、忘れていた何かを思い出させて、それから、ふっ、と砂に水が染みいるように、消えてゆく。

 ねえウィンド、一体何を悲しんでいるの?
 何を、私に託したかったの……?

 ただ、目の前に広がるのは闇。
 どこまでも広がる、闇。

 瞳をしばたいてもうまく動かないので、ヴァルキリーは考えるのをやめた。

 考えても、現実は何も変わらないから。

「……」
 ウィンドは、動けないでいた。メァルが水たまりを真剣な目で見ており、それが何を意味するのか分からなかったからだ。
「――メァルさん、どうしたんスか?」
 しびれを切らせて、ウィンドは口を開いた。このまま2人動かずにいても、時間が過ぎてゆくだけ。早くヴァルキリーを探して脱出しなければいけないのだ。
「――っ」
 沈黙を破ったのは、わずかに聞こえる声。呼吸の際に喉が鳴ったような、声が聞こえたというよりも音が漏れたという方が、正しかった。
 とにかく、そのわずかな声にウィンドは辺りを見回してみる。
「メァルさん、今何か聞こえたっスよね?」
「――」
 だが、メァルはそれに答えなかった。うつむいたまま唇を噛んで。ただうつむいていた。
「……っ、……」
 また、聞こえた。例えるなら、全身に力を入れて力んだ時に、吐く息と共に思わず漏れてしまったような、そんな声だった。
「ほら、メァルさん。近くで聞こえるっス、きっとヴァルキリーさんっスよ!」
「――」
 ウィンドはわざとおどけて、なるべく明るい声で言ってみる。メァルの興味を引こうとして、務めて元気にそう言ってみたのだが、やはり答えはない。
 ただ、明らかに、小刻みに。震えていた。
 下ろした右の拳をぎゅっと握りしめて、ただ震えていた。
「……?」
 ウィンドは不思議そうに思ったが、まったく状況が分からない。メァルの目には、何が見えているのか。
 埒があかないので、耳をすまして音のする方向を視線で探る。
「……っ」
 どうやら、2つの岩の方から聞こえているようだった。下敷きになった人間大の岩、その近辺だ。
「……見てはならぬ……」
 ウィンドが視線をそちらに向けるのに、メァルが呟いた。震えたままで。
 彼の目には、人間大の岩がわずかに動いたように見えた。気になって、それを見つめる。
「……!」
 それからメァルは、何かを言いたそうに口を開いて振り向いた。だが、そのまま目を細めて視線を落とす。それからゆっくりと口を閉じて、唇を噛んだ。視線をそらしながら。
「……岩が? 動いて……」
 ウィンドがそう呟いた。その直後だった。
「……ウ……インド? そこに……いる……の……?」
 不意に響く、聞き覚えのあるソプラノ。
 途切れながらも、か細くも響き渡る声で、その声は彼を呼んだ。
「まさか……!?」
 ウィンドは聞き覚えのある声が岩の方から聞こえるのに、我が目を疑う。

 そう、気づいてはいけなかった、真実に。

「ヴァルキリー……さんっ……!?」
 そこには、2つの岩の間に挟まれるようにして、ヴァルキリーが横たわっていた。頭と右手以外は全て岩の下敷きとなり、押しつぶされてしまっている。

 そう、遠目に人間大の岩に見えていたものは、ヴァルキリーだったのだ……。

 数センチのスペースもあるようには見えない、岩と地面の隙間。そのわずかな隙間に、ヴァルキリーの体は収まってしまっていた。PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる半世紀の終りに〜 universe54 戦乙女を撫でる風
「あは……杖落としちゃって……何も……できなくて」
 ヴァルキリーは絞り出すように声を発して、できる限りの酸素を吸い込んでみた。それでも体は落ち着かない。
 酸素が足りない、水分が足りない。流れ出す量の方が、明らかに多い。
「ヴァ、ヴァルキリーさん……だ、大丈夫っス。い、いま、自分が助けるっスから……!」
「……ありがと……。腰から下の……感覚がもう無いの。早く助けてくれると、嬉しいかも……」
 会話ができて安心したのだろうか、ヴァルキリーの口調が少し軽快になった。
 だが、一言一言は産み落とすように静かに紡ぎ出され、それによって彼女の体力は少しずつ失われていく。時間が無いのは明確だった。
(まさか――)
 ウィンドを襲う自責の念。
 思い出される記憶。

"ウィンド……生きて……!"

 耳に残る、ヴァルキリーの声。
 落下中、意識を失いかけた時に、ウィンドは不意に背中を押された。
 眼前に迫る、先ほどまで床だったもの。空中で折れたそれは、乗っていた2人と共に落下しながら襲いかかる。
 ヴァルキリーがウィンドの体を引き剥がして、どんと押しのけた。自らの杖を取り落としながらも。
 ウィンドは、そのお陰で岩の直撃から免れた。
 だが、その所為で、彼女が自分の身を守れなかった……?

(……なんてことだ……!)
 ウィンドは、顔からさあっと血の気が引いてゆくのがはっきりと分かった。ぐらりと世界が揺れた気がして、重力の感覚がなくなる。どこが上で、どこが下なのか、さっぱり分からない。
 隣にメァルがいなければ、全身の力を失ってそのまま崩れ落ちていただろう。左半身に感じるメァルの体温だけが、なんとかこちらへと繋ぎ留めていた。
「ヴァルキリーさん……まさか、俺をかばって……」
「……ヘマ、やっちゃった……テクニックでぶっ壊して……やるつもり、だったんだけどね……」
「……」
 ヴァルキリーは笑おうとして、顔の筋肉を総動員させる。だが、自分の体は、司令塔であるはずの大脳の言うことをこれっぽちも聞こうとしない。頬の筋肉だけが不自然に引き上げられて不自然な笑みを作るのに、ウィンドもまた不自然に歪んだ笑みを返した。
 その光景に、ウィンドはなんと答えれば良いのか、分からなかった。だから、とりあえず笑ってみせた。それが上手く笑えているかどうかなんて、どうでもいい。とにかく笑顔を作ることに、全神経を注ぎこみ、ただ不格好に笑った。
(……俺がしっかりしていれば……)
 ウィンドを押し潰さんばかりに圧しかかる、言葉にできない感情。自分がしっかりしていれば、ガーディアンズとして優秀であれば、このような事にはならなかったかもしれないという、根拠の無い推論。
 それら全てが、ウィンドの心を強大な圧力で挟みこんでいた。
「……メァルさん、まさか、あの水たまりは……」
「……」
 ウィンドは振り向きもせず、小声でメァルに囁きかける。
 だが、メァルは視線をそらしてうつむいたまま、何も答えなかった。

 それ以上の答えは、必要ない。

 この微妙な会話の"間"が、全てを語ったのとほぼ等しかった。
「――とにかく、ヴァルキリーさんをすぐに助けるっス! メァルさんはここで待っていてくださいっス」
「……すまんの」
 そこらの岩にメァルを腰かけさせる。メァルはそれに小さく呟いて返した。彼女も負傷しているし、何よりフォースとしての力を発揮するための杖を持っていない。これが何を意味するのか、考えるまでもなかった。
「任せてくださいっス!」
 だから、ウィンドは空気を読まずに、あえて大声で言った。そうすれば、少しは気が晴れると考えたから。
 それから剣を抜きながらヴァルキリーに駆け寄り、そのまま剣を振りかぶって岩に叩きつける。
 明るく瞬くフォトン光に、ヴァルキリーの顔がわずかに照らし出される。彼女の顔は、まるで土くれのように色あせており唇も色を失いかけている。

 おそらく……残された時間は。

 ――あまり無い。

「このッ!」
 2本の剣を、一気に振り上げる。火花と共に表面が少し砕けて飛び散るが、岩塊はとても大きく分厚く、この程度の攻撃ではびくともしない。
「このッ! このおおぉーーーッ!」
 ウィンドは腰を屈めて、伸び上がりながら一気に剣を振り上げた。彼が得意とする、全身のバネの勢いを剣身に乗せた、必殺の一撃。残像が残るほどの速度で振られた剣は、宙に2本の軌跡を描いて岩へと叩きつけられ、その表面に大きく2本の溝を残す。
 その時、地面がわずかに揺れた。
 はっとなって見渡すと、洞穴全体が揺れている。先ほどの崩落の影響で地盤が緩くなっており、全てが崩れ去ろうとしているようだった。
「……こら、ウィンド……もっと頑張りなさいよ……ごふっ」
 揺れを気にしていないのか、それともこの揺れを感じていないのか。とにかくヴァルキリーは言って、それから咳込んだ。
 ぱちゃぱちゃと液体が飛び散る音がしてから、こみあげる嗚咽をそのままに吐き出して、苦しそうに呻く。
 彼女を支えるものが少しずつ失われる音に聞こえないフリをして、ウィンドは剣を振り続ける。
「すいません……でも、まだまだ頑張るっスよ!」
「――ほんとに……杖さえあれば……ウィンドなんかに頼らなくても……」
 ヴァルキリーは、閉じかけた喉を無理やり開いて精一杯の音量を吐き出す。
 一言一言が、重い。
 いつも自然に出していたはずの"喋る"という行為が、こんなにも大変なことだったとは。

 ……そもそもが、誤算……だった。

 ウィンドと共に落下しながらも、全て大丈夫だと思っていた。
 手順は簡単だ。子供のお使いより簡単だ。

 手順1、腰にしがみついたウィンドを押しのける。
 手順2、杖のフォトンを引き出して、落ちてくる岩をぶっ壊す。
 手順3、テクニックの力を借りて無事に着地し、2人で日の丸のようなピースサイン。

 ……簡単なシナリオだ。
 子供でも想い描けるような、シンプルなストーリー。あまりにもコミカライズされた、単純明快な手順。

(失敗しちゃったな……)

 先に立たない後悔をしながら、ヴァルキリーは軽く舌打ちしてみた。だが舌は動かず、思ったような音が鳴らない。
 ……そうだ、思い出せ。
 シナリオと現実との相違点を。

 結果1、いくらウィンドとはいえ、青年男子。その力を引き剥がすのは難しかった。
 結果2、足場は安定せず、ウィンドは掴まったまま。集中などできるはずがなかった。
 結果3、着地ぎりぎりでウィンドを押しのけたものの、杖を取り落とした。気づけば地面は目の前。視界を塞ぐ、大きな岩の塊。

 本来のエンディングは、オールスターによるラインダンスのはずだった。

 ……だが、そうならなかった。

 ヒロインであるはずの私は、まるでぼろ布のよう。
 魔法が解けた灰かぶりのように、ただ惨めに、ただ哀れに、ただ空しく。

 地面に這いつくばるだけ。
 今ならもれなく、巨大岩にぶっ潰されるオマケ付きで。

「失敗しちゃった……なぁ……」
「しんどいんだから、喋らなくっていいっスよ! 俺は大丈夫っスから!」
 ……まずい……。
 ウィンドは、こらえている涙が少しずつ溢れているのに気付いた。ヴァルキリーの傷ついた姿と、それに圧しかかる岩がびくともしないという現実が、絶望の相乗効果を生み出し、虚無感に拍車をかけてゆく。
「でもさ……喋ってる方が……楽なんだよ……ね……」
 かすれた声でヴァルキリーは呟く。言葉ひとうひとつが命を削ると分かっていながらも、喋り続けていた。まるで、その想いを吐き出し続けていないと、自分が消えてしまうのだとでも錯覚しているように。
「……それに……もう、あまり……見えてないんだ……」
「……俺で良ければ、いくらでも話し相手になるっスよ! そうすれば、俺がここに居ることが分かるっスよね……!」
「はは……ウィンドのくせに……生意気だ……ぞ」
「ははっ、やっぱりヴァルキリーさんにはかなわないっスね……」
 ウィンドはそれから、唾液を飲み込んでまた剣を振りかざした。
 岩は、あまりにも巨大すぎる。表面が数センチえぐれただけで、いくら切りつけても壊れる気配が見えない。
 こんな時にランディさんがいれば、ビーストフォームで岩を壊してくれるのに。アナスタシアさんがいれば、SUVウェポンで岩を壊してくれるのに。
 ファビアさんがいれば、オルハさんがいれば、ルディさんがいれば、アンドリューさんがいれば……。
 ……だが、彼らはいない。自分一人でやるしかない。

 だから、やるしかない。PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる半世紀の終りに〜 universe54 戦乙女を撫でる風

「もう少し、もう少しで壊れそうっスよ。もうちょっとっス」
「ほんと……?」
「本当っス!」
 ……だめだ、笑え。
 笑うんだウィンド。
 泣いちゃ駄目だ。
「ああ……お腹……減ったな……」
「頑張って早く助けるんで、それから飯行きましょう。ほら、前に食事会で行った店、美味かったっスよね?」
「うん……あそこの肉食べたいな……。あ、あと昔ランディと一緒に行ったニューデイズのお店……なんだっけ……」
「"下町の導き亭"っスよね? あそこの料理は最高っスよね!」
「うん……また、行きたいな……」
 ……喋らなきゃ。
 少しでも彼女が元気になる事を喋らなければ。
「なに、きっと大した怪我じゃないっスから! すぐ治るっスよ!」
 力をこめた一撃が、岩を打つ。少しずつではあるが、岩は確実に砕けている。大丈夫だ、いつか必ず破壊できる。

 その時だった。

 ガクン、と足元が揺れた。洞窟を包んで激しく揺れ出し、全てが崩れるまでの時間がほとんどないということを物語っている。
「まずい……地盤が根元から崩れておる! ここもすぐに崩落するぞ……!」
 メァルが叫ぶ。地面に手を触れ、フォトン感知で周囲の地盤を感知しながら。
「何言ってんスか! ヴァルキリーさんを助けないと!」
「……」
 メァルは、ウィンドの怒鳴り声に何か言いたそうに少し口を開いたが、その言葉を飲み込んで口を閉じる。それから視線を落として、押し黙った。
「もう……いいよ、ウィンド。……早く……逃げて」
「ヴァルキリーさん! 弱気な事を言わないで欲しいっス!」
「だって……もう……」
 ヴァルキリーは、その言葉の先を続けなかった。
 ただ、震える右手をゆっくりと持ち上げ、後頭部を掻くような仕草を見せた。
 ウィンドは、その頭部に違和感を感じて、目を細めて見つめる。
(……!)
 本来あるべき後頭部が、1/4ほど。短くなっている。落下の衝撃で削り取られてしまったのだろう。
 この深さだと傷は……。
(……脳にまで達しているはずだ……!)
 真っ青な顔で愕然とするウィンドをよそに、ヴァルキリーはその手でゆっくりと、ウィンドのズボンの裾を掴んだ。
「だから……いいよ……」
 赤い血に染まった、あまりにも、弱々しい手。掴んでいるのかいないのか、分からないほど弱い力だった。地面が揺れるのに合わせて、その手も揺れている。
「ダメっスよ! 必ず助けるっス、借りた石も返さないといけないっスから!」
「……あげる……。大事に……してね」
 ヴァルキリーがそう言った直後に、地面はがくんとさらに大きく揺れた。まるで星全体がシェイクされたように、激しく揺れ始め、全てを包み込んでゆく。
「ウィンド!」
 メァルが叫びながら、手をついて体を起こした。だが、ウィンドは答えない。
「ヴァルキリーさん、もう少しっスよ!」
「ウィンド……逃げて……私もう……無理……」
 その言葉に、ずっと我慢していたウィンドの涙腺は、完全に決壊した。
 涙が洪水のように溢れだし、頬を伝って落ちてゆく。
 どこにこれほどの水分があったのだろうと思うほどに。
 溢れては落ち、流れては消えてゆく。
 その涙を拭う時間が惜しい。ウィンドは頭を振って強引に涙を振りほどく。
「ヴァルキリー! だめだ! 諦めるなああぁぁぁっ!」

 泣いちゃ駄目だ……俺が……っ、
 泣いちゃ駄目だ……生きて……っ、
 泣いちゃ駄目だ……っ!

「……ウィンドの……くせに……呼び捨てなんて生意気……」
 ヴァルキリーの声に答えないで、ウィンドは剣を振り続ける。だが、岩は壊れない。表面はだいぶ削げてはいるが、折れるまでにはまだ幾分かの時間が必要そうだった。
 肩で息をしながら、ウィンドは剣を振り続ける。地面の揺れで踏み込みが甘くなっているのに加え、疲れで握りも甘くなっている。すでに、ウィンドの剣はいつもの疾風のような剣ではなく、素人のなまくらな動きとなっていた。
「ウィンド! もう崩れるぞ!」
 メァルの叫びが振動する空気を引き裂く。だが、ウィンドは吸い込まれるようにヴァルキリーを見つめて、ただ剣を振り続けていた。
「ウィ……ンド……立派な……ガーディアンズに……なる……ん……だ……ぞ」
 呟くようなヴァルキリーの声が、地震の音の間から途切れ途切れに聞こえる。まるでそこに自分がいることを、アピールするかのように。見つけて欲しいかのように。
「こんなのは、認めない! 死ぬな、ヴァルキリー! 死なないでくれええぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 ウィンドの咆哮が、洞穴の中に響き渡ってゆく。この激しい揺れの全てが、ウィンドの想いであるかと思えるほどに。
「姫……このバカを……お願い……ね……」
「ヴァルキリー……」
 メァルは下唇を噛み締めながら、うつむく。
 それから、ゆっくりと息を吐いて、呼吸を整える。きっ、と鋭い眼つきで顔を勢いよくもたげ、つかつかとウィンドに向かって歩き出した。
「ウィンド!」
 その叫びは、彼の答えは待たない。後ろからいきなり、彼の体をはがい絞めにする。すでに疲れ果てていたウィンドは、か弱く傷ついているはずのメァルに、あっさりと押さえられてしまった。
「メァルさん……!?」
「……ゆくぞ」
 ウィンドの疑問がこもった声に答える気は、メァルにはさらさらない。そのまま力まかせにウィンドの体は引きずられ、踏ん張っているはずの足は地面をこすり、もがく腕は子供のように。ただ、そのまま動かされていた。
「!? 離せ! ヴァルキリーを助ける!」
「離すわけにはいかぬ! このままではわらわもウィンドも死ぬ! なんと言われようが、この手は離さぬ!」
 ウィンドはもがくが、メァルを振りほどくことはまったくできない。児戯のような悪あがきは、メァルには何の影響も与えなかった。
「ありがと……姫……」
「礼には及ばぬ。……お主の想い、決して無駄にはせぬ。コナンドラムは、必ず滅ぼしてやる……!」
 メァルの力強い声に、ヴァルキリーが弱々しく微笑む。それを確認してから、メァルは乱暴に、ぐい、とウィンドを引きずり始めた。ウィンドの裾を掴んでいたヴァルキリーの手が、ゆっくりと、離れてゆく。
「……ウィ……ン……ド……、姫……」
 響く地響きの中で、その呟く声はいやにはっきりと聞こえた気がした。
 ヴァルキリーの持ち上がった右手が、力を無くしゆっくりと地面に向かって降りてゆく。
 全てを振り絞り尽くしたかのように、顔を支えていた首もゆっくりと降りてゆく。
 ウィンドの視界は、映画のクライマックスシーンのように、何もかもがスローモーションに、いやにゆっくりと。
 ただ、そう見えた。
 ヴァルキリーの濡れたまつげが降りるのに合わせて、瞳がその輝きを少しずつ失ってゆく。光を失ってゆく。
 こぼれ落ちた涙の粒が、つつつ、と頬を伝ってゆくが、その滴が流れ落ちるより先に、顔面は地面へ、どさ、と乱雑に落ちる。
「じゃ……あ……ね……」
 地面につっぷした唇が僅かに動いて、小さな呟きが漏れる。
 その視線はただ地面を見据えて、穴が開くほどに見つめ続けて、それからそのまま、動かなくなった。
 ヴァルキリーは、朦朧とした意識の中で、まどろんでいた。体は、動かそうとしても動かない。感覚もすでにほとんど無い。
 ずきずきと体中を走り回っていた痛みも、ウィンドとメァルの声も。
(――ああ、これで終わりなんだ――)
 ヴァルキリーはただ朦朧と、まるで他人事のように冷静に、そんな事を考えていた。
(そういえば、修業中は大変なことばっかだったな……)
 ふと昔を思い出して、ヴァルキリーは微笑む。自分の顔がそれを表現できていたかは、分からない。調べる手段もない。

 ただ、何も感じない。
 ただ、まどろんでいたい。

「ミラ!」
 ニューデイズの森の中で、自分を呼ぶ声が聞こえた。
 ミラはその声に気づいて、長い紫の髪をふわりと揺らしながら、振り向いた。
 後ろには、身長2メートルはある大男。露出した上半身から鍛えられた筋肉が覗く。長い髪が肩まで伸び、ぼさぼさの前髪がその表情を分かりにくくしていた。
「ったく、なんでいつも、お前は少し目を離すとどこか行っちまうんだ?」
「えー。だって、お師匠の話、つまんないんだもん」
「……お前、本当に俺の事を師匠だと思ってんのか?」
 男はその巨体に似合わぬ無邪気な苦笑をしてみせてから、ゆっくりと腕を組んだ。
「あはは、そりゃもちろんだよぉ。素性も分からないガキんちょに才能を見いだし、ここまで育てくれたオーディン師匠には感謝してますって!」
 言いながらミラは、その大きな背中をばしばしと叩く。オーディンはそれに、大きなため息をついた。
「……お前、今日の儀式でコードネームを受け取るんだぞ。それは我々チーム"ヴァルハラ"の中で一人前と認める、って意味だ。その重さが分かってんのか?」
「うん? カワイイ名前だといいなー♪」
 まったくもって緊張感の無いその返事に、オーディンは掌で顔を覆った。
「お前な、そもそも名前ってもんはな……」
「"そのものに意味を持つから軽々しく扱うな"、って言いたいんでしょ? 大丈夫だよ」
 ミラが、ふ、とその瞳を切なく、そして真剣な色に染める。それを見てオーディンは、細かいことを言うのをやめようと思った。
 それから、ごそごそと腰に下げたベルトポーチに手を突っ込んで、何かを取り出してぽいと投げる。
「……あと、これやるよ。もってけ」
 ミラはそれを受け取って、不思議そうに見つめた。それは、どう見てもただの石ころにしか見えなかったからだ。
「コレ何? 食べれるの?」
「石が食えるわけねぇだろ。それは"共鳴石"っつーアミュレットだ。人の想いを増幅して力に変える事ができる……らしい」
「……"らしい"って何よ」
「さぁな」
 オーディン自身もよく知らないのか、それともあえて、言わないのか。白々しく視線を逸らす。ミラはそれに、ため息をついた。それからふと思い出したように、
「……あ、そうだ。で、私になんて名前くれるの?」
「儀式まで秘密に決まってんだろうが」
「で、なんて名前?」
 悪びれもせず言うミラに、オーディンは苦笑する。それから観念したように、口を開いた。
「――"VALKYRIE"……ヴァルキリーだ」

 ウィンドの目は、すでに涙で何も見えない。ただ、ヴァルキリーの声だけがはっきりと耳に残る。
「うぁ……あぁぁぁああああ!」
 ただ、闇雲に叫ぶ。PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる半世紀の終りに〜 universe54 戦乙女を撫でる風
 言葉を脳で綴って言葉にする理性さえ。
 今は持てない。
「もう少しじゃ!」
 激しい地響きと共に、天井から岩が降り注ぎ始める。メァルはウィンドを引きずり、強引に壁の穴へと入ってゆく。
「あああぁぁぁぁ! 離せ、離してくれえええぇぇぇ! ヴァルキリー! ヴァルキリいいぃぃぃぃぃぃっ!」
 2人の視界が、崩れる岩にどんどん削り取られていた。床が岩で埋まりだし、土埃が視線を遮ってゆく。壁の穴の前にも岩が積もり始め、入り口がどんどん埋まってゆく。
「ヴァルキリー! ヴァルキリイイイイィィィィィぃぃぃぃ……!」
 激しい岩の音にウィンドの声がかき消されてゆく。
 声は彼女に届かない。涙と岩と土煙が邪魔をして、届かせてはくれない。
 地面につっぷしたヴァルキリーが、どんどん見えなくなってゆく。埋もれてゆく。
「ヴァルキリいいいいぃぃぃぃ……!」
 ウィンドの叫びだけが、岩の落ちる爆音に唯一抵抗する。

 ――だが、現実は何も変わらない。
 分かっていたはずなのに。

 ここで、メァルの足がもつれた。2人はもんどり打って転倒する。へたりと座り込んだまま、ウィンドはほぼ埋まってしまった室内を見ていた。

"ウィンド……"

 耳に残る彼女の小さな声は、現実なのかそれとも幻聴なのか。
 ウィンドには、分からなかった。
 ただ、二度と彼女の声を聞くことができなくなるという事だけは、はっきりと分かっていた。

"ウィンド……"

 ウィンドはただ、完全に崩れてしまった洞穴を見ながら、声にならない声で叫んで、泣いた。

 それだけが只ひとつ、現実に対抗する手段だったから。

"じゃ……あ……ね……"
 戦乙女の紡ぎ出すソプラノだけが、全ての現実を救う唯一の慈悲だった。
 少なくとも、ウィンドにはそう思えた。

 ……いや、そうでも思わないと。

 報われなかったから――。

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※この物語は株式会社セガが提供するオンラインゲーム「ファンタシースターユニバース」を題材としたフィクション(二次創作物)です。世界観、固有名詞、ゲーム画面を使用した画像など、ゲーム内容の著作権は株式会社セガにあります。
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