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PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる時の半世紀の終りに〜 universe46 一歩一歩を踏みしめて

「ちーっす」
 ガレージから直接外につながるシャッターを開けながら、カズン・ドッグにランディが姿を表した。
「あら、わざわざ来てもらってしまいすいません。整備がちょうど終わったところですわ」
 それに気づいたアナスタシアが、どこか謙遜しがちに笑顔で迎える。
「いや、気にしないでくれ」
「……あら?」
 ランディの後ろからついて来る小さな影に、アナスタシアは思わず声を漏らす。
「はじめまして、アナスタシア様。いつもマスターがお世話になっておりますっ」
 パティは頭を深々と下げ、お辞儀をする。頭を膝に当たると思えるほどに腰を曲げ、丁寧というよりもむしろ思い切りのいいお辞儀に、アナスタシアは微笑んでランディへと視線を移した。
「ランディ、あなたのマシナリーですか?」
「ああ。……あ、あの辺りの地理については、俺の記憶が曖昧だからな。念の為だ」
「なるほど、了解しましたわ。それでは中へどうぞ」
 何故か照れるランディを気にせず、アナスタシアは中へと迎え入れて、歩き出した。
 パティはその光景を見ながら、にやついた顔でランディの足を肘でつつく。ランディは吊り上がった三日月のような目でその頭を片手でわし掴みにして、ぶんぶんと振り回した。
「マシナリー迫害反対! 人権侵害です!」
 その声にアナスタシアは振り向いて、その光景にぷっと吹き出した。
「お2人とも、本当に仲がよろしいのですね」
 2人はその言葉に目を丸くしながら顔を見合わせて、パティは舌を出してあかんべーを、ランディは歯を閉じていーっとしてやる。
「うふふふ、さあ、どうぞ」
「へぇ……なんか変わったもんがたくさんあるな」
 中をきょろきょろと見渡して、ランディが呟いた。手先が器用ではないランディにとって、工具の類は未知の領域である。
「でしょう。わたくしたちキャストはこれぐらいの規模の整備設備が無いと、日常生活もままならないのです」
「ふぅん……機械の体ってのも、便利じゃないんだな。わざわざ星間鉄道に乗ってまで探すほどのもんじゃねえ」
 うぅんと唸りながらランディが呟く。今更ながら、キャストの大変さが少しは理解できたようだった。
「おっ、ランディじゃない」
 部屋の隅から、アンドリューの声が聞こえる。見ると、ガレージの片隅でテイルと2人で向かい合って座り、碁を打っているようだった。
「ん? 旦那もいたのか」
「整備のついでに一局をね。待機命令というのも任務を入れにくくて困る……っと、それ待った」
「だめだめ。さっきから何度も待ったしてるよ」
「そこをなんとかならんかな、アンドリュー君」
 ランディはアナスタシアを振り返り、笑いながら両手を広げて首を傾げる。アナスタシアもそれを見て微笑み返した。
「では、わたくしは準備をして参りますわ」
「ああ。それまで2人の対局でも見物させてもらっとく」
「それではワタクシも」
 アナスタシアがガレージから出てゆくと、ランディとパティは2人の方へ歩いて、その横に腰を下ろした。
「女の準備は長いからな。のんびり見物させてもらうぜ」
「ほう? じゃあランディ君は彼女に惚れてるのか?」
「ぶっ!」
 予想外のテイルの言葉に、ランディは思わず吹き出してしまう。一体何を言い出すのか。
「なんでそんな話になるんだよ!」
「"待たせるのは気持ちを試す女の魔性、それを待つのが男の甲斐性"っとね。昔からよく言う言葉だからな」
 テイルは真面目な顔でさらりと言う。年齢のせいかその言葉はいやにリアリティがあり、アンドリューも首を傾げて黙りこんでしまった。
「旦那にゃかなわねぇな、あっはっは」
 ランディが豪快に笑って、テイルの肩をぽんぽんと叩く。実際は、言っている事が少ししか理解できなかったことは、言うまでもない。
「む? 本当に惚れているのか?」
「そっちじゃねぇ! 亀の甲より年の功だな、って事だ」
「そうか、それは残念」
「残念って、そりゃどういう意味だよ旦那?」
(マスター……)
 パティが肩をがっくりと落とす。周りの人たちにも筒抜けという事実が、彼の全てを物語っていたからだった……。
「しかし、我らの指揮官様にはそういう浮いた話はなさそうだな。アンドリュー君、昔から彼女は異性を寄せ付けない人だったのか?」
 テイルはふと疑問に思ったのか、難しい顔でアンドリューへ振り向く。
「うん、でも今はかなり丸くなった方だよ。昔は誰にも心を開かなかった。カズじぃやレミィにさえも、ね」
「……」
 神妙そうな顔でランディとテイルは押し黙る。確かに、しっかりし過ぎていて人を寄せ付けない空気はいつもあるが、それは生来持っているものなのかもしれないと思っていたからだ。
「10年ぐらい前だったかな、兄弟の一人にちょっかいをかけられて喧嘩になった事があって。その時、アナスタシアは相手に重傷を負わせた。ためらいもなく指を折ったり、工具を突きたてたりしてね。止めに入った兄弟も怪我をした。その一件でカズじぃが怒り狂ってね。カズじぃが兄弟を殴るのは初めて見たし、泣きながら殴るカズじぃも初めて見たよ」
 淡々と話すアンドリューの声に、3人は聞き入っていた。予想外の出来事に、返す言葉が見つからなかった。
「それから、アナスタシアは罰として首を胴体から外されて。吊られたまんまで、3日ほどずっとカズじぃと話をしてた。……それからかな、少しずつコミュニケーションを取るようになったのは。時々おてんばなのは、昔から変わらないね」
「……アンドリュー?」
 声にはっとなって4人が振り向く。ガレージの入り口に、アナスタシアが、立っていた。PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる半世紀の終りに〜 universe46 一歩一歩を踏みしめて
「あっ、アナスタシア……! い、いつからそこに?」
「"今はかなり丸くなった方だよ"あたりからですわ」
「ほとんど最初からかよ!」
 慌ててツッコミを入れるアンドリューを気にせず、アナスタシアはちょっと困った表情のまま、いつもの調子でゆっくりと口を開く。
「勝手にわたくしの過去の話はしないでください。指揮官としての威厳などが、わたくしにもあるのですよ」
 毅然として言う彼女に、アンドリューは申し訳無さそうに頭を下げる。本当に悪気は無かったので、彼も素直に謝ったのだった。
「ごめん、悪気は無かったんだ」
「それは分かりますが……恥ずかしいではありませんか」
 頬をわずかに赤く染め、アナスタシアが視線を落とす。白い頬がわずかに桜色に染まり、眉根を寄せた表情は、どこか官能的ですらあるようにランディには思えた。
「!」
 ランディが、弾かれたように目を見開く。それからすぐに口元を手で多い、視線をそらした。
(やべ……可愛い。というか、落ち着け俺)
 ランディも顔を赤くして、落とした目線を泳がせる。
 何故かは分からないが、会った時から彼女には不思議な感情を抱かせられる。だが、それは名も無き少女に似た外見を意識しているだけだ……そう信じたかった。
「ではランディ、そろそろ出かけましょうか?」
「うぁ、は、はいぃっ」
 素頓狂な裏返った声で、びくっと震えながら目を見開いてランディは答える。
「……具合でも悪いのですか?」
「いや、違う。すまねぇ、考え事をしてた」
 ランディは頭を掻きながら、申し訳なさそうに視線を落とした。

 ……これから任務だというのに、何を考えているんだ俺は。そんな事を考えている場合じゃない。気持ちを切り替えないと。

「あ、そうそう。みんなに伝えておかなきゃ」
 不意に、アンドリューが思い出したように口を開いた。
「詳細はまだ分からないんだけど、古くからの友人もこの任務に狩り出されるかもしれないらしいんだ」
「わたくしたちの兄弟から、ですか?」
「いや違う。ガーディアンズ入隊の同期なんだ。腕も立つから、いろいろ助けてもらえると思うよ」
「……ああ、以前こちらに遊びに来られたニューマンの彼ですね?」
 アナスタシアがしばらく首を傾げていたが、思い出したように言った。
「そう、彼だよ、付き合いが長いんだ。で、彼はルーキーの中でもそこそこ有名なチームに入ってて、そのチームが今回の任務に狩り出されるみたい」
「へぇ、そうなんだ。チーム名は?」
 ここで興味をひかれたのか、ランディも会話に入ってゆく。
「"神の果実(Deo pomum)"っていうんだけど。知ってる?」
「……ふぅん?」
 ランディは言いながら、ちらりとテイルを見る。テイルはそれに気づくと、両手を広げて首をかしげた。どうやら、2人とも知らないらしい。
「そこに世話になってるみたいなんだ。なんか、とても面白いらしくて。意味はよく分からないんだけど」
 アンドリューが微笑みながら言う。懐かしいものを思い出すような、優しい微笑みだった。
「分かった。……しかし、世の中なんて狭いもんだな。会える日を楽しみにするとしよう」
 ランディは呟くように独りごちて、腰を上げる。
「じゃあ、行くか。日没まであと3時間ぐらいだ、それまでに片づけよう」
「了解しましたわ」
「お供いたします」
 3人はガレージを出て、スペースポートへと向かった。

「イチコー! こっちこっち!」
 クライズ・シティの3階にあるカフェのオープンテラスで、ぶんぶんと手を振るオルハを見つけてイチコは駆け寄った。
「……あれ? なんか増えてる」
 近づいてイチコは目を丸くした。その席にはオルハだけでなく、メァルやヴァルキリー、おまけにウィンドまでいたからだ。
「ボクがヴァルキリーに連絡したら……」
「荷物持ちにいいと思ってウィンドに声をかけたよ」
「他に誰か誘えるか、と聞かれたのでメァルさんを紹介したっス」
「とまあ、そういうわけじゃ」
 イチコはその華麗な伝言ゲームに圧倒されたのか、はぁ、と気が抜けたように答えた。
「じゃあ、いこっか。どこ行く?」
「まずG'S:MODE行こうよ。新作の服が見たい!」
 ヴァルキリーが冗談めかして言って、右手を高く挙げてぶんぶん振り回す。G'S:MODEとは、クライズ・シティの3Fに設けられた、ガーディアンズ向けの衣服を扱うショップだった。
「よし、じゃあ行こう行こう」
 どやどやと5人は店へ向かってゆく。
 クライズ・シティの3階は、ガーディアンたちの生活に密接した店が立ち並んでいた。ガーディアンズ公認の衣服やキャスト用パーツを扱うショップ、エステやマッサージなどの保養施設、果てはカフェやレストランなどの飲食店やクラブのような娯楽施設まで、ここに来れば全てある。いわば、ガーディアンズたちのプライベートを支えている、と言っても過言ではなかった。
 先頭をずんずん歩くヴァルキリーに続いて、5人はわいわいと店に入っていった。
「きゃー! MATOIの新作きたこれ!」
 ショーウィンドウに飾ってある着飾られたマネキンたちを見て、ヴァルキリーが黄色い声をあげた。メァルもうぅむと唸りながら、店内を見て回る。
「……女の人って、怖いっスね」
「ん? ウィンド、なんか言った?」
「なんでもないっス、気のせいっス」
 睨みつけるヴァルキリーからわざと目を逸らして、ウィンドはしらばっくれて答える。
「じゃあいいけど。……メァル、これなんか似合いそうだよ」
「ふむ、わらわには地味な気もするがのう」
「じゃあ、こっちのは?」
 2人ともニューマンだからか、ニューデイズ製の服を中心に店内を物色してゆく。
「お、ボクなんか金持ちっぽい」
「ね、ね、オルハ。これいくらだと思う?」
 オルハとイチコも盛り上がっていた。
 ただし、指輪を全部の指にはめてみたり、値札を隠してその価格当てをしたりと、違う方法で盛り上がっていた……。
 それに気づいて、ヴァルキリーがオルハに近寄る。そしてそっと後ろから近づき、肩を掴んでから口を開いた。
「……オルハ、この間約束した通り服を見立ててあげる」
「え、ボクはいいよ〜。今の服、まだそんなに着てないし」
「そうじゃなくて、若いんだしもっとオシャレに気を使いなよ。せっかく女に生まれたんだもの、色気のひとつやふたつ出さないと! ……うん、オルハならこれと……これかなあ。すいませーん」
「ちょ、いきなりそんな」
 ヴァルキリーはオルハの声を聞かず、すぐに店員を呼んで手際良く説明してゆく。店員が奥に戻ってすぐ、指示通りの品を持って戻ってきた。
「う〜ん……ボク、スカートとか苦手なんだよねえ」
 ヴァルキリーの手に持たれた服を見て、オルハは素直な感想を述べる。
「いいじゃん、これアンダーにパンツついてるし」
「……じゃあ普通にパンツスタイルでいいじゃん」
「かぁーっ! 違う、そういう事じゃないのよ!」
「わ、分かった、分かったから。試着してみる!」
 慌てて手から服を掴み取り、試着室に駆け込む。このままでは、洗脳されるまで語られそうだったからだ。
「ふ〜……」
 カーテンを閉めてから胸を撫で下ろして、とりあえず服を脱ぎ始めた。
「……」
 ふと、鏡に映った自分の姿を見て放心する。そう、胸に残る大きな傷跡に。
 そっと傷に触れると、自分は死にかけたのだという嫌な記憶が思い出される。……こんな事をしてる場合じゃないという焦り。焦ってもどうにもならないのは分かっている。
 こうしていても仕方が無い、とりあえず着替えようと、ヴァルキリーが見立てた上着に袖を通してスカートを履く。
「……?」
 サイズもぴったりだし、意外と動きやすい。ヴァルキリーはそこまで分かった上で見立てていたのだろうか。
「おお〜! ばっちりじゃん! ぐっ!」
 試着室から出ると、ヴァルキリーが笑顔で親指を立てて言った。メァルも予想以上の変身ぶりに、思わず感嘆の声を漏らす。
「うんうん、いい感じ。甘めのスカートにトップはゆったりとしたものを合わせれば、そんなに甘くならないでしょ? どう?」
「うん、ほんとだ」
 オルハは自分の体をきょろきょろと見下ろしながら、不思議そうに答える。スカートはニューデイズ製で、後ろに大きなリボンをあしらったものでそれだけを見ると非常に可愛すぎて似合わないと思っていた。だが、上着にパルム製のゆったりとしたシンプルなものを持ってきているため、思ったほど可愛く甘い仕上がりにはなっていない。
「ありがとう、ヴァル! これならボクでも着れる♪」PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる半世紀の終りに〜 universe46 一歩一歩を踏みしめて
 にっこり微笑んでヴァルキリーに笑顔を向ける。オルハは少しだけ気が晴れてきたようで、その場でくるりと回ってみせる。スカートの波がふわりと揺れ、柔らかい雰囲気を醸し出した。
「うんうん、毎日それを着て任務に向かうのじゃよ。何気に背中も開いててセクシーだし!」
 おどけてヴァルキリーが言ったかと思うと、こそこそと近づいてくる。オルハが不思議そうに見ていると、耳元でボソリと呟いた。
「これで彼のハートもイ・チ・コ・ロ♪」
「ちょ……っ!」
 その一言が何を意味するのか、オルハにはすぐに分かった。みるみるうちに耳まで赤くなり、目を見開いたままで硬直してしまう。
「おやおや、真っ赤になりおって、図星だったか。愛い奴よのぉ」
 赤い顔のままでオルハは拳を振り上げた。ヴァルキリーがぱっと飛び退いて、イチコの後ろから両肩を掴んで押し出し、後ろに隠れる。
「……? どうしたの?」
「助けて、オルハがいじめる!」
「……ったく、もうッ。そんなんじゃないもん!」
 オルハは拳を握り締めたままだったが、視線を落として悔しそうな表情を浮かべる。それを見たイチコは、不思議そうな顔でヴァルキリーとオルハの顔を交互に見比べた。
「? オルハ、どうしたの? 耳まで赤いよ」
「なんだろうね、俗に言う青い春なんだろうねえ♪」
「え? あんなに赤いのに?」
「顔色の話じゃないから!」
 2人の漫才を聞きながら、オルハは両の頬をぺちぺちと叩く。

 ……そんなにバレバレだったかな、ボク。

 オルハは頭をぶんぶんと振ってから、考えても仕方ないので開き直る事にする。そう、どうせ面白がられているだけなんだから……。
「よし、とりあえず清算だ」
 言ってオルハがレジへ向かう。その背中を見ながら、ヴァルキリーが口を開いた。
「ふふっ、オルハもついに恋を知る時なのね」
「ええっ! オルハが恋!?」
「なんじゃ、面白そうな話をしておるの」
 一通り試着を済ませたメァルが、驚くイチコの声に気づいて口を挟んだ。
「そうみたい。オルハちゃん、恋してるみたいなんだよね」
「ほほう、相手は誰じゃろうな……」
「親友の私ですら知らなかったのに……オルハが恋……オルハが恋……」
 イチコは頭を抱えて、青ざめた顔で呟く。予想外の話に、かなりのショックを受けているようだった。
「相手は……まあ、本人がそのうち自分から言うって」
「そうか。ではその時を楽しみに待つとするかの」
「オルハが恋……オルハが恋……オルハはやっぱり、恋もネコなのかな……?」
「なんの話だ!」
 イチコの独り言に、ヴァルキリーは思わず後頭部をツッコんでしまう。その後ろで、ウィンドが「やっぱり女は怖いっス」と呟いていた……。

「これで……!」
 ファビアが杖を振りかざした。彼を中心に氷の爆発が起こり、巻き込まれた2匹のブーマが倒れる。
「はぁっ……キリがないですね」
 ファビアは荒れる息を抑えながら、呟いた。
 あれから3時間は経過しただろうか、2人は食事を取る時間さえ作れていなかった。なにせ、倒しても倒しても際限無くブーマが現れるのだ。指定された範囲を捜索していると、聞いていた数に比べ、実に2倍以上のブーマがいたのである。
 いくらSEEDの影響が強いとはいえ、これは正直厳しいとしか言いようがない。もっときちんとした下調べをするよう、機動警護部に言っておかないと……。
「ふぁびあ! だいじょうぶ?」
 ネイが駆け寄ってくる。彼女もだいぶ息があがっており、かなり疲れているのは明白だった。

 ……それもそうだ、彼女はまだ幼い子供なのだから。

守ってあげなくてはいけないと、ファビアは再度心に誓う。
「はい、私は大丈夫ですよ。ネイは?」
「うん、だ、だいじょうぶだよ」
 聞かれてネイは、咄嗟に両手を背中の後ろに持っていく。不自然な仕草にファビアはすぐにピンと来た。
「手、怪我してるんですか?」
「! えっと……」
 優しく微笑んで、ファビアはナノトランサーから筒状の小さなケースを取り出す。蓋を開けて傾けると、小さな瓶が1つ、転がり出た。
「モノメイトです。小さな傷なら、すぐ血が止まります」
 言いながら片膝をついて、その瓶をネイに渡す。モノメイトも、トリメイトのように身体組織の再生能力を高める薬だった。モノメイトはその中でも一番安価で簡易的な物で効果は小さかったが、比較的手に入りやすいものだった。
「すいませんが、今後のためにテクニックは温存させてください」
 見ると、彼女の手にはブーマにひっかかれたのであろう、3本のひっかき傷ができていた。傷は深くはないが、ブーマはあまり清潔な生き物ではない。もっとも、清潔な原生生物がいるはずなどないのだろうが。
「大丈夫、深い傷ではありません。化膿しないように、消毒だけしときますね」
 ファビアが言って、彼女の右手をそっと持った。左手で消毒液を取り出し、さっと手にかけてやる。
「……あ、ありがとう」
 ネイが少し顔を赤らめて、おずおずと言った。
「どういたしまして」
 ファビアが微笑んで返す。しばらくは実戦より社会常識や礼儀作法を教えている事が多かったので、ちゃんとお礼を言えるようになってくれた事が素直に嬉しかった。
「……ここらで少し、休憩しましょうか。手の怪我の事もありますし」
 ファビアが言って、腰を上げた。さすがに気を抜く暇が無いと、集中力が続かない。
「ネイ、私が見張ってますから、今のうちに休憩して、食事を取ってください」
 言いながら裏手の草むらを促す。隠れてしまえば外からは分からないだろうと思えるほど、草は高く生えていた。
「でも……」
「大丈夫です、後で私も食事を取りますから」
「わたし、そんなにおなかへってないから」
 申し訳なさそうにネイが言うのだが、タイミング良くその胃が鳴き声をあげる。思わずファビアは吹き出してから、ナノトランサーから保存食を取り出して渡した。ネイは耳まで赤くなりながら、もじもじとしながら視線を落とす。
「ふふ、私の事は気にしないでください。ささ、ごゆっくりどうぞ」
「はい……」
 消え入るような声で答えたネイを草むらに入れてから、ファビアは背を向けてそこにある木にもたれかかった。
(……さすがに、体力的に厳しいですね)
 ネイが隠れたのを確認してから、ファビアは体重を完全に木に預けてゆっくりと息を吐き出す。
 ファビアは、己の非力さを呪った。確かに自分が前に出て積極的に戦ってはいるものの、常人ならばもう少し体力が続くはず。情けない。

  ……だが、もう少し。指定された範囲の8割はもう片付いているんです。
 後少し……。

  荒げる息を抑えながら、目を閉じてこめかみを押す。それからゆっくりと息を吸って、吐き出す。とにかく少しでも呼吸を整えなければいけない。
「!」
 ばっ、とファビアは弾かれたように視線を上げる。目の前には、3匹のブーマが両手を上げて、ぷぎーと鳴いていた。その距離は、わずか5メートルも無い。
 自分の呼吸に集中していたせいで、足音に気づかなかったのだ。
(まずい!)
 この距離だと、向こうが飛び込んできたらテクニックの完成が間に合わない。
 ……ためらっている暇はない――どうする? 威嚇で接近を止めさせ、同時に攻撃をする手段が必要だ……。
(ならば……!)
 杖を掲げ、フォトンを集めて炎を灯す。急に大きな炎が現れたのにブーマたちは驚き、近づく足を止めた。だが、それ以上何も起こらない事に気づくと、またその歩みを進める。
「これ以上は、近づかせません……!」
 そう、後ろにはネイがいる。これ以上、近づかせるわけにはいかない。
 ファビアは腰を少し落とし、ブーマたちを見据えるようにして僅かに腰を落とす。杖を水平に構えて両手で持ち、ブーマたちの前に突き出して精神を集中し始める。

  今なら、できる気がする。
 いや――できる!

  今度は杖の末端が、青く光った。小さな冷気が生まれては消え、氷塊が回り出す。
「炎よ、氷よ。2つの反する矢で目標を打て……フォイエ&バータ!」
 ファビアが、ぐん、と杖を一回転させると、炎の玉と氷の塊が渦を描いて飛び出した。直径2メートルはあるであろうそれは、ぐるぐると回りながら陽炎を残し、氷塊をばらまきながら、ブーマたちへと向かってゆく。その光景にブーマたちは驚き、身動きできない。
 気づいた時にはもう遅く、激しい炎に身を焼かれたかと思うと冷気と氷塊が激しく打つ。ブーマたちはされるがままにそれを受け、弱々しく泣いてからその場に倒れた。
「……よし……!」
 その光景を見てから、開いた右掌を見つめてからぐっと握り締める。気づけばファビアは、誇り高く満足気な笑みを浮かべていた。それから小さくガッツポーズを取る。
 何度練習してもうまくできなかったが、できてしまうと気が楽になる。子供の頃にエアボードになかなか乗れず苦労したが、慣れてしまうと何もないところで転ぶ事はなくなった。それと似ている。
「そうか……今の力具合でしたか。これを忘れないようにしないと」
 先ほどまでとても疲れていた体も、この状況にモチベーションが上がり、疲れをあまり感じなくなっていくのが分かる。
 そう、今ファビアはまた一歩、フォースとしての高みに近づいたのだ。
「父上、母上……ファビアはまたひとつ、立派になりました」
 右手を胸に当てながら呟いて、ファビアは空を見上げた。

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注意事項

※この物語は株式会社セガが提供するオンラインゲーム「ファンタシースターユニバース」を題材としたフィクション(二次創作物)です。世界観、固有名詞、ゲーム画面を使用した画像など、ゲーム内容の著作権は株式会社セガにあります。
※小説作品としての著作権は勇魚にあります。
※登場する団体名・地名・人物などは、実在する名称などとは一切関係ありません。
※作中の表現や描写、ならびに使用している画像などは、ゲーム内で再現できるものとは限りません。
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