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PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる時の半世紀の終りに〜 universe42 俺の拳が……!

「すごいや……こんなにたくさんのフォトンが入ってるなんて……!」
 ジャッキーは言いながら、ヴァルキリーの放った土塊を受け止めていた。すでにかなり吸収されて小さくなってはいるが、それでも直径3メートルはある。
「はぁ、はぁ……っ、……さあ、どうなるかな」
 息を切らせながら、ヴァルキリーは呟く。ランディの指示通り、杖のフォトンを全て使い果たして強力なディーガを放った。これでジャッキーの"器"からフォトンが溢れ、その際に何が起こるかを見極めるしかない。
「ヴァル!」
 オルハが駆け寄った。イチコとテイルもそれに続く。
「あ、みんな。ランディの言う通り、精一杯のディーガを放ったんだけど……」
 そう言って、皆の視線がランディに向けられる。彼は膝立ちのまま、がっくりとうなだれたままで動かなかった。
「……あんなの、ボクの知ってるランディじゃないやい」
 オルハがすねたように言って、ぷいと顔をそむけた。
「私たちでやるしかないようだな……だが、私の銃が通じるのか?」
「そんな事、ボクには分かんないよ」
 テイルの声に、オルハはぞんざいに答えた。明らかにイラついているのは分かるが、その理由が分からない。だから、誰もそれ以上何も言わなかった。
「とにかく……大量のフォトンを食わせて、それでどうなるか。それに期待するしかないよね」
 イチコの提案に皆が頷く。
 そこで突然、無言でオルハが前に出た。
「漫画とかアニメとかだと、こういう時に手を出さないのが"お約束"だよね」
 不機嫌そうに言って、オルハがずんずんと歩き出す。
「ちょっと! オルハ!」
 両手の爪を振りかざし、飛びかかってゆく。今ジャッキーは土塊との遊戯に夢中で隙だらけだ。
 それに、勝算が無いわけでもなかった。ビーストフォームをとっていない箇所、つまり胴体や頭などはフォトン吸収能力を備えていないかもしれない。そう思っての突撃だった。
「このおッ!」
「ちょっと、今のボクはガキんちょと遊んでる暇は無いよ?」
 オルハはその声を気にせず、斬りかかる。
 迷わず、狙いを定めて、頭を。
「うらあぁぁっ!」
 爪が頭を引っ掻いた瞬間、爪のフォトンが霧散する。ジャッキーは避ける気配も見せなかった。
「!」
「だから、意味が無いのに……。これをごちそうさましたら遊んであげるから。ガキんちょはそれまで待ってなさい」
「なんだと」
 オルハがむっとした顔で近づいた。足を振り上げ、ジャッキーのつま先を力一杯踏みつけて、揚げ句にぐりぐりと踏みつけた。
「いたっ! ちょ、ちょっと」
「ふーん、動けないんだ? 可哀想にねぇ」
 にんまりと笑って、ナノトランサーに手を突っ込んで何かを取り出す。
 それは、一本のペンだった。
「ささ、嫌なら避ければよいよ?」
 言ってオルハは、そのペンでジャッキーの頬にぐるぐると渦巻きを書き始める。ジャッキーも顔を背けるが、いたずらに落書きの範囲を広げていくだけだ。
「ぐ〜るぐ〜る、う〜ずまき〜♪」
「ちょ、ちょっと! なんだよお前! 空気読んでよ!」
「ボクの辞書にそんな言葉は無い」
 オルハはジト目のままで、落書きを続ける。髭を書かれ、眉毛を書かれ、額に"肉"と書かれ……。
 これにはさすがに、オルハ以外の全員が戸惑った。
 "ああ、それってアリなんだ"、と……。
「ああ〜! 痛くないけど精神的に嫌だよぉ! 僕の顔があぁぁ」
「知らないよそんな事。ぐ〜るぐ〜る、う〜ずまき〜、しろ〜いボデ〜に、か〜がやくうずまき〜♪」
「ぎゃああ! やめてぇ! 落書きも変な歌もやめてええぇぇぇ!」
 一同は唖然として見ていた。物理的ダメージは無いにせよ、地味に嫌な攻撃だ。素直に食らいたくないと思った。
 気付くと、土塊はすでに直径1メートルぐらいにまで吸収されている。消滅まで、あと僅かだと思えた。
「あれ……? 吸収速度、遅くなってない?」
 ヴァルキリーが独りごちて首をかしげた。
 直径10メートル近くまで巨大化した土塊が、3メートルぐらいまで吸収されるのは早かった。だが、そこから小さくなる速度が、明らかに遅くなっているのだ。
「落書きをされると吸収するのが遅くなるの?」
「いや、それは違うから」
 イチコの結論にヴァルキリーは即座にツッコみ、腕を組んで考えた。
 彼は"体を維持するために大量のフォトンが必要"で、消費速度より吸収量が多ければ、フォトンを吸収する必要が無くなるはず。
 という事は……?
「うん、やってみる価値はありそうだ」
 独りごちて頷いてから、ヴァルキリーは空になった杖をナノトランサーに放り込み、新しい杖を取り出した。
「あくまで仮説なんだけど……そろそろ、吸収の限界が見えてきてるんじゃない?」
「え?」
 ぽかんとした顔でイチコが振り向いた。
「無限に吸収できるわけじゃないと思うんだ。速度が遅くなってきているってことは?」
「……もうすぐ一杯なんだ……!」
「うん。全力で、攻撃をしてみよう。奴に、大量のフォトンを食わせるんだ!」
 3人が展開した。イチコは長剣を手に近づき、テイルはボウガンを構えて近づいてゆく。ヴァルキリーは杖を振り上げ、精神を集中し始める。
 僅かな勝機に、賭けるしかなかった。
「ぐ〜るぐ〜る、う〜ずまき〜、せ〜んむも〜がんばるうずまき〜♪」
「お願い、その歌もうやめて……夢に出そうだから!」
「ハイ、次。3番」
「ひいいぃぃぃぃ!」
 そこへ、びゅんと空気を割いて、フォトンの矢が飛んできた。テイルのボウガンだ。続いてヴァルキリーのディーガが。
「わは、どうしちゃったの? みんなして僕にご馳走してくれるわけ?」
「えぇーーーーいっ!」
 イチコが叫びながら、その剣で背中を打ちつける。案の定フォトンは吸収され、ただの棒となった剣身がジャッキーを打つ。
「あいたた、やめてよもう☆」
 ジャッキーが迷惑そうに身をよじる。それに構わず、皆が自らの得物で攻撃を続ける。矢とテクニックが飛び、剣がうなる。
 ……あと、落書きも。
「ランディ……」
 オルハが呟いて、視線をランディに向けた。
 不意に、彼は崩れるように前のめり、とっさに地面に両手をついた。顔じゅうに脂汗をかき、それがぽたぽたと地面に落ちている。
「……?」
 ……まるで、大気圏を抜けて重力下へと突き抜けたような気分だ。体が重い。けれども脳は活性化し、いやにはっきりと思考がぐるぐるとまわっている……。
 先ほどまで頭を支配していた頭痛も、まったく感じない。
「……そうか、そうだったのか」
 呟いて、ランディは唇を噛んだ。
「すまねえ、忘れていて……」
 ゆっくりと、上体を起こす。体はまだ重い。だが、何かが動けと命令する。その力には逆らえない。
 迷っている暇などない。悩んでいる暇などない。
「……俺は無力かもしれない……だが……」
 今ならば――今の自分ならば、はっきりと彼女に誓う事ができる。
 ぐん、と顔をもたげて、ランディは走り出す。
「君のために戦うッ!」PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる半世紀の終りに〜 universe42 俺の拳が……!
 迷わず、ジャッキーへ向かって一直線に。
 その姿に、皆が驚く。
「ランディ!」
「すまねぇ、みんな。俺はもう、迷わない。俺は、守るべきもののために、戦う!」
「ランディ……!」
 ジャッキーは不敵に微笑みながら、言った。ためらいなど微塵も感じない、力強い声で。
「ランディ、もっといい男になって戻ってきたね……☆」
「ああ、16年前の記憶を呼び起こしてくれたお前のお陰だ。俺はもう、迷わない」
 ざっ、とランディはジャッキーに向き直る。両の足でしっかりと立ち、両の眼で見据える。
「……ところで、その手品もそろそろ終いかい?」
 すでに、ジャッキーが抱えている土塊はその大きさを変えようとはしなくなっていた。
「……っ」
 ランディの言葉にジャッキーは眉をひそめる。それから、わずかに視線を落とした。
「さ、これでもうお前に勝ち目はなくなった。素直に投降すれば良し。さぁ、どうする?」
「……くくっ」
 ジャッキーの口元が、にやりと笑った。これほどまでに追い詰められた状態だというのに。
「くくくっ……僕を倒したら、いい事を教えてあげるよ?」
「……取引に値する内容か?」
「そりゃあもう! 君の大好きなあの少女の話なんだけど……ね」
「!」
 ランディは、ぐっと眉が釣りあがったのが分かった。緊張が波のように、全身へと広がってゆく。
「ふふっ、その顔ったらもう! たまんない! じゃあさ、タイマンで僕に勝ったら教えてあげる☆ さ、僕と1対1で交わってよ!」
 ランディは迷った。ジャッキーが本当の事を言う保証など、どこにも無いからだ。
 だが、こちらは5人もいるし、ジャッキーのフォトン吸収能力はすでに限界を迎えている。万が一があったとしても、最終的には勝てる――ランディはそう判断して、茶番に付き合ってやる事にする。
「……いいだろう。……みんな、済まねぇが、ここは俺にやらせてくれ」
 ランディは振り返りながら手を広げ、皆を制する。誰も否定できる空気ではなかった。
「5秒で片づけてやる」
 巨体がフォトンの光をまといながら、宙を舞った。そのまま跳んだ直後にビーストフォームをとる。
 その勢いを乗せて、右手を大きく振りかぶった。
「早っ!」
 オルハは思わず声に出していた。ビーストフォームというのは、そんな瞬時に変体できるものだったか?
「……?」
 その時、ランディは自分の体に異変が起きているのに気付いた。
 振り上げた右腕から、何かが放出されている。白いフォトン……いや、オーラか? よくよく見れば、全身がそれにうっすらと包まれている。
 だが追及している時間は無い。とにかく、ジャッキーめがけて拳を振り下ろした。
「……!?」
 そこで急に、拳が見えない壁に押し返されそうになるのに気付く。
(まさか……音の壁? 俺の拳が……)
 ぐんと壁を通り抜け、加速のついた拳が、ジャッキーの頭に吸い込まれるように叩きこまれる。
 ドパァンと弾けるような音がして大量の血液が飛び散り、地面を赤く染める。同時に白い歯が二本、一緒に飛んだ。
 その勢いでジャッキーはがくんと腰を折り、地面に顔面を叩きつけられる。衝撃で地面にひび割れが走り、その衝撃の強さを物語っていた。
「げふっ!?」
「音速を超えた……?」
 ……動きが違う。なんだこの力は。
 今なら前の数倍早く動ける気がする。今までいかに鍛えてもこれほどの動きはできなかったのに。
「う……ふふ……っ、いい顔して……るね、ランディ☆」
「お蔭様でな。さて、これでお前に勝ち目はない。投降すれば命は助かるだろう」
 ランディは、地面に寝転がるジャッキーを見下ろしながら、ゆっくりと言った。
「……ふ、ふふ。ふふふふふ」
「? 何がおかしい?」
「楽しいよ、最高だァ! 僕のランディがこんなに強くなるなんて! さぁ、ランディ、とことんまで僕と交わってよ。その力で、絶頂を教えて☆」
 その顔を自らの血液で染めながら、焦点の合わない目を見開いて、揚々とジャッキーは立ち上がる。その表情は、明らかに狂気に満ちていた。
「……ドMめ」
 どこかやるせない顔で、ランディも身構える。
 今一つ気乗りしないのは、勝負が見えているからなのは言うまでもない。
 これは理屈じゃない。
 確信だ。
「うははああぁぁぁあああぁぁっ!」
 ジャッキーが奇妙な声をあげて飛び出す。つま先を立てて、前傾姿勢を取る。まるで獣が獲物を見つけたかのように、足音も立てず走りだす。
 まずは右の爪で、一撃。振りかぶる動作をまるで見せず、あまりにも洗練されたその動き。今までの彼とは、一味違っていた。
 だが、ランディはそれを余裕でかわす。間伐入れず放たれた左の爪も、避ける。
(……見える)
 ランディは全てのものをスローモーションのように遅く感じていた。彼の攻撃が当たる気がしなかった。
 もちろん単純に判断速度が早まっているだけでなく、わずかな筋肉の動きでも次の動きを読み取っていた。経験から身につけたものだが、実戦では意識して使う暇などなく、"勘"と呼ばれる部類のものとも言える。だがランディは、それを意図的に見ていた。
「はぁっ……はははははぁっ! ランディ、最高だよ!」
 肩で息をしながら、ジャッキーが怪しく微笑む。その笑顔はすでに、"こちらの世界"を超越している……そう思えた。
「……なあ、もうやめねぇか? 負ける気がしねぇんだよ、今の俺は」
「まだまだこれからだよ! 僕は必ず勝つ、そしてスポットライトの下でずっと輝き続けるんだ☆」
 ジャッキーが飛び掛ってくるのに、ランディはゆっくりとため息をついた。
 ……仕方ない。
 ランディの巨体が飛び出していた。今ほどまでとは比べ物にならない速度。その動きは人間が肉眼で捉えられるものとは思えない。
 ジャッキーの視界からふっ、とランディの姿が消えた。
「!?」
 次の瞬間。顔面が内部から破裂したような激痛が貫いて、ジャッキーの体は空中に跳ね挙げられていた。何が起きたか分からなかった。
 ちらりと映る視界の下に、拳を振り上げたランディの姿が見える。
 ……そうか、一瞬で懐に潜られ、顎にアッパーをもらったのか。
 頭が朦朧として、意識を繋ぐ事だけで精一杯だった。受け身など取れず、そのまま無様に地面に叩きつけられる。
「う……うう……うあああ……!」
 ジャッキーは呻きながら体を起こす。今の一撃で顎がぐしゃぐしゃに砕けてしまったようだ。とめどなく流れる血液が地面を染めてゆくのが、嫌に冷静に見えた。
「……なあ、もうやめようぜ」
 ランディが言う。それはすでに呟きに近かった。
 今のジャッキーに勝ち目はない。ランディが今していることは、ただの弱い者いじめにしか思えなかった。
「ぐあ……」
 ジャッキーが呻いて、両手で踏ん張って体を起こそうとする。だが、半分起こしたところで自分の血で手を滑らせ、また血の海につっぷした。
「……」
 その光景を、オルハたちはただ黙って見ていた。声を発する空気ではない。
 何より、恐ろしかった。
「ああ……」
 ふとジャッキーの体から、きらきら輝く光子が蒸気のように放出されてゆく。
「フォトンが……僕の源が……」
 ゆっくりと両手両足が縮み始め、やがてジャッキーの手足が元に戻ってゆく。
「もうその体も維持できなくなったか……勝負はもう決まっただろ、やめようぜ、もう」
「ふふっ……情報、欲しくないの? あの少女の脳をぐちゃぐちゃに犯したのは、僕らだよ?」
 ジャッキーは地面に這いつくばったまま、ぎょろりとランディを見上げて不敵に笑う。
「! ……貴様ッ!」
 かっと目を見開いて、ランディが一歩踏み込んだ。まるで地面に落ちているボールを蹴るかのように、ジャッキーの顔面を激しく蹴りつける。ぼろきれのようにジャッキーはふっ飛んで、くるくると宙を舞う。
 それから壁に叩きつけられ、ずるずると地面に落ちた。
 直後、影がかかる。
 ランディの巨体が飛んでいた。その全体重を乗せて、ジャッキーを踏みつけた。
「……!」
 めきめき、と骨が軋む音だけが響いた。
 まるで、眼球が飛び出すほどの衝撃。ジャッキーの鼻と口から血液が吹き出し、辺りを赤く染めてゆく。
 だが、ランディは手加減をしない。倒れている所を、激しく踏みつける。何度も、何度も。
「はあっ……すごい……いいよ、ランディ……もっと……!」
 ばきぼきと、あちこちの骨が折れる音がする。だが、ランディは気にもせず踏みつける。
(……!)
 この残酷な光景に、オルハは思わず走り出していた。
「オルハ!?」
 ……止めなきゃ。今のランディは、我を忘れている。動けなくなった者に対して、そこまでやらなくてもいいじゃないか……!
 オルハは意を決して、ランディの背中に飛びつき、太い首に両腕を絡めた。
「ランディ! だめだよ! それ以上やったら……!」
「……あ……」
 そこでランディは我に返る。ゆっくりと振り向き、背中にぶら下がるオルハの顔を見てから、視線を落とした。
 足元には、血の海の中で痙攣を起こすジャッキーがいる。両腕は変な方向に曲がっており、両足も本来間接の無い箇所で曲がっている。顔面に至っては鼻がゆがみ、頭蓋が明らかに陥没している。脛からは、折れた骨が皮膚を突き破って露出していた。
「はああぁ……っ」
 艶やかに温もりのある吐息を吐いてから、ジャッキーが口を開いた。その瞳は半開きで、どこかトリップしたように焦点が合っていない。
「ランディ……すごい、何度も……イッちゃったよ……ごほっ」
 ジャッキーが咳き込んで、大量の血を吐いた。明らかに、打撃で内臓は潰れ、折れた骨がさらに内臓を傷つけていた。
「やりすぎだよ、ランディ……」
 オルハはぶら下がりながら、呟くように言った。
「確かに、彼らはコロニー爆破を目論むテロリストだよ……でも、ボクたちガーディアンズは、殺すために戦っているんじゃない……」
「……」
 諭すようなオルハの声に、ランディは答えなかった。いや、答えられなかった。
「……すまねえ、ついカッとなって……」
 だから、言い訳をするしかできなかった。
 ランディは、オルハが沈んでいたのを見て、決意していた。人殺しのような汚れ役は自分の仕事だと。
 ……だが、まさかそれを現実にやってしまうとは……。
 ランディの体がゆっくりとフォトンの光に包まれ、ナノブラストが解除されてゆく。PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる半世紀の終りに〜 universe42 俺の拳が……!
「さ、もうやめようよ。ボクたちに情報とやらを話して、それで終わりにしよう? 今ならまだ助かるかもしれないから」
 オルハが背中から飛び降り、ジャッキーに駆け寄る。ゆっくりと全身を見回してみるが、言葉が出なかった。
「……」
 そう、「助かるかも」と言ってはみたが、間近で見てその怪我の具合にゾッとする。むしろ、まだ生きているのが不思議なぐらいだったからだ。
「分かったよ、もう……。バーバラ様の命令で……少女の死体と"欲望の箱"を手に入れたのは僕らだよ……」
「……」
 ランディはそれをただ静かに聞いていた。ジャッキーが途切れそうな声で、続ける。
「バーバラさまは……ダークファルスの情報を集めていて、あの箱の事を知った。それで、情報を集めてた……"合"の時が近いのは分かっていたから……。そしたら、ゴミ捨て場でダークファルスが不完全に復活し、再度封印されたという事を知って……あの少女の死体と箱を取ってくるように、僕に言ったのさ……」
「……何故、少女と箱を回収した? そして、どうして剣を持ち帰らなかったんだ?」
「知らないよそんな事……だって、バーバラさまは偉大な方だもん……何を考えているかなんて……」
 ランディの問いに、ジャッキーは静かに答える。嘘を言っている様子はないと、ランディは判断し、そのまま静かに聞いていた。
「ただ……バーバラさまは"英雄"が好きなんだ」
「英雄……?」
「そう。バーバラ様はかつて母親を助けられなかった。だから、素晴らしいものに興味があるんだ……。そして……ダークファルスの事を調べていく上で、オラキオの使命を知り……ダークファルスを倒す命を持つあの少女に興味を持った。そして、研究材料に使った……」
 ランディたちは押し黙っていた。何かを言える雰囲気ではなかったから。
「脳をぐちゃぐちゃに犯して……好き勝手にさせてもらったよ……ふふ、研究が進んで良かった……」
 不意に、ジャッキーの左手がランディの手を握った。弱々しい力で。
「ねぇ、ランディ……手を……に……ぎ……」
 ランディは、それを跳ねのける事はあえてしなかった。
 もう、長くないのは分かっていたからだ。
「僕……らん……で……好き……らん……で……は?」
「……」
 ランディは何も答えられなかった。同性に興味がある無いという問題ではなく、何と言ってやればいいのか分からなかったからだ。
 ジャッキーはそれをただ、うつろな眼つきで見つめていた。

「バーバラさま☆」
 ジャッキーは、廊下を歩いていたバーバラの大きな背中に飛びつきながら、言った。案の定バーバラは驚いた顔で振り向く。
「ジャッキー? 驚かせるんじゃないよ」
 いつも通りの恐い表情に鋭い言葉で返すが、しょうがないな、というニュアンスがこもっている。
 ジャッキーが物心ついてからずっと、バーバラはいつも厳しい顔ばかり見せていた。誰に対してもすぐに怒るし、何かあるとすぐ手を出す。下らない事で殺された人間は、数えきれない。
 だが、バーバラはジャッキーに対してだけは「しょうがないな」と許す。素体を派手にぶっ壊してしまった時も、大事にしていたツボ・デ・コットを落として割ってしまった時も。
 それを、ジャッキーは誇りに思っていた。

 バーバラが心を開いているのは、僕だけなのだと。

「……で、どうしたんだい? 何か用があったんじゃないのか」
 バーバラはゆっくりと腕を組んで、続ける。
「うん、バーバラさま。そろそろフローラルさまの誕生日だから、どうするのかと思って☆」
「ん……ああ、それもそうだね」
 バーバラはジャッキーの声に右手を顎に当て、考える素振りを見せる。
「……今年で17年目だったかね。時間の経つのは早いものだ」
「うん。でもバーバラさまはママの事、忘れないんだよね?」
 それにバーバラは少し驚いたような顔をしてから、
「当たり前だろ」
 とだけ言った。
「……バーバラさまあ、僕もママが欲しい」
 その声にバーバラは目を丸くする。それからはっと我に返って、頭を掻いた。
「お前には私がいるだろ?」
「うん!」
 照れたように言うその答えに満足して、ジャッキーは満円の笑みを浮かべる。
 そう、ジャッキーは別に母親が欲しいわけではなかった。
 バーバラのその答えが欲しかっただけなのだ。
 それからジャッキーは、バーバラの手をぐいと引っ張る。
「ねえバーバラさま、買い物行こう? フローラルさまに似合いそうな服、見つけてあるんだ☆」
 それにバーバラはふっと微笑んで、静かな声で答えた。
「しょうがないね、分かったよ」

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「……バーバラさまぁ……☆」

 ランディの手を掴んでいたジャッキーの左手が、ずるり、とほどけるように滑り落ちてゆく。
 落ちないように掴もうとするが、すでに指に力が入っていなかった。

「……僕、もう帰りたい……」

 呟いて、閉じようとする瞼を強引にこじ開けようとする。だが、その力には逆らえない。
 そのままゆっくりと、全身が力をなくして地面に落ちてゆく。

 スローモーションのように、ゆっくりと。

 まるで、永遠とも思えるような長い時間が過ぎてから。

 ばしゃ、と血の海が飛沫をあげた。

 しばらく、沈黙が続いた。
 ジャッキーは、もう動かない。
 おびただしい量の血の海、変形した顔面、皮膚から突き出す折れた骨。

 それら全てが、彼を殺した。
 それら全てが、彼を孤独にした。

「……ランディ……」
 立ち尽くすランディの背中に、オルハがそっと声をかける。ランディは、まったく動く気配を見せなかった。その静かな背中が、彼の想いの全てを物語っていた。
 しばらくしてランディは、押し黙った声で静かに口を開いた。
「みんな、すまねぇ……。とにかく爆弾を処理して、本部に戻ろう……」
 その声に、誰も何も答えられなかった。

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注意事項

※この物語は株式会社セガが提供するオンラインゲーム「ファンタシースターユニバース」を題材としたフィクション(二次創作物)です。世界観、固有名詞、ゲーム画面を使用した画像など、ゲーム内容の著作権は株式会社セガにあります。
※小説作品としての著作権は勇魚にあります。
※登場する団体名・地名・人物などは、実在する名称などとは一切関係ありません。
※作中の表現や描写、ならびに使用している画像などは、ゲーム内で再現できるものとは限りません。
※この作品は、「戦い」「人間ドラマ」をテーマの一部としているため、暴力・性的な表現を含む場合があります。予めご了承下さい。

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