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PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる時の半世紀の終りに〜 universe41 ありがとう

 2メートル四方ほどのくぼんだ天然の洞穴を、ランディはねぐらにしていた。適当に枯草を敷き詰めただけの質素ななものだったが、生きていくためにはそれで充分だった。
 ここ"ゴミ捨て場"は、モトゥブの中でも最下層に位置する。雨は届かないし、地熱で年中温かく凍え死ぬ事も無い。路上生活をする上で、非常に快適な部類に入ると言えた。
 欠伸をしながら体を伸ばして、ふと足元を見る。少し前までズボンの裾は脛ぐらいまであったはずだが、気づけばかろうじて膝が隠れる程度になっていた。そういえば、上着も襟元がやや苦しく感じる。
 成長期で体が成長し続けているのだ。毎日ろくな栄養も取れていないのに、つくづくビーストは頑丈に出来ているのだと実感する。
「……腹が減った」
 鳴る腹に手を当てて独りごちながら、時計――もちろんゴミの中から引っ張り出してきたものだ――に目をやると、早朝5時。予定より寝過ぎてしまったのにぎょっとして、ランディはいそいそと外へと出る。
 なぜこの時間に出るかというと、モトゥブ政府は毎週末の早朝に、一週間分のたまったゴミをここに投棄してくれるからだ。ここに住む者たちはそれを"配給"と呼び、有り難がっていた。
「よぉランディ。どうした、不細工な面して」
 岩壁に囲まれた通路に出てすぐ、声をかけてくる者がいた。友達のニックだ。彼はヒューマンの少年で、生まれてすぐここに落とされたらしい。なりは汚いが細く知的な顔つきで、実際頭も切れる。
 彼は落下の時のケガのせいで足が悪く、早く走る事ができない。なので、いつも何かあれば頭を使うのが彼の仕事で、体を使うのはランディの仕事だと決まっていた。
「うるせぇ、不細工なのは生まれつきだ」
「ははっ、怒るなよ。ただでさえ救いようのない顔なのに、怒ると人知超えるぜ」
 ニックはふてくされるランディを指さしながらけらけらと笑う。彼の辛辣な言葉はいつもの事なので、ランディは何も言わなかった。
 2人は性格が正反対なせいか、喧嘩友達でもあった。彼の毒舌にランディが怒り、喧嘩に発展するのは、すでに日常の出来事だった。
「それより、早く行かないといい物が無くなっちまう」
 話を逸らして、ニックを促す。配給の日は、"早い者勝ち"だけがルールだった。
「しょうがねぇだろ、誰かさんが寝坊したのが原因だぜ」
「……お前、俺を待ってたのか?」
 はっと顔を上げて、ランディは言う。その表情には驚きがこめられていた。
「勘違いするなよ。ついでだ、ついで。どうせ俺一人じゃ、持てる量は限られてるからな」
 照れたのか、ニックは歩みを早めて、ゴミ山へずんずん歩く。ランディも思わず微笑んで、その後をついていった。
 ほどなくして、遠くにゴミ山が見えてくる。直径100メートル、高さ200メートルほどのドーム型の空間に、ゴミの山が高さ20メートルほどにもなっていた。
 すでに配給は始まっていた。高い箇所にいくつかある横穴から、管状の機械が顔を出して大量のゴミをとめどなく吐き出す。100人を越える大勢のホームレスたちが、わいわい言いながらお宝探しに明け暮れていた。
「気が早ぇな」
 ランディはそれを見ながら呟く。大量のゴミが降ってきて危険なので、2人はゴミが降り注ぐのが終わってから探索するようにしている。出遅れてはしまうが、命を落とすよりはマシだ。
 ほどなくして、ゴミが降り注ぐのが止まる。さて、と2人は歩き出した。
「ニック、何が欲しい?」
「とりあえず食い物だ。あとは衣料品が欲しいかな。そろそろこの服もぼろくなってきた」
「了解」
 言ってランディは山の上に登りだす。足元に見えるものを引きずり出しては値踏みを始めた。
「お、ラッキー、食いもんだ」
 小さな袋を開けると、食べかけのダンゴモチ――ニューデイズ特産の菓子だ――が2本、入っていた。早速1本を取り出して口に放り込む。すでに消費期限は切れており酸味が強かったが、問題ないと経験上から判断する。何より、ほぼ1週間ぶりの食べ物だ、文句は言ってられない。
「よぉランディ、景気はどうだ?」
 不意に声をかけられて、ランディは顔を上げた。ぼろではあるがシンプルなコートを羽織り、サングラスをかけた男が立っていた。黒い髪は短く借り上げ、肌は健康的に黒く焼けてはいるが、体駆が細いせいか健康そうには見えなかった。
「あ、マックスさん。ぼちぼちです」
 マックスは情報屋で、ランディの知る限りゴミ捨て場と地上を行き来する唯一の人だった。ビガー、つまり乞食のネットワークは情報を収集するのに便利だと彼は知っており、それを欲しがる人にその情報を売っているのである。ランディも時々、小遣いをもらって路上で乞食の真似事をする事があった。
 そんな事もあってここでは彼は権力者であり、誰もが彼に対して敬意を払っていた。
「そうか。後で俺の部屋に来いよ、新しい仕事をやる」
「本当ですか、ありがとうございます! ……あの、ニックも連れて行ってもいいですか?」
「ああ、かまわんよ。最初からそのつもりさ」
 彼は、ニッといつものようにニヒルに微笑んで、手をひらひらさせながら踵を返す。
「じゃあまた後でな」
「はい!」
 早いうちにニックに伝えておいた方がいいだろうと思い、ランディは辺りを見回した。だがニックは見当たらない。
「……?」
 ふと、10メートルほど離れた所で、何やら騒いでいる声が聞こえた。見下ろすと、売春婦のジェシカが、何やらわめき散らしていた。彼女は汚れてはいるが綺麗なブロンドの髪を長く伸ばしており、幼く見える顔つきと肉感的なスタイルが可愛らしく見える。
 だが彼女はすでに脳が冒され始めており、少しおかしな行動をする節があるのでどうせいつもの事だろうとランディは思う。
 不思議と目を引いたのは、その手に持っているものだった。
 おそらく今落ちてきたのだろう、直径30センチはある、大きめのジュエリーケースだった。特に飾り気もなく、シンプルなチャコールグレイをしている。ランディの目には、とてもゴミだとは思えないほどの品に見える。どうせどこかの金持ちが酔狂で処分した物だろう。
「これっ、あたしの、あたしのっ!」
 ジェシカは近くにいた人たちに叫んでいた。箱がよほど気に入ったらしい、取られるとでも思ったのだろうか。
 がちゃがちゃと箱を開けようとするが、開かない。どうやら鍵がかかっているようだった。
 ふっと息を吐いて、ランディは近づいた。特に理由は無いが、なんとなく開けてやろうと思った。
「ジェシカ、貸せよ。開けてやる」
「ら、ランディ、おぅお」
 言ってジェシカは素直に箱を差し出す。何故か昔から、彼女はランディを慕ってくれているようだった。
「あ〜、鍵かかってるな。しかもいやに古いタイプだ……」
 言ってランディは靴から一本の針金を取り出す。
「……普通のシリンダキーだな。これならなんとか」
 針金を突っ込んで、中をまさぐる。シリンダの数と場所を確かめ、感触を確かめる。
「……OK、これならなんとかなりそうだ。開けられるよ」
「あ、ありがとう、ランディ」
 言っていきなりジェシカは、ランディの腰のベルトに手をかけ、外そうとする。
「お礼、する」
「だぁぁぁ、今はいいから!」
 ランディは驚いて飛びのく。これから繊細な作業をするというのに、そんな事をされたら集中できない。
 おとなしくなって覗きこむジェシカをよそ目に、ランディは針金をそっと鍵穴に差し込んだ。
 手と針金の感覚を一体にして、微妙な感触を感じ取る。シリンダの構造を把握し、プレートやコマをどのような状態にすれば開くのかを瞬時に把握する。
「よし、開いた」
 カチ、と小さな音がした。ランディは箱をジェシカに手渡すと立ち上がる。
「ランディ、お礼……」
「いいよ、またいつか気が向いたらで。じゃあな」
 ちょっと寂しそうな顔で見送るジェシカに手を振って、ランディはまたゴミ山を登り始める。今はニックを探さなくては。
 その時だった。
 背中から見つめる視線。
 全てを見透かされているような感覚。
 濡れた衣服のように体にまとわりつく、陰鬱な空気。
 気管支から入ったそれは、肺から内臓へと行き渡り手先足先までも犯してゆく。
 そんな、言いようの無い感覚だけがランディの体を支配していった。
 慌てて振り向くが、別に先ほどと何も変わらない。ただ、ジェシカが嬉しそうに箱を開けて笑っているだけだ。
 ……箱?
「ジェシカ! その箱を捨てろ! 逃げるんだ!」
 ランディは、よく分からないうちに叫んでいた。根拠などない。ただ直感がそう叫べと訴えていた。
 ジェシカはぶ〜、と頬を膨らませて箱を抱き、いやいやと首を左右に振る。
「おい、ランディ? 痴話喧嘩か?」
 振り向くと、ニックが手にいろいろな物を抱えて、不思議そうに見ていた。辺りを見渡すと、声に気づいて何事かと見ている者もいる。
「いや、違う。ニック、お前には分からないのか?」
「? 何のことだ?」
「あの箱だ、ジェシカの抱えている……」
 声を遮って、耳をつんざくような爆音が響いた。
 ぞぞぞぞっ、と虫が這い出すような音。普通の虫より100000倍の質量を持つ虫が100000匹ぐらいいれば、このような爆音になるのかもしれないとランディは思う。
 ジェシカの箱から、何かが飛び出した。大量に。
 黒く、液体のようで個体のようなそれは、コールタールを連想させる。それが激しい音と共に箱から飛び出していた。頭上50メートルほどまで飛び上がり、そこでもやもやした塊になっていく。
「なっ、なんだ……?」
 ランディは驚いて、思いついた言葉をたれ流した。頭上を見上げ、その"何か"をただ見ている。
「なっ……?」
 ニックも思わず、持っていた物を取り落とす。ぽかんと口を開けて、頭上を見ていた。
 やがて黒いものが噴き出すのはおさまり、静寂が訪れる。頭上でそれはただ、漂っていた。
「ジェシカ……ジェシカは!?」
 ランディははっとなって、視線を下ろす。ジェシカは箱を抱いたまま、そこに座り込んでいた。
「……!」
 だが、ジェシカは動かなかった。
 いや、もう動けなくなっていたと言った方が正しい。
 彼女の体は、胸から上が無くなっていた。
 鋭利な刃物でくり抜かれたようにざっくりと、胸から上を切り取られていた。
 皮一枚で繋がっていた左の二の腕が、重力で胴体からちぎれて箱と一緒に地面に転がった。支えを失った体はゆっくりと揺れ、前へとつっ伏して倒れる。
 少し遅れて、傷口から赤い鮮血が噴き出した。あの小さな体に入っていたとは思えないほど大量に。心臓というポンプに押し出された血液は大動脈から勢いよく流れ出し、地面を赤黒く染めてゆく。
 ランディは死体を見た事が無かったわけではないが、今まさに人が死ぬ瞬間を見るのは初めてだった。
「う、うわ、うわああぁあぁぁ!」
 叫んだ。
 とにかく、そうする以外に何をすればいいのか分からなかったからだ。
「おい、なんだあれ?」
「なんか浮いてるな……」
「お、おい、ジェシカが!」
 辺りがざわめき始めた。だが、誰も事態が飲み込めてはいない。
「逃げろ! みんなとにかく逃げろ!」
 ランディは声の限り叫ぶ。ただ闇雲に。それ以外に何をしたらいいか分からなかった。
「ランディ、俺たちも早く逃げようぜ」
 ニックが腕を掴んで言う。表情はいつもの冷静な顔だったが、顔色が明らかに悪い。彼は足が悪いので、遅れて逃げられない事を懸念しているようだった。
「あ、ああ」
 ランディは頷いて答えてから、辺りを見渡した。
 この現状に気付いているのは、わずかだった。ほとんどの者は状況に気付かず、まだゴミをあさっている。
「……俺、みんなに言ってくる! ニック、いつもの場所で待っててくれ!」
 言うが早いか、ランディは走り出す。
 彼を駆り立てているものは、おそらく正義感などではない。
 ただ、ジェシカのように知っている人が死ぬのが嫌だという、素直な気持ち。それだけだった。
「おい、ランディ!」
 ニックの声を振り切って、ランディは走り出す。1人でも多く、1秒でも早く、声をかけてまわらなければ。
「ジェシカ……」
 思い出したように呟いてから、頭をぶんぶんと振った。
 別に彼女に対して特別な感情を持っていたわけではなかったが、あの屈託の無い笑顔はもう二度と見ることができない……。そう思うと涙がこぼれそうになる。
 今はとにかく、1人でも多くに声をかけなければ。これ以上の犠牲者を出すものか。
「みんな! 早く逃げろ! ジェシカが死んだ! とにかくここはヤバイんだ!」
 だが、皆は怪訝な視線を向けるだけで、動こうとはしない。せっかくの配給日に何を言っているんだ、とでも言わんばかりだった。
「おいおい、落ち着けよランディ。どうしたんだ?」
「マックス! あんたも皆に声をかけてくれ! あの浮いている黒いのが、ジェシカを殺した!」
 マックスはまぁまぁ、と両手を前に突き出してから、口を開く。
「熱くなんなよ。クールにいこうぜ、ランディ。目の前の金塊を捨てて逃げるなんて、愚か者のする事だ。ジェシカもおおかた、ブツの取り合いで誰かがヤンチャしちゃったんだろ?」
「だから! あんたにはあの上に浮かんでるモノが見えないのかっ!?」
 叫びながら上を指さすランディに、マックスは落ち着いた視線を上に向ける。
「……一体何だろうな、ありゃ」
 マックスがそう呟くいてすぐに、ゆっくりと塊が動き始めた。もごもごと伸縮を繰り返している。
「……動いてるな」
 マックスは見上げたまま、ぽかんと口を開けたままで呟いた。
 不意に、黒い塊がぐっと縮まったかと思うと、弾けるように大きく広がった。黒い霧のようなものに形を変え、広い空間を覆い始める。
 そのうちの2筋がゆっくりと下に降りると、2ヶ所ある入り口を塞いでゆく。
 霧は場を覆うように広がってから、山頂の方へと漂って集まり出し、何かを形作り始める。
 この状況にはさすがに全員が気付いた。魅入られたかのように、我を忘れてそれを見ている。
 やがて黒い塊から2本、にゅっと何かが伸びた。
 腕だ。凶々しい黒光りする肌と、筋肉の形状。指には長く鋭く伸びた爪。長さも20メートルはあるだろう。それは、腕と呼ぶには大きすぎた。
 ほどなくして、それより一回り小さな腕がさらに2本、伸びてきた。小さいと言っても、それでも5メートルはある。
 霧がゆっくりと形を作ってゆく。体長15メートルほどの上半身が、姿を表した。体毛は一切無く、胴や腕には蛇腹のような凹凸と、硬質化した皮膚がそのラインをより鋭く、より険しく見せている。
 首が無い変わりに、ちょうど胸の上部にあたる位置に顔があった。顔、といっても人間のそれとはあまりに違いすぎる。黒目のない赤光りする瞳に、口と思われる横に裂けた穴。上体ごとゆっくりと向きを変え、ぎょろりと辺りを見回す。
「な……なんだ……あれは」
 ランディはただ、あっけに取られて見上げていた。得体の知れないその存在を前にどうすればいいのか、何も分からなかった。
「ランディ!」
「ニック!? 逃げなかったのか!?」
「入り口が通れない! あの霧に飛び込むと、ジェシカと同じ目に合う!」
 入り口を見ると、その近くで何人か上半身の無い死体がつっ伏していた。赤い血を捲き散らして。
「……!」
「閉じ込められた……?」
 黒い半身がゆっくりと上体を起こして、小さな方の両腕を体の前で組んだ。それから大きな両腕を持ち上げると、横に大きく広げてから、ゆっくりと頭上に掲げて両手を組む。
 それから、振りおろして地面に叩きつけた。激しい振動と共にこの場に入り乱れる、人々たちの悲鳴と赤い飛沫。それが現実をよりリアルに見せた。
『……やはり外はいい。』

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 くぐもった太い声で、邪な存在は言った。ドームの中にこだまし、まるで脳内に直接響くようなその声は、人々の恐怖感をより煽る。
『むう……封印が完全に解けておらんが、まあいい。くくっ。ははは、は、は、は。』
 恐怖に駆られた何人かが、声にならない叫び声をあげながら、入り口へ走ってゆく。そして黒い霧に触れ、死体の数を増やす。
「ヘイヘイヘイ、ちょっと待ってくれよ」
 マックスだった。彼は両手を広げながら、そいつの元へ歩み寄ってゆく。
「熱くなんなよ、クールにいこうぜ? 物騒な話はやめよう」
『……。』
 その光景に、一同の期待の視線が集まった。
 ――そうだ、彼なら。彼なら、この状況をなんとかしてくれるのではないかと。
「お前は一体誰なん……ぐわっ」
 小さな方の左腕が、マックスの体を掴んだ。そのまま顔の前まで持ってゆき、値踏みするように何度も角度を変える。
『……この星も似たようなものか。』
「いてててて、痛ぇ! もっと優しく持ってくれねぇかなぁ!」
 小さな右手が、後ろから近づいた。親指と人差し指でマックスの頭を軽くつまむと、そのまま上に持ち上げた。
「ったく、アンタ乱暴すぎるぜ! 俺の話を聞け!」
 喚き散らすマックスの下で、何かがべちゃっと落ちる音がした。
 黒い塊……? 濡れた肌色の物体に、もじゃもじゃと黒いものが生えている。
「……?」
 何かは分からなかったが、マックスはそれから目を離せなかった。本能が見てはいけないと叫ぶ。だが、見ずにはいられなかった。
「……ん? なんだ、見にくいな……」
 マックスは、その視界がぼやけていく事に気づく。
 液体? 何かが額を伝って流れ落ち、目の中に入ってきている。視界はぼやけ、わずかに赤いフィルターがかかったように景色が色を変える。
 マックスはサングラスを取って、目をごしごしとこする。それからもう一度、落ちていたものに視線を戻す。
 そして、気付いてしまった。
「……俺の……頭……?」
 マックスの頭部は、額から上がもぎ取られていた。
 こぼれだした血液と脳漿が顔を伝い、それが彼の視界をぼやけさせていた。
 震える体をそのままに、不思議そうに振り返るマックス。だが人々はただ青白く怯えた視線を彼に向けていた。
「……ヘイ、どうなってんだ、これは……? お前ら、なんでそんな不思議そうな目でおれおみれるんら……」
 もつれる舌を出したまま、がくんと首が垂れた。その勢いで脳漿に浮いていた脳が飛び出し、べちゃりと地面に落ちて、潰れた。
『……脳の量も似たようなものだな。』
 左手に握った、マックスだったものをぞんざいに放り捨て、邪な存在はため息をついた。
「……」
 ランディは震える足を抑えようと、両手を膝に置く。だがそれは何の意味もなさない。
 ニックも腰が抜けているのか、地面にべったりと座り込んでしまっていた。
「マ……マジかよ。一体何がどうなってるんだ」
「ニック……どうしよう? どうしたら逃げられるんだ?」
「そんな手段があるなら、俺が知りてぇよ」
 ――絶望。
 この言葉以外にふさわしい表現など、無い。
『ははは、は、は、は、は。』
 くぐもった笑い声がドームに響いてゆく。
 その不気味さに、一同は固唾を飲んで見守っている。
 ――こいつは何がしたいんだ?
 邪な存在は不意に、大きな方の右腕を振り上げたと思うと、そのまま地面に叩きつけた。
「うわあっ!」
「ぎゃああああ!」
 地響きと共に悲鳴が響いた。弾け飛ぶ"人間だったもの"。体を構成する部品が、まるで冗談のようにぽーんと宙を舞い、血の雨と一緒に撒き散らされる。
 残酷な光景を、人々はただ見ていた。その光景は、あまりにも現実味が無く、滑稽にも見える。
 ただ、その光景を見ているしかなかった。
『はははは、は、は、は、は。脆い』
 ランディはそれを冷静に見ていた。感覚が麻痺してきたのだろうか、恐怖感より洞察能力が勝っている。
 それとも、あまりに身近な死の予感に本能が活路を見いだそうとしているのか。
 邪な存在はすっ、と小さな両手を前にかざして、掌をゆっくりと合わせる。それからそっとその両手を離してゆくと、その間に直径30センチほどの黒い球体が生まれていた。表面はまるでさざなみのように揺れ、液体の塊にも見える。
『……さて、貴様らの"死"を復活のはなむけとしよう』
 球体から、いくつもの黒い塊が飛び出した。直径10センチほどの小さな球体が、残像を残しながらぶわっと飛んでゆく。ふわふわと、ゆっくりと。それは正確に人々を狙って飛んでゆく。
「うわああぁぁぁぁっ!」
 ニックもその標的だった。まるで黒い塊が中に入ろうとしているように、彼の胸に半分埋まっている。
「ニック!」
 ランディは慌てて駆け寄り、その胸の塊を掴もうとする。だが、その手は宙を掴むのみだった。表面で尻尾を振るように球体が震えると、そのまますっと体の中へと消えて行った。
「ぐはっ……苦しい、心臓がわし掴みにされてるみたいだ……」
「いいからっ……喋るな!」
 みるみるうちに真っ青になり、呼吸の荒くなるニックの肩を支えて、ランディは叫ぶ。親友の異変が、少しでも収まるようにと。
「やべ……これはやべぇ……体の中で何か暴れている……」
「ニック! 大丈夫だ、俺がなんとかしてやる。だから!」
 言いながら、頬を涙が伝っている事に気付いた。
 ――今の自分には何もできないという現実。それがランディを包み込んでいた。
「うが……っ、げおおっ」
 ニックの口と鼻から、吐しゃ物がぼたぼたと流れ落ちる。ほとんど胃液だけだったが、すぐに赤色が混じり出し始めた。
「ニック、ニックううぅぅぅぅぅぅ!」
「ごえっ……らん……でぃ……逃げろ……食わ……れ……」
「馬鹿野郎、お前を追いて行けるかよ!」
 ニックの体が、不意に柔らかくなった。骨が無くなったかのように崩れていく。
 全身の骨が粉々に砕け、どんどん崩れ落ちている。体を構成する分子が、その結合をどんどんほどいていくように。
「……ら……で……」
「もういい、もう喋るな!」
 涙が止まらなかった。
 目の前で、目の前でニックがどんどん過去になってゆく。こぼれ落ちる何かを掴み取るかように、ランディはとにかく彼の体を抱きしめる。
「に……げ……」
 ニックがぱくぱくと口を開きながら、言葉にならない言葉を紡ぐ。全身の筋肉が崩壊し、自力での呼吸ができなくなったようだった。
「……」
 ニックの口が動きを止めた。
 次の瞬間、抱えていた上半身から下半身がちぎれ、地面に倒れた。上半身もランディの手をぬるりと滑り落ち、ぐしゃりと地面に落ちる……。
「ニック……ニックううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ! うわああああああぁぁぁぁぁ!!」
 吠えた。
 言葉にならない想いを吐き出すかのように。
 とにかく吠えた。
『旨いだろう、"闇の波動"の味は。ははは、は、は、は。』
「貴様ぁ……!」
 ランディはそこらにあった棒切れを掴んで立ち上がる。後の事など何も考えてはいない。とにかく、奴をぶん殴りたかった。
 ――が、振り返ってから、愕然とした。
 しん、と静まり返った空気。
 自然の風を阻むものは、何も無い。何も動いていない。
 ……動いているのは、ランディただ1人。
 だった。
 人々はすでに息絶え、そこらじゅうに倒れていた。
 恐怖などという言葉では片づけられない。絶望でも言い表せない。
 これは何だ?
 天罰か?
 俺が何をした?
 物心ついた時からここにいるだけで、充分贖罪に値しないか?
 一体これ以上何を差し出せばいいんだ?
 ……そして、俺は何故生き残った?
「うああああああぁぁぁぁぁっ!」
 無謀と思えるランディの突撃。棒を振り上げて走り出すのを、邪な存在は目を細めて見つめる。
『……素質だ』
 右手の指で、ぴん、とランディを軽く弾く。まるでボールが跳ねるように、ランディの体はゴミ山を滑り落ちてゆく。
「ぐ……あ……」
 口からぼたぼたと流れ落ちる血液。体のあちこちの骨が折れているのが分かる。
『……』
 邪な存在はその指でランディの足をつまんで持ち上げると、その眼前に持ってくる。ぎょろりと見開かれた、黒目の無い眼球がぐりぐりと動き、舐め回すように体を見ていた。
「ぐあ……ああ……っ」
『……お前は素質がある。だから生かそう。』
「な……んだと?」
『くくくっ。真の絶望は"死"には無い。"生"こそ絶望なのだ』
 朦朧とした意識の中で、ランディはその声を聞く。
 ……一体どういう意味だ? 殺すつもりはないのか?
「……いったい……何なんだ……お前は……!」
『くくっ。我が名は"ダークファルス"』
「ダーク……ファルス……!」
 名前ぐらいは聞いたことがある。1000年に一度甦ると言われる、伝承に語られる邪神。全てを闇へと帰す、破壊神……!
 ……何故、そんなものがこんな所に?
 不意に、がきぃんと金属音が聞こえた。同時にランディを掴む力が緩み、地面に叩きつけられる。
「!?」
『……む?』
 邪神の睨む方向を、ランディも見る。
 ぼやけた視界に見えるのは、1人の少女だった。彼女が手に持った赤い剣で、ダークファルスの腕を切りつけたのだった。PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる半世紀の終りに〜 universe41 ありがとう
 彼女は長い銀の髪をたくわえ、通った鼻筋の整った顔立ち。大きい瞳に、小さく赤く色づいた唇。どこかあどけなさを残す顔つきと起伏の乏しい体型が相まって、10代の少女に見えた。肩を露出したパルム製の上着にミニスカートとロングブーツが、美しくもどこか不協和音を残す。
「……すいません、遅かったみたいですわね……」
 少女は周囲の光景を見てからゆっくりと息を吐き、申し訳無さそうに呟いた。
「……あ、ああ」
 地面につっぷしながら、ランディは声を漏らすように答える。
 ……まるで背中に羽でも生えているのかと思った。
 聖書から飛び出してきたような、その姿。単純に美しいという言葉では片付けられないほど、神々しい姿。それほど彼女は魅力的であったし、今のランディには崇高な存在に思えた。
「大丈夫ですか?」
 少女はランディに向けて何かを放り投げる。小さなビンだ。ランディの近くに落ちて割れると、中の液体が霧状になって蒸発し、ランディを包み込む。
 これはスターアトマイザーという、全身の負傷を治癒する香水である。折れた骨を治せるほど万能なものではなかったが、その香りに包まれた者の自然治癒能力を大幅に高める事ができる。
 全身の痛みが緩和され、ゆっくりと息を吐きながらランディが体を起こした。それを見届けてから、少女は微笑んで続けた。
「下がっていてください、危ないですわよ。あと、"欲望の箱"を回収しておいて頂けると、とても助かります」
 ランディに背を向けて彼女は剣を構え治した。ダークファルスに向き合う。
「欲望の……箱……?」
「ええ、あの女性の傍らに」
 言いながら、少女はダークファルスに向けて走り出す。
『貴様、絶えてなかったのか……。』
「あなたが存在し続ける限り、わたくしたちは何度でも立ち塞がりますわ」
 少女が飛んだ。反応して邪神の左腕がそれを叩き落とそうとする。少女は空中で身をよじってかわすと、振り下ろされた腕に飛び乗った。
『ちょこまかと!』
 小さな方の右腕が彼女を捉えようと伸びる。それもひらりとかわすと、彼女はその腕を駆け登る。
「ぃいやぁっ!」
『この……。』
 邪神が右手をかざした。掌から黒い波動を出し、彼女を狙って飛ばす。
「ええいっ!」
 彼女はその剣を振りかざして斬りつける。ランディが触る事さえできなかったそれを、彼女はやすやすと斬り落としてしまった。
 それからは技の応酬だった。ダークファルスが少女を殴りつけると、少女の剣が邪神の皮膚を切り裂く。戦闘能力は拮抗していた。
「そうだ、箱を……!」
 ランディはもがくように地面を掴むと、体をゆっくりと起こした。痛みはだいぶ軽減されたが、それでも全身ぼろぼろなのは変わらない。何度もよろけながら、かろうじて前へと進む。
 箱はまだ、ジェシカの近くに転がっている。50メートルほど向こうだ。
『小賢しい娘だ。』
「あなたの存在ほどではありませんわ」
 言って少女は剣を振り上げる。小さい方の左腕が肘より切断され、くるくると宙を舞う。邪神はそれをすぐさま右手で受け止めると、そのまま切断された腕で少女を殴りつける。
「く……ッ!」
『くくっ、息があがってきておるな。』
「あなたがおとなしく斬られないからですわ!」
 剣先を上にむけたまま、大きな腕の下をくぐる。突き立てた剣が皮膚をさく。そのまま懐に潜り込んで、胴体に斬りつけた。
『ち、今回は一人だけだと思っていたが……なかなかどうして』
 小さな右腕が少女の体を殴りつける。もろに食らって、少女の小さな体が宙を舞う。危うく地面に叩きつけられるかと思ったが、とっさに受け身を取ってなんとか足から着地する。
 そして、がくりと膝をついた。すでに、かなりの体力を消耗しているのだ。
「よし……!」
 ランディは箱をその手にしっかり掴むと、両手で抱きしめるように持った。この箱が一体何の役に立つかは分からない。だが、あの少女にはこれが必要なのだ。
 まるで神にでもすがるかのように、ランディは彼女の言葉を信じていた。いや、それは崇拝に近い感情だったと言えるかもしれない。
「はぁぁ……本当にしぶといですわね。真面目にマジックの勉強をしておけば良かった」
 すねたように呟いて、彼女がスターアトマイザーを取り出して自分に振りかけた。
『……しぶといな。』
「お互い様ですわ。オラキオの名にかけても、わたくしの命にかけても。あなたを封印します」
 少女がまた、ダークファルスに向かって走り出す。
 その光景を、ランディはほうけた顔で見ていた。
 ……美しい……!
 剣を手に素早く走り、斬りつけ、宙を舞う。
 その姿は神聖で尊いものに見えた。
 まるで現実ではないみたいだ……いや、すでに現実とは思えない状況になのだ。ならば、いま目の前で繰り広げられている光景全てが、すでに夢なのかもしれない。
「はああぁあぁぁ!」
 少女が剣を後ろに振りかぶって、ぐっと腰を落とした。邪神の拳が頭上をかすめてゆく。
 その直後、少女の姿が消えた。
 いや。まるで疾風のように飛び出して行ったのだ。
『!』
 ダークファルスに反応する時間は与えない。少女の姿が懐に現れたかと思うと、地面を蹴って飛んだ。
 そう、顔の目の前に。
「もらいましたわ!」
 剣が左から右へ、横一文字に振り抜かれる。剣から白い光を帯びた衝撃波が発生し、剣先が通り過ぎた後に足跡を残すかのように、空中に孤を描く。
 剣先と白い光が一体となり、ダークファルスの顔を切り裂いた。
『ぐあっ!?』
 初めて邪神が焦りの表情を見せた。わずかにひるみ、その上体が揺れる。
「わたくしの力、感じなさいッ! 奥義、グランドクロスッ!」
 今度は上から下へ。顔に十字の傷を刻む。
『ぐああぁぁっ……忌まわしい、忌まわしいぞおぉぉぉぉっ。』
 ダークファルスの輪郭がわずかにブレた。表面が蒸発するかのように気化し始めている。
「やったのか!?」
 ランディは思わず、ガッツポーズで叫んでいた。明らかに邪神は傷つき、倒れかけている!
「しぶといですわね……」
 少女が後ろに飛びのいて、肩で息をしながら剣を構え直した。
『くううぅぅぅ……あと16年。あと16年で"合"が訪れる。我はこの時を1000年も待ったのだぞ!』
「それではもう1000年、休まれるとよろしいのでは?」
『小娘がああぁぁぁ、調子に乗りおってえええぇぇぇ……!』
 邪神の腕が振り下ろされる。少女はそれを剣でいなすと、邪神めがけて走り出した。
「そろそろ、決着をつけようではありませんか? 本調子ではないあなたと戦うのは、弱い者いじめをしているようですし?」
『うおおおぉぉ。』
 邪神の右腕が少女を殴りつける。軽く宙を舞い、ランディの近くに落ちた。受け身も取れず、地面に直接叩きつけられる。
「ぐっ……!」
 少女はかろうじて体を起こし、四つん這いの状態で地面を見つめて呻く。血の混じった一筋の汗が、頬を伝って地面へ落ちた。
「大丈夫か!?」
 慌ててランディが駆け寄る。何かができるわけでもないのに。
「……大丈夫です。もう少しですわ」
 少女は四つん這いのまま顔だけを向けて、呟くように言う。微笑んだ額には脂汗がにじみ出ており、大丈夫でない事ぐらいランディにも容易に想像がついた。
「でも、でも……」
「……ふふ。少年、名前は何と言うのです?」
「え? あ、ああ……俺はランディ」
 それを聞いた彼女はまた微笑みながら続ける。
「ランディ……いい名前ね」
「……君は? 名前」
「わたくしに名前はありません。"名"を知る事は全てを知る事。"名"の持つ力を邪神に利用されかねませんから」
 少しだけ悲しそうな微笑みを浮かべながら、少女は立ち上がる。
「ランディ、力を貸して」
 言いながら少女は左手を伸ばし、ランディの手を取る。その白い肌の柔らかい感触に、ランディはどきっとして動揺を隠せなかった。
「想いを、この剣に」
 彼女はその手を剣身に導き、そっと瞳を閉じる。ランディもそれに倣って瞳を閉じた。
「祈ってください、勝利を。信じてください、"大いなる光"を……」
 ランディは、少女の勝利を心の底から素直に願う。必ず、勝って欲しいと。
 ……自分にもっと力があれば、彼女の代わりに剣を取るのに……力が欲しい……!
 僅かにまばゆい光を感じて目を開くと、剣身が輝きを増し、僅かに赤くなったような気がした。
「……ありがとう。この剣は人々の想いを力に変える剣。あなたの想い、確かに受け取りましたわ」
 言って少女は、ゆっくりと邪神の方を向く。新たな決意を胸に。
「が、頑張って!」
 その背中にランディは呼び掛けた。少女は振り向いて、親指を突き立てた左手を差し出して微笑む。ランディも同じように、左手を突き出した。
(もう長くは持ちません……わね)
 少女は口内にこみあげる鉄の味を無理やり飲み込んで、左手を胸に当てた。あばら骨が何本か折れており、どうやら内臓を傷つけているらしかった。打ち寄せるさざ波のような痛みに、顔をしかめる。スターアトマイザーではどうせ治らないし、手持ちももう無い。
「これで終わりにしますわ」
 それでも少女は走り出した。邪神を屠るために。
『……まだ立つか、娘よ。』
「あなたを封印するまでは、何度でも」
『その心意気は良い。そして、そのような者が苦悶の表情を浮かべる様も……。』
「……変態」
 怪訝そうな顔で言いながら、少女は飛ぶ。勢いを乗せて腕を斬りつけ、皮膚に深さ10センチはある傷をつける。間伐入れずに何度も斬りつけ、その黒い皮膚にいくつも傷跡を残す。
 ダークファルスもかなり弱っているのか、その皮膚は信じられないほど柔らかく見える。
『くうぅぅ……封印が完全に解けていれば、貴様などひとひねりなものを!』
 3本の腕と黒い波動で、少女を殴りつける。回避しきれずに、いくつかは少女の体を捉えた。だが、先ほどのように吹き飛ばされるほどの威力はすでに無かった。
「はああぁぁぁぁっ!」
 体重を乗せた一撃を、ボディに叩きこむ。明らかに、大きな体がぐらりと揺れた。
「そこだ! もう少し!」
 興奮してランディは腕を振り上げる。
 ……すごい! あの圧倒的だった邪神が、押されている!
『ぐ……あ……忌まわしい……。』
 大きな左腕を地面につき、邪神はその体を支える。明らかに、体を維持するのが困難になっているのは見てとれた。
「はぁ……これで……!」
 その隙を少女は逃さない。大きく飛び上がって、横へ、そして縦へ。剣を振りぬく。
「……終わり……っ!」
『ぐあ……がは……!』
 グランドクロスの一撃が、ダークファルスの顔を斬りつける。わずかに赤味を帯びた白い光を放つ十字が、薄暗い中を照らした。
『あああ……あああああ! 体が、体が……!』
「ランディ! 箱を!」
「う、うん!」
 不意に叫ばれて、慌ててランディは箱を投げる。少女はそれを受け取ると、蓋を開いて飛び上がった。
『口惜しい……口惜しい!』
「いやああぁぁぁぁっ!」
 体重を乗せた剣先が、邪神の額に突き刺さった。
 ずぶりと音を立て、ゆっくりとその体内に飲み込まれてゆく――!
「箱よ!」
 少女は箱を逆さに持ったまま、邪神の顔面につきつける。箱はまるで全てを全てを吸いつくすかのように、邪神の体を吸い込んでゆく……。
『……うおおぉぉぉぉぉ! だが忘れるな、"合"の時にまた必ず、わしはまた甦る! 16年後だ! 絶望するがいい、人間どもよ、人間どもよおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!』
 それが最後だった。
 全てを吸い込んだ箱はふたを閉じて地面に落ち、かちりと音がして鍵がかかった。
「やりましたわ……!」
 少女は大きく息を吐くと、その場に崩れた。
「やった! すごいよ! 勝ったんだよ!」
「ふふ、ですわね」
 喜んでランディが駆け寄るのに気付いて、少女は弱々しく微笑んで顔を向ける。だが、顔色はすでに生気の無い土色に近かった。
「……」
「……そもそも、その箱……"欲望の箱"はずっと行方不明だったのです。我々オラキオがもう少し早く、場所をつきとめていれば……こんな事にはならなかったはずなのに……」
「そんなことない!」
 偉大な事を成し遂げたにも関わらず、自分を責めるその言葉。思わず、ランディは口を開いていた。
「本当に、ありがとう」
 照れながらも素直なランディの言葉に、少女は一瞬目を丸くした。直後、吹き出してからにこっと微笑んで、口を開く。
「……ランディ……力を貸してくれてありがとう」
「う、うん」
「……手を」
 おずおずと差し出すランディの手を、彼女は右手でしっかりと握りしめた。
「……わたくしはもう……だめですわ。最期まで、この手を握っていてもらっても?」
「だめだ、そんな事言っちゃ! 大丈夫だよ、きっと助かる!」
 少女はゆっくりと首を左右に振る。ゆっくりと、ただゆっくりと。
「自分の体は自分が一番良く分かります……。わたくしはもうすぐ、死ぬのです」
 途端に力を無くしたように、少女は地面に倒れた。ランディは慌てて彼女の体を抱き起こす。ランディの肩に体重を預け、少女は全てをランディに委ねた。
「! い、いやだ! 人が死ぬのはもうたくさんだ!」
 少し嬉しそうに微笑んで、少女は続ける。左手をゆっくりとランディに向け、人差し指でとんと胸をつつく。
「だから……忘れないで、ランディ。わたくしの事を」
「ううっ……いやだ、いやだ……!」
 ランディはただ、泣きじゃくるしかなかった。どう言葉を紡げばいいか分からなかったから。ただ子供のように泣きながら喚くしかできない。
「ああ……よりによってわたくしの代で復活するとは……運が悪かったのかしら……でもまあ、使命は果たせたし良かったのかしらね……」
 少女は虚ろな瞳で、ふっと笑って呟いた。その自虐的な笑いにランディは言葉を挟めない。
「……ねぇランディ、地面に寝かせてくれます? その方が楽なのですわ」
「う、うん……」
 ゴミの中から毛布を引っ張り出して、それを下に敷いてから彼女を横たえた。呼吸に上下する胸はすでに動きが小さく、呼吸音に混じって空気が漏れるような音がするのが、はっきりと聞こえた。PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる半世紀の終りに〜 universe41 ありがとう
「そうだ、ランディ……ダークファルスはね……"合"の時にまた復活する……。その時は……お願いね……」
「そんな……俺にはそんな力なんて……!」
「大丈夫……きっとあなたならできる」
 彼女は虚空をしっかりと見つめながら、強く言った。すでに目は見えないようだったが、その言葉からは強い意思を感じられた。
「わたくしのように一人ではなく、仲間と共に……げほげほっ、たたかう……ので……す……」
 急に咳こんでから、途切れ途切れに言葉を繋ぐ。すでに、喋るという動作が重労働なようだった。
「だめだ! 死んじゃだめだああ!」
「……わたくしも……普通の子に生まれれば良かった……」
 うつろな目で微笑みながら、少女はくすっと笑った。
「普通に友達と遊んだり……恋とかおしゃれとか……したかった……なぁ……っ」
「友達なら! 俺がなってやるから! だから生きてくれっ!」
「ああああああぁぁぁ……っ、いや、いや……っ……まだ……死にたくない……死にたくないよおおおおおぉぉぉぉっ」
 ランディは少女の悲痛な叫びと堰を切って流れ落ちる涙に、ただただ悲しく、そして申し訳無く思った。
「ああ……っ、許してくれ、無力な俺を許してくれ……! 俺は無力だ……あああぁあぁぁぁぁっ、許してくれええぇぇぇ……ええぇぇっ」
 ランディの声は、すすり泣きになっていた。彼女に対して何もできなく、気の利いた言葉もかけてあげられない。
 自分の命を救ってくれた、恩人なのに。
 恩人が今まさに、倒れそうなのに。
 ……自分には何もできない。
「いや……っ、こんな使命なんて……うぐっ、どうしてわたくしがこんな目に……うわああぁぁぁぁぁっ」
「許してくれ、許してくれええぇぇっ」
「うぐっ、うぐっ……ああああぁぁ……ぁぁっ」
 少女は何かを掴もうとしたのか、左手を上に伸ばして、握った。だが、そこには何もない。それからごほごほと咳こんで、血を吐き出した。
 握った右手が急速に冷たくなってゆく。握り返す力も。
 今、彼女は苦しんでいるのに。
 今、彼女を構成している全ての要素が絶えようとしているのに。

 ……俺は無力だ。

「ら……んで……どこ……?」
 ふと、我に返ったように、少女が聞いた。
「ここだ、ここにいるよ。君のそばにいるよ。君の手を握っているよ……」
 だが、少女には聞こえていないようだった。目線を動かして辺りを見て、ちょっと弱々しく笑ってから、震える唇を開いた。
 ぱくぱくと、血に染まった唇が動く。すでに、言葉を紡ぐ事のできない唇が。
 ランディはただ、しゃくりあげる喉を抑えて、それを見ていた。やがて唇は止まり、少女はゆっくりと、瞼を下ろす。
 そう、彼女という舞台が幕を閉じるかのように。
「……」
 ランディはただ、それを見守っていた。
 彼女の前髪をそっと撫でる。

 ……彼女が触れられた事に気付いて、目を覚ましてくれる事に期待しながら。
 だが、目覚める事は無かった。

 終わった。
 いま何かが終わった。

 だが、次に何かをする気にもならなかった。
 今はただ、泣いていたかった。
 だからランディは、ただ泣いていた。
 少女の横で泣き続けていた。

 彼女が、最期の時に言っていた言葉。
 それだけが支えだった。

「ありがとう」

 それからランディは、時間の感覚を無くしたまま、泣き続けた。
 やがて泣きつかれて、そのまま眠った。
 それを何度か繰り返した。

 どの位経ったのだろう。
 ある日、目覚めると少女の姿と、例の箱は消えていた。
 理由は分からない。
 考えるつもりもない。

 残された彼女の剣を無造作にねぐらに放り込んでから、ランディは地上へ出る事にした。
 何のあてもない。
 別に理由も無い。
 ただ、ここにいるのが嫌だったから。
 地上へと向かう道を一歩一歩登るたびに、ひとつずつ何かを忘れてゆく――。

 そしてランディは、少女の事を忘れた。

 自分の精神が、崩壊しないように。

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※この物語は株式会社セガが提供するオンラインゲーム「ファンタシースターユニバース」を題材としたフィクション(二次創作物)です。世界観、固有名詞、ゲーム画面を使用した画像など、ゲーム内容の著作権は株式会社セガにあります。
※小説作品としての著作権は勇魚にあります。
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