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PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる時の半世紀の終りに〜 universe24 非道・卑劣な吸血姫

 上から声が聞こえた。驚いて三人は顔を上げる。
「この声……!」
 わずかにくぐもった、太い男の声。オルハはすぐに、声の主を思い出す。
「イオリ!」
「左様」
 木の上から飛び降りた二つの影。
 イオリと一人の女性だった。
「まさか気づかれるとはな」
「……いるとも思ってなかったけど」
 オルハが苦笑しながら呟いた。
「ほんとに。奇襲作戦がおじゃんだわぁ」
 イオリの隣にいる女性が、大げさに両手を広げながら言った。オルハには見覚えがある。イオリと交戦した時に、団員の群れの中にいた一人だ。
 彼女は赤茶で艶のある髪を腰まで伸ばしていた。切れ長の目に筋の通った鼻、薄い唇には青い紅を引いており、わずかにほつれて顔にかかる髪が艶っぽさを出していた。上着は肩と腹を露出させており、片足だけが長いパンツでその足を惜しげもなくさらしている。手には黒い半被を持っていたが、降りてすぐに投げ捨てた。
「はじめまして、"山猫"ちゃん。会うのを楽しみにしてたわぁ」
「それはどーも」
「私はトモエ。よろしくねぇ」
 右手を唇に当ててから、投げキッスを艶めかしく投げる。青い紅を引いた唇が、印象的だった。
「で、なんでここにいるの?」
「拙僧はガーディアンと"死合い"がやりたいのだよ。血が煮えたぎるような……!」
 不気味な笑顔に顔を歪めながら、イオリはぺろりと下唇を舐める。その表情は危険さを匂わせ、異常な空気を漂わせる。
「やだ、イオリ様。それだけじゃないでしょ?」
「ああ、そうだな。ここを探られるのは、ちょいと困る」
「……この近辺にコナンドラムの施設があるんですね?」
 ファビアがまるで、全てお見通し、とでも言わんばかりに、堂々と言い放った。
「その研究施設でビーストを実験材料にしているのでしょう」
「さぁ、それはどうだかな。生憎、あの女の研究とやらには興味が無い」
「……」
 ファビアはあえて黙っていた。もちろん、イオリの口から"コナンドラムに属している"ことの言質を取ったことを内心ほくそ笑む。
「拙僧の望みはただひとつ。……"死合い"がしたい! 魂の底から震えるような"死合い"をッ!」
 イオリが咆哮しながら、愛刀を抜いて構えた。青光りする刀身が不気味にきらめく。
「!」
 ファビアは片手杖と投刃を、オルハはクローとハンドガンを、とっさに抜いて構えた。
「ネイ、危ないから下がってなさい」
「う、うん、わかった。がんばって」
 ファビアは振り返らず、手をかざしてネイを下がらせる。緊張感に感づいたのか、ネイが走って後ろに下がる。
「"山猫"と"子連れ狼"か。面白い組み合わせだ、失望させないで欲しいものだな……!」
「あら、イオリ様。私の分も残してくれないと退屈で死んじゃいますわ……さあ、おいで。遊んであげるわ」
 トモエが両腰の短刀を抜いて逆手に持った。目を引いたのはその刀身だった。フォトンではない。金属だ。
 10センチほどの両刃の直刀で、鍔を持たない辺り、投擲にも使えるものだろう。
 不自然なのはその刀身で、直径5ミリ程度の穴が至る所に空いている。だが、それが何を意味するのかはさっぱり分からなかった。
「昨日はうちの団員が世話になったな」
 イオリがじり、とすり足で構えて、トモエも軽く腰を落とした。
「その礼も兼ねて、お主たちには楽しませてもらうぞ……!」
 言う表情は凶々しく、まるで鷹のようなぎらつく眼つきで、どす黒い空気を放出していた。
「オルハ、私はサポートにまわります」
 小さな声で、ファビアが口を開いた。
「うん、お願い。どっちを優先する?」
「もちろんトモエです。イオリとは2人で戦わないと厳しいでしょう」
「うん、OK」
 ……どう攻める?
 オルハは考えた。しかし、そもそもトモエの戦い方が分からない以上、シミュレーションのようがない。
 オルハの斜め後方にファビアが立つ。対するイオリたちも同じように立っている。わずか5メートルほどの距離がいやに長く感じた。
「ファビア」
 小声でオルハは言った。
「合わせて」
「はい」
 オルハが弾丸のように飛び出した。その後にファビアが続く。
 走りながら、短銃をイオリに向ける。正確な狙いはつけられないので、適当に何発か放つ。
 イオリは腰を落として構える。走りながらの弾などどうせ当たらないと踏んでいるのだろう。それよりも向こうの動きを捉える事を優先する。
「トモエ、まずは子連れを落とすぞ」
「あらん、そんなに山猫ちゃんとヤりたいの?」
「ふふ、体がうずいて仕方が無いのだ」
 言いながら、腰をさらに落として上体を右に捻り、左足を大きく前に踏み出した。刀は右側に剣先を下に向けたまま構える。
「はッ!」
 振動で空気さえ振るわせるような、通る声。
 オルハはとっさに足を止めた。カウンターで斬りつけるつもりか?
「……?」
 だが、何も起こらない。イオリ自身も動かない。
「なに? こけ脅し?」
 安心して、右手をひらひらさせながら冷たい視線を送る。
「油断しない方がいいですよ、オルハ」
「でも、実際何もないじゃん」
「それはそうですが……」
 不意に、真剣な顔でファビアが下を向く。
「……」
「? ファビア?」
 彼は足元を見てるわけではない。自分の体を上から眺めている。あまりにも真面目な視線にオルハは戸惑った。
「……ファビア?」
「熱っ…………?」
「え……? なに? どうしたの?」
 ファビアの顔がみるみるうちに青白くなり、冷や汗が頬を伝ってゆく。
「……なるほど。これが"カマイタチ"の正体ですか」
「え? え? 何言ってるの?」
「シールドラインが無ければ……危なかったでしょう」
 次の瞬間。
 ばしゅっ、という空気が切り裂かれる音。
 ファビアの体に斜めに走る衝撃。
 左脇から右の肩まで一直線に。
 飛び散る服の繊維と、赤い血液。
 ファビアは数歩よたよたと後退して、そのまま尻餅をついた。
「ちょ、ちょっと、ちょっとぉ〜〜〜〜〜ぉぉぉお!」
「居合の……達人でしょう。あまりの……速度に、切られた事さえ……見えない」
 オルハが慌てて駆け寄る。ファビアは笑顔を作ってはいるが顔色は悪く、唇からは血がこぼれている。
「これは……うかつに飛び込めなく……なりましたね……。癒しの力を……我に……レスタ」
 癒しの光がまばゆく光り、ファビアの傷を埋めていく。傷はある程度ふさがったがそれでも深く、血液をだいぶ失ってしまたせいか顔色は一向に戻らない。
 遠くから、心配そうにネイが見ている。今すぐ駆け寄りたいが駆け寄れない、そのジレンマでわたわたと妙な踊りを踊っているようにさえ見える。
「これが……"カマイタチ"の正体……ですよ。犯人は……イオリです」
 ファビアは震える指先をなんとか制御しながら、立ち上がろうとする。いくらテクニックで治したとはいえ、ダメージは小さいものではない。
 ――だが、これで"カマイタチ"の正体が分かった事で、逮捕状を申請する事ができる。ファビアはそう考えながら唇の血を手の甲でぬぐった。
「どうした? 怖じ気づいたか?」
 イオリは先ほどの構えのまま動かず、小馬鹿にしたような声で、挑発するように言う。
 ため息をついて、オルハは両手を広げた。
「……そういう事だったんだ……。ファビア、行ける?」
「もちろん……です。ガーディアンの信念、お見せしますよ」
 ファビアは、ゆっくりと立ち上がる。
「オルハ……"カマイタチ"はおそらく、体に負担がかかるため連発できるものではないはず。トモエをお願いできますか? その隙に私がイオリを押さえます」
「うん、分かった」
 オルハとファビアが向き直った。
「いくよ」
「いつでも」
 再度、二人は駆けだした。
「その心意気や、良し」
 イオリの四肢に力が入る。
 それを気にせずオルハが走り寄る。攻めるなら今だ。
 イオリも表情に疲れこそ見せてはいないが、僅かに左腕が痙攣しており、膝も少し落ちている。
「いらっしゃい、山猫ちゃん。私がお相手するわ」
 トモエが遮って前に出た。
「邪魔するな!」
 勢いを乗せて、爪を振りかぶる。上から下へ振り降ろした。
「あら、いけない子ね」
 トモエは動こうともせず、短刀を握ったままの左手を突き出し、その拳でオルハの二の腕を殴る。爪を振る勢いが弱まった。PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる半世紀の終りに〜 universe24 非道・卑劣な吸血姫
(早っ!)
 オルハがそう思った次の瞬間、右手が伸びてきた。右腕を担ぐように絡め取り、体を入れ替えて懐に潜り込む。そのまま腰をかがめながら、腹に背中を押しつけられた。前に出ようとしていた勢いを利用され、背中に乗せられたと思った瞬間、そのまま投げつけられる。そう、一本背負いだ。
「!」
 ぶん、と体が浮いた。ぐるりと回転し、腕を絡められたまま地面に頭から叩きつけられる。
「ぐあっ!」
 内蔵を激しく押しつけられ吐き気をもよおさせる。
 仰向けになった所へ、そのままの勢いでトモエが落ちてきたのだ。
「凍える爆発よ、目標を包み込め……ラ・バータ!」
 その詠唱に気づいて、トモエが素早く体をひねって飛び退いた。つい今まで、頭のあった場所を中心に空気が吸い込まれていったかと思うと、一気に広がって冷気と氷塊をばらまいた。
「……あらま、度胸あるわね。危うく山猫ちゃんを巻き込む所だったわよ?」
「あいにく、そんなヘマはしませんよ。よほど急いでいる場合でもない限り」
 立ち上がりながら言うトモエに、ファビアは冷静に返す。
 ……言葉で場を掌握するタイプですか。その余裕さえ潰してしまえば、必ず抑えられるはず。
「げほ、げほッ!」
 喉を抑え、咳込みながらオルハが立ち上がる。
「いったぁっ……何すんだよ!!」
 オルハが立ち上がりざまに爪を振り上げる。トモエはそれをスウェーバックで軽くかわしてみせる。
「あらら、躾がなってないわね」
「なんだと! この年増っ!」
「とし……っ!? ……ほんと、ガキはいつでも背伸びに夢中ね」
「が……ガキ!?」
 遠目に見ていたファビアには、ぴきっ、と何かが崩れる音が聞こえた気がした。二人は正面から相手を睨みつけ、何やら恐ろしいオーラが出ている。……関わると怖いので、イオリを抑える方に専念しようとファビアは素直に思った。
 ファビアが向き直ると、イオリはそれに気づいてゆっくりと踏み出す。ファビアは、少しでも回復する時間を与えてしまった事を後悔した。
「……氷のテクニック使いか」
 イオリがじりっ、と少し前に出ながら言った。
「殺伐さがあまりないので、好きなんですよ」
「……ふ。では、見せてもらおうか」
 イオリが踏み出した。ファビアは動かない。
「しゃあああぁぁぁっ!」
 右から左への一旋。カマイタチではない。
(やはり、カマイタチは消耗が激しく、あまり使えない技なのは間違い無いですね)
 確信してウォンドを振りかざし、直径30センチほどの氷塊を作り出す。イオリの刀ががつっと食い込み、刃の動きを止めた。
「ほほう……?」
「甘く見ない方がいいですよ」
 ファビアが投刃を振りかざした。三本のフォトンの矢が生み出される。
「面倒な」
 イオリは呟いた。投刃の矢は目標を追いかけ的確に貫く。シールドラインを身に付けないイオリには、相性の悪い攻撃だ。
 もちろん、その矢と同時にファビアが詠唱に入る。投刃は軽い牽制で、テクニックが本命なのは想像がつく。
「凍える爆発よ、目標を包み……」
「やらせるか」
 一瞬にして、イオリが目の前にいた。
 ――なんという踏み込みの早さだ!
 左から右上へと刀が振り上げられる。ファビアは詠唱をやめ、とっさに後ろに飛び退く。刃先が鼻先をかすめるのに恐怖した。
「早い……!」
 刀をかわしたのを見てから、イオリはそのままの勢いで回転して後ろへ向き直る。先ほどの投刃の矢を軽く叩き落としてから、もう一度ファビアに向き直った。
「それだけか? まだまだ手の内を出しておらんだろう、"子連れ"よ」
「当たり前でしょう。手札はまだまだありますよ」
「くく、なかなかに精進しているようだな。もっと拙僧を楽しませてくれよ」
 言って構えたかと思うと、すぐに目の前にいる。あまりにも速すぎる。まるで獲物を狙う鷹のようだ。
 右上からの袈裟斬り。とっさにウォンドの先に氷塊を作り出し、刃先をかすめて軌道を反らす。
 反らされたと分かった瞬間、イオリは右足で蹴りつける。ファビアはウォンドで外側へと弾きつつ、右にずれてかわした。
「……面白い」
 陰気に微笑みながら、イオリが絞りだすように呟いた。
「?」
「フォースは安全な所からテクニックを放つだけだと思っていたがな。このような使い方を編み出すとは、あなどれんな」
「できることは多いにこした事ありませんから。……こういう事もできますよ?」
 ファビアが左手を前に掲げ、投刃の扇をばっと広げる。
「……扇よ、氷の息吹を」
 ゆっくりと、投刃を中心に空気の流れが変わる。投刃を中心に冷気が吐き出され、氷塊が投刃とファビアの手を包み込んでいく。
「……大道芸か? それになんの意味があるのか、拙僧にはわからぬな」
 イオリは心底がっかりした声で言った。
 それもそうだ、単に左手を氷と化す技などに、戦況を変えるものとは思えない。
「そう思うなら、かかってきてはどうです?」
 ファビアが微笑みながら言った。まるで食事を運んできたウェイトレスに礼を言うよな、そんな爽やかな声と微笑みだった。
「後悔するなよ」
 イオリの姿が、ゆらめく残像を残して消えた。あまりの速さに、人間の肉眼では追いつかないのだ。
「私の意思は氷の意思。氷の意思は私の意思」
 ファビアが呟いた。空気を割いてイオリが踏み込む。ファビアがウォンドで宙に孤を描き、剣撃にあわせて氷の板を前に作る。
 だがイオリの剣はそれぐらいでは阻まれない。易々と氷を切り裂き、その刃がファビアの体に達するかと思った時だった。
 がくんと揺れて、イオリの動きが、止まった。
「!?」
 我が目を疑った。ファビアの左手の扇から、いくつもの氷の槍がまるで檻のように張り巡らされ、イオリの体のあちこちを挟みこみ、身動きを封じていた。
「なっ……?」
「面白い芸でしょう?」
 ファビアがゆっくりと言って、優しく微笑んだ。
 イオリは体をどうにか動かそうとするが、がっちりと檻が食い込み外れない。手首や足首、腰など体駆の重要な箇所をきっちり押さえられているため、どこにも力が入らないのだ。
「く……っ、投刃の生み出すフォトンを固定し、氷を持続させるとは……!」
「ご名答です。これだと大気中のフォトンを集める必要がないので、精神集中の限り氷を具現化し続ける事ができますから」
「ちぃ……行き恥を晒させるつもりか!」
「いえいえ。そうではありませんよ。少しの間、そこで休んでいてください」
 言ってファビアはオルハの方を見る。
 ……二人とも素早い動きを得意とする者同志だ。その戦いはスピーディで目を離す暇がない。
 ファビアは精神集中し続けイオリを封じなければいけないので動けない。少しの不安を含んだ緊迫した目で、その戦いを見守った。
 ……精神集中が続いている間に、オルハが駆けつけてくれる事を祈りながら。
「どうしたの、オバサン! もう息切れ? メタボなんじゃない?」
 オルハが言いながら爪を振りかざす。トモエの長い髪を僅かにかすめた。
「ごめんねぇ、どっかの誰かさんみたいにぺったんこじゃないから。豊満なボディも大変なのよ?」
 トモエも負けてはいない。両手の短刀で交互に切りつける。オルハの爪が上から叩き落としてそれを逸らさせる。一瞬の攻防を終え、二人は少し離れて息をついた。
「このガキ……」
 トモエが呟いた。相手は体が小さく、反射神経が高いため、動きを捉えにくい。おまけに粗削りで型破りな戦い方なので、なおさら動きが分からないのだ。
 また、お互いの戦い方が似ているのも疲弊の原因だ。トモエは二刀流でフェイントを交えながら急所を狙い、オルハは短銃を絡めた攻めから爪を叩き込む事を最終目的としている。
 つまり、相手を翻弄しながら隙を見つけて必殺の一撃を叩き込むのがお互いの目的で、戦いの流れを掌握した者が目標を打ち倒す事ができるのだ。
 しかし、お互い有効打を与える事なく時間と疲労だけが積み重ねられてゆく。実力が拮抗しているらしかった。
「肉を切らせて骨を断つ……なんて言葉があったわねぇ」
 汗ばむ手で短刀を握り直しながら、トモエは言った。そうだ、流れを変える事ができるなら多少のリスクは必要だ。その結果、勝利を得られるのなら問題ない。
「面倒よねぇ」
 息をついて言う。ガキ相手にここまで手こずるのは、正直面倒くさいし、気分も悪い。
 だが、やるしかない事もよく分かっていた。
「ボクを甘く見ると、泣きを見るぞっ!」
「ガキは元気ねー。そういえば、名前はなんだったっけ?」
「ガキじゃない! ボクはオルハ、オルハ=ゴーヴァだ!」
 一歩踏み出して、オルハが担架を切る。
「オルハ……ゴーヴァ? ……ああ」
 意外にも、トモエは目を見開いて納得した表情で、うんうんと頷いた。
「あんたが鉱山育ちの山猫ね」
「? ゴーヴァ鉱山を知ってるの?」
「……さぁね。それより……ダンスの続きを楽しみましょう?」
 トモエも一歩踏み出した。ゆらりと前に出て、そのままオルハに向かって近づいてくる。
「このッ!」
 オルハが飛び出した。若い体力は衰える事を知らない。爪を下から大きく振り上げ、脇腹から引き裂くつもりだ。
 そこでトモエが予想外の動きをした。自分から前に、勢い良く踏み出した。
「!」
 トモエの左手が伸びる。拳をクローの護拳に当て、至近距離でその勢いを封じるつもりだ。
「こンのぉっ!」
 力をこめた一撃、この状態で角度を変える事はできない。ならば勢いで跳ね退けるしかない。
 クローの護拳に、トモエの左拳がぶつかった。
 がつっ、と一瞬動きは止まるものの、勢いのある爪は止まらない。勢いは多少弱まったが、拳を跳ね退けトモエの脇腹を引き裂く。
 トモエは激痛を感じて一瞬顔をしかめたが、それどころではない。今この瞬間、オルハの防御ががら空きなのは言うまでもないからだ。
 狙い通り――右手の短刀をそのまままっすぐ突き出す。
「!」
 オルハも反応はしたがすでに遅い。刃はゆっくりとオルハの左胸につき刺さる。ヴン、とシールドラインがそれを阻もうと押し返すが、勢いに負けて刃は皮膚へと埋もれてゆく。
「うああぁぁぁ!」
 ずぶずぶと皮膚へ埋まる刃の激痛にオルハは叫んだ。
「派手な攻撃だけど、隙も派手よね♪」
 トモエが短刀の柄にあるボタンを押した。しゃこっと機械的な音がして、刀身が柄から外れる。それから後ろに飛び退いて、距離を取った。
「う……うぐ……っ……!」
 オルハは傷口を見て驚愕した。傷口には、何も見えない。柄が外れてしまった事で刃はすべて体内に埋め込まれてしまっていたからだ。
 それだけではない。
 まるで噴水のように勢い良く、赤い筋が体内から吹き出している。
「! そうか、あの穴は……!」
 オルハはここでやっと気づく。
 あの刀身の穴は、傷口から血液を抜き出すためにあったのだと。
「ふふ……ガキのくせに、よくやった方……よね」
 トモエが青い顔で艶めかしく笑う。
 しかし、彼女の傷も相当な深さで、内蔵を傷つけているかもしれない。激痛に耐え、立っているのがやっとだった。
「そうそう、言い忘れてた……わね。私の二つ名は……ヴァンピール鬼なのよ」
「ああ……あああぁぁぁ!」
 オルハは完全にパニック状態に陥った。胸からちょろちょろと流れ出す血を止めようと手で押さえるが、その隙間からどんどん血が流れ出す。放っておけば、ものの数分で失血死するのは間違い無かった。
「まずい!」
 ファビアが叫んで、精神集中を解いた。
 氷がさっと空気に溶け込んで消える。体温を奪われ皮膚が凍りつき、意識が朦朧としていたイオリが支えを失って地面に倒れた。
「血が、血が……!」
 オルハは地面に膝を落とし、天を仰いで叫ぶ。
 その大きな瞳から涙の粒がぼろぼろとこぼれ落ち、長い三つ編みの髪を振り乱しながら。
 傷口をがりがりと引っ掻くが、深く埋まった刃はさらに奥へと刺さるだけで、一向に掴み出す事ができない。
 指の隙間から、どんどん血が流れ出す。どんどん体温が奪われてゆくのが分かる。
 様々な事が頭の中を巡る。クズ鉄街のこと、ガーディアンズの事。
 ランディの顔が、イチコの顔が、みんなの顔が。
 ……いやだ!
 いやだ、死にたくない!
「いやだああああああああぁぁぁぁぁ……ぁぁぁぁぁぁぁっ……!!」PSU小説・ファンタシースターユニバース 〜還らざる半世紀の終りに〜 universe24 非道・卑劣な吸血姫
「オルハ!!」
 ファビアの声が朦朧とした意識の中に飛び込んでくる。
「凍える爆発よ、目標を包み込め……ラ・バータ!」
 走りながらの詠唱にトモエは振り返った。まずい、警戒を忘れていた……!
 だが、氷はトモエを狙ったものではなかった。オルハの胸で小さな氷の破裂が起こる。びきびき、っと音がして、オルハの傷口が凍りついて、血が止まった。
 オルハは何が起こったか分からないように、朧げな目線を上げてから、力尽きたようにふっと意識を失って、後ろへとゆっくりと倒れた。
「!」
 トモエは正直驚いた。
 こんな荒っぽいテクニックの使い方など、見た事がない。
「弱っている者に攻撃するのはあまり気分の良いものではありませんが……オルハを傷つけた報いは受けてもらいます」
 足を止めて眼前にウォンドを掲げ、ファビアは高らかに詠唱を始めた。
「静かに猛る氷神よ、我を媒体に氷の力を行使せよ……」
 我に返ったようにトモエが背を向けて走り出す。
 だが、すでに遅い。
「ギ・バータ!」
 ドン、と空気が揺れた。数えきれないほどの氷塊がファビアの周りに出現したかと思うと、ものすごい勢いで回転し始める。そして、まるでトモエの姿を発見したかのように、勢い良く解き放たれた。
「!」
 氷塊がトモエの体を打つ。四肢にばしばしと音を立ててぶつかり、拳大の塊が後頭部に直撃した。ぐらりと世界が回り、足がもつれて前のめりに転倒した。
 直後、冷気の嵐が場を包み、足元から一気に凍えあがる。シールドラインがある程度は冷気を防いでくれるというものの、それを遥かに超える寒さだ。足先から氷に包まれてゆく。
「あ……あ……!」
 そのまま氷は足を完全に包み、トモエは完全に身動きが取れなくなる。
「……しばらくそのまま休んでいてください」
 嵐が止んで、ファビアはすぐにオルハに駆け寄る。オルハは気を失いながらも目を見開き、恐怖の表情のまま虚空を見つめていた。
「くっ……失われし力よ戻れ……ギレスタ!」
 光の渦がオルハを包み込む。ゆっくりと胸の皮膚がもごもごと盛り上がり始めて氷を割り、埋め込まれた刃が外に押し出され始める。ファビアはそれをすかさず掴み取り、ためらわず一気に引き抜いた。血が勢い良く飛び出し、ファビアの顔を赤く染める。
「……内臓には損傷無いようですが……安全とは言えない状態ですね……」
 ファビアが傷口を見ながら呟いた。ギレスタで傷口は一応塞がったが、失血量が多い上に骨や神経に損傷があれば、すぐには回復しない。まずい状態には変わりなかった。
「ふぁびあ……!」
 ネイがぱたぱたと走り寄る。その顔は怯え、暗闇の中でやっと一筋の光を見つけたかのように、ファビアの服を小さな手でしっかりと掴んだ。
「大丈夫ですよ」
 ファビアは微笑みながら頭を撫でようとして、その手がオルハの血で真っ赤なのに気づいた。ハンカチを取り出して手と顔を拭う。
「おるは……だいじょうぶなの?」
「心配はいりません。ですが、早く治療を受けさせてあげたいです。救急医療班を呼ばないと。ネイも手伝って」
 ファビアは言いながら振り返って立ち上がろうとした。
 その時、トモエと目が合う。
 下半身が凍りついたまま、短刀を持った右腕を振りかぶっていた。
「!」
 いや、目が合ってはいない。彼女はわずかに違う所を見ている。
 そう、ネイを狙っている。
「卑劣な!」
 ファビアは叫んだ。
 ……どうする?
 トモエはもう投擲のモーションに入っている。
 氷の壁? 
 ネイの体を守るほどの大きさのものを作るには時間が足りない。今から詠唱を始めても間に合わないから。
 ウォンドを氷で包む? 
 だめだ、私の格闘技術では小さな短刀を確実に弾き落とせる自信が無い。
 この距離、かろうじてテクニックが届くか?
 直接トモエの右腕を攻撃し、手元を狂わせる。
 それしかない。迷っている暇はない。
「食らいなさい!」
 ウォンドを振りかざし、トモエの腕めがけて氷の塊と冷気を発生させる。これで腕を封じる。
「ひいいぃぃぃいいいいぎゃあああぁぁぁぁっ!」
 トモエが、地の底まで響き渡るような悲痛な叫びを発した。手から短刀を取り落とし、のたうちまわる。
「あ……!」
 ファビアは愕然とした。
「目が、目が……!」
 慌てて手元が狂い、放った冷気はトモエの顔面に叩きつけられた。氷の粒が眼球を激しく打ちつけ、彼女の両の瞳からは血の筋が涙のように流れ出している。
「ああああっ……見えない! 何も見えない!」
「お……落ち着けトモエ!」
 イオリが刀を杖代わりに使って体を支え、トモエにゆっくりと歩み寄った。彼女の肩を支えながらその顔を覗きこみ、それから鬼の形相でファビアを見る。
「……おのれ……急所狙いとは卑劣な手を……!」
「故意にやったわけではありません! それに、オルハへの血抜きやネイのような子供への攻撃が、卑怯じゃないと言うんですか!?」
「……言い訳に耳を貸すつもりはない。ガーディアンズとやら、所詮はこの程度の卑怯者の集まりであったか!」
 イオリはトモエに肩を貸して立ち上がる。
「ファビア……と申したな。この借りは必ず返す。覚えておけ」
 二人は支え合いながら、背を向けて歩き出す。
 それをファビアはただ見ていた。
 ネイが心配そうな顔でファビアとイオリたちを交互に見て、服の裾を持つ手にぎゅっと強い力が入った。
「……狙ったわけでは……ないんです」
 弱々しい声で、ファビアは呟いた。

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注意事項

※この物語は株式会社セガが提供するオンラインゲーム「ファンタシースターユニバース」を題材としたフィクション(二次創作物)です。世界観、固有名詞、ゲーム画面を使用した画像など、ゲーム内容の著作権は株式会社セガにあります。
※小説作品としての著作権は勇魚にあります。
※登場する団体名・地名・人物などは、実在する名称などとは一切関係ありません。
※作中の表現や描写、ならびに使用している画像などは、ゲーム内で再現できるものとは限りません。
※この作品は、「戦い」「人間ドラマ」をテーマの一部としているため、暴力・性的な表現を含む場合があります。予めご了承下さい。

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